臨界点



草木も疎らな荒野。

息の上がった子供。
白髪頭のおっさん。
二人からやや離れて傍観するスケスケ青年。

殺風景な景色に色を与える三人。
緊迫した空気を作り出していた。

「もう終わりか?」
僅かに肩を竦め白髪頭のおっさんは子供へ声をかける。
ボロボロの子供とは対照的に白髪頭のおっさんには傷一つ無い。
「まだだ」
頬の擦り傷を無造作に手の甲で拭い、子供は手にした小太刀を構える。
白髪頭のおっさんは唇の端を持ち上げた。

ギリ。

子供は無意識に奥歯を噛み締め、蒼き双眸を細める。

「・・・ッ」
小太刀へ送る己のチャクラ。
呼応して波打つ小太刀の波形。
引きずられる感情を波立たせぬよう抑え。
子供は目を見開く。
血潮色の赤き瞳で。
「ほれ、目が赤くなっとる」
飄々とした口調で手鏡を放り投げる白髪頭のおっさん。
放物線を描いて日光を反射する手鏡を無造作に受け取り、己の瞳を確認した後。
子供は肩を落とした。

「『禍風(まがつかぜ)』と九尾のチャクラは相性が良すぎるみたいだな。天鳴(あまなり)の力も加わると、俺自身がどうしても九尾に近くなる」
放出したチャクラを四散させ深呼吸を一回。
瞼を閉じてもう一度開けば、鏡の向こうには蒼き己の瞳が己を見返している。
「理屈が分かったなら、後はコツを掴め。何度もチャクラを練ってみればいい。こればっかりはナルトにしか分からんからのォ」
子供・・・ナルトと呼ばれた子供は額に浮かんだ汗を懐から出した布で拭った。

何時切れたのか。
ナルトの腕。
白い肌に走る切り傷。

「同じ不浄系の力でも天鳴と九尾のソレは性質が違う。間違えば反発作用で俺自身が怪我するんだもんな・・・」

 サイアク。
 チャクラを練る初歩で躓いているなんて。サイアクだ。

腕から流れる微量の血。
綺麗に整った眉を顰め、ナルトは一人心地に言った。

相性からすれば。
照日(てるひ)という浄化系の力に長けた小太刀を使用した方がコツは掴みやすい。
ただナルトの抱える封印物は九尾。
初心者が照日を使えば最悪、反作用の大きさでナルトの自我が危うくなってしまう。

よって白髪頭のおっさんは、まず禍風でチャクラを練らせた。
結果は見ての通り。

「ちっとばかし暴走してもわしが居る。心置きなくチャクラを練るんだな」
がははははは。
先ほどからナルトの修行を文字通り『ただ見ているだけ』の白髪頭のおっさん。
ふんぞり返って豪快に笑った。
「・・・」

 それが神経を逆撫でしてんだよ。

なんて口が裂けても言わないが。
ナルトは苛々が己に溜まるのを感じた。
仮にも上忍である己が環境を理由に修行の失敗を口に出来ない。

いや、しない。

それを見越して白髪頭のおっさんの台詞。
尤もだとは思うものの妙に癇に障るのだ。
ナルトの。

『頑張れ〜!ナルちゃんファイトォ〜』
徐にスケスケ青年が拳を振り上げて振り回す。
とたんにナルトはげんなりした顔つきで脱力。
ナルトの手から滑り落ちた禍風が地へ突き刺さった。
「注連縄。それは・・・流石に殺意を抱くからヤメロ」
ナルトは乾いた笑いを浮かべ注連縄を横目で見る。
『駄目?』
年齢(?)に似合わず幼い表情を作り注連縄はコクリと首を傾げた。
「俺に媚売っても無駄。駄目」
一気に疲れが押し寄せナルトは意識せずにため息をつき、突き刺さった禍風を地面から抜いた。
「ホレホレ、たそがれる暇があったらちっとは真面目に取り組め」
白髪頭のおっさん。
伝説の三忍が一人自来也。
彼は既にネタ帳を取り出しナルトを見ようともしない。
ナルトが取り組みを信頼しているようで。
単に己の仕事を優先しているだけのようにも見える。

