集中力



女性の化粧の香り。
酒の香り。

甘やかな雰囲気の中子供はキョトンとした顔つきで。
あくまでも表向きは『キョトン』とした顔つきで宴を眺める。

フワフワ揺れる金色の髪。
落ち着きなく周囲を窺う蒼い瞳。
どこか『やんちゃ坊主』を絵に描いたような雰囲気。
頬の三本痣が見る者に不可思議な愛嬌を感じさせる子供。

場違いに連れ込まれた敷居の高い酒場。
しかも個室で繰り広げられる宴会(?)というか宴というか。
圧倒された様子で正座したまま微動だにしない。

目をぱちくり見開いたまま見据える先には。
ハーレム状態の宴に鼻の下を伸ばした現在の師匠の姿が。
「どうぞ、旦那。もう一杯」
手馴れた仕草で女は白髪頭のおっさんにしな垂れかかり、盃へ酒を注ぐ。
「ガハハハハハ」
ほろ酔い加減で上機嫌。
白髪頭のおっさんは豪快に笑い、盃の酒を呷った。

三味線の音と張りのある歌声。
苦笑気味で子供の隣に居る少し年上の少年は甘酒を口に含む。
子供と同じ金髪。碧眼で一見美少年風。凛々しい感じの顔立ちである。

「ナルト君、大丈夫?」
いつもなら『ナルちゃーんv』なんて楽しそうに懐いてくる少年(本来は青年だ)も。
今日ばかりは人の目もあるし、白髪頭のおっさん・・・伝説の三忍が何を考えているのか。
推察するには材料も足りなく。
大人しく『子供の従兄弟の忍者』という偽りのポジションへついていた。
「エロ仙人・・・時間の無駄遣いだってばよ」
丸い目をまん丸に見開いて小さく呟く子供。
ナルトに少年は再度苦笑する。
「そうでもないかもよ?」
言いながら少年はナルトに夕餉の膳を勧めた。
眉間に皴を寄せナルトは箸を手に取る。
「注連縄は楽しい?」
ナルトは尋ねつつ、小鉢に入った根野菜の煮物から手を付け始めた。
両手を合わせ「いただきます」なんて行儀良く挨拶してから少年、注連縄は汁の椀を取る。
「楽しいって言うかね?先生らしいなぁ〜っては思う。人生の勉強にもなるし、得るモノもあるから黙って見てなさい」
人懐こい笑みを湛え喋る合間に、注連縄は女中らしき女性からお茶を貰う。
場慣れした注連縄の様子に閃いたナルトは音にせず注連縄に問いかけた。

 (三人一組時代に連れてこられたんだろ?)

目の端に映った白髪頭のおっさん。
自来也は豪快に笑い女と楽しく談笑中。
ナルトは女達に気づかれないよう唇の端を持ち上げる。

 (さあねぇ〜。大昔の事なんて覚えてないよ♪)

ナルトのカマに。
勿論注連縄もさらっと笑って真面目に答えようとはしなかったけれど。





その日もここ数日となった日課をナルトはこなしていた。
コントロールできたり出来なかったりの特殊なチャクラ練り。
安定できるよう地味〜にチャクラを練る修行を街外れにて一人励んでいた。

本来の姿にならなければ上手くチャクラを練れないので、念の為に街外れまで足を運ぶ。
用心しなくとも探索の旅の同行者。
自来也の計らいで木の葉の忍がこの街へ赴く事はまずない筈。
筈だが矢張り『まさかのさか』というものはあるのだ。

ナルトの慎重な態度は様々なところでナルト自身を助けている。
今も、だ。

現に・・・。

気配を消さずに様子を見にやってくる自来也の姿が遠目に見える。

 おいおい。
 跡とか尾行(つ)けられてたらどーすんだよ。

ナルトは考えこそすれ指摘はしない。
注連縄の師匠だけあり一枚も二枚も上手の自来也。下手に突けば薮蛇。
不快感を味わうのはナルトなのだ。

「がんばっとるな」
なんだかとても楽しそうな自来也の声をナルトは無視する。

ほったらかし、別名放任ともいう自来也の指導法。
彼が己の指導スタンスを変えることなどまず無い。
絶対無い。
ありえない。
そんな自来也がこの場に来るということは。

