魅せる!? 演出
泣いているな。
漠然と感じ取って子供は小川近くの川原から街の方角へ顔を向ける。
『ナルちゃん、どったの?』
青年が小川からバケツで水を汲み上げる手を止めた。
「泣いている」
子供はただ街を見据えたまま一人心地に呟く。
バケツに水を汲み上げ、青年は子供と同じ様に街の方へ顔を向けた。
『ああ……泣いてるね。先生、原稿落としたのかな〜』
「……エロ仙人じゃない」
額に青筋浮かべ間髪入れずに子供は言葉を返した。
『うんv分かってるよ〜』
おっとりした調子で呟けば、子供の手から目にも止まらぬ速さで繰り出される。
銀色に光る何か。
青年はしっかり片手でそのブツを受け止めニコニコ笑顔。
「……」
振り返る子供の動きにあわせて揺れる金糸。
蒼い瞳が青年の、矢張り同じ蒼い瞳を捉える。
視線がぶつかり合うままの、沈黙。
『……』
子供が言葉を発しないので自分も黙ってみたりして。
青年は待てをする犬のように、子供のお許しが出るのを待つ。
「アホらしい」
耳にかかる髪を乱暴にかき上げ子供は嘆息した。
「注連縄、さっさと作業しろ。里の事が心配なら厭でも手伝え」
『え〜!? 誰も嫌だなんて言ってないよ〜、ナルちゃん!』
しゅっ。
子供の手から放たれたブツをバケツで咄嗟に防いで青年は反論した。
バケツに深々と突き刺さるクナイが日光を反射して銀色に鈍く光る。
ちなみにバケツは穴が開いて、そこから水が零れ落ちていた。
「前途多難だな……」
空を流れる雲を見上げ、一つため息。
はぁ。
木の葉に戻った仲間の癖でもあるため息。
真似たつもりは無いけれど。
このストーカー背後霊といると自然とため息が多くなる。
『ナルちゃーん! ため息をつくと幸せが逃げるんだよっ〜』
「お前のせいだろ」
顔色一つ変えないで子供は冷たく言い放った。
それから周囲の風景を確かめ右手を腰に当てつつ周囲をウロウロ歩く。
注連縄に向ける殺気はそのままに。
『容赦ないなぁ〜、本当に』
子供からの殺気を全身に浴び、注連縄はバケツからクナイを引き抜き開いた穴を眺めた。
向こうが持ち出した『賭け』ではある。
当然こちらに分が悪い賭けだ。
五代目火影候補・伝説の三忍の一人。
病払いの綱手姫。
行方の知れない彼女の探索に赴いたのは同じく伝説の三忍の自来也。
そしてもう一人。
『ドタバタ忍者・意外性NO.1』等と称される木の葉の里の下忍・うずまき ナルト。
の、二人。
実はナルト。
裏表激しい気性の持ち主で、裏では上忍並みの実力保持者。
素性と性別すらも偽って木の葉を支え続ける。
ナルトの裏を知ってか知らないのか、綱手姫が持ち出したのは奇妙な賭け。
期限は一週間で今日は二日目。
「注連縄、手伝え」
昨日。
笑いを誘うガスで、注連縄を窒息死(?)寸前まで追い込んだ子供本人が姿を見せた。
夜も開け切らぬ時間、注連縄を迎えに。
『は?』
昨日はナルトらしくない悪戯をしでかし。
今日は手伝えときた。
真意が掴めなくて注連縄は間抜けた顔を晒す。
「綱手姫は里に必要な人材だ。いや、俺自身の矜持にも関わる。だからこの賭けを利用して彼女を里へ連れ帰ることにした」
昨日一晩使って考えた。
子供は落ち着き払って注連縄に告げる。
キョトンとする注連縄の横で、子供の旅の同行者は高いびきをかき眠っていた。
「大蛇丸の甘言も気になるが今は最低限の保険が必要だ。綱手姫が俺を見に来るのは確実だろ? それを多少利用する。ドベの俺が頑張っている、らしい状況を作りたい」
勢いで賭けをする羽目になったかと思いきや。
目の前の子供、そうナルトは状況を誰よりも把握し。
己が有利に動けるよう先を見越して行動する。
忍なら裏の裏を読み、動け。
ナルトの言わんとする意味を飲み込み、注連縄は小さく笑う。
『愛しいナルちゃんの頼みなら♪』
彼女は、目の前の眩い輝きを放つこの子は。
果たして自分が放つ輝きをどこまで自覚しているのだろう?
