懸け



「馬鹿以外やりゃしないわ」

 仕掛け時だな。

横で静かに怒りを溜め込む『旅の同行者』を一瞥し、子供は一人心地に考える。
旅の同行者、白髪頭のおっさんは僅かに殺気を漂わせ真向かいに座る『美女』を睨んでいた。

これ以上話し合っても時間の無駄。
もう一度出直すか諦めるか。
判断権は白髪頭のおっさんにある。
だからといって、子供が黙って物分りの良い子供を演じるわけもなく。

 自分の言葉は真っ直ぐって、ね。

片方の唇の端を持ち上げ子供は誰にも気取られずにニヤリと哂った。
笑ったのも束の間。子供は己の身体を動かす。
テーブルの上の皿を蹴散らし、テーブル上に素早く上がり拳を握り締め、白髪頭のおっさんの真向かいに座る『美女』へ打ち込む。

打ち込もうとして、上着の背中部分を白髪頭のおっさんに掴まれた。
「ぐっ!」
勢い良く『美女』へ突っ込んで行こうとしたので、反動で身体が前のめり。
肺が少し圧迫されて軋んだ。

 へえ? 一応は止めるんだ。

責任者への合図なしに行動を起こした子供の動きに対処し、子供を諌める対応を取った白髪頭のおっさん。
半分は予想済みの展開。

子供はそのまま手足をジタバタ動かした。
「うォオラアアアア!はなせー!!」

 このままも駄目だしね。エロ仙人の常識に賭ける。

口元から出るのは自分の考えとは全然違う言葉。
子供は目の前の美女を睨みつけたまま背後で、上着を掴んだままの白髪頭のおっさんに悪態をつく。
普通に考えても居酒屋で騒ぎは大きくしたくない。
だからといってこのまま、目の前のターゲットを見逃すわけにも行かない。

「よせ、ここは居酒屋だ」
演技の子供に対して言いたかったのか? 
裏側で。冷め切ったままの子供への忠告か?
白髪頭のおっさんは暴れる子供を窘めた。

「な、なんだ?」
子供の甲高い声が居酒屋店内に響き渡り、他の客も驚いたように声の発生源を振り返る。

「フン」
美女は子供の行動を鼻で笑った。
「綱手様!」
美女の隣に座る連れの女性。
美女……綱手を非難するように、彼女の名を呼ぶ。
「オレの前でじいちゃんや、四代目をバカにするようなヤツ……」
怒りに震える子供の身体。
外見上は綱手に対して怒っているように見える。
実際は。

 まあこの際だし。
 エロ仙人と違って、綱手姫は裏の俺の顔を知らないみたいだしな。
 それならとことん利用しなきゃ勿体無い。

 頭脳戦と洒落込もうぜ?

 日頃里で磨いた演技力ってヤツ。
 とことん味あわせてやるよ。

伝説の三忍とまで謳われた綱手姫が忍を捨て、里を忘れ。
今まで姿を消し賭け事に現を抜かしたのは彼女の事情だ。
子供の事情を綱手姫が知らぬように、子供だって綱手姫の事情なんざ知ったことではない。

