最初の答え


短冊街にて綱手姫との接触を果たした自来也一行。
率直に五代目火影就任を依頼した自来也に、沈黙する綱手姫と彼女の連れシズネ。
場所が居酒屋であるにもかかわらず、自来也達が陣取った場所に漂う奇妙な沈黙。
見えない重圧が双方に漂う。

「三代目の事は?」
重々しい空気を背負ったまま白髪頭のおっさん。
こと、伝説の三忍、自来也が口を開く。
「大蛇丸がやったんでしょ……。聞いたわ、奴から直接ね」
同じく伝説の三忍、病払いの綱手は機械的に答える。

 あの状況を見ても。
 それでも尚この台詞が出たなら、考え物だな。

湧き出そうになる己の殺気。
堪えて金色頭の子供は目を細める。

脳裏に蘇るのは結界向こうに立ち尽くす老人の背中。
薄く笑い己の弟子の愚を嘆き木の葉の未来を信じ、守り散った。
薄っぺらい責任感だったかもしれない。
火影としての、師としての自己満足だったかもしれない。

 けれどジジイは里を守り。多くの命を救った。
 事実は消せない。

指の関節が白くなるほど己の拳を強く握り締める。
金色頭の子供は体中の血が沸々沸きあがるような感覚を覚えていた。

シズネはつと目を伏せ苦しそうな顔つきで俯く。


 さあ、始めようか? 大人の都合などこちらの知ったことではない。
 俺は俺自身の約束のために動くのみ。

頭の中のスイッチを切り替える。
金色頭の子供は目を丸くしたまま唐突に叫んだ。
表向きは、突然叫んだように見えた。
「大蛇丸!? そいつが三代目のじいちゃんを!?」
驚きと怒りと悲しみ。
戸惑い。
金色頭の子供の表情に去来する感情。
「大蛇丸って誰だってばよ!!」
今度は共に旅してきた自来也へ向け質問する。
「……わし達と同じ『三忍』の一人だよ」
自来也は顔を赤くして叫んだ金色頭の子供を見下ろして答えた。
「!? 何で? 『三忍』ってば木の葉の忍者だろ? それなのに何で!?」

 何でアイツはあそこまで『永遠』に拘るのだろう?
 死を目前としたジジイを前に己が作り上げた禁術を披露した。
 新たな体に寄生し生きながらえる。

 どれ程の価値がある?
 木の葉を潰し己の価値を叫び、どれほど満たされる?

頭の考えとは異なる言葉を口で形作り、金色頭の子供は自来也に食って掛かる。

「……このガキは何なの?」
小五月蝿い餓鬼。
綱手の子供に対する第一印象。

感情を隠そうともせず綱手は自来也へ問いかけた。
木の葉の額当てを見れば、餓鬼が忍だとは理解できるが。
ギャンギャン騒ぐのは頂けない。

まるで……。

「……」
綱手の心中を知ってか知らずか。
自来也は含みをもたせた表情のまま黙り、それから口を開く「うずまき ナルトだよ……」と。

顔つきが変わった。綱手もシズネも。

 さぁて? コレを逆手にとらせてもらおうかな。

久々の単独任務。
旅の同行者でいうなれば今回の件の責任者である自来也抜き。
無断で事を起こすのは気乗りはしない。

でも約束は。

彼女にしか看れない患者を抱える木の葉の里に、彼女を連れ戻すのは。

 自来也の考えとは別に俺が望んだ。
 だから俺は俺自身の為に動く。

綱手はナルト=九尾。
とは思っていない様子を見せるが、矢張り驚いてしまうのは無理もなかったようである。
九尾の狐を封印されながら生き延びた子供。
好奇の対象となるのは仕方ない。

 俺に対する偏見はないかな?

