エピソード1 『悪魔が来たりて』

 


地球暦32世紀。

四月。

日本。桜咲き誇る春の横浜。

肩が重い。僕は入学式を終えた後。
やや緊張の緩んだ心を引き摺ってトボトボ校舎を通過中。

僕の人生は『オマケ人生』
運がない。それに目立つ兄さん達のオマケ。
添え物のような十二年を歩んできたといっても。
絶対に大袈裟じゃない。

兄さん達は関内にある有名私立『海央(かいおう)』の名物ツインズだ。

一人は京極院 護(きょうごくいん まもる)
甘いルックスと柔らかな物腰。
頭脳も明晰で頭脳派の天才肌。

もう一人は京極院 譲(きょうごくいん ゆずる)
どこか腕白小僧を髣髴とさせる愛嬌がある。
一見無邪気なスポーツ青年。甘え上手な好感度高し! ってな行動派の天才肌。

そして僕。二人の兄から遅れる事5年。
末っ子として産まれた僕は『人生を豊かに彩れるよう』願いを込めて。彩(さい)と名付けられた。

大層なネーミングだと我ながら驚いちゃうけど。
12年生きてきた感想といえばただ一つ。

兄さん達の人生を彩ってる僕って一体!?

別に兄さん達が嫌いなわけじゃない。
僕にも優しい。少し意地悪される時もあるけど普通の兄弟には良くあることだ。
だけど優秀さゆえか、注目を集めるのはいつも二人の兄。
何をさせてもボケーっとしてる僕は路傍の石。

中学の制服に身を包んだ僕はもう一度ため息をついた。
京極院なんて苗字は珍しいから、兄さん達と兄弟だってバレるのは時間の問題。
眼鏡をかけてちょっと天然パーマじみた髪を持つ僕と。
似た様な顔作りながら男前の兄さん達。また比較されるのかな。

本音を言えば私立なんか通わなくても僕なりに。
それなりに人生歩んでいくつもりだった。
だから小学校も公立だったし受験なんて考えてもなかったのに。なのに。

『お母さんは彩にも海央にいって欲しいわv』
なんて。京極院家最強の権力を持つ母親に押し切られ。
泣く泣く受験生生活。小6の春のことだった。
兄さん達に半ば無理矢理勉強されられて、気が付いたら合格していた。
本当に合格するなんて思ってなくて。

正直『裏口?』

卑下するつもりはないけど、僕だって疑ってしまう。
そんなこんなで僕はこの春から海央学園中等部に通う一年生。
割り当てられた教室へ向かう最中だ。

「……?」
中庭の前を通過。キラリ。花壇の端に光る物体。
僕は目を細めて花壇を見る。
「ふふふ」
一瞬。腰まである長い髪を持った女の子が見えた。
しかも瞳が薄赤色。
僕が驚いて瞬きしている間に消えてしまった。

……昨日は緊張してよく眠れなかったから幻覚でも見たかな。僕は深く考えずに思った。





教室に到着。
海央は小等部もあるから、持ち上がり組は賑やかに歓談。
僕のような受験入学組は所在なさそうに宛がわれた机に座る。
「よーっす! 王子、無事か?」

ガラガラガラ。

勢い良く扉が開いてノンフレームの眼鏡をかけた男子生徒が入ってきた。
王子ってナニ?持ち上がり組は笑い、受験入学組は?ってな顔。

「宰相、それ嫌味?」
一人の男子生徒が椅子から立ち上がる。
女子生徒が心持ちソワソワし出したのはボクの気のせいじゃない。
王子と第三者から言われるだけあって、結構カッコイイ部類に入る男子生徒だった。

「悪い。星鏡(ほしかがみ)、無事だったか?」
宰相と呼ばれた男子生徒は改めて王子と呼んだ人物の苗字を呼ぶ。
「ご覧の通り。ていうかわざわざ僕の様子見に来たの?」
呆れた感じの星鏡君に対し、宰相君? (勿論あだ名だろうけど)は平然。
「新聞部期待の若手記者としては、常にニュースソースを探してないとね」
ニヤリ。口角を持ち上げ笑う。
「はいはい、井上(いのうえ)記者殿。楽しい記事が読めるのを期待してるよ」
星鏡君は苦笑して宰相とあだ名される新聞部期待の若手記者・井上君の苗字を呼んだ。
遠巻きに見つめる持ち上がり組は特に二人の遣り取りを気にしてない。

「なあ? そいつは王子ってあだ名なのか?」
教室の後ろ。行儀悪く足を机の上に乗せた……ハーフ? らしき少年が口を開く。
金髪(絶対に地毛だ、地毛)に緑眼。美少年系の顔立ちの少年で流暢に日本語を口にする。
「ああ、そうだよ。霜月 涼(しもつき りょう)君」
井上君はハーフらしき少年……霜月君の名前をフルネームで呼んだ。
って! なんで知ってるのかな?
持ち上がり組じゃないよね、霜月君は。
でなきゃ星鏡君のあだ名なんて気にしないだろうし。

