箍(リミッター)



《何故本来の力を出さん?お前はわしら三忍より遥かに強い。無論あのイタチよりも》


 ヤだな、ああいう性質の悪い挑発。

数日前に最後通告のように突きつけられた極上の毒を含んだ棘。
未だにこの胸に刺さったまま血を流し続けている。

罪悪感という見えない血を。

掻き毟って取り出せるならどれほど救われるか。
この忌まわしい。

天鳴(あまなり)の血を。


『おっはーvナルちゃん青春してる〜?』

ボフン。

派手に煙を起こして登場するのはスケスケ青年。
金髪・碧眼。一見美青年風。

「激眉と似たような事言うな」
気だるげに口先だけで反論し金色頭の子供は項垂れた。

賑わう祭りの街から程近く。
普段は誰も近寄らないような深い深い森の中。
木々が重なり影となった部分。
金色の髪を揺らし蒼い瞳に空を映す。
子供は自然の空気と同化するかのよう。
地に座っていた。

天鳴(あまなり)
浄化と再生・治癒を司る守人の血族。
所謂血継限界を持つ一族で、水と雷・天地の術と相性が良い。
だからこそ九尾の狐の『器』としても最適だった。

『ナルちゃん、いつにもまして怖いよ』
つん。神妙な顔つきでスケスケ青年は子供の眉間の皴を指先でつつく。
「どうとでも。注連縄、邪魔」
子供はとりあえず目の前のお邪魔虫を排除にかかる。
『邪魔でも今回はお兄さんがナルちゃんの師匠です』

 今回は頑としてでも引かないよ?

ニュアンス含ませれば子供は剥れて明後日の方角を向く。

『三代目も言ってたと思うけど?天鳴は天を轟かせ地を鳴らすという由来ある名でね。
対極を成す二つを操る一族でもあったんだよ』
子供の横に座って講釈を始める注連縄。

二人(?)の天鳴(あまなり)が放つチャクラ。
導かれたかのように野生動物が二人の周囲に集う。
そよ風が動物や地へ座る二人の間を駆け抜ければ、若葉の清清しい香りが鼻を擽る。

「だから家宝が二つ。二太刀の小太刀。
浄化を司る『照日(てるひ)』と不浄を呼ぶ『禍風(まがつかぜ)』
歴代の当主はどちらかの力を使えた」
続けて子供が言葉を返せば注連縄は黙って腕を前に差し向ける。

小リスが一匹。
注連縄の足先を駆け上り腕の先を抜け、手のひらに収まった。

『そうだね。ナルちゃんは一族の中でも最高の血筋を受け継いでる。
九尾を封印し、尚且つ精神を保って二つの小太刀を操っているからね。
本来ならナルちゃんは浄化の力と相性が良いんだ。つまりは『照日』との相性が良いんだよ』
つらつら喋る注連縄の言葉を適当に聞き流し。
子供は改めて考える。

見直す己の素性。
あの時は。
砂忍を退ける事も出来たし仲間を救うことも出来た。
だからこれで天鳴とも上手く付き合っていけると考えた。

いや。
考えたフリをして根本的な問題と向き合うのを無意識に避けていた。

「つくづく甘いね、俺も」
子供は自嘲気味に呟く。
『・・・そんなに天鳴の血は嫌い?』
小さな問いかけ。
子供は一瞬だけ目を見張るが直ぐに感情を瞳の奥に閉じ込める。
『お兄さんはねぇ。好きだったけど嫌いだったな〜。
だからかな?天鳴の力、殆ど公の場では使ってなかったんだ』
悪戯っぽく笑い注連縄は傍らの子供の顔色を窺う。
子供は小さく鼻で笑った。
「稀代の天才忍者様にも苦手なモノ、あったんだ?」
『沢山あったよ。勿論』
そりゃー人間だったからね?

過去形で話す注連縄の頭上には、いつの間にか小鳥が数羽鎮座していた。

『微妙な血継限界でもあるのは認める。
天鳴本来の力を出すと第三者が不利益を被る場合があるからね』
「遠まわしすぎ」
『失礼。簡潔に纏めるなら、行使した術の影響を近くにいる人間が受ける可能性が大。
天鳴の力を使いこなせない未熟者が天鳴の力に依存すると周囲の人間の精神を蝕みます。
用法・用量を確かめ使用上の注意をよく読んで・・・』
途中から冗談のような台詞を口にする注連縄。
笑顔ではあるが瞳の奥底に潜む鋭さは現役の注連縄の姿を髣髴とさせる。
癒すだけなら問題はない。本来の俺はそっちの力のほうが強いからな。ただ全開にした俺自身の力を俺が扱いきれていないところが問題なんだ」
苛々して親指の爪を噛む子供。