客観的に観察しながら。
子供は……うずまき ナルトは落ち着き払って状況を見据える。
まだ続く三文芝居をぶち壊さないように。


木の葉の里のドタバタ忍者。
うずまき ナルト。

生れ落ちたその日に九尾の器とされ木の葉の厄介者として生き続けながらも。
前向きで明るく真っ直ぐな性格で火影への道を邁進する……なんて言うのは真っ赤な嘘。

素性・性別・実力。
この三つを隠して下忍の真似事をする凄腕忍者。
それが本来のナルトの姿。

隣に座る自来也はナルトの裏を知る数少ない人間の1人だが、今回はナルトの実力を伏せておくつもりらしい。
ナルトが演じる『ドベ』に対してお小言ナシ。

 黙認なワケね。

さり気なくナルトを観察する綱手の視線には気が付かないフリ。
だって『うずまき』なら確実に気づけない視線だから。

恐らく自来也は綱手が火影の椅子を選んだなら。
ナルトの事もあわせて説明するのだろう。
天鳴(あまなり)の名を持つ忍を。

しかし反対に、彼女が椅子を蹴ったなら。
天鳴の名を、永久に彼女の耳に入れるつもりはないのだろう。

 エロ仙人の思惑に乗らないからな、俺は。
 俺自身の矜持は曲げない。

ナルトが連れ帰ると宣言し、その言葉を受け入れ木の葉に帰った『仲間』の気持ちに応えるためにも。
絶対に譲れない。

「……それに! こんな奴が五代目火影ってどういう事だっ!」

 不満タラタラ。
 事の重大性はまったく理解してません。なんて?

無言で精一杯睨みを利かせ。
それから、子供らしい怒りも露にナルトは人差し指で綱手を示す。

「少し黙ってろ、ナルト」
自来也もあくまでこのまま話を『引っ張る』つもりだ。
大人の顔でナルトを諌める。
「……で! 答えは? 引き受けてくれるか?」
真顔に戻る自来也の表情に緊迫した空気が再度、一同の間を流れた。

沈黙。

「……」
綱手は苦々しい顔つきになり目線を落とす。
「……」
シズネも苦々しいというか、どこか窺うような顔つきで綱手を凝視。
「う〜」
理解に苦しい。
ナルトは演じつつ頭を抱え低く唸った。
「どうなんだ、綱手?」
即答を要求する自来也に、不安を隠せないシズネと。
根気良く唸り続けるナルト。
「……あり得ないな。断る!」
眉根を寄せ苦々しい顔つきのまま綱手は答えた。
「「「「!」」」」
自来也・シズネが。
ペット(?)のブタもナルトも。
動きを止めて綱手を凝視。

八つの視線が一瞬綱手に集中する。

「思い出すな、その台詞……昔、お前に『付き合え』っつって断られたのォ」
いち早く我に返った自来也がのんびり言った。
「あ――――!!」
自棄気味に叫びナルトは握り拳を作る。
「初め取材とか言ってたのは何だっ!? 何がどーなってんだってばよ!!」
忍としての功績なら知ってるが、綱手の心情も身の上もナルトは知らない。
断られるかもしれないとは少し考えた。

火影に少しでも興味があるなら木の葉の里にずっと居たはずだし、こうして賭け事に現を抜かしたりしていない筈。

 疲れてきた……大人の事情に付き合うの。
 大蛇丸の言葉を借りるなら彼女は『失った者』
 大切な誰かを失った者。

 過ぎた時間を振り返ってグダグダ無駄に生きてんじゃねぇ。

 腹立つ。

「とにかく! こいつ里に連れて帰って、サスケとカカシ先生を看てもらうんだろ! 火影になるって何だよ!? ……って! しかも断るし」
ナルトは畳み掛けるように言葉を続けた。

 後追いなら早くあの世にいけ。
 その度胸もなく生き続けるならオマエはサスケ以下だ。

 ありとあらゆる策を講じてオマエには里に帰ってもらおうか。
 今までフラついてた責任、きっちり取ってもらおうじゃない?

ナルトの静かなる怒り。
彼女に対して気の毒だとは思う。
思うものの、それで火影の椅子を蹴って良い事にはならない。
自来也然り、大蛇丸然り。
事情は知らないが里の勝利に貢献した忍達が責任を放棄する。

何も知らない若い世代が常に犠牲を強いられる。

 ふざけるなよ?