霜月君の顔が不機嫌になる。

「そう。海央名物宮廷調あだ名。栄えある『王子』に輝き続ける元名物小学生。現中学生。他校にも噂があっただろ?」
キラーン。

漫画じゃないけど井上君の眼鏡が光りそうな勢いで窓からの光を反射する。
う〜ん。その噂なら兄さん達から聞いたことあるかも。
一番カリスマがあったのが王(キング)と呼ばれてた人で留学しちゃったって言ってたっけ。

眉間に皺を寄せた霜月君。
無言で井上君を睨む。

「止めなよ、霜月君。井上宰相に情報合戦で勝利するのは難しいから」
笑顔のまま星鏡君が霜月君へ忠告した。
「ご忠告感謝」
素っ気無く言い放って霜月君はそっぽを向く。
周りはもしかしたら霜月君が問題を起こすかも?
興味半分・怖いもの見たさ半分でザワザワしてたけど。
呆気ない幕切れだった。

どの道僕には縁遠いクラスメイトだな〜。
考えていれば担任の先生がやってきて。HRが始まった。
いつの間にか井上君は消えていた。

新生活早々騒がしいな、なんて他人事に思ってたんだけど……。

災難は思わぬところから始まった。

僕の波乱に満ちた一年も。思えばココから始まったんだ。

それはHR終了後の掃除の時間。

何故かこれも海央名物の一つ。一年間使用する教室を手始めに掃除するところから始まる。
これは兄さん達から聞いていたから僕も心の準備があった。
机を移動して床を濡れ雑巾で拭く。
窓を拭く担当に黒板を綺麗にする担当。
それぞれが出席番号順に割り振られ皆は作業している。

「悪いね、京極院。水替えてもらえるかい?」
担任の先生に名指しされて、僕は濡れ雑巾を濯ぐ水を替えに行った。

災難ってのはそこで水を被ったとか。
バケツをひっくり返したとか。そんな生易しいもんじゃない。
考えようによっては一年針の莚になるかどうか。瀬戸際の災難だったんだ!

バケツを持って教室に戻った僕。
床が少し濡れていて気をつけなくちゃと思った瞬間。

コケました。

ドラマじゃないかって思えるほど見事にコケましたよ、コントみたいに。

宙を舞うバケツ。
放物線を描いて床へ落下。しかも間が悪い事に……。

「星鏡君!?」
悲鳴に近い女子生徒の声。
コケた勢いでズレた眼鏡を治した僕が目撃したもの。
僕が放ったバケツの水を半分ほど被った『王子』の濡れた姿だった。

「!!!」
ドジした僕が驚愕するのもなんだけど。
顎が抜けるかと思ったくらい驚いて。
そして周囲の視線(主に女子生徒)に射抜かれて僕は凍りつく。

わ、わざとじゃないんだけど。

なんで? なんで? よりによって星鏡君に水が? 僕にかかればよかったのにいぃぃぃぃ!

所詮は小市民で小心者の僕。
心の中だけで絶叫した。
完全に静まり返る教室。

意外にも動いたのは星鏡君だった。

「京極院……君だよね? 君は大丈夫?」
呆然とする僕に笑顔で話しかける星鏡君。
怒ってないみたいだ。
床にカエルみたいに這いつくばった僕に手を差し出している。
「あ、うん」
僕は星鏡君の手を借りて立ち上がった。
感嘆の声が周囲から上がる。(やっぱり主に女子生徒から)
王子のあだ名は伊達じゃないんだ……。
僕は場違いに感心した。
「先生、一応保健室に行って制服乾かしてきます」
「ああ。清掃終了放送に間に合わなかったら、職員室に顔出しな」
姐御肌の先生は星鏡君に指示を出す。
「分かりました。さ、京極院君も」
星鏡君は僕を促して教室を出る。
教室の扉を閉めた瞬間、女子生徒の悲鳴に近い王子コールが巻き起こっていた。
うわ。正直怖いよ。
「ごめん、星鏡君。僕の不注意で」
項垂れて僕は謝った。
そのつもりが無くても僕が星鏡君へ水をかけてしまったのは紛れも無い事実。
時間が巻き戻せるなら消したい事実だけど。
「気にしなくていいよ。あれは事故だし」
右半分がグッショリ濡れているにも拘らず、星鏡君はあっさり言った。
本当に気にしている様子は無い。