 俺自身が守りたいと願った者の為に。
 首に縄かけてでも連れ帰るからな。
 覚悟しろ。

大人は知らない子供の密かな決意。

 陳腐な賭けだ。
 乗るほうも馬鹿なら仕掛ける方も馬鹿なんだ。
 でも必要な『懸け』だ。

忍たるもの判断は的確・迅速でなければならない。
子供は腹を括る。

「……」
テーブルに肘をつけたまま綱手は、己を見下ろす子供を見上げた。
自分から挑発したクセに、なんだか子供の反応を気にした様子で。

「女だからって関係ねぇ!力いっぱいぶん殴ってやる!」
自分で作った握りこぶしを、もう片方の手のひらで受け止め。
子供は綱手に啖呵を切った。

実際俺も本当は『女』なんだけどね。なんて密かに苦笑しつつ。

「いい度胸だね。…この私に向って……。表へ出な?ガキ」
綱手はテーブルに片足をかけ、己を睨みつける子供をさらに煽る。


 餌は見事に引っかかってくれた。
 喧嘩までとはいかないだろうけど…どう出るつもりだ?
 伝説の元・三忍。

 これからも伝説として賞賛を浴びるのか。
 それとも裏街道を真っ直ぐ歩くのか。
 アンタの覚悟、見極めさせてもらう。

ねめつける視線の力強さはそのままに、頭の中ではいくつかのシナリオを組み立てる。

「綱手様!」
慌てて綱手の名を呼ぶ綱手の連れ、シズネ。
子供の勢いに唖然として口を挟めなかったが我に返り、焦って綱手を咎める口調で呼びかける。

連れのシズネが焦るのも無理はない。
綱手は外見こそ若作りだが、現在も尚『伝説の三忍』と謳われ木の葉で語り継がれる凄腕の忍。
忍家業から遠ざかってるとはいえ、その実力は健在だ。
いくら眼前の子供が下忍で、それなりに腕が立ったとしても。

綱手に勝つことは絶対不可能。

鼻息も荒く席を立ち外へ出る子供と、呆れた調子の白髪頭のおっさん。
何を考えているのか分からない綱手。
背中を見送り小さくため息。
シズネも慌てて3人の後を追った。

弓のような月が空に浮かぶ。
漆黒の空。
雲ひとつない暗闇の空に浮かぶ月明かり。

歓楽街とは違い、短冊街の夜は早く更ける。
大半が店じまいし寝静まった、居酒屋前の通り。

子供と綱手が対峙していた。
「…ハァ」
白髪頭のおっさん。
実は綱手と同じく『伝説の三忍』の一人である自来也は嘆息した。
よもやあの子供が自ら啖呵を切るとは。想像していなかったのだ。

「こう見えても三忍の一人に数えられたこともある。下忍相手に本気もないな」
相手は下忍、己はそれ以上。綱手なりのハンデ。
仲間の言葉を耳にして自来也は益々深くため息を付く。

 違うんだがな。

 ふっ。

遠い目をして黄昏れ出した自来也。
後は子供が『本気』を出さないでくれるのを祈るしかない。
子供が『本気』で暴れようものなら、この一帯は瞬時に瓦礫の山になる。

下忍なんて仮の姿。外見こそ腕白坊主で無鉄砲。
しかしながら実態はまったくの正反対なのだ。
素性・性別・実力。この三つを隠し木の葉を支え続けた凄腕忍。

熱血少年なんて真っ赤な偽物。
本当の子供は冬の中のブリザード並に冷え切った気性を持つ静かな忍。
思惑なくしてこんな風に目立つ行動に打って出るわけがない。
自来也はここまで考えてため息をつく。

 嫌な予感がするのォ。

表向き『ドタバタ忍者・うずまき ナルト』なんて呼ばれたりしている。
あくまでも表向きは。
子供の、ナルトの裏の顔を知る数少ない人間の一人、自来也。
綱手を引きとめられて安堵していいのか、この状況をどう切り抜けたらいいのか。
一人途方に暮れる。

「ンだとぉ!」

 フッー。

安っぽい挑発に簡単に引っかかる子供そのもの。
見事に演じきってナルトは毛を逆立てる勢いで怒鳴り返す。
「コレ一本で十分」
ニヤリと笑いながら綱手は右手の人差し指を持ち上げた。
「……」
綱手の言葉を聞いた瞬間、条件反射のようにナルトの指が自分の脚につけたホルスターへ伸びる。
自来也は注意深くナルトの動きを見守り、今度は安堵のため息をつく。

あのスピードは『ドベ』即ち『偽り』のナルトの動き。
本気で綱手と戦う気は毛頭ないらしい。
成り行き任せで戦ってみよう、そんな雰囲気だ。
傍から見れば。

「ふざけてんじゃねーってばよっ」

 ドベの俺を見る視線。
 絶対に『裏』がある。
 だったらこのまま行くしかないだろ。

どこからどうみても。
下忍のスピードで、ナルトは取り出した手裏剣を綱手へ向け放つ。
当然綱手に容易くかわされることも予測済みで。
手裏剣を左で放ったのと同時に右で握ったクナイを綱手目掛け真っ直ぐに突き出す。

「!?」
上半身を低く保ちナルトが突き出したクナイを避ける綱手。
無駄のない流れるような動きは流石三忍といったところか。

 やるじゃん?