今まで受身で。
ひたすら受身を続けて耐え忍び、己を殺して生きてきたこの子が。
自分の足で立ち歩き出そうとしている。
自分自身の意思で選び、望み。
凄まじい進歩なのだ。
普通なら『当たり前』の事なのだけれど。
恍惚とした表情で悦に入る注連縄のだらしがなく緩んだ顔。
綱手姫が評した色男も台無しの顔である。
ナルトがわざわざ自分の足で注連縄を迎えに来たのが、相当嬉しいのだ。
『うん! お兄さん頑張っちゃうね!!』
小さなガッツポーズを鼻息も荒く決めて見せても。
ナルトは興味なしといった風に顔色を変えずに注連縄を眺める。
『お兄さんと、ナルちゃんの愛の力で綱手さんを里へ連れて帰ろうね〜vvv』
馬鹿とハサミは使いようって言うし。
妙に一人で気合を入れる注連縄を横目に、ナルトは内心こんなことを考えていた。
最初はナルト一人で演出しようかとも思った。
しかしそれでは今までと何も変わらない。
自分一人だけで考え動く。
確かに今までは己の判断は概ね正しかったし、間違いを引き起こしたりもしていない。
忍としては。
ただのナルトとしては正しいといえるのか?
答えは『イエス』であり『ノー』である。
利用できるものは猫でも利用する、という至極合理的な理論も無論ナルトの頭にはある。
しかしながらナルトは一人ではない。
頑なに外界を拒んでいた頃の狭義な己とは違う。
控え目でいようとは思うが、主張すべき部分はきちんと声高に宣言しなければならない。
三代目という保護者はもういない。
冷静に振舞う振りして三代目に甘える事は許されないのだ。
自身で考え、周囲の考えも考慮し動く。
当然といえば当然の行動である。
ただナルトが率先して第三者と触れ合おうと考えていなかったのも事実だ。
これからは真の意味で己の行動に責任を持たねばならない。
与えられた任務だけを遂行する殺人機械のままでは、闇で糸を張り巡らせる蜘蛛達に食われてしまう。
第一歩としてナルト主導で注連縄と舞台演出。
『ねーえ、ナルちゃん。あそこにある木じゃなくて、枯れ木が欲しいってどういう意味? 何本くらい調達すればいいの?』
思考に耽るナルトへ無邪気に注連縄が問いかける。
場所は街から程近い小川の流れる川原。
小石が並ぶ岩場と、日光を浴び生き生きと青々と生い茂る木々が何本もある。
「ああ。螺旋丸の『失敗作』を何回も木にぶつけた。そんな雰囲気なら、枯れ木の方が相応しいだろ?
木の葉がついていない枯れ木で、だいたい20本から30本前後調達して欲しい。それに今からあそこら辺の木を他の場所へ植樹して来い」
舞台演出には邪魔な彩りだからな、あの緑は。
どこよりも爽やかな風景の中、ナルトは滝の水しぶきをバックに無常な注文をつける。
『ええ―――――っ。お兄さん老体に鞭打ってるんだから少しは労わってよ〜』
ゴウッ。
注連縄が口先を尖らせ文句を言えば、その頬スレスレを掠め背後に炸裂する螺旋丸。
しかも天鳴バージョン。
ドゴン、という炸裂音と共に背後にあった小岩が砕け散った。
砕け散るというか、砂になり消失した。
「やるのか、やらないのか ?二択だぞ」
無表情のまま右手に握った拳に力を込める。
ナルトは醒めた目つきで注連縄の額に浮かんだ冷や汗を眺めた。
『い、いやだなぁ〜。愛しいナルちゃんの為なら頑張るよv』
目がマジですよ、ナルちゃん。
顔で笑って心で泣いて。
頼りにされるのとコキ使われるのって紙一重?
