木の葉印



木の葉の里よりやや離れた場所にある街。
五代目火影探索の旅に同行する下忍『うずまき ナルト』
伝説の三忍と謳われた自来也と共に『取材旅行』の真っ最中。

早朝。

珍しくナルトは誰よりも早く目を覚ます。

ここで一つ特筆したいのは、ナルトが某担任のように遅刻癖がある訳でもなく怠け者でもない事。
ただナルトの寝顔を拝んでいたりする『ストーカー幽霊』や、朝帰りの三忍と鉢合わせしたり。
まぁ、それなりにナルトを取り巻く環境は複雑だったりするのだ。

 なんか。嫌な予感がひしひし。

自来也がやっと掴んだ三忍の一人『綱手姫』の行方。
場所が分かったのはいいが、ナルトの奥底に眠る血筋が警鐘を鳴らしている。

危険だ、と。

「ぐあぁぁ〜」
呑気にいびきをかいて眠っている自来也を横目にナルトはため息をつく。
あるがままを豪快に受け止める気質の自来也は、石橋を叩いて渡るタイプのナルトとは正反対。

うずまき ナルト。
『意外性NO.1』だとか『ドタバタ忍者』だとか評されるが。
実は性格も性別も素性すら正反対に近い凄腕忍者なのだ。

 俺の第六感が危険だと告げてる。
 ひと波乱ありそうだな、これは。

冷静に己の感情を分析しゆっくり息を吐き出す。
今日はこれから自来也と共に綱手姫が滞在するという『短冊街』へ向け出発するのだ。

気持ちは切り替えなければ。

思いこそすれ反比例して沈む己の感情。
枕元に置いた木の葉の忍の象徴。

額当て。

何とはなしに手にとって、ナルトが思い出すのはナルトの半保護者兼兄貴分。

アカデミー時代。
ナルトは極力『ドベ』を演じ、進んで悪戯を連発した。

主だった仲間としては。

授業をサボるのはキバと。
早弁ならチョウジ。
昼寝ならシカマル。

要はアカデミーの同期の中でも最低ラインを競っていた仲間でもある。
当時のナルトにはそんな連帯感はこれっぽっちもなく。
また己の本性を隠す態の良い『傘』程度にしか彼等を認識していなかった。

シカマルが秘密を共有するようになり、数週間が過ぎた頃。
不思議そうな顔で問いかけられたことがあった。
(なあ、ナルト)
探るような目線。
シカマルはナルトへ投げかける。
まだ慣れない唇だけを使った会話。
シカマルはたどたどしい調子で何とかナルトへ言葉を投げかけた。

既にお約束のような居残り授業。
今日はシカマルとだけ。

キバは要領よく逃げ出し、チョウジは別段悪戯をしていない日だったので普通に帰って行った。

基本的にシノはナルトと表立って接点を持たない。
シノは既にそ知らぬふりで帰宅している。
無論、彼が操る濃紺色の蝶は教室内の机の端に留まってはいた。

 なに?

蒼い澄んだナルトの目線が、物憂げにシカマルへ向けられる。
感情が篭っていない乏しい瞳の輝きにシカマルは少し腰が引けた。
(めんどくせぇ、とか思わねぇの?毎日、毎日こんなんばっかして)
シノがいたのでは到底聞けない質問である。
ナルトはいつか問われるだろう質問に内心苦笑した。

 シカマルは聡い。
 だからこそ悪戯など柄じゃない俺がする『悪戯』を『面倒』として的確に捉える。
 加えて夜の任務をこなしていた俺が、少しかったるそうに『悪戯』してたのも見抜いてるな。

 でも今は正直に答えるのも癪だし?

