大人の思惑・子供の画策



「じゃ。俺は一週間戻ってこないから、エロ仙人は適当に過ごしといて」
着の身着のまま。
子供は持参した荷物もそのままに、宿の一室から出て行こうとする。
「適当って……なあ?」
アバウトな子供の台詞に白髪頭のおっさんは苦笑する。
「シズネに軽い暗示をかけた。影響は無いと思うけど、一応用心しておいて欲しい」
子供は普段の『腕白小僧』のような顔つきとはまったく違う、真剣な顔つき。
澄んだ蒼い瞳は僅かな揺らぎさえなく。
ひたりと白髪頭のおっさんを見据える。
「分かった。行ってこい」
ため息混じりに手を左右に振り、白髪頭のおっさんは白旗を上げた。
日光を反射する金色の髪を無造作に乱したまま、子供は振り返ることなく部屋を後にする。
「一週間、か」
大欠伸を漏らし白髪頭のおっさんは頭をかく。

ひょんなことから、かつての仲間『伝説の三忍・綱手』と『賭け』をする羽目になった白髪頭のおっさんのにわか弟子。

子供は本来あらざるべき姿をとって部屋を後にした。





金色頭の子供は街を一望できる城跡の高台で、しゃがみ込み遠くを眺めた。
子供は蒼い双眸を細める。
「気に入らないよね、本当」

 カリッ。

親指を噛み切り、手馴れた仕草で印を組む。
呼び出すのは勿論諜報作業時の新たな相棒、子蝦蟇のガマ吉である。
ボフンという煙と共にガマ吉が現れた。

「はぁ……」
ガマ吉は最近の己の定位置。
子供の頭の上に飛び乗る。

気乗りのしない様子でため息をつく子供に、ガマ吉は首を傾げた。
「どうしたんじゃ、ナルト」
「ん―――? なんか、俺って思ったより長生きしたよな〜、ってさ」
蒼い瞳を縁取る金色の睫。
少し睫が揺れ子供は気だるげに答える。
「もっと早くに死ぬかと思った」

 例えば。

幼い頃、悪意ある上忍達に囲まれた時。
アカデミーで、故意に細工された床から落下した時。
例の卒業試験の夜。
事情を知らない木の葉の忍に捜索されていた時。

或いは夜の危険な任務で重傷を負った時。
下忍の任務で故意に自分1人だけ毒を飲まされた時。
里人に首を絞められた時。
波の国でサスケのフォローに入った時。
中忍試験中、大蛇丸と対峙した時。
自来也と出会った時。
砂の我愛羅がサクラを捕らえた時。
三代目が逝ってしまった時。

殺されていたかもしれない。

実際、九尾にかこつけナルトを殺す機会は数え切れないほどあった。

「でも未だ無事に生きてるもんな……」
見下ろす短冊街。

朝の街は活気があり、店を開ける準備に動き回る人。
様々な人の朝の風景がある。
幼い頃は混ざりたくて仲間に入れてもらいたくて仕方なかった風景。

「死にたいんか? ナルトは」
心底不思議そうにガマ吉が問いかける。
「まさか。想像がつかないんだよ、大人になった自分っての」
只漠然と生きて、忍んで。
空気を吸って食べ物を口に入れ水分を取り修行する。
決められた毎日、決められたレール。
出口のない物語の行方。
「自分の人生決められるような環境に住んでなかったから」
忍になったのは三代目の仕掛け。
アカデミーに入ったのも己の身を守る為。
ひいては里を守る為。

「オレは親父のようになる」
プクーと身体を膨らませてガマ吉は即答した。
「そしてお菓子を沢山食べるんじゃ。体が大きければ沢山入るじゃろ」
子供らしい発想だが悪くはない。
ナルトは目を見開いてからクスクス笑う。
「じゃあ俺はガマ吉に沢山のお菓子を用意しないと」
そんな未来があるなら大人になるのも悪くない。

