懸け  後編



決定的な言葉(?)らしきものを言い放ってしまったらしい。
言った瞬間、それぞれに顔つきが変わる大人たちの顔色。

観察しつつナルトは微妙に後悔していた。

 え? なんか結構マジに受け止めてる…??
 な、なんかマズイ感じがする……。

自来也を盗み見ればなんだか楽しそうな顔つきでブツブツ。
耳を澄ませば『睡眠学習・自覚・催眠効果』とか。
怪しい単語を呟き腕組みまでしている。

シズネという綱手と行動を共にするくの一は。
驚きに目を見開き、まじまじとナルトを観察。
消えてしまった親戚か何かがひょっこり姿を見せて、無事を伝えにきた。
まるでそんなような場面に遭遇した人間の反応。

極めつけは綱手である。


大きく目を見開き、次に目を伏せた。

スキが出来る。

あの、伝説の三忍ともあろう人物が自らスキを作ったのだ。
スキが出来るほどの動揺が仕掛けの成功を物語る。

 大当たり。

綱手が『五代目火影』就任を蹴った時点でナルトは考えた。
単純な理由で彼女は断ったのではない。
様子から察するに。

 彼女なりの深い理由(わけ)があるんだろう。

察するに余りある。

残念ながら今は『ドベ』のナルト時間。
相手に同情したから黙って引き下がるかと問われれば、それはまったくの別問題だ。
出会って数十分しか経ていない相手をナルトは信用しないし、手を緩めるつもりもない。

ナルトの抱える事情を理解してくれそうな相手であったとしても。
簡単に信頼してはいけない。
十三年間生きてきて学び取った体験学習。馬鹿にできない。

「……」

 さてさて。
 俺が揺さぶりをかけるとしたら、やっぱアレだな。アレ。

右手の指先に力を込め、ナルトは仕掛けた。
本来なら片手で事足りる術を未完にするべく。
片方の手のひらを上に向け、もう一方の手で渦(流れ)を作り出す。

「!」
我に返った綱手が「しまった」という顔つきでナルトを見た。
「ハアァァ!」
両手で作ったチャクラの流れ。言うなれば塊。
敢えてチャクラの流れを制御せずに勢いだけは激しく。

 失敗作に見えるよな?

仲間の一人。IQ200の天才ほどではないけれど。
計算して術の効果を分散させるのはお手の物。
ただ今回はぶっつけ本番で『分散』させるので、ナルトとしても少しばかり不安なのだ。
ナルトの作り上げた塊の流れに綱手の髪も揺れる。

「くらえ!!」
真っ直ぐ綱手目指して疾走。ナルトは下忍らしいスピードで綱手に迫りつつ。

 これくらいは避けてくれ。

正に神に祈っていた。

マグレで綱手に当たってしまえば洒落にならない。
彼女は火影の席を蹴ったばかりだ。
そんな彼女に……如何に綱手が伝説の三忍でナルトに『偏見』を持っていないとしても。
正体をバラすことは出来ないし、計画を悟られる訳にもいかない。

 かっ。

綱手は目を鋭く光らせ右手人差し指を勢い良く振り下ろす。

「オオオォォォオォ!」
ナルトは心底ドキドキしながら『失敗作』を両手に包み、綱手へ突進。
雄たけびつきのオプションを付けて。

あと少しの位置。
二歩三歩も動ければ綱手へ触れられるという位置。
突如地面が割れナルトはバランスを崩した。
条件反射で危うく飛びそうになるが、ぐっと堪えて割れた地面に脚を取られ身体のバランスを崩す。

 こーなったらっ!

