呆気ない終

 


賑やかな街から少しばかり離れた場所に。

対峙する二つの影。

五十代か?がたいの良い白髪頭のおっさんと。
対照的に小柄な美少女。

「で?」
渡された水風船片手に短く問いかける美少女。
鋭利な冷たさを秘めた蒼き瞳が白髪頭のおっさんを射抜く。
肩にかかる金糸の髪を鬱陶しげに払いのけ、おっさんの言葉を待つ。
「さっきの術をしっかりと見ただろうのォ?」
もったい付ける白髪頭のおっさん。
「だから?」
疑問系には疑問系で。
言葉を返し口を引き結ぶ。
表情こそ無表情だが目が。その冷たさを湛えた瞳が怒りに揺れていた。

「・・・不満か?ナルト」
白髪頭のおっさんはため息混じりに美少女へ問いかける。
「さてね。生憎俺には時間も選択権もない。任務である以上は従う」
すっかり顔つきはお仕事モード。
白髪頭のおっさん・・・伝説の三忍自来也は疲れたようにがっくり肩を落とした。

 少し前フリが長すぎたかのォ。
 なにもアイツの技だからといって、そこまで怒らんでもなぁ・・・まぁ、子供らしい反発といえば。
 反発なんだが。

木の葉の里。
伝説の三忍自来也。五代目火影候補を捜す彼と現在共に旅するのは『うずまき ナルト』
木の葉の里の一部では有名な『ドタバタ忍者』若しくは『意外性NO.1』または『ドベ』と名高い少年である。

そう、『少年』なのである。

実はナルト。素性・性別・実力が正反対の凄腕上忍。
実際の姿は現在のような外見だけは愛くるしい美少女。
言動・行動は氷よりも冷たかったりするのだが。(一部の人間&人外に対して)

「最後まで説明を聞いてから判断しろ」
長い前フリはこの際だ、省いておこう。
自来也は賢明にもそう判断を下し手短に説明から始めた。

「『うずまき ナルト』は木登り修行で『チャクラを必要な場所に集中・維持』する術(すべ)を体得した。証言者はカカシを始めとする七班の面々」
自来也は人差し指を一つ立てる。
「ああ」
手にした水風船を指で押したり離したりを繰り返しナルトは相槌を打つ。
「続く中忍試験猶予期間。水面歩行の行で『チャクラを一定量常に放出』を会得。証言者はエビスとわしだ」
次に自来也は中指を立てた。
「今回はこの二つを踏まえた上でのわしの指導第二段。今回はこの水風船修行で『チャクラの流れを作り上げる事』を学ぶ」
薬指を持ち上げた自来也に、ナルトは目を細める。

ゆるゆると唇の端を持ち上げ、手に握った水風船へ目線を下ろした。

「つまりは『回転』だのォ」
指を三本立てたままグルグル回す自来也。
「まずは『木登りの修行の要領』でチャクラを手のひらに集中・維持。
『水面歩行』の要領でチャクラを放出し続ける。
で、この水風船の中の水をチャクラで押し、掻き回す修行・・・を。ナルトは覚える」
喉奥で笑いナルトが自来也へ要点を纏めて告げる。
「回りくどいな」
呟く言葉の意味通りか?隠れた真意があるのか。
ナルトは小さな欠伸を噛み殺した。
「ある日突然強くなるよりかは、段階を踏んだ方が面倒が少ない。それともナルト、うちはの末裔のようなクールな下忍になりたかったのかのォ?」
「絶対に御免だ。しかもサスケはクールなんじゃない。不器用なだけだ」
ナルトは即座に否定した。
「では・・・」
「シノは無口すぎるし、俺が演じるには無理がある。上の反感を買う。
シカマルみたいにだらけてても、里人の恨みはかわせない。
チョージは・・・特異体質?だし。
キバも家系的な要素が強い。忍犬なんて連れててみろ、忍犬の命が危ない。
ネジはあの思い込みの激しい部分が駄目だな。やっぱり下手に強いってのも『うずまき ナルト』には不要な要素だ。
ゲジ眉は・・・先生からして勘弁して欲しい。あそこまで熱くなるのは不可能」
自来也が次の候補を挙げるより先に、ナルトは予想範囲内で答えを口にした。
「先読みしすぎだ」
苦笑する自来也の口調から察してナルトの予想は大当たり。
「兎に角、これで『うずまき ナルト』は一つ壁を越える」
屋台の主から買った大量の水風船&風船。
袋から一つ取り出した自来也は手のひらにのせた水風船を無造作に割った。

