『思い出と新たな枷4』





人が死んだ。



その事実は重い。

まだ幾分青ざめたリサと を連れ、達哉達は春日山高校の体育館まで戻ってきていた。
先程まではまだ普通の『人』であった同世代の面々が影人間化している現状を目の当たりにしながら、 にこれ迄を説明する。

「そうなんだ。ジョーカー様に願いを叶えて貰うには代償があったんだ」
の胸中を過ぎるジョーカーが放った強烈な憎悪。
身震いした の背を優しく撫でてゆきのは深々と息を吐き出した。

「それだけじゃないのよ、サキ。
須藤やあの女の子。達哉君達と同じ七姉妹学園に通ってた陸上選手のホープだった女の子、杏奈ちゃんて言うんだけど。
あの子達……仮面党っていう組織の幹部だったの」

舞耶が取材メモを捲り集めた情報を惜しげもなく に伝える。

まさか自分達よりも先に が達哉達と出会っていた等とは。
流石の舞耶も重なる偶然に驚きを隠せなかったけれど不思議な納得も得ていた。

 そう、とても懐かしく悲しい心を持ったサキ。
 サキと似た空気を持つ周防君。
 どうしてかしら……この二人、とても似ている気がする。

 心が。

つらつら考え舞耶は達哉と を見比べる。

「須藤はキング・レオ。杏奈って女はレイディ・スコルピオって呼ばれてるぜ」
その間に、舞耶の台詞を引き継ぎ栄吉が へ言った。

「仮面党はジョーカーが統べてるの。仮面党に入った人は皆、夢見る心『イデアルエナジー』っていうものを献上するって。
さっき……須藤に殺された春日山高校の生徒会長が言ってた……」

最後の部分は言い淀みながらも。
リサは に自分が得た情報を伝える。

最初は栄吉と同じ番長だと聞いて甘く見ていた。
でも。
ジョーカーから守ってくれた事。
さっきも舞耶を須藤から助けてくれた事。
とても頼もしい。頼りになる。絶対に。

この少女の強さを頼りたい。

こう考えてしまうリサ自身が、リサの無意識の中に生まれつつあった。

だからこそ無自覚に に情報を伝える。
共に戦って欲しいと淡い期待を抱いて。

「仮面党? ……!?」
呟く の頭に膨大な量の映像が捻じ込まれる。


 時計台……。
 見上げる優しそうな顔立ちの男の先生と、神経質そうな女の先生。
 あれは? 須藤?
 今よりずっと若いけど、須藤だ。

 三人が中庭で顔をつき合わせて話している。

 これは過去……過去の映像。

 でも誰の?

 会話の断片が嫌でも頭に入ってくる。

 マイヤの宣託……人類の進化、新たな可能性。
 イン・ラチケの予言。

 銀色の兵士・ラスト・バタリオン。

 槍? あの槍は駄目っ!!

 あれは神殺しの槍……。


は頭を抱えて蹲り身動きが取れなくなった。
普段からその特異性故に他者の記憶や過去を偶発的に見てしまうが、今回の量は以前の比ではない。

《余計な干渉をしないで貰おうか》
自分が自分でなくなってしまう感覚。
の意識が遠のきかけた刹那、氷の冷たさを伴ったルーが と映像の接点を断ち切った。

断ち切るより、ぶった切った。

こう評した方が妥当なほど乱暴に。

昔の須藤が『ツィツィトミル』から送られたメッセージだと。
信じて疑わなかった、虚言の数々を押し付けられた が、それ等から開放される。

 た、助かった……。ありがとう、ルー。

小さく身震いする の心を抱き締めてルーは首を横に振った。

は基本的にタフで、滅多に自分の精神世界へ逃げてはこない。
その彼女が周囲に人が居るにもかかわらず、自分の内側へ避難してきたのだ。
相当気味が悪い映像と言葉の羅列だったのだろう。
災難だとは感じるが現実は待ってくれない。
震える を抱き締めルーは言葉を続ける。

《今回の冒険者達に肩入れするのも構わないが。自分を流されないようにしないと拙い。セベクの時とは規模が違う》

 うん。ごめんなさい。

ルーの言いたい事は分る。

同情や好奇心だけでは太刀打ちできない相手。
ジョーカーとどう繋がっているかは未知数の敵・ニャルラトホテプ。
アヤセを人質にとってみせた淳。
セベクの時のような子供のお使いレベルじゃない。
肌で実感で感じ取って は気持ちを正した。

《謝ってもらいたいわけじゃないさ。噂が現実になり虚言に満ちた妄想が世界を覆う。中途半端に足を突っ込めば足元を掬われる》
ルーが幾分口調を和らげる。

 分ってる。気をつけるよ、本当に。
 相手は、あいつ等は軽く一線を越えてみせた。
 軽々と躊躇いもなく人を殺した。

 あの時と、セベクの時と同じ。

 ヒトゴロシが容認される悪夢の世界が出来上がった。
 噂によって。

 セベクの時は御影町一つだったけど今度は珠阯レ市。
 規模が大きくなってる分だけ噂は多岐に渡り人々を惑わせる。

激しく波打っていた心臓が落ち着きを取り戻す。
は唇を引き結んだ。

《そして良くない未来ばかりを信じたがる。人間は因果な生き物だ》

 そうだね。
 滅びの願望は一人で抱えて勝手に滅びろ、って感じ。
 自分が受け入れられないから自分の国を作って。
 無関係の人を巻き込む。

 その後押しをするニャルラトホテプ。
 今回は須藤が選ばれたのかな?
 それとも黒っち?
 ……或いは、ジョーカー様。

 どちらにせよこっちも笑ってらんないか。

本腰を入れる。
戦いに身を投じる。
正直言って嫌だ。

ペルソナの力で誰かを傷つけるのは嫌だ。
暴力は嫌いだ。
過去のいじめっ子だった自分を思い出すから。


深呼吸を繰り返す の顔色は真っ青だ。


「ねぇ、大丈夫? サキ?」
突然顔色を変えた をリサは不安げに見守り声をかける。

「ご、ごめんね? リサっち。ちょびーっと脳内会議してました」
「???」
リサの声に我に返った は曖昧に笑って誤魔化した。

口が裂けてもいえない。
地球が貴方達のせいで滅びるかもしれない。なんて。

「……ねぇ、マッキー達は本当に追いかけるの? ジョーカーを」
の質問に達哉達は互いに顔を見合わせ、代表して達哉が に頷き返した。

「人が死んだのに? 今度は皆のうちの誰かが殺されるかもしれないよ?」
可能性は高い。
分っているから は敢えて厳しく言い忠告する。


「それでもここで引き下がるわけにはいかないよ」
「わたしも」
「俺も」
「悪いな、俺もだ」

リサが。
舞耶が。
栄吉が。
最後に達哉までもが。

何かに追い立てられるように決意を固める。
四人の背後でゆきのが形容しがたい奇妙な顔で帽子を被り直している。

「……ならば覚悟を決めてリサっち。ムー大陸でリサっちの友達が待ってるから」
誰かの想いが を呼んでいる。
浮遊感を感じながら は驚愕の面持ちでこちらを見ているリサへ告げた。


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