僕達は教室を出て同じ一階部分にある保健室を目指す。
星鏡君は何故か校舎内の配置に詳しくて。
迷うことなく保健室へ……到着する前。

キラリ。

まただ。窓から見える中庭の花壇。
光る物体が僕の目を刺激する。
立ち止まった僕に合わせて立ち止まる星鏡君。
不思議そうに僕を見てるけど。


「助けて」

女の子の声。ふわり。
目の前に立体映像のように浮かび上がる女の子。
さっき見た長い髪の薄紅の瞳を持った女の子。
猫のようなつり目の瞳に、鼻周りのそばかすがファニーな印象を受ける。
僕へ手を差し出す女の子。

つられて。

僕も女の子に手を差し出した。

閃光。

眩しさが収まり僕達の目の前に現れたものは。


「ふぁ―――――ぁあ。よく寝た」
両腕を空へ伸ばし大きく伸びをした女の子だった。

黒の膝丈ワンピース姿の……ごく普通のって言いたいけど。

どっから見ても普通とは違う女の子。
背中から生えた蝙蝠の羽を持って、スカートの裾からは尾?らしきもの。
猫の目のような大きな薄赤色の瞳。
口からは小さな牙が見え隠れ。牙……だよね。

大口開けて固まる僕と静観する星鏡君。僕等を他所に女の子は目を輝かせて僕を見た。

「初めましてvご主人サマ」
女の子の第二声。聞いた瞬間僕は咽た。

「ゲホッ……」
くっ、苦しい。死ぬ。気管支に入った唾が息苦しさを増長。
目に涙を一杯溜め僕は必死に酸素を肺に吸い込んだ。
「大丈夫?」
星鏡君が僕の背中を擦ってくれる。
いや、お気遣い有難いけど……なんなんだ〜!
こんな非現実があっていい訳がない!!
「あれ?」
女の子はキョトンとした顔で不思議そうに僕を見る。
「君は……だ、誰?」
咳き込む合間に問えば女の子はニコリ可愛らしく笑った。
「魔物のなかの魔物。最強の力を司る能力者、ミィーディー。そしてアタシを具現化させる程の魔力の持ち主、それがご主人サマ」
立て板に水。
女の子……自称魔物のミィーディーはツラツラ僕に説明してくれる。

嘘だ。

これって絶対幻。

後ろで星鏡君が「へぇ」なんて感心してるけど。
何かの間違い。
きっと昨日寝付けなくって気晴らしにやったゲームの影響だ。
頭がイカれちゃったんだよ。

僕理解した。そして大人しくそのまま気絶したのだった。





「……く…君!」
ゆさゆさ揺すぶられて僕の意識が浮上する。

聞き覚えのない声。誰だっけ……。

「京……君……極院君! 京極院君! 大丈夫?」
はえ?僕がはっきりしない意識のまま目を開ける。
鼻をつく消毒液の匂い。
心配顔で僕を覗き込む星鏡君と?

「うわわわわゎああああああ」
思わず絶叫。

幻で片付けたかった女の子が星鏡君と二人して僕を覗き込んでいた。
僕がベットに寝ていることやクリーム色のカーテンで区切られている場所に居ること。
星鏡君が上着を脱いだ格好でいること。
を考えて、ここは保健室なんだ。漠然と思った。

「良かったね、気がついたみたいだよ」
ボケてるのか天然なんだか星鏡君。
ミィーディーと名乗った女の子へ笑顔で話しかけている。
ミィーディーも嬉しそうに「うん」って返事。

いや和まれても困る。

「なんでも二千年間封印されてたらしいよ? でも京極院君との知識、一般知識を共有できるらしいから日常生活には問題ないみたい」
この非常識な事態に適応してる星鏡君。
ご丁寧にミィーディーから聞き出したらしい情報を僕に伝えてくれた。
「誠心誠意お仕えしまーす」
星鏡君の隣ではミィーディーが元気に僕へ宣言。
「……あう」
残念ながら。

僕は普通じゃない人生が送れて『人とは違うラッキー』なんて思う人種じゃない。
兄さん達なら思うかもしれないけど。
選民思想もないし。
人生平凡が一番、平和第一・安全第一。
ゲームの主人公気取りで居られるほど僕は呑気でもない。

「小心者だし、弱虫だし? 取り柄なんかついてないし」
僕の思考を読んだらしいミィーディーが小首を傾げ、ブツブツ。
「……」
口を開いたまま言葉にならない僕。
「フツー人の心読むなんてデリカシーのないコトしないよ?」
絶句した僕と棒読み口調で僕の心理を読むミィーディー。

他人の人生彩った挙句に自分は魔物憑依(つ)きになっちゃう僕って一体!?

運もここまでなきゃ逆に凄いか?

