シークレット



頭の中でグルグルエンドレス。

「何故本来の力を出さん?お前はわしら三忍より遥かに強い。無論あのイタチよりも」

告げられた言葉に動揺真っ最中。
膝を抱えて宿の部屋隅っこに座り込み。
頭に濃紺色の蝶を乗せた格好でかれこれ半日。

ご飯もろくに喉を通らず一人悶々と悩む。
膝に乗せた顎先でズボンの感触を確かめる。

「はぁ・・・」
口から零れるのはため息ばかり。
思考を纏めようにも混乱・・・いや、嫌でも直視しなければならない『現実』を認められず、一人思考の迷子と成り果てる。

『たっだいまー。ナールーちゃーんvvv』
壁から姿を見せたスケスケ青年も視界に入ってません。
金色の髪を無造作に左右に垂らした格好でもう一度子供はため息をついた。
「・・・どうしたんだ?ナルト?」
金色の髪は輝きを失い、何故かどんより落ち込んでいる蒼い瞳。
最初で最後かもしれない普通に落ち込む子供の姿に、部屋へ戻ってきた目つきの悪い少年は驚愕する。
お陰で全身を襲う激痛はどっかへ吹っ飛んだ。
「別に」
言葉少なに目つきの悪い少年に答え、ボケーッと中を見つめてため息一つ。
『あらら〜。シカマル君振られちゃったねぇ』
「うっせーぞ、おっさん」
実体を持っている相手だったら蹴りの一つもお見舞いしてやりたい。
苛々しながら目つきの悪い少年・シカマルはスケスケ青年を睨んだ。
「注連縄、自来也の姿が無いが?」
大物なのか天然ボケなのか。
どんより落ち込む子供を気にかけつつ、スケスケ青年に今回の旅の引率者の行方を尋ねるのは丸黒眼鏡の少年。
『本当だ、どこ行っちゃったんだろうね?』
部屋を見渡してから宿内の気配を探って。
それからスケスケ青年・注連縄は呑気に丸黒眼鏡の少年へ答える。
「シノ、この際だからエロ仙人については放置だ、放置」
シカマルは丸黒眼鏡の少年へ素早く牽制球を一つ。
こんなに子供が落ち込んでいるのに、どうして普通に普通の会話なんてしているのか。

 マジ分かんねーよ。

自分の感覚がおかしいのか、彼らの感覚がおかしいのか。
判断に迷うシカマル。
だが一瞬でその思考を断ち切って隅っこで丸くなっている子供へ歩み寄る。

「ナルト、どうした?」
子供は・・・ナルトは黙って首を横に振った。
『ほら、ナルちゃんだって修行疲れだよ。新しい術はマスターできた?』
ゲシとシカマルにかーるい拳をお見舞いして、注連縄はナルトの前に顔を突き出す。
「できた(多分)」
ナルトは注連縄と目線を合わせず素っ気無く答えた。
『酷いよ!ナルちゃーんっ!!!』
表向き傷ついたフリをして、注連縄ちゃっかりナルトへ抱きつこうとするが。
「・・・怪我してる」
つと立ち上がったナルトにさり気なくかわされ。
注連縄は下半身だけを宿の壁から出している、間抜けな格好を晒してしまう。
「掠り傷だ」
シノは近づくナルトへ短く応じ、大分傷の塞がった瘡蓋(かさぶた)を示した。
「そうかもしれないけどね、俺が気になる」
首筋に出来た痛々しい傷。

その他腕・脚といわず顔の切り傷に至るまで。
注連縄が愛情(?)込めてシゴイたか手に取るような二人の傷。
ナルトは嘆息する。

 大人気ない・・・注連縄。

身体の奥底から血がざわめく感覚。
手のひらをそっとシノの頬に当て、瞳を閉じる。
手のひらに込められたチャクラがシノへ移動する。
感触を味わいながらナルトは胸の痞えが一層重くなるのを感じていた。

里のごく一部。
シノだってシカマルだって根本的には理解していない天鳴(あまなり)の力。
使うたびに湧き上がる恐怖。
いっそ頭がおかしくなれば罪悪感から逃れられるのだろうか。
ナルトは自問自答した。

