懸けたモノ



屋根上で小蝦蟇と向き合う子供が一人。
「じゃな、ガマ吉」
小蝦蟇の名を呼び手を左右に振った。
「おお、またな」
小蝦蟇も子供に応じて一回だけ跳ねる。

子供は印を組むと煙と共に小蝦蟇は消えた。
子供と小蝦蟇が立つ屋根の建物。
真向かいの宿屋の二階。

開け放った窓から外へ握りこぶし固め、気合を入れる子供が一人。
何故か向かいの建物の屋根にいる子供と同じ容姿をしている。
「期限は一週間! 何とかガンの術ぜってーマスターしてやるってばよ」
片手に風船を握り締め元気一杯。
『あちゃー』
屋根から宿の子供の様子を見てスケスケ青年は額に手を当てた。
気合を入れる子供と同じ金糸の髪。似通う瞳の色が揺れる。
「頭痛い」
スケスケ青年の隣に立つ子供は苦い顔。
宿二階に居るのとまったく同じ容姿を持った子供だ。
自分そっくりの子供が元気良く振舞う姿を眺めため息をつく。
『影分身でさ? 改めて自分の普段の姿を見るのは痛いよね』
「注連縄、それ以上は言うな」
苦虫を潰した顔つきで子供は、スケスケ青年=注連縄に釘を刺す。
『はいはい。ナルちゃんそろそろ戻った方が良さそうだよ?』
形の良い人差し指で向かいの宿に居る子供の影分身を示し、注連縄は話を中断した。



 なんだかんだ言って誤魔化すの上手いんだよな、注連縄の奴。

心の中でぼやきつつ子供は素早く影分身と入れ替わった。
ドア越しに感じる気配が一つ。
躊躇いがちにドアをノック。

 コン……コン。

二回だけ。
静かなノック。
女性らしい配慮だな、なんて不謹慎にも子供は考えた。
彼女の纏う雰囲気が真剣そのもの。

 扉向こうから気配漂わせて忍失格だよ?

苦笑しつつ子供は扉に背を向けたまま風船を握り締める。
「夜遅くにすみません。ナルトくん、少し話が……」
沈痛な面持ちの黒装束の女性が一人。
開け放たれた扉の向こうから顔を出す。

子供はあきらかに機嫌が悪い顔つきで、
「こんな夜中になんだってばよ!? オレってば今日はゆっくり休んで明日っから修行なの!」
と。子供丸出しの発言をした。

顔を出した黒装束の女性は、伝説の三忍と歌われた『綱手』の連れ。
くの一で名をシズネという。
つい数時間前に知り合ったばかりで子供も彼女の性格は掴んでいない。
ただ今までの言動や行動を見ればかなり優しい女性であるようだ。

 俺に偏見を持ってないからな。

シズネの表情が申し訳なさそうに曇る。
「ごめんなさい。でも君に綱手様のこと誤解して欲しくなくて……それに首飾りのことも」
言いにくそうに用件を切り出す口調といい。
シズネは配慮と遠慮を知る側の人間のようだ。

 久々にマトモな人が俺の前に居る。奇跡かも。

子供が、ナルトと呼ばれる子供の抱える事情は少し複雑で。
ナルトを『知る』人間は一癖も二癖もある人間ばかり。
シズネのような普通というか、大人しいというか。
そういう気性の人間とは縁遠かったナルトにすれば。

 新鮮!! 通り越して感動モノだよ。

というような結論にたどり着くのである。

シズネから見れば『腕白坊主・元気だが無鉄砲が玉に瑕の下忍』だろうか?

