原点



クナイを磨く手を休め、鈍く光る黒い表をマジマジ見つめる。

『あれ?どうしたの??』
動きを止めた金色頭の子供に、先ほどから纏わりつくスケスケ青年が声をかけた。
「ちょっと気になった」
なにが。と子供は言わない。

スケスケ青年。
金髪・碧眼一見美青年風は、何度か瞬きを繰り返しつつ子供の次の言葉を待つ。

「・・・」
思案顔の子供。
『ナルちゃーん?もしもーし?』
子供の蒼い瞳は何処か遠くを。
目の前で手を振るスケスケ青年を無視。

心の奥底に仕舞いこんだ何かを思い出そうと揺らめく。
見た目には将来確実に『美女』間違いなしの美少女。
手にした物騒な忍具クナイさえなければ。

宿屋の窓辺で物思いに耽る深窓の美少女。
という表現がぴったり当てはまる。

『やっと二人きりなんだから、少しくらいお兄さんかまてよ〜』
子供の動きが止まったのを幸いに、背後から抱きつこうとして飛び掛るスケスケ青年。
察知した子供に変わり身の術でかわされた。
『ナールーちゃーん』
枕(丸太なんて宿屋にはないので)を背後から抱きしめたまま、スケスケ青年は悲しそうに子供の名を再度呼んだ。
子供の返答はない。眉間に刻んだ皺を深くし子供は顎に手を当てる。
「注連縄、少し静かにしてくれる?」
頭に蘇る子供の今迄。
纏わりつくスケスケ青年・注連縄を無視。
子供は・・・ナルトはソレを辿り出した。





早熟だったナルト。
誰よりも情緒の発達が早く、二歳半ばにして簡単な忍術を習得。

物心付いたときから憎しみの対象にされ、周囲の人間が憎かった。
自身が何者で、なんでこんなに憎まれ・存在しているのか知る術を知らず。
繰り返される暴力と迫害。

保護者の手回しなどたかが知れていて。生傷が耐えなかった。

幼かった。
護る術は無かった。
只ひたすらに嵐が通り過ぎるのを待った。

死にたいと思わなかったのが今にして思えば不思議だ。
確かめる方法がないから分からないが三代目火影が一枚噛んでいたかもしれない。
狭い世界のなかでナルトは差別を甘受し生き続けた。

繰り返される暴力に心は麻痺を起こす。
次々に不要な感情を捨て。
最後に外界と自己を隔てて作業は完了。

こうして、ありとあらゆる感情に蓋をした。

迎えた三歳と四ヶ月目。
『偶然』耳にした、聞かされた出自。

天鳴(あまなり)が持つ血継限界。
九尾の封印の器として相応しいと判断された理由。
虐待の原因。
目覚める血継限界。
数日ばかり生死の境を彷徨い。
目覚めたら用意周到に忍としての道が開けていて。
相棒は既にシノだと決まっていた。

 あの時。なんだかムカついたよな、俺。
 俺の人生を勝手に決めて逝った『里の英雄』に。
 歴代の火影岩を見に行ったっけ。
 それからジジイの書庫に潜り込んでヤツの素性を調べた。
 全部一つ残さず調べてから決めた。

 俺は忍になると。

 どうせこのまま生きていても地獄だ。
 同じ地獄なら逝き方を選べる地獄にいたい。
 本能的な咄嗟の判断。

 この選択に悔いはない。

 こうして生き延びていられたのも忍として生きる道を選んだから。
 そうでなければとっくに殺されただろう。

 ジジイが狙ったように任務三昧生活を俺に押し付けたせいで、特に疑問にも思わなかった。
 いや思う暇もなかった。

 ったく。今になってやっと俺も落ち着いてきたってことか。

 我ながら情けないな。

クナイの刃に映る己の姿。
その顔は苦笑していた。

『さ、寂しい・・・』
ナルトが『こちら側』に戻ってこないのですっかり拗ねた注連縄。
両手を畳について頭を下げていた。
そんな注連縄を見るナルトは目を細める。

 そうそう。・・・俺が『忍』を始めた理由。俺の原点。

「注連縄」
極力無表情を装ってナルトは注連縄に声をかける。
ナルトの声に素早く反応して注連縄は顔を勢い良く上げた。
『なに?ナルちゃん、どうしたのっ?』
神妙な面持ちでナルトを見上げる注連縄に、ナルトは口元だけで薄く笑う。
「頼みがある」
小首を傾げ注連縄の顔を覗き込めば、注連縄もつられて首を傾げる。

ナルトからの『頼み』等とは珍しい。
明日は雨を通り越して雪か台風か。
天変地異か。
注連縄は考えた。

『ナルちゃんの為になるならv喜んで』
勿論考えた事と口に出した言葉はまったく別で。
にっこり無邪気に笑ってナルトへ答える。
そんな注連縄の態度にナルトは心の中でガッツポーズを決めていた。
「実体化できるよな?前に俺と兄妹に見えるくらいのヤツ」
そぶりは露ほどもみせずさらに言葉を続ける。
『ああ、これ?』
注連縄は印を組み、ボフンと煙をたてナルトより数歳年上の少年に変化。
『こんなんでいいの?』
一人で考え込んだかと思えばお願いで。
しかもお願いの内容が『実体化』等とは。
いったい何を思いついたんだろう?
訝しいけれど愛しい子供のお願い。

 聞ける範囲では訊いてあげないとね〜♪

最近は血筋にまつわるゴタゴタでナルトは精神的に落ち着きがなかった。
ここ数日で漸く普段のナルトのペースに戻りつつある。

「そうそう」
ナルトは注連縄の姿に唇の端を持ち上げる。
『外でデートvとかって訳じゃないよね〜?』
「違う」
少しばかり期待を込めて注連縄が問いかければ即行で否定された。
『えー?じゃ、なに?』

 一緒にお風呂とか?はては「はい、あーんv」とかって夕飯?