不安も若干混じった動作に、子供を案じているのか。
人食いトラが動物の囲いを崩しつつ子供の傍へ近寄る。

『そう思いたいだけでしょ?本当なら完全に扱えるはずだよ、三代目が施した封印は完全に解けているのだから』
探る目つきはそのままに。
注連縄は子供へ素早く口を挟む。
「・・・分からない」
子供は俯き迷子になった子供のように心底困り果てた声音で応じた。

「浄化の力は過ぎると人の心を綺麗にしすぎてしまう。
不浄の力は過ぎると人の心を負へと傾けてしまう。
どちらも『人』としては不完全。ありえない『魂』を抱く人形。
天鳴の力が孕む危険。
・・・何人の忍が犠牲になってきた?近しい者であれば在るほど、天鳴の影響を受けて心が捻じ曲げられていく・・・」

瞼を閉じれば浮かぶ木の葉の里の風景。
風景に立つは見知った顔・顔・顔。

表の己を忍だと認めた恩師。
スリーマンセルの仲間。
担当上忍。
同期の下忍。

裏の顔を知る仲間。
保護者役のくの一。

もし彼らが己のせいで魂が変質したら?どうすればいい?

どれだけ素晴らしい忍であったとしても。
天鳴の血筋を引く以上は避けられぬ問題。

「俺自身も。俺の力の影響で心が変質する危険だってある・・・」
そっと腫れ物に触るように。
己の臍の部分。
里最大の危険物が納まった箇所を指先で服の上からそっとなぜて。
子供は首を左右に振った。

『・・・九尾の影響で本能のまま他者を屠る殺人人形(キリングマシーン)になる確率も高い。今まで里から受けた仕打ちに対しての恨みが箍を外す』
注連縄の手のひらの小リスはキュウと鳴いて尻尾を振る。
そんな仕草に注連縄は目を細めた。

小リスに限らず周囲の動物達も。
こんな重苦しい会話に動じることなく二人の天鳴を守るように周囲に壁を作る。
二人を至高の存在だと理解しているからだ。
BR> 「恨んでなんかない」
子供は隣の人食いトラの喉を撫でてやりながら、憮然とした表情で注連縄を睨む。

仕方の無い事なのだ。
九尾を完全に封印する事など、どのような天才が挑んだとしても無理な難題なのだ。
注連縄の力が及ばなかったのではない。
注連縄だからこそ封印する事が出来た。

辛うじて。

「天鳴の生き残りであった俺にしか出来なかった。器役は。仕方ない」
子供は己に言い聞かせるように呟いた。
トラは喉をゴロゴロ鳴らし子供へ腹を向け横たわる。

『う〜ん。なんかナルちゃんって・・・ずっとそれで自分を納得させてきたの?』
「憎しみしか向けられない場所で。誰が九尾のガキを慰めると?」
複雑な顔つきの注連縄に、同じく疑問系で言葉を返す子供。
『もうちょっと早くこの世に出て来れればよかったな』
深い後悔。慟哭。
滲ませ注連縄は小さく首を傾げた。
そっと子供の肩に手を回し己の方へ寄りかからせる。
『幸い。先生も情報集めに奔走してるし、ここは森だから誰も見てない。お兄さんは一生黙っていてあげる。だからホラ、吐き出しちゃいなさい』
注連縄の肩を伝って小リスが子供の頭へ到達。

『悔しかったねぇ。辛かったし、凄く腹も立ったでしょ。
なんで自分ばっかりこんな損な役を押し付けられるのかって。
天鳴なんかに生まれなきゃ・・・器にならずに済んだのにね』

子供からの反応は無い。
だが注連縄は気にせず言葉を続ける。

『恨んで。憎んで。絶望して。
本当は里なんか嫌いで。大嫌いで。
でも使命とか背負わされちゃって逃げられなくて。息苦しくて』

矢張り子供は無言で反応は無い。

『誰も助けてくれなくて。
・・・違う、どうやって助けてもらえばいいのかも。分からなくて。
一人でずっと抱えて我慢して。仕方ないって言い聞かせて。
でも褒めて欲しかったね?ずーっと九尾を封じてきたんだ。褒めて欲しかったね。
里の為に全てを犠牲にしてくれてありがとうって』

