『春の風物詩』



「フォーウ」

一人悦に入るビジュアル系ナルシストを前に は欠伸を漏らす。


 春になると湧くってゆーけど湧いてるよ、コイツの頭の中。


 事務所(バイト)での今日のおやつはなんだろうな〜。

なんて考えつつ はもう一度欠伸を漏らしたのだった。


 時を遡ること数分前。
 水色の学ランが現れたワケ。
 噂だけは訊いた事のある『春日山高校』カス校の高校生達ね。

 なーんで絡まれるか分らないんだけどさ〜。
 って首を捻るわたしの前にビジュアルナルシストが現れたんだよ、マジで。
 ドッキリかと思うくらい見事なビジュアルぶりだヨ☆


 いやぁ、春になると湧くってゆーけどねぇ。


 頭。



「おーい、聞いてるかぁ?」
ビジュアルナルシストの傍らに控える男子生徒が、 の目の前で手のひらを左右に振る。
は無反応。
マイペースに欠伸を漏らしつつ心ここにあらず。

「え? ああ、これからバイトなんで手短にお願いします」
我に返った は腕時計で時刻を確認して、目の前の面々に頭を下げた。
「神崎  はお前だよな?」
真顔に戻った青い頭が を見据える。
「人に名前を聞く前に自分で名乗るのが常識だと思います」
笑顔で切り替えした
青い頭の両隣が固まる中、青い頭は苦笑した。
「俺は三科栄吉(みしな えいきち)春日山高校の番長をしている」
腕組みしてポーズを決めた青い頭、栄吉が名前を名乗る。

「はぁ、番長さんですかぁ。あ、わたしは神崎  と申します」

 世の中色んな人がいるんだなぁ〜。
 城戸さんとはまた違ったタイプ。

大分失礼なことを考えて は軽く会釈した。

猫被ってさえいれば大人しい雰囲気で誤魔化せる の印象。
栄吉は一瞬だけ目を丸くしてそれからジッと を見据えた。

 色白い〜、美白? 身体も細いし。
 ダイエットのイメージが浮かんでますヨ〜。
 高校生になったらハジけろって、アヤセも言ってたし。
 わたしも今年はダイエットして勝負水着!!
 ダイエット方法教えてくれるかなぁ、この人。

栄吉の視線をさらっと受け流し はまったく違うことを考えていた。

「お前にボコられたっていう、ウチの生徒が居るんだが」
外見はビジュアル軽そう。
でも中身は案外普通である。
栄吉が重々しい口調で話題を切り出したにもかかわらず。

「ダイエット……」
小声で呟く 。聞いちゃいません。

「心当たりはあるか? ないのなら」
「はぁ……夏の海とかで難破(正:ナンパ)される位の可愛らしさかぁ。麻希ちゃんに相談しようかな。それとも今日会うし、たまきさんに相談しよっかな〜」

尚も律儀に話しかける栄吉の言葉は右から左。
の頭にあるのは開放感あふれる夏のビーチ。
バイト料も手元にあるし、お姉さんと慕うアヤセ達に混じって夏を楽しもう☆計画が頭の中に描かれている。

「……」
流石に栄吉も の独り言に気づき、口を噤む。
それからちょんちょん、と。
の肩を叩き彼女の意識をこちらへ向けた。

「!? はっ、ご、ご免なさい。うっかり高校生最初の夏休みに想いを馳せちゃいました。それでわたしが番長さんの射程(正:舎弟)をボコった話ですか?」
「あ、ああ」

 聞いてたのかよ。
 一応。

内心思いつつ栄吉は の返事を待つ。
この場合栄吉の話を聞いていたのは の中のペルソナ達で、 自身ではない。

「喧嘩は自分から売りません。喧嘩の師匠(城戸っち)からの教えは守っています。売られたなら三倍返しですけど」
にっこり笑顔で答える に一同沈黙。

 あれ? ああああぁぁ!!
 やっだ、このバンチョーさんもペルソナ使いじゃん。
 フィレの幻影が見えますねぇ〜。
 この間の黒っちといい、因縁かぁ??

珠阯レ市にはペルソナ使い人口が多い。
眉間に皺を寄せる に、外見は運動音痴そうな を眺める栄吉。
ペルソナがなければ実際 は極度の運動音痴なので栄吉の見立ては間違っていない。

「まぁ、バイト中に、道を塞いでいるバンチョーさんの生徒さんを押しちゃったりはあったかもしれません。すみませんでした」

《ありゃ押したっていうか、張っ倒した感じだよなぁ》

頭の中でルーがちゃっかりツッコんでいるが無視。

はしおらしく謝った。
栄吉は確認のために を呼び止めただけ。
悪い印象も感じもない。外見を除けば。

 うん。すっごくフツーの人だよね。
 ちょっと自分に自信がないのは黒っちに通じるモンがあるけど、仲間想いみたいだし。
 バンチョーさん。
 だから先に謝っちゃっとけば後腐れないし、こういう人とは揉めたくないなぁ。
 仲間想いの部分は稲葉さんにもちょっぴり似てる。

何度目かの沈黙。
思案顔の栄吉は片手を頭に当てて小さな声で唸った。

「聞いてたほど馬鹿じゃないみたいだな。礼儀もある、筋も通す。……これも何かの縁だ、番長同士連絡を取り合おうぜ?」
栄吉ウインク。
は笑顔のまま栄吉のウインクを避けた。
「……やるな」
好戦的に瞳を輝かせ栄吉が呟いた。
栄吉の両隣の男子生徒が同時に唾を飲み込む。
「いえいえ。バンチョーさんほどでも♪」
笑顔を崩さない

 ふっふ〜ん!
 ちょっとした修羅場なら潜ってきたもんねぇ〜。

《大層な修羅場の間違いでは?》
《セベク事件以来も危ない事件は多少遭遇してますしねぇ》
麒麟の冷酷なまでの指摘と、嘆息するフォースの意見も無視無視。
は内心だけで胸を張った。
膠着する状態を破るのは の一言。

「あの、バイト時間なんで失礼してよろしいですか?」
腕時計を見て本格的に焦る。
「あ? ああ」
毒気を抜かれた栄吉が間抜けた返事を返す。
「わたしの事は神崎って呼んでください」
は栄吉へ告げた。

 流石に名前はイヤン。
 初対面だし相手はバンチョーだし。
 わたし、そもそも何時聖エルミンの番長になったんだろう???
 そっちの方が疑問だよ。

「じゃあ俺は」
「バンチョー?」
栄吉が名乗る前に が疑問系で呼んでみる。

「ミッシェルだ!」
力強く栄吉が訂正した。

「? じゃぁ、みっちゃんで」
「いや、ミッシェルだ」
「? だから、みっちゃん
首を捻って不思議そうにもう一度栄吉の愛称を呼ぶ

「……バイト遅れるぞ」
諦めた顔の栄吉が手を前後に振った。
「うわ、すみません。失礼します〜」
栄吉の両隣で固まっている二人にも会釈をして は通り過ぎる。


「春になると湧くってゆーけどなぁ、ありゃ、どっちだ?」
「「さあ……」」
の背中を見送りつつぼやいた栄吉の言葉に、お供の二人も返事を返しようがなく。
呆然と小さな背中を見送ったのだった。




Created by DreamEditor