 イヤだ。こんなテンポの修行・・・。

切実にナルトは思ったのだった。



初日はそんな感じでチャクラすら満足に練れず。

ナルトの自尊心を少なからず損なったのは確か。
翌朝の朝早く。
太陽が昇りきらないうちにナルトは宿の部屋から姿を消していた。
空の布団を眺め注連縄はつまらなそうにぼやく。

『あ〜あ。ナルちゃんの寝顔見損ねちゃいましたよ〜』
「あほか」
半ば本気で愚痴った弟子に師匠が白い目を向け突っ込んだ。



三日目。

根性でチャクラを練り上げることに成功したナルト。
夕日もくれかけた荒野でぼんやりと地平線へ沈み行く太陽を眺める。
「まずまず、だのォ」
灯りのついた提灯を下げてナルトを迎えに来た自来也と。
『ガンバvナルちゃん』
ピースサイン&無意味に歯を光らせた注連縄。
一応は褒めているらしい二人。
ナルトは無言で睨みそっぽを向いた。



四日目。

初歩的な忍術に成功(?)
「分身は出来とるが、本体以外のナルトの瞳が赤いぞ」
本体はきちんと蒼い瞳なのに、分身は全員が赤い瞳。
本体・・・ナルトは分身達を眺め複雑な顔つきで赤い瞳を見た。
「無意識の恐れが表面に出ているのかもしれない」
冷静に自己分析するナルトの傍らで、分身一体を無断で持ち帰ろうと画策する注連縄。
ナルトは無造作に腕を後方へ振り、クナイを注連縄の足元に突き刺す。
『ナルちゃん!見逃して』
「「見逃せるか!!」」
懇願する注連縄にナルトと自来也が声を同じにして怒鳴った。



五日目。

禍風の呼応を利用し、応用的忍術を訓練。
「水遁!大瀑布の術!」
水もない荒地で水遁の術など荒唐無稽か?
とも思われるが、地下水脈の流れを理解しているナルトには造作もない術。
禍風を使い練りだしたチャクラを使用し、狙うは二人。
「教育方針待ちがっとるんじゃないか?」
巨大な水流にもまれ、やっと書き上げた原稿がお釈迦になってしまった自来也に。
『そっくりその言葉を先生にお返しします』
実体などないのに、律儀に自来也と共に流される注連縄の姿。
「・・・まぁまぁかな」
水流去って抉られた大地。
眺めナルトは一人心地に術発動後の感触を確かめた。



六日目。

照日の訓練に入り限界までチャクラを消耗。
「ちっ・・・」
手にした小太刀。
取り落としてナルトは舌打ちする。
チャクラを練りやすいように手に小太刀を持って修行してきた。
そろそろ手全体の経絡系に負担も出始める。
「スタミナ馬鹿でもそろそろ限界かのォ」
鈍い動作で小太刀を拾い上げるナルト。
自来也はそんなナルトを遠巻きに『ただ見ているだけ』隣の注連縄に問いかける。
『仮にも人の娘をスタミナ馬鹿なんて言わないで下さい』
憤慨した注連縄は目を吊り上げて自来也に抗議。
「・・・馬鹿はお前等だ」
憤る注連縄と困惑顔の自来也を尻目にナルトは口内で悪態をついた。



そして迎える七日目の朝。

「禍風と照日。二つの反作用を利用し、この間教えたアレを使ってみろ。
幸いアレは印が不要だからのォ。最初は小太刀を持って。慣れれば小太刀を身につけた状態で力を引き出す事も出来る。努力しだいだな」

朝日に照らされるナルトの横顔へ最後のアドバイス。
それから自来也は欠伸を噛み殺した。
毎夜『情報収集』と称し夜遊び三昧の日々。
有態に表現すれば寝不足。

「分かった」
ナルトは表面上だけは大人しく自来也のアドバイスへ耳を傾け、即修行へ入った。
水風船を割る乱回転。
風船を割るパワー。
そしてもう一つの要素を加えて完成する、ナルト専用の技となりえる忍術。