(これも修行だと思えば無駄じゃない。集中力って知ってるか?)
シカマルの疑問に明確に答えず、ナルトは一瞬だけ薄く笑った。
次の瞬間にはいつものナルトになっていて。
苛々した調子で反省文用の紙をくしゃくしゃに丸めて床へ叩き付けた。
「あ―――!!もうっ。俺ってば修行があんのにこんなトコで、こんなの書いていらんないってばよぉ―――!!」
廊下にも響き渡る大音響。
これみよがしにナルトは絶叫し、それから教室の窓を開け逃げ出した。
シカマルはただただ目を点にして去り行くナルトの小さな背中を見守るだけ。
「コラ―――っ!ナルトォ!!!逃げるな〜」
慌てて教室に飛び込んできたイルカが、点になっていくナルトへ叫んだのはいつものパターンで。
その背後でシカマルは閉口していた。


数日後に起きた出来事は正にタイムリーだった。
毎日飽きもせず悪戯を繰り返すナルト達。
如何に温厚中忍といえども限度がある。

額に青筋浮かべた先生、イルカはナルト・シカマル・キバ・チョウジを呼び出した。
放課後のアカデミー廊下で横一列に並びナルト達はイルカの怒りが滲んだ顔を見上げる。
「お前らにはいつも集中力がまったくない!そんなんでは立派な忍者などにはなれはしないぞ」
熱血教師一直線。
イルカは真剣な顔でナルト達へ告げた。対して、
「先生、説教なら短めにね」
口をへの字に曲げて要求を突きつけるナルトに。
「机でジッとなんかしてられっか、なぁ、赤丸」
キバに至っては相棒にまで意見を求める、等。

可愛くない生徒達からの危機感のかけらも無いお返事。
シカマルは呑気に欠伸。
最低ラインを競い合う生徒達に相応しい反応。

だがイルカとて教師である。
ここで引き下がるわけが無い。

「これからお前らに集中力を身につけるための居残り授業を行う!」
目を丸くして怒りを露にするイルカに内心苦笑気味のナルト。
そんなナルトの雰囲気を察しているのはシカマルだけ。
けれど自然な所作でイルカの言葉にナルトは皆と声を揃え。

「「「「え―――!!!」」」」
と不平の声を出すのを忘れない。
憮然とした表情のままイルカは何の変哲も無い木の葉を4人の子供達の頭へのせた。
「何だコレ?」
イルカの行う『居残り授業』の内容は瞬時に悟った。
だが『ナルト』ならば先ず真っ先にこう質問する。
ナルトは上目遣いに頭の上に乗る葉を見上げた。
「お前らが今からやるのは、かつて木の葉の先人達が毎日毎日行っていた集中法だ」
イルカも自分の指で木の葉を摘み、少しすまし顔で説明を開始。
「?」

 何が起こるのかわかりません。

ナルトはあからさまに顔へ出し、不思議そうにイルカの次の言葉を待つ。
そんな弟分(ナルト)の無邪気な仕草にイルカが苦笑したのがわかる。
「頭の上の木の葉に全エネルギーを集中させチャクラを練り上げる修行!木の葉の一点に集中することで他に気が散らないようにする。古くからの知恵のようなものだよ」
指先でクルクル木の葉を回し、イルカはもう一度4人の生徒達を見渡す。
「ふーん」
無関心を装ってナルトが素っ気無い相槌を返した。
「集中力を磨いた者こそ立派な忍者。それがこの額当ての木ノ葉マークの由来だ」
誇らしげに己の額にかかる忍者の証を見上げて、イルカは締めくくる。
1人テンションを上げるイルカとは別に4人の子供達は一斉に白けた。
「へへーん、そんなのカンケー無いってばよ!立派な忍者ってのはとにかく強い奴のことだってばよ!」

 理由はどうアレ実力主義だろ?
 忍の世界ってのはさぁ。
 集中力も大事だけど、結局左右するのはその忍の力量だ。

ナルトが生き延びる上で必要だった不文律。
心の中で悪態つき、半分本音を織り交ぜてナルトはイルカへ自己主張する。
密かな大人への八つ当たりも込めて。

ナルト視界の端に並んで立つシカマルは眉を少しだけ潜める。
ナルトの意図する言葉を察したからだ。

「あ!言えてる!」
キバが賛同の意見を示す。
「ハ―――」
イルカはガッカリして肩を落とした。
今となっては懐かしいアカデミー時代の大切な思い出の一つである。


指先で木の葉のマークをなぞり、ナルトは表情を和らげる。
きっとあの時の自分は額当てを鎖だと思い込んでいた。
里が己を縛る為の誓いの印。
束縛の証でありナルト自身の忠誠の印。
とてもじゃないがイルカのように誇らしくなんて思えなかった。