ナルトの長い睫を間近に見下ろし、注連縄は年甲斐もなくはしゃいだ。

幸い、ありえないだろ!とか突っ込んでくれる人は誰一人としていない。

やや間がありナルトは上目遣いに注連縄を見上げた。
注連縄の縮んだ身長差から見ても絶妙な距離。

「今までのお礼だ」
ナルトの指先が注連縄の額に触れた。
『あのー?ナルちゃん??』

カクリ。

体から力が抜け注連縄は床へ倒れ込む。
仰向けに寝転がった状態で己を見下ろすナルトを見上げた。

「俺が忍という職業を選んだきっかけは注連縄の存在があったからなんだ」
注連縄を見下ろしたままナルトは静かな声で呟く。
『マジ!?うわっ・・・嬉しいかもv』

ナルトが忍として働く=注連縄の勇姿に触発されて。

等と大変都合のよい方程式を脳内で展開。
注連縄は相好を崩した。

「勘違いするなよ?」
しゃがみ込み注連縄を上から見下ろしナルトは無表情のまま言い放つ。
「中途半端で全部投げ出して逝った張本人に、蹴りの一発でも入れてやりたいって。思ったんだよな、きっかけは」
俯いた拍子に顔にかかった髪をかきあげナルトは淡々と言葉を紡ぐ。
『お兄さん痛いお礼は嫌でーす!』
この状況下。
ナルトに殺気まではいかないが、さらりと脅しをかけられて。
尚普通の態度を貫けるとは注連縄強者である。

だがナルトは注連縄の弱点を掴んでいた。
不本意でもあったし認めたくもなかったが。

「痛いお礼なんかじゃない。ただすこーしだけ、クるかもね?」
楽しそうに笑ったナルトの笑顔を最後に、注連縄の意識はプッツリ途絶えた。





今日も今日とて情報収集(?)に奔走(?)した伝説の三忍自来也。
疲れた身体(?)をひきずって夜の帳が下りる頃。
宿へと戻ってきた。

「?どうしたんだ?」
宿屋の扉を開いた瞬間。自来也の第一声。
「あ?別に?」
何故か実体化したまま。
屍状態で部屋隅に横たわる注連縄の姿に驚く自来也。
思わずナルトへ声をかける。

 どうみても別に?ってな状態じゃないがのォ・・・。

虚ろな瞳で宙を見ている注連縄に、自来也は乾いた笑みを浮かべた。

「幻術か?」
注連縄の症状を確認した自来也はクナイ磨きを続けるナルトへ尋ねる。
「実験台にはもってこいだろ?それにお礼も入ってるんだ」
目を細めてナルトは薄く笑う。
「・・・」
お礼?時折悶絶して痙攣する注連縄の姿。
自来也は、かつての弟子の尋常じゃない状態に冷や汗を流す。
仮にも生前は里の頂点を極めた忍。
幻術ごときでここまで苦悶するとは思えないのだ。

「ただの幻術じゃない。注連縄の精神的弱点を効果的に突いた幻術だ。しかも逃げられないし」
再び手元に目を落とし、クナイを磨き始めたナルトが自来也の疑問に答えた。

『いやだあああぁぁぁぁぁ』
迸る注連縄の絶叫が静まり返った部屋に響き渡る。

「のォ?」
口から泡でも吹いてしまいそうな注連縄に自来也タジタジ。
どれ程前から幻術にかかっているか知らないが注連縄に少し同情してしまう。
「くだらない幻術だよ、俺的にはね」
気乗りしない様子でナルトは返事だけを返す。

『いやだあああぁぁー!!ナルちゃん・・・お嫁に行っちゃ、いーやー』
助けようか、放置しようか。
自来也が逡巡していると注連縄が再度絶叫した。

首を左右に振って魘される注連縄。
自来也はため息をつき注連縄を見下ろした。
ナルトは注連縄の叫びを無視。
クナイの手入れに集中している。

『はう!!どこの馬の骨じゃ――――、お兄さんのナルちゃんを奪う野郎はっ』
注連縄の脳内で展開されるドラマが、注連縄自身の口から実況中継される。
自来也は頭痛を感じて頭を軽く抑えた。

「あほだな」
自来也の口調を真似て呟いたナルト。
そんな可愛げのないナルトにコメントしようがない自来也。
相も変わらず脳内ドラマに沿って叫ぶ注連縄。
「ま、俺の原点だからね」
ナルトは顔を下に向けたまま一人心地に喋る。
「俺が忍として生きるきっかけを作った張本人。せっかく目の前に居るんだ。ちょっとした『イタズラ』位、可愛いもんだろ」
イタズラなんてレベルを遥かに凌駕するナルトの『仕返し』
忍としては一人前でも人としてみればまだ13歳の子供。
人間についてはもっと学ばねばならない。

「わしの目も鈍ってきたかのォ」
凍った卵を溶かしてみたものの。
中の卵から出てきたのはやっぱりヒヨコで。
自来也はナルトの成長を喜びたい反面、あまり喜びたくない気持ちも味わっていた。

ナルトの原点はその日。

一晩中魘され続け、翌朝堪忍袋の緒が切れた伝説の三忍によって蹴り倒され。
目覚めましたとさ。


きっかけのお話。うちのナルコは案外流され人生送ってます(笑)そして注連縄さんの悪夢に出てきた婿は誰なんだろう?ブラウザバックプリーズ