それとも最初からこの子はそのつもりで僕だけ連れてきたのかなぁ。
「昼間だと目立つからなるべく早くしろ。それが終わったら視覚的な演出を加えるから、その準備を手伝え」
南目指して昇る太陽の角度を確認し、ナルトは顎先で注連縄を追い払いにかかる。
『ふぁーい。お兄さん頑張ります〜』
片腕を高々と掲げ注連縄が神妙な態度でナルトへ返事した。
「俺が植林しやすいように木の根を処理する。木の根が切られた状態で二三日置いてから地中に植えるんだ。俺達の都合で引越しをしてもらう以上ヘンな場所に植えるなよ?」
趣味はガーデニング。
ナルトは的確に指示を出しながら、素早く印を組みチャクラを練り上げる。
ゴボ。
地中が僅かに振動し、土が波打つように隆起した。
『なーるほどっ! 土遁の術で土を柔らかくして……?』
あくまで木の根は傷つかない。
細かなチャクラコントロールと正確に地脈を見極める能力。
この二つが合わさって可能なナルトの荒業だ。
「水龍弾の術」
別の印を組み合わせナルトが術名を呟く。
注連縄が受身を取る間もなく、滝下の水が龍の形に代わり咆哮する。
『水で土をふやかすのはいいけど……ナルちゃん派手に術使ってる』
忍なら秘密裏に動き気取られぬうちに仕事を終え、全ては幻と錯覚さえ起こさせるような仕草と動きを要求される。
いかに街からやや離れた場所とはいえ、目立つ術を連発させれば誰かに見咎められてしまうかもしれない。
慎重なナルちゃんらしくないよね?
チャクラを足裏に集め水の龍の頭に陣取った注連縄は、同じく傍らに立つナルトを見上げた。
「照日(てるひ)と禍風(まがつかぜ)を結界媒体として二つ刺してある。この天鳴(あまなり)結界を通り抜けられるのは、俺だけ。例外的に注連縄だな」
疑問に満ちた注連縄の視線を受け、ナルトが人差し指で陽光を浴び銀色に刀身を反射させる二箇所を示す。
仮にも家宝である小太刀を無造作に扱うのは如何なもの?
今までのナルトはこんな風に家宝を扱いはしなかった筈。
うーん。女心と秋の空? なんて訳ないよねぇ?
注連縄の師はナルトはまだ卵だと言った。
凍る卵だと言った。
恐らく外側の氷は溶け、卵の殻を被った本来のナルトが頭を出した状態が今。
劇的な変化はない。
静かにナルトの心の奥深くで変わる意識。
芽生える感情。
注連縄は無意識に眉間に皴を寄せていた。
「道具は所詮道具だ。天鳴の家宝だから貴重だとか。特殊な力があるから大切だとか。そんな世間一般の判断を俺自身が使いたくないだけだ」
注連縄を見下ろし大きな動作で肩を竦めてみせる。
今までの俺は遠慮があった。
サスケの様に血に縛られ、家名を背負い。
毅然としていなければならないと思っていた。
しかしそれは『ナルト』が思っていたことではない。
『天鳴 ナル』を取り巻く里の上層部が思っていたことだ。
今更である。
大事な時に大切な人を守る為に使えぬ力と家宝。
里の最高機密だからと隠し通せと。
理にかなった道理であっても己が矜持に反するなら従う必要はない。
里の、己の利にかなうなら。
使えるものは家宝でも酷使する。
『ナルちゃん自身の価値基準って訳かぁ……』
「早くここを狙い通りに整備する。ターゲットはまだ街でギャンブル中だが、いつ移動を始めるか分からないからな」
ふっ。
ナルトが瞬身で姿を消し、注連縄もナルトに続いて姿を消す。
水の龍は地面スレスレを這いまわりその身を大地に溶け込ませた。
ナルトの事前の指示通り。
緑の小さな森は姿を消し、注連縄が滝上の森へとせっせと運び。
ナルトは土を覆い隠す岩を探しては適度な大きさに砕き川原周囲へ手際よく配置。
枯れ木を持ってやってきた注連縄と、木々が重ならないよう目で確かめ、視覚的にもすっきり見えるように植えていく。
枯れ木とはいえナルトの『螺旋丸失敗バージョン』を刻み込まれる木だ。
太めの古木ばかりを注連縄は選んできていた。
地中深くに木の根を据え、ちょっとやそっとで揺るがぬように固定する。
一人よりも二人。
馴れ合いではなく、共同で。
一つの目的へ向け理念を共有する。
「こんなもんか、な」
目の前に広がる『うずまき ナルト専用』修行場所。
修行対象は螺旋丸。
完成した修行場を見渡してナルトは口元を綻ばせた。
『魅せるね〜、ナルちゃん』
修行演出も。
それからナルト自身の中身の変化も。
注連縄はやや心中複雑なまま感嘆の言葉を漏らした。
急成長もいいけど、お兄さんの手の届かない所に行かないでね。
と、注連縄らしい願いを胸に抱きながら。