 まさかこんな風に額当てに愛着を持てるようになるなんてね。


額当てをイルカに貰った翌日。

誰にも内緒でナルトは三代目火影に会いに行った。
今まで己がつけていた額当てを返す為に。

5歳になり暗部へ配属された時。
三代目が用意した『額当て』
正式なルート(つまりは忍術アカデミー経由)で忍となったわけではなかったので、仮の額当てのようなものだった。
ナルト自身も『木の葉印』の額当ては己を縛る象徴そのものに思えたので、愛着など露ほども湧かなかった。

「仮の額当てより『本物』の額当てのほうが良く似合うな」
三代目にせがまれるままイルカから貰った額当てを身につけたナルト。
それは嬉しそうに顔の皴を深めて三代目は笑った。
「本物だしね。こっちは返す」
極力無関心を装って肩を竦め、ナルトは仮の額当てを三代目に投げて寄越す。
「ふむ。そうじゃな。今身に着けている額当てこそ、ナルト自身が木の葉の忍である事の証。決してナルトを縛るものではない。額に木の葉の印を掲げ誇り高くあれ」
三代目はナルトに言い聞かせ、ナルトの額当ての木の葉マークをなぞった。

 あの時はうるさいな、とか思ってたっけ。

「ほざけ」

器にされて忍として利用価値があるだけの奇異な子供。
誇りなど持てといわれてもてるなら苦労はしない。
クズのように扱われてきたこれまでを顧みてどれを『誇り』に思えと言うのだ。
しかも木の葉の印を額に掲げて。

怒りに任せてナルトがクナイを放ち、お約束のように三代目は傘に刺さったクナイに嘆息したのだった。

 多分。

ナルトは考える。

 ジジイは『木の葉の忍』であることに『誇り』を持って欲しいんじゃなくて。
 俺自身が『結果として木の葉の忍』として、生き続ける事を選んだ事実を『誇り』に思って欲しかったのかもしれない。
 まだそうは思えないけど、将来俺が俺自身を大切に思えるようになるように。
 他の誰かを心の底から『守りたい』と思えるように。

 その象徴として。

 ジジイが掲げた木の葉を、その気持ちを理解(わ)かって欲しかったんだ。

 俺に。


一人ナルトが思考の渦に落ちていると、自来也が己の決めた時間通りに起床する。
切り替えの速さと寝起きのよさは伝説の三忍と謳われるだけあって卒がない。
「お早う、エロ仙人」
額当てに目線を落としたままナルトは声だけかけた。
「おう」
自来也も短く答える。

今日はこれから移動開始なのだ。
心持ちお互いを流れる空気も引き締まるというもの。

数秒だけ額当てを手にしたままナルトは動かなかったが、「顔を洗ってくる」と告げ、部屋とは別になっている洗面台へ出て行った。

音もなくナルトが部屋から去ると。
『やっぱり睡眠学習ですよ、睡眠学習!!』

ボフン。

煙も控えめな演出で金髪・碧眼スケスケ青年が出現。
大真面目な顔つきでスケスケ青年が自来也へ力説する。
「・・・眠ったナルトの耳元で『目指せ火影〜』とか言うのがか?」
自来也は呆れた顔でスケスケ青年に答えた。

夜な夜なスケスケ青年が『睡眠学習』と称してナルトの耳元で囁く言葉。
当然普通に眠っているナルトならば気配を悟られてしまうので、術をかけて熟睡させる手の込みよう。
スケスケ青年らしいと言えば、そうなのだが。

『ええ!日々これ努力ですっ!』
どこら辺りが努力なのかはさっぱりだがスケスケ青年は胸を張る。
「ガイを思い起こさせるからヤメロ」
爽やかな朝だというのにぐったりした気分になった自来也でありました。

ナルトが額当てを手にしていたのは、まったく違う理由だということを知らないスケスケ青年。

ある意味彼が一番幸せなのかもしれない・・・。


イルカ先生補習エピソードをどうしても入れたくて、そしたらこんな感じになりました。うーん、微妙?ブラウザバックプリーズ