バランスを崩して片手を付きました。
精一杯身体を捩って勢いだけはある『失敗作』を割れ目に向け押し当てる。
分散させるタイミングも掴めていない、威力だけは超一流の術。
咄嗟に自分のチャクラを別に練り上げて逆回転の渦を割れ目に差し込む。

威力の分散。瞬きする間の出来事。
幸い、綱手とシズネには気が付かれなかった。

 ラ、ラッキー。

「う…くそっ……」
悪態ついて割れ目に上半身半身分を落ち込ませ、ナルトは足をばたつかせる。
「大丈夫?キミ」
割れ目から這い出し、地面に両手をつき咳き込むナルトの背。

シズネは心配そうに擦ってくれる。
シズネなるくの一、基本的に心根の優しい女性のようだ。

「自来也、お前か?あの螺旋丸を教えたのは」
片腕を腰に当てたまま綱手は自来也の方へ上半身を捻る。

 そういえば、あの術の名前聞いてなかったっけ。『螺旋丸』なんだ。

見当違いに感心するナルト。

「わしはこいつの師匠なんでのォ。……一応」
苦笑して自来也は答えた。

まさかあの『ナルト』が螺旋丸の失敗作をわざと作り上げ、綱手を完全に騙してしまうとは思わなかった。
尤も、失敗したように見せかけて加減できなかった渦の威力を逆回転で消した場面を見せられては。
脱帽するしかない。

 とんでもないのを解凍したか? わし。

この場には姿を見せることの出来ない弟子に。
ナルトを凍った卵だと評した事もあったが。
意外や意外。
解凍された卵から出てきたのは。

 火影に相応しいというか。成るべくして生まれてきたというか、のォ。

数年後、精神面でもう少し成長したら。確立は格段に上がる。
自来也の考えは弟子の『僕の跡を継いで欲しい』とかいう、下心見え見え親バカ精神じゃないが。

『あらら〜凄い事になっちゃいましたね〜』
自来也が考えに耽っていれば頭に響く能天気声。
(アホか!お前が半ば仕組んだ事だろォ)
姿は見えない、気配もしない。
けれど確実に『ココ』にいる弟子へ向け、自来也はお小言。

すると見えない弟子は苦笑したようだった。
『まさか。ナルちゃんがどうしてこんなコトしてるのか僕だって知らないんですよ〜。普通は影分身に演技させてますしね』
木の葉でナルトがよく使っていた常套手段。

影分身にナルトを演じさせ、自分は外から客観的に状況を把握する。
決して自ら渦中の人物になるような性格をしていない。

『そんなナルちゃんが無意識に、“当事者”になろうとしているんですよ。これって凄い事だと思いませんか? 先生。
ナルちゃんの行動は裏があるんでしょうけど、僕としてはナルちゃんの自主性に任せたいと思ってるんです』
(わしが言い出したとはいえ、早すぎるぞ?)
まだまだナルトには『経験』が必要だ。

確かにナルトは悲惨な経験を潜り抜けてきた子供で人一倍他人の感情には聡い。
ただ自来也達が体験した『大戦』は未経験。
里からみた外交も『未経験』だ。
まだまだ様々な面で未熟。
今決心させるのは酷じゃないか?

自来也は頭の片隅で考えた。

『だから綱手さんの助けが必要なんじゃないですか〜』

 あはははは〜。

笑う弟子の姿まで目に浮かぶ。
眩暈がして自来也はこめかみを押さえた。

『……僕だって“懸けて”るんですよ。僕の存在そのものを』
静かな決意の篭った声音。
弟子の密かなそれでいて大胆な決意。聞かされた師匠としては。

(好きにしろ)としか。

伝えようがないではないか。
その間も現実の会話は続き。

「フン……あの術が使えんのは、四代目とお前くらいなもんだよ」
綱手は自来也の所業を、少し怒っている風だった。
「習得出来もしない術を教えて師匠気取りか?……その気にさせんのはよしな。だから夢見がちなガキが『火影になる』だのと戯言を言い始めんのさ」
綱手の正論に歯を食いしばるナルト。
「ザレ言じゃねーってばよ!バーカ!バーカ!」
少ないボキャブラリーを駆使して大人に反論しつつ。

 俺的にも雲行き怪しい。なんだ? あのエロ仙人のニマニマ顔。気色悪っ。

拳を握り締めて力説するナルトに、険しい顔つきを変えることなく見下ろす綱手。

「三日もありゃこんな術マスターして見せらぁあ!!」
ナルトなら。
威勢の良い『うずまき』なら絶対に見栄を張る場面。
計算含め演技を続けナルトは心の中でため息をつく。