しかしながらこの子供。
素性・性別・実力ともにシズネの印象を裏切る裏を持つ凄腕忍者。
理由あって下忍などしているが実力は上忍並み。
表向きは『ドベ』な子供を演じつつその奥底には冷静そのものの忍を飼っている。

そんな子供。

勿論知り合ったばかりのシズネがナルトの『裏』を知る由も無い。

「フン! あんなババアのことなんて知るかよ」
だからナルトも『演技』をする。

シズネを信用していないからではない。
己の立場を危うくしないための予防線。
張るか張らないかでは段違いに違う。

 俺の生存率がね。

実は礼儀正しく育っているナルトに『ババァ』という単語は発言しにくい。
少しババァの部分で顔を顰めてしまったが、シズネにはナルトが怒っているように映った。

「綱手様は君が思ってるような人じゃない! 何にも知らないで、そんな風に言わないで下さい」
悲鳴にも近いシズネの叫び声にナルトは驚いて真顔に戻った。

大きな声と、綱手を心から信頼してるシズネの態度に驚く。

たじろぐナルトに我に返ったシズネは再び申し訳なさそうな顔になり俯いた。
「ごめん……大きな声出して……」
相手は子供。自分は大人。
ただ話をしたいだけなのに大きな声を出して、これでは威嚇ではないか。
自嘲気味に呟くシズネにナルトは黙って首を横に振る。

彼女の顔に浮かぶ苦汁の表情は、ナルトの考える“綱手姫の裏”に関わる感情が表に出た結果か。

「昔はあんな人じゃなかった。心の優しい、里を愛する人だった。でも変わってしまった……あの日をきっかけに」
なんだかビミョーに、誰かの過去と重なるのはナルトの気のせいなのだろうか。
シズネにタイミングでため息をつきナルトは段々気が重くなってきたのを実感した。

 またこのパターンか……。

ナルトの予感が外れる事は、まずない。
「あの日?」
慎重にナルトはシズネの顔色を観察しながら問いかけた。
シズネは表情を翳らせたまま下唇を噛み締める。
「何だよあの日って」

 ここまで話を盛り上げといてだんまりは無いだろ?
 綱手姫の口は堅そうだし、エロ仙人だって簡単に事情を説明しないだろう。
 丁度良いからこの人にある程度喋ってもらったほうが楽かもね。

怪訝そうな顔をしてナルトは再度シズネに問うた。
ナルト達が滞在を決めた宿屋は、短冊街の中心地からやや外れの場所。
人通りも少なく夜更けの今は静まり返っている。

シズネの呼吸の音さえ聞こえてきそうな静寂の中、シズネは重い口を開いた。
「夢も希望も愛も。全てを失った日です」
シズネの言葉にナルトは無意識に眉を潜めていた。

言葉そのモノは理解できる。
ただ内容が理解に苦しい。

 夢と希望と愛、ね。


手を伸ばせる位置にありながら、はるか遠い場所に存在するモノ。
それがナルトにとっての夢と希望と愛。

全てを『捨てて』生きてきた十三年間。
切り捨てる事で生き抜いてきた時間。
そんな人間らしいモノを見る機会はあっても接触する機会は皆無。

 だから今もイマイチ分からないんだよね、俺には。

 大切な人はいる。守りたい人もいる。
 失えない『誇り』も見つけた。

ナルトが現在手にしている環境や仲間、気持ちはゼロから得たものばかり。
けれど満タンの状態からゼロへ落ちた感覚は分からない。
最初から望むものなど何も無かった。
満ちるを知らない子供だった。

 参ったな。
 これじゃサスケの時と同じじゃないか、綱手姫の状況も。


うちはの末裔が失った全て。
綱手が失ったという全て。
絶望する余裕が無かっただけサスケは幸せなのか。
絶望する余裕があっただけ綱手は幸せなのか。

ナルトは密かにこの二つを天秤へかけてみる。
当然天秤が答えを出すことは無かったけれど。

「残ったのはあの……思い出の詰まった首飾りだけ」
つと目を伏せてシズネは沈痛な面持ちで言葉を続ける。

 残された思い出の品を俺との『賭け』に持ち出したのか!?


 ― 似てるだろ?