 なーんか閃いたんだろ。エロ仙人の脳内で。

ナルトが結論付けたのは尤もな結果であり、妥当な判断でもあった。
チャクラを練るナルトを暫し観察し、自来也は手を叩いた。

「ナルト、この紙を見ろ!」
もったいぶった後、自来也は懐から真っ白の紙を一枚取り出す。
「・・・見たぞ?」
訝しく思いつつもナルトはチャクラを練る手を休め、紙を凝視する。
「良し。じゃ、もっかいこれで見ろのォ」
次に自来也が取り出したのは紙の中央に『印』のついたモノ。
ナルトの中にはある疑問が芽生えたが取りあえずは『一応は師匠』である自来也の指示に従った。
「これが何か?」
この期に及んで何をさせようというのか?
例の天鳴(あまなり)チャクラ放出修行以来、まったくナルトを放置していた自来也だ。
思いつきで再び修行を見てくれるなんてコト。

 絶対にない。

「フフ・・・まぁそんなに引っ張って説明するほどのもんじゃないが。お前、初め白紙だけを見た時。紙の全体をなんとなく見ただけだろ」
自来也はちょっとばかり愉快そうに表情を緩ませて説明する。
「ああ」
相槌打つのも面倒だったが、ナルトは律儀に相槌を打った。
「じゃあ、点を描いた時の方はどこを見た?おそらく真ん中の点だろう?」
呆れ顔のナルトを他所に。
自来也は、指で摘んだ紙を前後にヒラヒラ振って更に言葉を続ける。
「で?ソレが何?」
徐々にナルトはトーンダウン。

第六感が告げる『不吉』の予感。己の血筋もあってよく当たる。

不機嫌そのものでナルトが言い放てば、自来也は益々楽しそうにニヤリと笑った。

「それが集中ってやつだ!」
堂々としかも当然の事を言い放った自来也。
ナルトは彼に背を向け街へ戻ろうと歩き出した。が、襟首をむんずと掴まれ捕獲されてしまう。
「待て」
ナルトがジタバタ暴れるのを完全無視。
自来也は一方的に告げる。
「待ちたくない」
即座にナルトは答えた。
「点を一つでも打てば、それが目印になり目は思わずその点ばかりをずっと見てしまう。
これを『一点に集中する』といって精神的に安定し、思わぬ力を引き出す状態に近くなるのだのォ」
ナルトの要求を棚に上げ、自来也は流れるように解説を続ける。

上忍レベルの忍に今更『集中力』の解説とは如何に?
自来也の真意は測りかねるが己にとっては。

 とてつもない迷惑が降りかかるような気がする。

ナルトは感じ取って自来也から逃れようと尚も暴れた。

「ここでわしが提唱するのは師匠と弟子の『心』のキャッチボールだ」
ナルトの襟首を掴んだまま、ナルトのつむじを見下ろし自来也は告げた。
「いらん」
静かに殺気立ちナルトは拒否。
「遠慮するな、のォ。ナルト、お前には『社会勉強』の方が必要だ。
しかも『集中力』の再勉強も出来る。一石二鳥だ」

 ガハハハハハ。

豪快に笑い嫌がるナルトを引きずるようにして自来也が立ち寄ったのは。
彼等が訪れるには場違いのような。高級料亭風酒屋の『離れ』であった。





訳も分からずに綺麗に着飾った女性達を傍観しつつ夕食をとる羽目となって。
現在に至る。
途中で、『ナルトの兄弟子で同じ忍者』と称した注連縄がちゃっかり一行に混ざっていたりしたが。

「僕にはまだ早いのにね」
自来也の笑い声に苦笑しつつ一人の女性がナルトへお茶を注いだ。
「俺ってば一人前だってばよ!」
ぶすっと頬を膨らませてそっぽを向く、己の演技にいっそ涙がでてきそう。
心で涙してナルトは型通りに『うずまき ナルト』仕様で女性に答えた。
「ごめんなさい。一人前の忍者さんよね」
吸い物のお椀の蓋を取り去り、ナルトが食べやすいような配慮を続け女性は謝罪する。