「そうパニクるな。五代目はこの綱手しかありえない……」
ドベナルト相手に楽しそうに講釈する自来也。
自来也に向けられたナルトの瞳がまったく笑っていないにもかかわらず、自来也自身は楽しいらしい。
喉奥でクツクツ笑う。

「凄まじき大戦時代に、木の葉の勝利に大きく貢献。その戦闘・医療術には未だ肩を並べる者はいない。
さらにこの綱手は初代孫であり、木の葉の忍として最も正統な血を持つ者……」
ナルトは自来也の説明に大きな目を更に見開きながら、自来也に話の続きを促す。
「火影になれば、里に帰る事になる。そうすればお前の言う通り……二人を看て貰えるからのォ。
それにこれは、木の葉の最高意思『相談役』達による決定だ。下忍のお前が一々口を挟む事ではないからのォ」
下忍を強調され、ナルトは口をへの字に曲げて剥れた。
「フン……自来也。……この子は前の弟子と違って、少々口も頭も……おまけに顔まで悪いようだね」
綱手の唇が緩やかに弧を描く。
「ンだとォ―――!」
「四代目と比べられりゃ、誰だってキツイだろーよ」
相手の言葉に、律儀に反応を示すナルト。
いい加減ナルトを大人しくさせないと話が進まない。

素のナルトも少し怒っているようなので、自来也は表面上は飄々と。
内心やや焦り気味で口を挟む。
「なんせ、あやつは忍としての器は歴代一だった。術の才に溢れ頭脳明晰……人望に満ち。まぁ、わし並みに男前だったしのォ」
前半部分はともかく。
後半部分の『わし並みに男前?』はナニを根拠に??
ナルトは自来也につっこむべきか、どうしようか逡巡した。

「……だが、その四代目ですらすぐ死んだ」
感情を殺し、綱手は1人心地に呟く。
「里の為に命まで懸けて」
続けて言い放った綱手の台詞に、再び訪れる沈黙。
ナルトは眉間の皴を深くした。
「命は金とは違う……」
薄く笑い綱手は言い捨てる。
「簡単に懸け捨てするのは……バカのすることだ」
綱手の言葉に真面目に反応し続けるナルト。
今度は下唇を噛み締める。


 ああ、そうだな。
 でも生ける屍さらしてるアンタの方が数十倍バカなんだよ。
 簡単に命を掛け捨てするバカよりも。

「私のじいさんも、二代目も。戦乱の平定を何より望んだらしいけど……結局は夢半ばに里の為に犬死にしただけだしね」
密かにナルトが見守る中、伝説の三忍同士はシリアスど真ん中。
張り詰めた空気の中会話だけが進む。
綱手の淡々とした語り口に自来也は口を引き結ぶ。
「変わったな……綱手。心でどう思ってきたのかは知らねーが、口にまで出すとはな」
歳月は人を変える。
ただ共に戦った仲間として自来也は正直に告げた。

アノ頃の真っ直ぐな仲間は消えてしまったのか?
一抹の寂しさを抱え。

「フン、こう見えても50代なんでね。歳月は人を変えるのよ」
万年イチャパラ思考の自来也とは大違い。
綱手は至って冷静そうに応じる。

自来也だって普段はアレである。
綱手だけが変わってしまったのを責められるわけもない。

 おいおいおいおい。
 50代にもなって『在りし日の君は?』という雰囲気醸し出さないでくれ〜!!

キメる時とそうじゃない時の落差が激しい自来也が、珍しくマジモード。

ナルトとしてはどうしたものかと考え出した、丁度そのタイミングで。
「猿飛先生も同じよ。歳取ったジジィがいきがってりゃそりゃ死ぬわ」
綱手爆弾投下。
自来也の顔つきが険しくなった。
ユルーイようで木の葉の里には人一倍『愛着』がある自来也に、この言葉はマズイ。

 最初の答えがこれってのは。マズイ。
 エロ仙人も結構キレやすいからな。

自分のキレやすさは棚より遥か上の天井に上げ。
ナルトは額に血管が浮き出た自来也の横顔を盗み見て小さくため息。
酒場で血の雨が降るかもしれない。

 この状況。利用させてもらう。

伝説の三忍だろうが言って良い事と悪い事がある。
今のは完全に暴言だ。
キレた自来也のフォローに回るつもりなんてないので、ナルトは綱手姫と彼女の連れの感情の移り変わりを注意深く見守った。

忍なら、裏の裏をかけ。

タイミングを外してしまうと己の正体さえバレてしまう。
慎重にならねばならない。


「火影なんてクソよ。馬鹿以外やりゃしないわ」
最後に。
綱手は木の葉の里の『使者』に対して、『最初の答え』を口にしたのだった。


ドシリアスど真ん中雰囲気で。こんな感じでもー少し? 続きます。ブラウザバックプリーズ