もう何度目になっただろうか?
小太刀を両手に持った己の指が。甲が。手首が。腕が。
見えないチャクラの刃に切り刻まれる。

 まだだ。

経絡系が限界まで酷使されて悲鳴を上げる。
切り刻まれた傷よりも、チャクラの流れによって開く経絡系の方が遥かに痛い。

 まだだ。

痛みに飛びかける意識とは別に。
己の意識は波一つない水面の様。

禍風も照日も。九尾も。

何より天鳴の力さえ感じない無の感覚。

確固たる己が只一人。
静かな夜の街へたたずんでいるかのような平常心。

普段なら他者の感情を読み取ろうとする、無意識の探知機も働かない。
寧ろ己だけを客観的に見下ろす冷静な己が居る。
自己認識と自己容認。
今まで非(不要)と判断してきた己の要素全てを。

 認める。

口で言うほど簡単で生易しいものではない。
己の存在意義など昔から切り捨ててきたナルトにとっては至難の業。
13年間培ってきたコンプレックスを全て消し去る等そう容易く出来るものではない。

「・・・」
『信じて』と願った己に『元から信じていた』と返してくれた二人が居る。
少なくとも世界には二人。
己がどのような道を辿ろうと『信じて』くれている人間が居る。

逃げ出さない。

たとえ世界が。そう木の葉の里が。
イタチが見せた性質の悪い幻影のように己が滅ぼしてしまうとしても。

立ち止まらない。

膨大に膨れ上がるチャクラに比例して共鳴反応を巻き起こす二つの小太刀。
普段の共鳴反応など比ではない。
手が痺れる感触に顔を顰めつつ、ヒントにしたあの渦を脳裏に強くイメージ。
標的にした岩へぶつけた。

『うわ・・・ちょっとどう感想を付けたらいいのかな〜』
軽口を叩いているが大分焦っている筈だ。
身体を通り抜ける岩の破片すら気づかず、注連縄は砕け散った岩の名残を呆然と見やる。
岩といっても強度は大分強い部類に入るもので、カカシの千鳥だってそう簡単には砕けないレベルの岩だ。

「フム。コツは掴めたみたいだのォ」
崩れ落ちたナルトの身体。
上着の襟首を掴んで落下を防止しつつ自来也が満足そうに何度もうなずいた。
『コツって!!先生!ナルちゃんが将来お嫁にいけなくなったらどーすんですかっ!こんなに強くしちゃって!!』
鬼気迫る表情で自来也に詰め寄る注連縄。
「強くなければ支えられんからな。違うか?」
注連縄の怒りもなんのその。
さらりと流して自来也はニヤリと含み笑い。
注連縄には意味が伝わっていないようだが、数秒して注連縄の目が驚きに見開かれる。
『それって・・・まさか、先生?』
言ったきり注連縄は手を口に当てて本気で驚いた。
「このまま嫁にやって縁側で孫の世話でもするのか?お前は」
意地悪な問いかけ。
自来也は注連縄を一瞥し片手で支えるナルトの体を肩に担ぐ。
全神経を使い果たして気絶したナルトを休ませるのが先だ。
うろたえる弟子は少し頭を冷やせばいい。
「まったく。限界を超えればそこがゴールじゃないだろのォ」

仮にも頂点を極めた者になら。

理解できる簡単な公式だろう。
一山超えれば次の山が待っている。
人生大概そのようなものなのだ。

『臨界点の先・・・』
わが師ながら・・・抜け目がない。
何歩分のネタを頭に描いて動いているのだろう?
『はっ!?先生?先生!?ちょっと!!ナルちゃん誘拐しないで下さい!!』
気が付けば岩場に一人。
注連縄は慌てて二人の気配を探る。
ちょっぴり(大分?)間抜けな注連縄の姿がありました。


裏技?でしょうかね。ってオリジナルの技を出すのもなんなんで、天鳴バージョンのって雰囲気でお願いします〜。ブラウザバックプリーズ