流れるような自然な動作。
丁度ナルト自身、吸い物でも味見しようかと思っていたところだったので少々驚いた。

「おう!」
驚きは表に出さず目を細め胸を張り、いつものナルトを演じる。
それから柚子の香りがする椀を取り、吸い物を口に含んだ。

 鰹出汁に柚子風味。
 この麩は生麩だな・・・それに醤油と塩のバランスがいい。
 おそらく鰹出汁以外にちりめんか、昆布か。

 風味付け程度に入れてある。
 丁寧に出汁取りされている上品な味だ。

一口だけでこの感想。
自来也に無理矢理連れて来られたが、料理のレパートリーが増えるならそれはそれでいいかもしれない。
なんてナルトは思い直した。

 里なんかじゃこーゆう店は出禁だからな、俺は。

「どうぞ」
次に女性はナルトが手にしようとしたご飯茶碗をナルトへ渡し、目星をつけていたおかずの皿を膳の手前に出す。
流石のナルトもこれには驚いた。
横では同じ様に食べたいものを給仕してもらって涼しい顔の注連縄。
仲良く注連縄の世話を焼く女性と歓談中。

「いただきますってば」
女性が的確に給仕をしてくれる謎は兎も角。
食事は食事。

ナルトは極力元気良く挨拶をして箸を動かし始める。
その間も、魚が食べたいと思えば魚の皿を。
また、お茶が飲みたいなと思えば新たなお茶が。
ナルトの心を読むが如くの女性の給仕。
押し付けがましくなく自然な動作。

 くの一か?

等とナルトも一瞬疑ったが女性は普通の料亭勤め。
別段、以前がくの一だったとか。そのような世界とは無縁の女性のようだ。

問いかけてみたいが生憎ナルトは普通の人との『会話』に長けていない。
何度か口を開いては閉じを繰り返す。

「やっぱり気になります?」
徐に女性はナルトへ問いかけた。
演技半分で唖然としたナルトの顔に、女性は愉快そうにクスクス笑う。
着物の裾で口元を隠し小さな声で喋り始めた。
「簡単ですよ、理屈は」
前置き一つ。

「まず最初にお膳を運んだ時。お客様はさらっと膳の内容を見ますでしょう?
大抵は好きな物とか嫌いな物、または興味引かれたものに目線が集まるものなんですよ」

確かにお膳が目の前に来た時。
ナルトはさらっと膳の内容を一瞥した。
一瞥したが表立って見たものなど無いように記憶している。

「忍者さんにも無意識というものはあるんですね。
瞬間的に目の色が違うんです。
だからわたし達は目星をつけ、そしてお客様が箸先を伸ばした皿へ意識を集中させます。
これしか取り柄はありませんがこの店で働く上では必要な『集中力』なんです」

ここまで聞いてナルトは視線を感じる。
視線の主、自来也は唇の端を持ち上げて意味深にニヤニヤ笑っていた。

 (手の込んだ『教え』だな、エロ仙人)

無音で自来也へ嫌味を言えば自来也は届いていないとばかり、首を傾げる。

「相手の動きを見極めるだけ。それも膳のどこを見ているかなんていう、簡単なものなんです。
慣れて集中力が付けば大抵相手の食事のパターンが読めるので、お客様にあった給仕が出来るんですよ」

無邪気な女性の明るい声。
ナルトはわざとらしいほどに大きく目を見開いて、感心した顔を作った。

「すごいってばよ!」

 ありきたりといえば、ありきたり。ただ応用は出来るよな、コレ。

内心中々危険なコトを考えつつナルトは別の言葉を口にする。
嬉しそうな表情になる女性の影からこっそり投げ放つのは千本。
自来也がさり気なく伸ばした腕。
自来也に酌をする女性の肩へ伸びんとする指先へ向け投げた。

 集中力ね。一点に集中させると見せかけて仕掛けは上々。

指を弾く要領で千本は自来也に弾かれる。
無論ナルトの計算内。
千本に集中させるようもう何本かオマケに投げた。

全て弾かれるのを承知の上で。

 授業料ってトコロかな。
 料理も参考になったし。里に帰ったら皆に振舞おう。

天井に移動した影分身が自来也の背中に氷を落とした。

「!!!」
冷たい感触に仰け反る自来也が見れただけでも着いてきた甲斐はある。

悪戯っ子そのものの表情で笑いを噛み殺すナルトに、何事も無かった風に食事を続けた注連縄。
集中力の再勉強も意外に馬鹿にならないと悟ったナルトが払った授業料。

お安いもの?


例の紙を見せて集中力〜の部分を書きたいなぁ。とか思って書いたらこの結果…。アレ?なんか微妙に違う気がします…。ブラウザバックプリーズ