無造作に伸ばしたナルトの指先。
誘われるように指先にとどまった雀が一匹。
ナルトとガマ吉を交互に見つめて小首を傾げた。

「まずは。俺の計画を遂行するに当たって邪魔な外野を沈めないとな」
ナルトは1人心地に呟き複雑な印を、忍であっても認知できないスピードで組始める。
「いい風じゃ」
吹き抜ける風に身を任せ、再びガマ吉は身体を膨らませた。
「さて、ガマ吉。久しぶりに俺流の悪戯しかけるから見に行こうぜ」
額当てが額に存在するだけで身が引き締まる。
ナルトは久々に自分で行動を起こすことに少し緊張しつつも。
気配を消し、細心の注意を払って再び移動を開始した。





同じ頃、宿屋にて。

残された白髪頭のおっさん。
ナルトの旅の同行者。
伝説の三忍自来也は弟子と頭を付き合わせて密談中。
誰にもバレないように。
特に勘の鋭いナルトに気づかれないようご丁寧に結果いまで張っての作戦会議。

『きっとナルちゃん気づいてますよね? 僕がナルちゃんに火影を目指して欲しいって考えてる事は』
スケスケ青年は嘆息した。
金髪・碧眼。一見美青年風。
ナルトに良く似た風貌を持つ青年。

名は注連縄という。

「バレバレだろ」
深刻な顔つきのスケスケ青年・注連縄とは好対照。
素っ気無く自来也は相槌打った。

あれだけあからさまに追いかけ、ひっついて。
人間愛なんぞ説いて。
自称では『ナルトの守護霊様』かもしれないが。
ナルトが口にするように立派な『ストーカー背後霊』だろう。
注連縄の根性は賞賛に値するが、下心がいただけない。

『はうっ……』
明らかに傷ついた顔つきで目をウルウルさせる弟子。
「……」
女性に見つめられたなら。
自来也だって優しい言葉一つかける。

しかし。
目の前のむさっくるしい(というか、うっとおしい)野郎に涙目で見つめられても。
大人組、普段のコンビネーションは良いがイマイチ協調性に書ける部分があるようだ。

これらの行動。今まで注連縄がとった行動は。
注連縄からナルトへの『跡を継いで火影になってください』という一種の遺言ともとれるだろう。
分かり易い事この上なし。

 こいつは……この期に及んで秘密裏に計画してたとか考えとるんか!?

もしそうだとしたら、自来也の弟子は超が付くほど馬鹿で天然だという事になる。

『これでも慎重に促してるつもり…なのに…』
冷たい自来也の突っ込みにズーンと落ち込んだ注連縄。
白けた沈黙が流れ落ちる。
「ま、その、なんだ」
ワザとらしく空咳をして自来也は会話の雰囲気を変えることにした。
「賭けに関してどう考えているか、知っているか」
『う〜ん。賭けを放棄するつもりは無いらしいんですけど』
注連縄も答えに困り曖昧に返事をする。
「らしい? お前はあれ程張り付いていながら、確証もとれんのか」
『難しいんですよっ! いくら暗部レベルで凄腕っても、相手は思春期の女の子ですよ!? 僕は男なんだから慎重に応対しないと!』
いったんココで言葉を切った注連縄は俯いた。
「しないと?」
面倒臭げに自来也が話の続きを促す。
『ナルちゃんに嫌われちゃうじゃないですかぁ〜!!』
注連縄が捨てられた子犬のような瞳で自来也に訴える。

自来也はひいた。

『でもでも、僕の遺志を継いで欲しいんですよおぉぉぉぉおぉおぉ〜』
「分かったからわしの耳元で騒ぐな」
迷惑顔で自来也は己の耳を塞ぐ。
そんな自来也にお構いなしで、印を組み実体化して。
「うわーん!! せんせーいっ」
なんて叫んで。

抱きついて注連縄は自来也の体をシェイクする。
半分、自分の愚痴を聞いてくれない師匠に対する意趣返し。
これでもかっ! という位、自来也の身体を乱暴に揺さ振っている。