「フン。言ったねェ、ガキ。男に二言はないよ」
ナルトの『演技』に気づいているのか、いないのか?
そこは三忍、おくびにも出さない。
綱手はあくまでも『うずまき』を相手にしている。
ナルトの演技が完璧なのか、綱手の態度が完璧なのか。

ナルトと綱手の視線が交差した。

「へっ」
不敵な笑みを浮かべナルトは口角を持ち上げる。
「まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ!それが俺の『忍道』だ」
綱手の視線を真っ直ぐに受けナルトは信条を口にした。
この場面で信条を言ってしまうのは矢張りマズイ。

それでもサスケとカカシの事を考えると、綱手に対して「アンタなんか要らないよ」とも言い出せない。
自分では二人を看れない。

「……なら、賭けをしよう」
楽しそうに。ナルトを試すように、綱手はこの一言を持ち出す。
「賭け?」
怪訝そうな顔でナルトは綱手を見た。

「一週間やる。もしお前がその術をマスターしたなら、お前が火影になれると認めてこの首飾りをお前にやろう」

 あの……、認めてもらえなくていいんですけど?
 しかも首飾りなんて貰ってもさ。

 でもここで綱手姫を引き止めないとこれっきり? なんて結果になるかもしれないし。

 大蛇丸の動向だって気にしなきゃいけないし! ああああ、もう!

 知らないからなっ。俺は。

だんまりを貫きナルトの動くままに任せる自来也に、ナルトは心裡だけで文句。

綱手が提案しつつ己の首からさげたシンプルな首飾り。
中央についた鉱石が月明かりを反射してキラリと光る。

「!綱手様!?そ……それは大切なっ……」
シズネが驚愕の表情を浮かべる。

冗談でも懸けて良い代物ではない。
長年綱手と行動を共にしてきたからこそ言える言葉。

激しく動揺するシズネを横目にナルトは演じ続ける。
「そんなショボイ首飾りなんかいらねーよ!」
目を細め、口をへの字に曲げてナルトはぶっきら棒に綱手へ応じた。
「そう言うな、ナルト。ありゃこの世に二つとない鉱石で、初代火影が持ってたもんだ。売れば山三つは買える代物だぞ」
状況を一番客観的に見ていた自来也が、ここでやっと喋った。

 とことん日和見かよ、エロ仙人!

探る目つきで自来也を見やれば返事は瞬き一回。
ナルトは無性に腹が立って無意識に奥歯をきつく噛み締めた。

 自分で引き止めろっ! 『仲間』だったんだろ!!

「ま……まぁ、それでいいってばよ!」
本当ならば速攻で自来也へ八つ当たりしたいのを堪え。
渋々……自来也の山三つ買える、を聞いて思い直した風を装ってナルトは気のない返事を返した。

「ただし一週間で術をマスター出来なければお前の負け! お前の有り金は全て貰うよ」
綱手が右手に握り締めたパンパンに膨れたカエルのサイフ。
サイフには『うずまき ナルト』と記入されている。
「あ!ガマちゃん」
ナルトは綱手を侮っていた自分を心底愚かだと思った。

最初の手裏剣。
クナイでのバレバレの攻撃。
デコピンで吹き飛ばされ、偶然出来た隙に螺旋丸の失敗作を。
ドベが伝説の三忍に立ち向かって行ったとしか見えないシュチュエーション。
完全に相手ペースで攻撃を受けて油断さておいた。

 だけど、俺は分からなかった。
 シノとのお揃いの大切な『カエルサイフ』を懐から抜き取られたのを。
 金は要らないから外身(サイフ)だけは返して欲しい。

焦るナルトと余裕の綱手。
二人の賭けとは別に。
ナルト、人生を勝手に“懸け”られてる事実に未だ気づかず。


こうして賭けは始ります〜。ナルコは綱手姫をその気にさせなきゃいけないし、カエル財布を返してもらわなきゃいけないし(笑)ブラウザバックプリーズ