静かな注連縄の声音だけが響く森。
動物達も身じろぎせずに二人の天鳴を護る。

『本当、偉い子だねぇ。ナルちゃんは偉い子だね』

人食いトラが身体を起こし子供の頬をそっと舐めた。
子供は俯いたまま小刻みに一瞬だけ身体を震わせる。

『お兄さんは誇りに思うよ。ナルちゃんが木の葉の里の忍であることを。
どんな過酷な状況も歯を食いしばって生き抜いてきてくれたことを。
ナルちゃんを形作ってきた全てを誇りに思うよ』

肩に回した手をそっと子供の髪へ伸ばし、注連縄は子供の金糸の髪を指先で弄る。

『天鳴の気質が、里への恨みを無意識に奥へ押し込めてたんだろうけど。それじゃナルちゃんストレスで胃に穴あいちゃうよ』

そう。
この子はどこまでも優しくて残酷だ。
どれ程の重荷を背負うとも前を向こうとする。
たった一人で生きていこうとする。
優しいからこそ里を憎む事さえ出来ない。
形だけ悪態ついても。なんだかんだいって忍として里を守ってきた。

己を否定する里を。

 その優しさはお兄さんにとって結構残酷。
 いっそ激しく恨んでくれればよかったのに。
 はけ口位にならなれたのに。
 切ないねぇ〜。

『箍外してね、少しは。
我慢してくれるのも時には大事だけど、ナルっていう一人の女の子としては。我慢しない。
それから天鳴の力も怖いなら怖いって。きちんと不満をぶつける事』
「いいのかな・・・」
不意に子供は曖昧な言葉を発する。
「生き抜くためには強くなきゃいけない。殺されるから。今まではそう思ってた。恨み言なんか言う暇なかった。だけど・・・いいのかな?」
『勿論。思った事は口にしなさい。シカマル君にも言われてるでしょ』
注連縄は即答した。
「俺自身が感じた憤り。天鳴としてではなくて・・・恨んでいていいのかな?里を」
口では散々コケにしてきた里。
けれど表立って考えるほど恨みは表に出してなくて。
心の置く深くに蓋をして仕舞ってきた。

己の感情を暴走させないために。

『当然でしょ。天鳴抜きにしてね。付け加えれば天鳴の名前に重さを感じる必要は無いよ。殆どの里の忍は天鳴の名前さえ知らないんだから』
あはははは。能天気に笑う注連縄。
子供は呆れた調子で息を吐き出した。
「そういう問題?」
『じゃあ、どれが問題だと思う?天鳴の力?それはナルちゃんが使いこなせるでしょ?暴走しないように納得いくまで、ナルちゃんが修行すれば良い。違う?』
注連縄の器用なウインクに今日初めて子供は普通に笑う。
『恨み言ならお兄さんに言ってねv相手は問答無用で成敗しておくから♪』
あまり有難くない注連縄の申し出。
「・・・そんな非人道的な行為は流石に俺でも出来ない。良心が咎める」
きちんと子供は拒否の意を示した。
『そう?却って修行になるかな〜なんて思うんだけど?木の葉の里の忍の実力の底上げに貢献!』
ぐっ。握り拳を作る注連縄に子供は手を左右に振った。
「いや、絶対に無理」
注連縄に『成敗』された日には。
再起不能に陥る忍が続出して木の葉病院スタッフが悲鳴を上げるだろう。

確実に。

そんな光景が脳裏をよぎって子供は身震いした。
そんな非常事態に己が一枚噛むのは絶対に御免だと思って。

「信じてもらった分は頑張る」
懐に入った財布につけた蛙のマスコット。
感触に表情を穏やかにして子供は口元を綻ばせた。
子供の気持ちの浮上に合わせて頭の上で小リスがキュウと鳴く。
「思ったんだけど。
浄化の力を強く使えばエロ仙人の性格を強制するのは可能か?あいつは箍外しすぎ」
ふと思いついて子供は注連縄に尋ねた。
『う〜ん、どうかなぁ。ナルちゃんの取る手段にもよるけど。あの性格を矯正するのは中々難しいと思うよ』
「そっか。ま、物は試しだ。俺がどれくらい箍外せるか実験台だな」
意地悪な輝きを瞳に灯して子供は喉奥で哂った。


同時刻。
「はっくしょーん」
「あら、大丈夫?」
盛大なくしゃみを漏らす白髪頭のおっさんと。
おっさんにナンパされた美女が慌ててティッシュを取り出す光景が祭りの街にはありましたとさ。


一番のポイントは最後のくしゃみのシーンです(え?)ブラウザバックプリーズ