『魔性の調べ』


 高校にあがる前。

自主登校になった二月頭。
はバイトを始めた。人生において始めてのバイト。

「ふふーん。ひっとぽいんと回復するなら〜……って、今は違うんだよね〜」
バイト先から支給されたエプロンを身に着け、 は店内の床掃除。
入店したらまずは床掃除がバイト先のルールである。

「あら、新人さん?」
少し緊張気味の の背後から女性の声。

「はいっ。神崎といいま……す?」
振り返って挨拶しかけて、 は動作を止める。
ショートボブの綺麗な女性と、なんだか冴えないオーラを放出する奇妙なカップル。

「わたしはたまきっていうの。こっちはただし君」
動きを止めた に、たまきが苦笑しながら説明した。
は手を叩いてから、ただしを指差す。

「聖エルミン出身のただし先輩!!! サトミタダシの御曹司!!」

無遠慮にただしを指差す だが、ただしは気を悪くした風もなく。
逆に褒められたと感じたのか威張って仰け反った。

「はっ、はっ、はっ! そうこの俺こそが……」
天狗になって喋り始めたただしを他所に、たまきと は別話を話す。

「えっと、神崎さん? よろしくね。わたしも臨時バイトなの、春休みの間だけ」
右手を差し出して、たまきが口火を切る。
たまきの、デビルサマナーとしての感覚が。
不思議な共鳴を に覚えていたからだ。

「よろしくお願いします。たまきさん。わたしも聖エルミンなんですよ♪ 中学生からの持ち上がりですけど……そういえば、たまきさんは麻生さん達と同じクラスでしたか?」

も同じ。
差し出されたたまきの右手を握りながら。
不思議な共鳴を感じて。
それから心に流れてくる単語に懐かしい人達の苗字があって。
思わずたまきに問いかけていた。

「へ!? 麻生君?? 知り合いなの?」
たまきが驚いて の顔をまじまじと見る。

「はい。間接的には先輩ですし。稲葉さんや、城戸さん、綾瀬さんとも知り合いなんですよ〜」
喋り続けるただしを無視して はたまきにだけ返事を返す。

「……もしかして、例の事件の関係者、とか?」
不意に。
声を潜めて心持ち身体を小さくして、たまきは真顔で に訊いた。
は黙って微笑む。
微笑みに肯定の意思を感じ取ったたまきは腕を組み、小さく唸る。

「そう……」
「神崎さん、説明始めるよ〜」
考え込むたまき。

薬品棚の向こうから、ただしの父親が を呼ぶ声がする。
の短期バイト先。
サトミタダシ・サンモール店。
長い一日が始まろうとしていた。


店長から簡単に説明を受け、初日はレジ打ち。
たまきも以前にここでのバイト経験があるらしく、彼女に習ってレジ台を前にお客様に接客。

「「有難う御座いました〜、またのご来店をお待ちしていますっ」」
何人目かの客の背中をたまきと二人して見送る。

「あの、たまきさんってペルソナ使いですか?」
例のサトミタダシソング(声なし)をバックミュージックに、ずばっと。
が世間話を持ち出す要領で会話を切り出す。

「少し違うかな。サマナーなの、わたしは」
たまきも器が大きいというか。
人を見抜く目があるというか。
理知的な瞳を輝かせて へ答えた。

「だから不思議な感覚がしたんですね。……ところで、さまなー、ってなんですか?」
納得してから疑問を口にした に。
たまきは軽くコケる仕草。

「あ、えっとね。悪魔を仲魔にして呼び出せるの。召還師みたいなものね、当然わたしも戦うんだけど」
たまきはあっさり説明する。
簡単にも程があるが。

「そーなんですか。じゃあ、ペルソナ使いみたいに相性は関係ないんですね。仲魔にするって会話してってヤツでしたよね?」
エルの杖が繋ぐグライアスの記憶。
は思案顔で更に話を続ける。

「そーなのよ。会話もペルソナ使いみたいに相性があって。大変なの」
薬品棚で棚整理をしている、ただしを除け者に盛り上がる とたまき。

悪魔の話ですっかり意気投合。
外見は女子高校生の と大学生のたまき。
華があるのに会話がアレである。

幸い、切り替えの良いたまきの機転によって、客に迷惑な顔もされず。
は人生初バイト・初日を無事に乗り切った。


帰り。
追い縋るただしを無視して、たまきと はモールのピースダイナーへ。

「たまきさん、サトミタダシソングって知ってますか?」
あのインパクトは冒険が終わって一年が過ぎようとしている、今でも忘れない。
は以前にもバイトした。
という、たまきの言葉を思い出して聞いてみた。

「サトミタダシソング?」
たまきはポテトを摘む手を止め、怪訝そうな顔で に聞き返す。

「ええ。あの時にサトミタダシでかかってて。すっごく面白かったんですよ〜。今は歌無しじゃないですか」
思い出し笑いを浮かべ。
の顔が奇妙に緩む。

「面白い歌詞ならただし君に提案してみれば? ノリがいいから採用してくれるかもよ?」

たまきは、この聖エルミン生だという遠い後輩を気遣って。
自分も歌詞を知りたかったので何気なく提案してみた。
のだが。

数日後。
の伝えたサトミタダシソング・歌詞にただしは爆笑(大ウケ)。

すぐに歌を入れたバージョンを店内に流し始める。
サトミタダシを訪れた城戸が思わず呆然として、偶然店内に居合わせた、ただしに詰め寄ったのは。
ただしにとっては災難で、思わぬ場所で再会して喜んだ にとってはラッキーだったのだろう。

「あれは魔性の調だ。南条ですら口ずさんでたぜ」とは。

城戸から に伝えられた極秘情報の一つ。である。

後に繋がる事件にもサトミタダシソングは様々な波紋を巻き起こすのだが。
現在のところ、心配するべきなのは。

「ねぇ、 ちゃん。よかったらココじゃなくて、別のトコでバイトしない?」
二月の中頃。
こう へ持ちかけてきた、たまきの一言であろう。




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