「次はシカマルね」
シカマルを手招きすれば、憮然とした表情でシカマルがナルトへ近づく。
「逃げるなよ」
耳元で囁かれたシカマルの断言口調にナルト瞠目。
目を見開いて動きを止める。
「逃げるなよ、おまえ自身から」

 これだからシカマルは嫌い。そして好き。

ナルトの深層まで見抜いての発言ではない。
ただ察してしまえるだけ。
ナルトが嫌悪するものを。
ナルトが恐れるものを。
いとも容易く秘密を暴いてしまえるだけ。
「逃げないよ」
頭をよぎるのはエロ仙人の放った棘。
その後のナルトはいつものナルトで。
けれども一睡もせずに、ナルトが窓から月を眺めていたのは誰もが知る事実。
誰もナルトの行動を咎めはしなったが。





翌朝早朝。
ごねる注連縄を封印。

ナルトはシノとシカマルを街の外まで見送りに来ていた。
自来也は因みに二日酔いでダウン。
本当に二日酔いなのかは不明。
気を利かせてくれたと好意的に解釈するべきだろう。

「早く見つかるといいな」
誰に聞かれても当たり障りの無い内容。
聞いただけでは断片的過ぎるコメント。
シカマルの言った言葉にナルトは小さくうなずく。

(・・・ねえ、俺・・・俺ね?・・・二人に伝えたいことが在る)

唇だけを動かしナルトが二人を見る。
吹き抜ける風がナルトの金色の髪を乱した。


「死なないで」
シノに抱きついて囁く言葉はナルトの偽らざる心。

上忍であるシノが里へ戻ってから任務を請け負う確率は高い。
カカシが倒れた今、里は微妙なバランスの上に成り立っている。
ナルトの心配を理解し、シノは黙ってナルトの頭を撫でた。
ナルトの最初で最後のお願い。

願い。

今までのナルトなら確実に口が裂けても言葉になどしなかったから。
そしてこの先は二度と口にしないだろうから。
長年の付き合いは伊達ではない。
シノはナルトの言葉をその言葉を紡いだその姿を。
深く心へ刻みつけた。


「無事でいて」
シノから離れて今度はシカマルへ抱きつくナルト。

シカマルへ向けて囁く想い。
これもまたナルトの偽らざる心。

シノほど任務は回ってこないけど。
木の葉の里は安全とはいえないから。
シカマルはきっと誰かを助ける為に自然と動く人だから。
だから無事でいて。
想いの丈が詰まった短い言葉。
シカマルは奥歯をぐっと噛み締めてナルトの言葉を頭に刻む。

悩んで苦しんで。
人知れず背負ったものに弱音も吐かずに前を歩いて。
そして今また新たに歩き出そうとしている。
ナルトが持つ輝きの強さそのままに、力強く、眩い光を放ち。

考えられるからこそ。二度とこんな風に彼女が懇願するとも思えない。
里に戻ってきた時には。
彼女は己の予想を越え『強く』なってしまっているのだろう。

「そして」
シカマルから離れ。
二人の目の前に立ち、ナルトは真っ直ぐに二人を見た。

「俺を信じて」
わたしを選んで。

唇から放たれる最初で最後の究極の問い。
性別や素性や立場も越え。ただ人として。

 わたしを選んで。

心臓の上に手を当てナルトは初めて。
本来のナルトの心のまま初めて二人の少年に心を開いた。
忍としての仮面を脱ぎ、九尾の器としての皮を剥ぎ。

揺らめく湖面よりも美しく揺らぐ蒼。
まんじりともせず前方の至玉をジッと見つめる四つの瞳。
蒼を縁取る金色が滲んだ涙を吸って萎れた植物のようにも見える。

シノは音も無く動きナルトの左手首を手に取ると、手と手首の付け根に唇を押し当てた。

 承諾。

矢張り音も無く唇の動きだけでナルトへ伝えるシノ。
あまりにもシノらしい行動にシカマルは失笑した。

「改めて口にするのもめんどくせーけど?信じたくなかったらな。
あの日。アカデミーから俺は真っ直ぐ家に帰ってたぜ?端(はな)から信じてる。この先も」

 見届け役は俺だけしか居ないだろ?