パニックに陥ってグルグル頭の中を意味不明な考えが巡る。

「実は……ね」
すまなそうな顔つきの星鏡君が言いずらそうに喋りだした。
「ミィーディーが封印されていた小瓶を僕の友達が預かってたんだ。で、それを落としちゃって割っちゃったんだけど……。
友達が言うには『ミィーディーが具現化するには膨大な魔力を必要とするから問題はないだろう』って。まさか京極院君にそんな力があったなんて知らなかったんだ。
謝って済む問題じゃないけど、ごめん」

僕だった知らなかったよ!

ってゆーか、魔力ってナニ? 魔力って!!!

しかも星鏡君の『友達』って一体ナニモノ?

謝ってもらっても今現実に目の前に居るじゃん!!

「えへ」
視線を向けられたミィーディーが照れて笑う。

ちっが―――う!! そいういう意味で視線を向けたんじゃないっ!!

「僕もできる限りはフォローするよ」
真面目な顔で星鏡君に言われて僕はある事実に気がつく。
「星鏡君、具現化って言ったよね?」
「うん」
尋ねる僕に即答してくる星鏡君。
「じゃぁ……ミィーディーは実体を持ってるってコトで、身体はあるんだよね? ミィーディーってどこに住むわけ? 今までは小瓶だったんでしょ?」
突然こんな出で立ちの女の子が現れて。
どこに匿えばいいわけ? 僕にはとてもじゃないけど考えられない。
急に頭の芯が冷え切り、心臓がバクバクいう。

どどどど、どーしよっ。

「それがね」
星鏡君はさらに申し訳ない顔つきになった。

なに? なんかあるの? まだ。
不吉な予感が僕の胸をよぎる。

こういう勘だけは当たるんだよな。嬉しくないけど。

「京極院君が倒れたって聞いて、お兄さん達が迎えに来たんだ」
……大学の校舎からわざわざ中学校の校舎まで!?
なんて物好きなんだ! ってそんな感心してる場合じゃなくって!

「よ、彩!」

シャッ。

ベットを囲っていたクリーム色のカーテンが開け放たれた。
カーテンの向こうには見知った顔二つ。
次男の譲兄が僕へ片手を挙げる。
クセのある髪を自然にセットしてあってややタレ目気味。
が次男の特徴。

「お前つくづく面白い人生送ってんな〜。俺羨ましいよ、マジで。な? ミイちゃん」
僕が気絶している間にすっかりミィーディーと和んでたらしい。
譲兄がミィーディーの背中を軽く叩いた。
「心配するな。俺達からも母さんに頼むからさ。母さんずっと女の子が欲しかったみたいだし、大丈夫だろ」
この非常時に爽やかに僕を元気づけるのは長男護兄。
あまりクセ毛ではなくて、タレ目気味ではない。のが特徴。

大丈夫って、ナニを根拠に!? しかも驚かないわけ?

「そういう問題じゃないんじゃ……?」
口篭りつつ僕は兄二人を見る。
「狭い了見してんな? 出てきたものは仕方ないだろ、俺だって彩が魔力持ちだって知らなかったけどさ〜。俺にはないのかな?」
好奇心旺盛な譲兄がミィーディーに尋ねている。
ミィーディーはじーっと譲兄を見た後、黙って首を横に振った。

譲兄は「なーんだ、残念」なんて呑気に笑ってる。笑い事?

「見たことのない現象は信じない主義だ。だけど実際この目で見た現象は信じるぞ」
これは護兄。違う……違うよ、ポイントが。思うの僕だけ?
「良いお兄さん達だね」
しみじみと星鏡君が僕に言った。僕は疲れて言葉もない。
「いやいや。王子と友達になれるなんてラッキーだぞ、彩!」
譲兄は上機嫌。友達っていうかなし崩しに秘密を共有っていうか……。
「僕としては友達、なんだけど?」
星鏡君は穏やかに僕へ告げる。

いいのかな〜、なんか今度は王子の彩り?

卑下するわけじゃないけど考えちゃうのは仕方ない。はぁ。

「京極院君はもっと自分に自信を持ってもいいと思うよ」
星鏡君に言われても。余計凹むよ。


入学初日。

人生最大の災難に見舞われた僕は、これから起こる事件の数々を予想することすら出来ず。
目の前の現実に対応することも出来ず。
ただただアタフタしているだけだった。




近所に異星人が住んでいようが。いまいが。
僕を中心に巻き起こる、ファンタジーもどきの騒動は今日始まったばかり。



星鏡王子を詳しく知りたい方は『妖撃者』を参考にして下さいませ。あちらでは彼が主役です(密かに宣伝)こうやって始まる彩君の一年間。笑いあり涙ありとなる筈。どうぞ最後までお付き合い下さい〜!!ブラウザバックプリーズ