「やーめーろー……」
揺さ振られつつ自来也は叫んでいた。
そんな大人2人を、水晶玉を通し傍観するナルト。

 仕掛けの腕も鈍ってたし訓練もかねて丁度良かった。
 俺の行動をこれ以上決められるのは困るし。

 目には目を。
 歯には歯を。

 大人の思惑には子供の悪戯で。

ナルトは無表情のまま薄く笑い持っていたスイッチのボタンを押す。

 ボガン。

鈍い音がして宿屋の二階。
ある一室だけが煙に満ちる。ナルトが待機していた位置は宿から少々離れた家屋の屋根。
すぐさま移動し、大人達への第一声は勿論。
「バ――――カ」

 お前らの思惑なんて見抜いてるんだよ。
 毎回怪しい睡眠学習させて。
 火影? それは里の人間が認めた『忍』がなるべきだ。
 能力と客観性だけで選ぶな。

 ……あれ? こういう場合は身内自慢(バカ)だからか?

倒れる二人の男の気配にナルトは片眉を持ち上げた。

 なんて自分に言い訳しているだけで。
 本当はあんな『重い』モン、背負う自信が無いだけなんだよね。
 アカデミーの頃や下忍・中忍試験前までは考えもしなかった。

 縁遠く俺には無関係の世界だと勝手に決め付けてた。
 俺が本当に守りたいもの。
 譲れないもの。
 里を守るとか、そんなのじゃなくて。
 俺自身がどう『動き』たいか。

「はぁ」
痺れ薬とある薬を絶妙に調合してあるシノ&シカマル特製煙玉。
ナルトは悶える自来也と注連縄を窓外から観察しながらため息一つ。
「ナル……ト…」
息も絶え絶えな自来也のSOSを求める声。
痺れ薬は上手くかわしたが、次のある薬までは予期していなかったらしい。
血中に混ざるある薬の効果に顔を顰めている。
「ナルちゃん……ヒッドッ……」
実体化しているのが仇となり注連縄も、師匠と仲良くある薬に犯され悶絶中。

懐から出した薬付きの布を口元に巻き、ナルトは窓を開け放つ。
灰色の煙が窓から外へ放出された。
空気中の酸素に反応してある薬の成分が弱まるよう配合してあるので、密室で使えなければ効果が低い薬でもある。

「ねえ? 俺は俺自身が望む形にハマるのが一番だとは思ってない。でも、アンタ達が望んだ形にハマるのも正しいとは思えない」
ゲラゲラ笑い転げる大人二人。
そう、シカマルが考案した『笑いを誘発する薬』
侮る無かれ、連続で笑えば口から酸素を取り込みにくくなる。

実質軽い呼吸困難状態だ。

窓枠に足をかけたまま二人を見下ろしナルトは静かに喋り出す。
「俺は俺自身の道などないと考えていた。俺は俺であって、俺じゃない。ずっとずっと、そう信じて疑わなかった。でも違った」
喉を引き攣らせて笑う注連縄は根性で顔を上げる。
風に髪をなびかせナルトは何処か遠い目つきをして街を眺めていた。
「俺は俺のまま在りたい。『うずまき』でも『天鳴』でも。俺は俺。どちらも俺なんだ。だから?」
手早く印を組みナルトは結界を作り上げる。
結界は空気を通さない特殊なもので、笑い転げる大人二人は確実に酸素を大量消費していく。


「邪魔すんな?」


結界を張る理由は二つ。
実体化している注連縄の姿を綱手とシズネに見られないように。
大人への意趣返しと一寸した気遣い。
両方織り交ぜて。
「あー、スッキリした!」
宿屋の屋根。

向かい風に身を任せ太陽の下、満面の笑顔で腕を空へ上げる。
ナルトは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

「やるがな、ナルト!」
ナルトの頭の上でもガマ吉がピョコピョコ跳ねる。
「だろ? 何も周囲が望むままの型にハマる必要はないんだよ。俺は俺だし」

 にっこり。

まるでドベのナルトのように。
悪戯っ子そのままの顔で笑うナルト。
滅多にというか。今日初めてナルトが他者へ見せたこの笑顔を見れたのは、ガマ吉だけ。

大人の思惑サラリとかわし、子供が画策する五代目火影ゲット作戦が今、動き出す。


話題休閑的小話。次からは綱手姫火影にしよう作戦が始ります。てゆーか皆様飽きませんか? 私は飽きました(笑)はぁ……長かった……。ブラウザバックプリーズ