強い者と戦う。
三代目火影の元、彼直属の特殊部隊の一人として任務に明け暮れた日々。
常に危険と隣り合わせ。

死なんてそこらじゅうに転がってた毎日。
思わず思い出して鳥肌が立つ。
戦いで強い忍に会い、真っ先にクナイを交えた時のように。
軽い興奮が脳内を駆け巡りナルトの好戦的な部分を刺激する。

クナイの柄の部分、下。
丸い指を挟むようになっている部分から、ナルトの右手の付け根に綱手の人差し指が突き刺さる。

「痛っ!」
ナルト痛みランキングではあまり『痛い』部類には入らない。
演技も年季が入ると、咄嗟の悲鳴もどきがスムーズに口を突いて出る。

ナルトは無意識に言葉だけを口走った。
人差し指をクナイの丸柄部分に差し込んだ綱手は、次にナルトからクナイを奪い自分の右手に持ち直す。
右手付け根を突かれ上半身を仰け反らせたナルトへ、綱手は下方から上にクナイを振り上げた。

 ガッ。

鈍い金属音と共に弾け飛ぶナルトの額当て。
乱れ飛ぶ己の前髪を他人事のように眺め、ナルトは薄く笑う。
誰にも見咎められずに。

 やっぱり強いは、強いな。
 伝説の三忍たる所以か。

「くっそー!」
額当てが飛ばされた反動で上を向いた顔を真正面。
綱手の方へ正せば彼女から繰り出された攻撃は。
「!」
デコピンだった。
「ぐわぁ」
勘違いしてはいけない。
綱手は伝説の三忍と呼ばれた凄腕の忍だ。
デコピンが只のデコピンであるわけもなく。
ナルトは額に凄まじい痛みを覚え、呻き、身体を吹っ飛ばされた。

後方約100メートルほどに。

土煙を上げて後ろへ流されるナルトの身体。

「綱手様!」
自来也とは違った意味合い。
綱手とナルトの『喧嘩』を見守っていたシズネは、たまらず叫ぶ。
ナルトは額の痛みに顔を歪め上半身を起こす。

 凄いバカ力。
 そういえば、エロ仙人も昔吹っ飛ばされた事があるって言ってたっけ。
 俺相手に手加減してるみたいだけど。

客観的に相手の力を読むのはナルトの癖。
筋書きなしの芝居の最中に堂々と分析をしてしまうのは、矢張りナルトも大物なのだろう。

「うっ……」
 呻こうかな?

タイミングを見計らうナルトの目前スレスレ数ミリ前。
クナイが落下してきた。
鼻先を掠めるように。続けて降ってくるのは額当て。
ナルトの目に付くよう二メートル先に落ちる。

「おい、ガキ。気絶する前に一つ聞いておく」

 気絶させるつもりなのか!?

綱手の言葉に残りの自来也・シズネ・ナルトの考えがシンクロした。

「何で火影の名前にそこまで噛み付く」
失くした何かを探す顔。
ナルトはゆっくり二回。瞬きして立ち上がる。

 十中八九。
 俺の読みが間違ってなければ。
 綱手姫が火影の座を拒むわけ、木の葉の里を恐れるわけ。
 三代目を……ジジイをわざと馬鹿にした言葉を吐いたわけ。
 全てが一つの線で繋がる。

 この俺の言葉に反応すれば。

「オレってば、お前と違って。絶対火影の名を受け継ぐんだ」

 火影の精神だけは見習いたいと思うな。
 別に里の頂点にたたなくても、里は『守れる』しね。
 嘘はついてないし……いいよね?
 なんかどっちにもとれる言い方だけど。

 ニヤリ。

ナルトは男の子らしい笑みを浮かべ言い放った。
勿論、半分は綱手相手のナルトの『仕掛け』を確実にする為やむを得ずに。

「火影は俺の夢だから」
仕掛けたつもりのこの一言。
逆手に取られてとんでもない『計画』の第一歩にされてしまうとは。
この時のナルトに想像できるわけもなく。
どこかの影でスケスケボディーを持つ青年がほくそ笑んだことを、ナルトは知らない。

後編へ続く

ナルコは綱手さんを嫌いっていうか、ああゆう風に悠長に迷ってる人を見るのが苛つくだけです(あれ?)後々にきっとよき理解者……になるんでしょうか、ナルコと綱手姫・汗。ブラウザバックプリーズ