扉向こうの残像(かこ)



子供は欠伸を噛み殺し一度だけ深呼吸をした。
『ナルちゃ〜ん? どったの??』
気だるげな調子で部屋の四方に札を張る子供につきまとう、スケスケ青年。
金髪・碧眼。一見美青年風。
黙々と作業を続ける子供に言葉を投げかけてみるものの。
全て無視されている。

『ナルちゃ……』

 ヒュッ。

スケスケ青年が口を開きかけた、その口の隙間目掛けて飛び込むクナイ。
クナイはスケスケ青年を通過して背後の壁に突き刺さった。

『はうっ……ナルちゃん、コワイ』
札を貼り終えた子供は部屋の中央部分に胡坐をかいて座り、スケスケ青年を手招きする。
「注連縄、実体化」
複雑な印を素早く組み子供がチャクラを練れば煙と共に実体化する青年・注連縄。
キョトンとした顔つきで子供に近づいた。
「あの〜???」
「この間のジジイの水晶、ここへ置いて」
注連縄の疑問を無視して子供は作業を続行。
有無を言わせない子供の口調に逆らえず、注連縄は懐から透明な水晶玉を床へ置いた。
「じゃ、媒体は綱手姫の首飾りってコトで術発動」
冷静そのもの。

注連縄はやっと子供の行動の意図を悟り目を見開く。

禁術ではないが、超高等忍術。ランクはS。
道具を媒体として、その道具を持っていた対象。
若しくはその道具が見てきた対象の歴史を垣間見る術。
使えるのは特殊な血継限界の一つ『天鳴(あまなり)』の血筋を引く者だけ。

現在天鳴の血を引くのは、この子供だけ。
本来は術をかける人間と受ける人間が居て始めて発動する術である。
物理的にこの術が行える訳もなく、半ば風化した術でもあった。

「えっと……いいの?」
おずおずと自分を指差して注連縄が子供の顔色を窺う。
「注連縄だから頼んでる」
真っ直ぐ注連縄の視線を受け止め子供はきっぱり言い切った。

『木の葉の里』のドタバタ忍者、うずまき ナルト。
外見上はそう評される子供、実は素性・性別・実力を隠して暗躍する凄腕忍者。
里の秘密の血継限界・天鳴の血を引く子供でもある。

現在は短冊街にて『賭け』の真っ最中。
大変不本意であるが、ナルトは綱手姫を説得できる材料を捜すべく動き出した。

 ナルちゃんが他人の過去を調べようと思うなんてv
 人と自分の係わり合いを無視しなくなった。
 良い傾向だねvお兄さん感激っvv

注連縄は子供と、ナルトと水晶を挟み向かい合う形で胡坐をかき座る。
「扉向こうの残像……か」
目を閉じる前にナルトは小さく一人心地に呟いた。





ナルトの身体を軽い浮遊感が襲う。

木の葉の里。
テラス上。
在りし日の綱手が少年と並んで里を見下ろしていた。
「縄樹、12歳の誕生日おめでとう」
すっと綱手が小さな箱を縄樹と呼んだ少年へ差し出す。
「もうガキじゃねェんだから、いちいち誕生日にプレゼントなんかいらねーよ!」
羞恥に顔を赤くして縄樹は綱手に反論した。
「何言ってんの! アンタまだガキじゃないの。それより早くプレゼント開けてみなよ、縄樹も絶対喜ぶよ」
不思議がる縄樹に箱を開けるよう促し、綱手はニコニコ嬉しそうに笑顔で見守る。
箱の中から出てきたのは『現在』の綱手が身に付ける『曰くつき』の首飾り。
「姉ちゃんコレってもしかして」
首飾りを手に首を捻る縄樹。
「そう。初代火影様、我らがおじい様の火影の首飾り」
綱手が言うやいなや縄樹は綱手に抱きついた。
「大好き! 姉ちゃん」
「私が持っているよりはいいと思って。縄樹ずっと欲しがっていたでしょ、それ。大切にしなよ」
縄樹は綱手の台詞を聞いて素早く綱手から離れ、姉を見上げる。
「この首飾りだけじゃねーよ! この里はじいちゃんの宝物だ! オレはそれを守るんだ! オレは初代木の葉隠れを創った初代火影の孫だからよ」
瞳を輝かせ語る縄樹の無邪気さにつられ綱手も無意識に微笑む。
「フフ……言うねぇ。男に二言はないよ!」
縄樹の顔を覗き込むように、綱手は身を屈める。
「うん! オレもじいちゃんみたくなって、いつか火影の名前貰うんだ。火影はオレの夢だから」
微笑ましい姉弟の会話を傍観しつつ早速ナルトは頭を抱えた。

 俺(表の)そっくりじゃないか。

そんな傍観者を他所に、過去の綱手は弟の額に唇を当てていた。
「アンタの夢が叶うおまじない」という言葉つきで。
笑顔になる弟と姉。笑い方が良く似たとても仲の良い姉弟。

在りし日の綱手の幸せな記憶。

場面が変わる。

降りしきる雨。
里の何処かにある場所。
憔悴しきった顔の綱手が、内部への入り口前に立つ若かりし日の大蛇丸と自来也を捉えた。
「お前は亡骸を見ない方がいい」
綱手の肩を叩き自来也が綱手を引きとめた。
「別にいいんじゃない……どうせ見たところで弟と判別できやしないんだから」
醒めた口調で大蛇丸が事実を口にする。
「よせ! 大蛇丸」
「戦争だからね、今は。忍なんて皆こんなもんよ。戦場では医者なんていないんだからね」
自来也の制止の声を無視して大蛇丸は言葉を続けた。
「しかし子供ってのははしゃぎ過ぎるものね。特にプレゼントを貰った次の日なんてのはね」
大蛇丸は己の懐から首飾りを出し、綱手へ差し出す。
綱手の顔は強張った。