手を使わずに。

「『回転』ね」
ナルトも応じて手の中の水風船を割った。
手のひらか零れる風船の中の水。

「・・・早すぎだぞ」
少しだけつまらなそうな顔つきで。
自来也はナルトを見る。
「ドベらしく一週間位悩めばそれなりに可愛げもあるとでも?」

 この期に及んでふざけた事言ってるな。

滲ませて睨みあげれば自来也は息を吐き出した。

「理論だけ先に聞け。まずは回転方向」
ナルトのつむじを見下ろして自来也は解説を始める。
実力在る上忍でもあるナルト。
この術を体得するのに時間はかからない。問題は別にある。

 面倒ごとばかりわしに押し付けおって。

今頃二人の犠牲者を弄んでいるであろう弟子。
嬉々としたその顔が目に浮かぶようだ。
自来也はいつまでたっても悪ふざけ癖の抜けない弟子に呆れ果てる。

しかし今回ばかりは目の前の少女の将来にも関わる事だけに。

 わしも本気になっとかんとな。

聡い少女は薄々気がついているようで警戒気味なのだが。

「チャクラを練るにはエネルギーを混ぜ合わせる必要がある。混ぜる時に誰もが無意識にチャクラを回転させている。その時の回転の向き。それが人によって右か左かに分かれる。
ちなみに素のナルトだと右。うずまきの時も右だな」
変化しても無意識に髪の流れは同じ。
発見した時は面白いと思ったが黙っていた。声を立てず笑う自来也にナルトは面白くない。
小さく鼻を鳴らした。
「つむじの向きで決まるんだろ?」
己の頭のつむじを指し示してナルトが言う。
「そうだ。この修行では自分の回転型と逆の回転をイメージしない事が重要だ。逆の回転をイメージしてしまうとチャクラの流れが分断・反発を起こす」
右回りに指を回して自来也が教えれば、ナルトは無言で袋に入った水風船を二つ手に取った。
普通ならば自来也の説明通り、逆回転のイメージでチャクラを動かしても簡単に水風船は割れない。
普通ならば。
「これが右回り」
一人心地に呟き、ナルトは右手のひらに乗せた水風船を割った。
「こっちが逆の左回り」
今度は左手に乗せた水風船を左回転イメージでチャクラを注ぐ。
顔を僅かに顰めたもののナルトの手のひらの水風船は割れた。
「あんまり上手く回らないな、左は」
「普通は割れんぞ」
左手を払い水を飛ばすナルトに自来也は突っ込む。
「試したかっただけ。気にせず先をどうぞ」
促されて自来也は話を本筋へ戻す。
「だから回すなら右をイメージしなきゃのォ。この術はナルトには持ってこいの術だ。印は一切不要。チャクラだけがあればいいんだからのォ。小難しい印を覚える必要がない」
自来也の言葉にナルトは黙って首を縦に振る。
「今更だが。この術は四代目火影が残した忍術だ。
まったくの余談だが、四代目がこの術を完成させるのに丸三年費やしている。術の会得難易度は六段階で上から二段目。
Aランクの超高等忍術レベルだからのォ」
「へーえ」
初めてナルトが興味を示した。
驚いた顔つきで何度か瞬きを繰り返す。
「うずまきにしては難易度が高いか?」
術を使うか使わないか。
こればかりはナルトの判断に委ねるしかない。
任務として使用命令を出せばこの子は教えた術を使い敵を倒すだろう。