重ねて言えばナルトは花が綻ぶ様にフンワリと笑う。

 とっくにナルトだけ選んでるんだよ、俺は。

流石に言葉にはしない。
今のナルトには重荷にしかならないから。
こんな時まで調子を崩さず回転する己の頭に辟易しつつ。
シカマルはナルトの笑顔へ応じて口角を持ち上げる。

隣の無表情ライバル。
シノとて似たような事を考えているのだろう。
ナルトの無邪気な微笑みにどこか苦笑気味だ。
今更当たり前の質問をするんじゃない。
言いたそうに。

「俺ちゃんと連れて帰る。あの里に必要な人なら、ちゃんと連れて帰る。
だからそれまで里を守っとけよ?頼りないからな、あの上忍達じゃ。カカシ先生はダウン中だろうし」
不意に。
いつものナルトへ戻って薄く笑うナルト。

挑発的に輝く蒼い瞳は何処か楽しげだ。
余裕に満ちたいつものナルト。
思わずシカマルは背筋を伸ばし片眉だけを器用に持ち上げる。

「その為の帰還命令だろうからな。めんどくせーけど、それなりにやっとく」
言いながらシカマルが物憂げに頭へ手をやる。
受験でも控えた子供じゃあるまいし、からかってるのは理解できるが。

 ちょっと見くびりすぎじゃねぇ?

なんて。少し不満に感じてしまったり。

「任務である以上油断はせん」
逆に生真面目に答えるのはシノで。
ナルトの酷薄な表情にも動じないシノは淡々といつも通りに己の主義を変えない発言。
シノの気質がそうさせているのか。
ナルトの危うさがシノをそうさせたのか。
今となっては謎である。

『はいはい!エセシリアスはそこまでね♪』

ボフン。

煙だけは派手に立ち上り、煙の中から不機嫌丸出しの顔で姿を見せる注連縄。
『これ先生からご意見番への新書其の2。しっかり届けてくださいな〜』
口から発する台詞とは真逆に。

ぽい。

注連縄は無造作に巻物をシノへ向けて投げ捨てた。
口調と顔と纏うチャクラから察するに。

「仲間外れにされて悔しいのか?」
シノ大当たり。
注連縄の顔が笑みを形作るが瞳がまったく笑っていない。
地獄の訓練中に厭というほど見た笑顔だ。
場の空気が凍りつく。
『べっつにぃ〜?』
軽口を叩いているが矢張り注連縄の目は(以下省略)。
「俺は、注連縄は絶対に『選ばない』よ」
目を細めて感情の篭らない声音で言い捨て、ナルトはシノとシカマルへ背を向けた。

「じゃーね?」
そのまま振り返らずに手だけ左右にヒラヒラ振って、街へと戻っていく。
「ああ、またな」
街へ戻るナルトの背に声をかけシカマルは木の葉の里方向へ歩き出す。
「ああ」
シノも短く呟いて蝶をナルトの肩から回収。
シノが示すナルトへの最大級の信頼の証。
信頼するからこそ『ナルトを助ける蝶(シノ)』は必要ない。
シカマルと並んで歩き出す。

「相変わらず気障だな」
シカマルは顔を顰めてシノの肩上にとまる蝶を睨む。
心外だとばかりに蝶はシカマルの視界を掠めて空へ飛び立った。
「流儀は簡単に変えられん」
素っ気無いシノの答え。
シノを応援するかのように蝶は再びシノの肩口へ舞い降りる。
「へーへー」
だらけたシカマルの返答。
シノの眉間に皴が刻まれた。

お互いに秘密なのだ。
ナルトが曝け出した心の秘密。
シノとシカマルが曝け出せない心の秘密。

近くにいるからこそ遠くなる距離もまた。
隠して誤魔化して曖昧にぼやかして。
忍だから道具だからと見えない壁を作る。


二対一のシークレット。見えないシーソーゲーム。
今日のところは一先ず引き分け。


あの子へ信じると答えたのだから。

同じ想いを抱えて二人の少年は木の葉の里へ帰還した。


く、クサッ(照)ま、まあ三人の精神年齢も少しずつ上がりますよってコトで(汗)ブラウザバックプリーズ