「……自分の誕生日の次の日に死んだのか」
ナルトは項垂れる綱手の背中を見つめたまま一人心地に呟く。
相変わらず雨は降っていた。

更に場面は切り替わる。

「……まず四人一組の小隊が敵地で、長期間単独で行動しなければならない任務において。
そのうちの一人に医療スペシャリストを配備することによって、小隊の生存率・任務成功率は大幅にアップするはずです」
今の里のスタイルよりは旧式な会議室らしき部屋。

火影と向き合う形で据えられた机と椅子。
それぞれに忍が座り重く張り詰めた空気が漂う。

そんな中、毅然とした態度で意見する綱手の姿があった。

「よって、上級医療技術を持った医療忍者の育成と、医療忍術の開発。その体制を確立することこそ、現在、緊急の課題であると思われます」
立ち上がった姿勢のまま的確に要点を述べる綱手の横顔。
幾分大人びていてどこか悲しげにも見える。
「うむ、確かにお前の言うとおりだが。今は戦争中だ。医療体制を確立するのには時間がかかる上、現状知識が足らなすぎる。敵はそう……待ってはくれんからな」

ナルトが大きな瞳を更に大きくして。
目を見張るくらい若い(ナルトの知りえる三代目からすれば、だが)三代目火影が綱手の意見に反論した。

「んだと、コラじじい!! そんなんじゃいつまでたっても」
激昂して怒鳴る綱手の背後で。
「オレも彼女の意見に賛成です」
長髪だが妙に似合っている好青年が静かに立ち上がり、綱手の意見を擁護した。
「今まで犠牲になった忍達の命を無駄にしたくありません。そこから何かを学ぶべきです」
落ち着き払った青年の意見に三代目火影は小さく唸る。
そのまま会議(?)は滞りなく続き終了した。

会議終了後の帰り道。
綱手は先ほどの青年を追いかけ小道を歩いていた。
「あ、あの! さっきはありがとう」
口篭りつつ綱手は青年へ声をかける。
「君が言ったことは正しいよ」
半身を綱手の方へ向け青年は綱手へ答えた。
「あの……遅いし……家まで送ろうか?」
苦笑しつつ青年が綱手を誘う。
「え? いいの? アンタの家のどの辺に?」
綱手は慌てて両手を伸ばし左右に振った。
「逆方向」
笑顔のまま青年が答える。
「じゃ、いいよ」
「いいよ……少し君と話もしたいし」
そして出会った綱手と里の忍、ダン。

深まる二人の仲をフィルムでも見るように眺めるナルト。
互いの痛みも喜びも分かち合うダンと綱手。
綱手の首飾りがダンへ渡った瞬間を見て、そしてまた雨の場面へ移り変わる。

血まみれのダン。懸命に治療する綱手。
降りしきる雨、うっそうと生い茂る森の中ダンの血は筋を作り地面を流れたいた。
「ちくしょう……出てくるな! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ!」
悲鳴に近い叫びを上げ、綱手は息絶えたダンを治療し続ける。
「止まれってんだ――――!!」
雨の森を劈く綱手の慟哭だけが響いた。
「もうよせ!! 死んでる!」
見かねた隊のリーダーらしき男が綱手を止める。
綱手は血に塗れた己の両手を震えながら見つめていた。

雨に濡れた最愛の男の遺体。
ダンの血に塗れた己の両手のひら。ただただ震えながら呆然と見ていた。





映像を見終えたナルトは重い身体を引きずり、なんとかベットまで歩み寄る。
ナルトが余りにも顔を青くしたままベットに横たわるので、注連縄は焦っていた。
『ナ、ナルちゃん? どうしたの?気持ち悪くなった?』
甲斐甲斐しくナルトの身体にタオルケットをかけ、内心『大人の過去に触れたし。話題がディープだっただろうしねぇ』なんて。
しっかり大人思考でナルトの身を案じる。


「気持ち悪い……」
顔を顰めナルトは枕に顔を埋めた。
『ナルちゃんには重い事実かもしれないけど、これで少しは綱手さんの事も分かったよね? だから……』
「乗り物酔いみたいだ」
枕に顔を押し当てナルトはくぐもった声で呟く。
懸命に綱手をフォローする言葉を紡いでいた注連縄の動きが止まった。
『え?』
「だーかーらー。あの術のせいで乗り物酔いみたいに具合が悪い。身体がグルグル回ってる感じがする」

 今さら過去の残像に怯えるキャラじゃないだろう? 俺は。

固まった注連縄を薄目を開いて盗み見てから。
呻いてナルトは完全にダウンした。

 ちょっと! ちょっと! 全然予定が狂ったよ〜!!
 お兄さん大ピーンチッ!!

さっきまでとは違った意味で焦る注連縄の手に握られた、『ナルちゃん火影を目指すまでの道のり』と題された計画書。
既に赤ペンで何箇所か修正されている部分に、注連縄はガッカリしながら何回目かになる修正を書き加えた。


扉向こうの残像(かこ)蓋を開けた子供。
今は静かに眠りのふちへ下りるのだった。


術は捏造です(笑)ナルコ暗躍開始の巻き。まずは対象の過去の一部を垣間見ます。ひたすらトーンが暗い話ばっかりですがまだこんな感じで続きます。ブラウザバックプリーズ