だがそれでは無意味だ。

この子は忍である前に『個』の人として扱われなくてはならないのだから。
自来也は年甲斐もなくドキドキしてナルトへ尋ねる。

「いや。アイツが丸三年も真剣に一つの事に取り組んでいた。その事実自体が俺には驚きだ」
生真面目にこう喋ったナルトに自来也は乾いた笑みを浮かべた。

 まったく信用されとらんのォ・・・。

ああ見えても。以前はとっても真面目だったのだ。
仕事中ならば。
素のキャラがああもフザケていたとしても。忍としては天才だった。
人格的には天災だったが。

仮にも里の頂点を極めた男。真に愚かでは務まらない。

「で、どうする?」
選択肢は二つ。『使う(会得する)』か『使わない(修行失敗を装う)』か。
自来也は最終確認の意味を込め問いを発する。
「・・・そうだな」
顎に手を当てナルトは思案顔。

 ドベ時に使えるのはお得。
 オヤビンをしょっちゅう口寄せしていたら怪しまれるし。
 禍風(まがつかぜ)と照日(てるひ)は時と場合にもよる。
 ただまるで火影目指してるみたいに思われるのが嫌なんだよな、正直。
 アイツも不用意に喜ばせるだけだし。

小さく唸りナルト暫し葛藤。

 別にこの術会得しなくても平気。
 なんだけど嫌な予感もしてる。五代目火影候補。
 伝説の三忍綱手姫。
 彼女に付随してトラブルがこう大手を振ってこっちに来るのが。

 見えるんだよね・・・。

 彼女が五代目就任を断ったらこの素の姿を見せるわけにはいかないから。
 当然初対面ではドベの『ナルト』だし。
 トラブルに陥ったら誤魔化すの面倒だし。

 どうしよっかな・・・、本当に。

「とりあえず覚えておく」

 妥当な線で行くか。

ナルトは結論付けて自来也へ答えた。

「『とりあえず』か?」
解せぬナルトの思惑。自来也は思わず鸚鵡返しに同じ言葉を口にする。
「そう。とりあえず。知っていて損はないと判断した。これが有意義な技となるかどうかは今のところ未知数。ただ・・・嫌な予感もするからな。保険だ、保険」
肩を竦めたナルトへ自来也はゴムボールを手に取った。
「今度はコレを割る。第二段階だ」

 パァン。

水風船とは違い派手な音とともに飛び散るゴムの破片。
「水風船の100倍は硬い」
ナルトへ言い放ちゴムボールを投げて寄越す自来也。
「第一段階は回転。第二段階は威力。水が入っていない分、チャクラの回転がイメージしづらいからチャクラを回すのも難しい。そこんとこよろしくだのォ・・・」
自来也はボールを手にしたナルトに最後の講釈。
後はナルトがゴムボールを割るのを待つ。
「はいはい」
おざなりに返事を返し、ナルトは表情を引き締める。
手に掴んだゴムボールの柔らかい感触。
確かめてからナルトはチャクラを練った。
乱回転し弾けるイメージ。

回転方向は、右。

 ぐっ。

手のひらの経絡系に神経を集中。
膨れ上がったナルトのチャクラに呼応して、ゴムボールが不規則に膨らむ。

 パァン。

思ったより時間もかからず。
呆気なくゴムボールは割れた。

「割れたぞ」
次は?と問いかけるナルトに。
「・・・つまらんのォ。第三段階まであるんだが、とりあえずこれで良し、だ。第三段階は後で教える」
本気でたそがれる自来也の姿。
「なあ、ナルト!折角だから『ドベ』でもう一度リトライ・・・」
かつての弟子もそうだった。
教え甲斐が無い!とってもつまらない!!
あの頃の味気なさが胸をよぎり自来也はナルトに提案。
「馬鹿言うな。他に伝えたいモノがあるんだろ?こっちは副産物。違うか?」
大人の後ろめたさなんてしっかり見抜いてる。
ナルトの取り付く島も無いない言葉。
自来也は諦めてあまり気が進まない一言をナルトへ放った。


「                                     」と。


無論。
この時点で『四代目火影が三年かけて培った高等忍術Aランク体得修行』は一先ず終了。
呆気ない幕切れであった。


空欄文字は反転しても出てこないです(汗)続きみたいにして(いつもだけど)申し訳ないです〜。ブラウザバックプリーズ