自来也が綱手へ言っていた言葉がナルトの脳裏を過ぎった。

 俺が『うずまき ナルト』が似ている。
 付け加えて勢いで俺が言い切った“火影は俺の夢だから”という言葉。

 ちっ。

 自来也も注連縄も綱手姫の『失ったモノ』を知っていて俺が演技しているのを止めなかったのか?
 ・・・どっちにしても、あの二人には要注意だな。

懸命に誤解を解こうとするシズネの言葉を軽く聞き流し、ナルトは湧き上がる怒りを持て余す。
シズネには悪いが、さっさと会話を終わらせて原因究明に動かなければならない。

「あの首飾りは綱手様にとっては命よりも大切な物。とうてい賭け事に供していいような品ではないのです」
だが言い出したのは綱手だ。

自来也だって事情を知っていただろうに、止めもせず。
黙って成り行きを見守っているだけだった。
知らなかったとはいえ少し軽率だったかもしれない。
仕掛けに食いついた綱手姫の反応に気を良くして、対処しそびれた自分のミスだ。

シズネに気づかれないよう、ナルトは何度目になるか分からないため息をつく。
「そんなの知るかってばよ! 向こうが勝手に賭けたんだろォ!」
ナルトは極力内心の怒りを堪えて、うずまき仕様でシズネに言い返す。

 まったく。厄介事しか引き起こせないのか、あの二人。
 綱手姫を里へ……火影に据える目的云々の前にこれじゃ逆鱗つつくだろ。
 本当にバレた時、引き受けてもらえなくてサスケとカカシ先生を看て貰えなかったら。

 三途の川でも観光してきてもらおうか。

当座の二人に対する、ナルトの応対が決定した瞬間だった。
「それにあの首飾りは君がしていいようなものじゃない! ただの首飾りではありません」
賭けの対象が首飾りだという事に不満がある様子でもない。
シズネが真剣な訴えるような顔でナルトへ迫る。
なんだか鬼気迫る表情で言われ、ナルトは唾を飲み込んだ。

 なんだ? 
 ただの首飾りじゃないって? 山三つ買えるからか?

「?」
訳が分からなくなってきてナルトは眉を八の字に寄せる。
「綱手様以外認めようとしない……あの首飾りを他の人間をすれば、その者は必ず死ぬ!!」
そしてシズネは言った。
「……!?」

 死を呼ぶ首飾りだって?
 な、なんつーモン『懸け』てんだよっ! あの女(ひと)はっ!!

硬い表情のまま固まるナルトに、悲しそうな表情で俯いたシズネ。
一時、二人の間に重苦しい沈黙が流れる。

 埒が明かない。
 ウダウダこの人と話しててもね。
 情報が少ないし、綱手姫はもう一度大蛇丸と接触するつもりだ。

 手札はあっちの方が今のところ多い。
 ならばこちらにも多めに手札を用意するまで。

「分かったてば」
沈黙の中、ナルトは幾つかの解決案とストレス解消案を検討し最善の一つを選び出した。
ナルトは手っ取り早い解決法を実行に移す。
シズネの注意を引けるように、努めて真面目な調子を装って返事をする。
「ナルトくん?」
何が『分かった』のか?
ナルトの真意を測りかねた顔のシズネに、ナルトは無表情のまま唇の端だけを持ち上げる。
「あの首飾りが重要なのは良く分かった。悪いがここから先は直接俺自身が調べさせてもらう。第三者の意見を挟みたくない」
ドベの仮面を脱ぎ捨てて本来のナルトの雰囲気を隠すことなく露出する。

突然ナルトが豹変しシズネは激しく動揺した。
殺気こそ漂ってこないがこの剣呑な態度。
無意識にシズネの身体が震えてしまう。
「ど……」
どういう意味なの……?
問いかけようとするシズネの意識は、己の感情に反して闇へ沈んでいく。


「さて。俺も懸けさせてもらう。俺自身の信条を」
崩れ落ちるシズネを支え、ナルトは宿屋の一室でたった一人宣言する。


懸けるモノ・物・者。

入り乱れぶつかり合い導き出される答えは。
まだ誰の手中にも納まっていないのだった。


お、おかしいなぁ(乾笑)最初に考えていた方向からどんどん離れてます・汗。さてこれから賭けの一週間が始ります。ナルトの暗躍に乞うご期待。ブラウザバックプリーズ