『仄暗い瞳の奥底』



「ひっとぽいんとかいふくするなら、きずぐすりーとほうぎょくでっ」

鼻歌交じりに が動く。
左に上半身を振って繰り出すのは重い蹴り。

悲鳴を上げる暇もなく大柄な男が地面に沈んだ。

 うんうん。コンクリだと頭打っちゃうからね、地面ってとこが親切 v

の親切基準を知る由もない。
いかにもヤで始まる職業だと思われる、強面の男たちが次々に にノされていく様は絶景だ。

「ぐがっ」
鳩尾に食い込む の革靴の先。
男は身体をくの字に折って地面に蹲る。

「ねえ、オネーサン。なんで喧嘩売ってくんの? 理由が分んないよ」
男達を差し向けた若い女。
の第一印象が間違っていなければ、いっても大学一年生くらい。
下手すれば同じ高校生。感情の見えない暗い瞳をもった女は腕組みしたまま。
身じろぎもせず を観察していた。

「……別に」
の問いかけに素っ気無く応じる。

「別にってだけで喧嘩売られてもぶっちゃ困るんだけどさ〜、マジ喧嘩売るなら容赦しないよ〜」
相手が女性なので最低限礼儀正しく。

脅し交じりで女に が言えば、女は無表情のまま片手を上げた。
途端に攻撃が止み男達が怯えた表情交じりに女の背後に逃げる。

私服。ジーンズにパーカーの軽装姿。
が服についた砂を払っていたら、脳裏に飛び込んでくるイメージ。

笑顔で走っている陸上選手風の女。
見違えるほどの笑顔に、夜道を歩く彼女に迫る車のヘッドライト。
病室で目覚める彼女と、足についたギプス。

 ……校章は七姉妹。でももう退学してる、か。

眉を顰め女を見て、その暗い瞳に は肩を落とした。

「えーっと、夢も希望もなーんもないのは分かったから。喧嘩売らないでくれます?」
自分が興味本位で関わってよい相手じゃない。
それだけは分る。
は取りあえずこれからを考えて女に頼んでみる。

「命令だから」
気だるげに答える女に はめげずに尚も話しかける。

「誰の?」
「……」
尋ねた に女は沈黙した。

 わたしにどーしろって言うんだヨ!!

内心キレかけて は背筋を正す。

「まぁ、あんまあたしにカンケーないと思うけどさ。一人不幸に浸ってたいなら、他所でやってよ。他所で。
悪いけどわたしじゃオネーサンの力になれないよ? 不幸の種類が違うから」

困惑しながらコミュニケーションを取ろうとする。

女は無表情のまま の直ぐ傍にまで歩み寄った。
小首を傾げて の顔を覗きこむ。

「オネーサンが大変そうってのは、なんとなく分るけど。わたしみたいな能天気じゃ、オネーサンの力にはなれないでしょ?」

 傷つけた側のわたしと、傷つけられた側のオネーサンじゃ隔たりは大きいモン。

妙なテンションだけが売りですものね!》

喋る の頭でフォースが微妙な褒め発言? をする。

 うっさいよ、フォース。
 主が妙なテンションなら、フォースだってそーなるんだよ。

一々ツッコんでくれる、関西人のようなペルソナ達。
は言い返してフォースを黙らせた。

「貴女の夢は?」
唐突に女は話題を変える。

「夢? 夢……ムカつく蝶々ズをもう三回位殴る事かな。でも実行可能だから夢とはいえないね。ある程度の夢は叶ってるし自力で叶えてナンボでしょ?」

 フィレ殴った時スッキリしたしさ〜。
 偶然再会したとはいえ、あれは自力で夢をかなえたんだよね☆
 あの達成感はなんともだよ(悦)


思い出してニヘラと笑った を、女はエイリアンでも見る目つきで見ていた。

「そう」
女も遠い隔たりを に感じていて、かろうじてこれだけ相槌を打って返す。

と女のやり取りを傍観する男達は沈黙を守り見守る。
噛みあっていない言葉のキャッチボールを。
としても女と自分が決定的に噛み合っていないのが分かるので、内心苦笑しっぱなし。

「ま、毎日愉しそうな日々を過ごしている風に見えても。それなりーに、悩みってのは誰しも持ってるんだよ。だからあんま暗い顔しない! 眉間に皺がよってる!!」
なんとか場を和ませようと が女の眉間の皺を指差す。

 アヤセやアヤセやアヤセみたいに!!
 コギャルでも悩んでる人はいるんだっ!
 ↑アヤセに大変失礼である。

「……」
異文化を目の当たりにした外国人のように、女はリアクションに困り口を再び閉ざす。

 い、痛いな、このオネーサン。

も大きく調子を崩されて冷や汗をかく。
黙り込む女ときっかけを失って黙り込む
奇妙な沈黙が二人の間を流れて行った。

数分後?

「あ!!」
突然我に返って は叫んだ。

 やっば〜。
 この間のみっちゃんの時もそーだったけど、またバイト遅刻だよ〜(涙)
 なんでこーゆー時に絡まれるの、わたし!!!

「ご免ね、オネーサン。わたしバイトなんだ〜。えっと……暗い暗い瞳の奥底? 本当のオネーサンに会える日を楽しみに待ってま〜す。それまでオネーサン元気でねっ! 倒されない(?)ようにね」

 ぐっ。

親指を立てて満面の笑みを浮かべて笑い、走り出す
興味がまったくない顔で を見送る女。

「宜しいのですか、レイディ」
背後で控えていた男が女を呼ぶ。

変な子
余計な詮索をしなかった。

自分では荷が重過ぎると、女に干渉してこなかった。
偽善者ぶったお節介ではなく。
とてもとても。
不思議と憎めない。
頭が悪そうなのに妙に指摘だけは鋭くて。
キングの指示なんてどうでもよくなった。

「でも面白い子
薄っすら口元に笑みを湛えて女はひとりごちる。
後に様々な場所で顔をあわせることになる、レイディとの初対面だった。




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