木の葉の里の恋愛事情

 


女は得意げに胸を張り少女の手を引いて闊歩する。
活気あふれる祭りの街。
通りを行きかう人々。
お囃子の音も聞こえ賑やかだ。
「ねぇ・・・」
金色の髪を揺らし躊躇うように女に声をかける。

不安そうに揺れる蒼き瞳も美しい、儚き印象を受ける細身の少女。
早足で歩く女の歩調についていけないのか、ほとんど引きずられるように歩いている。

「黙ってなさい」

 ぴしゃり。

一言と不思議と有無を言わせない声音に気圧されて少女は口を噤む。

 なんなんだよ。いきなり・・・そりゃ修行はまだしないみたいだけど。

 ぷくー。

某ストーカー背後霊が目撃したら『可愛すぎvv』なんて悶絶する位愛らしく頬を膨らませた少女。
不満タラタラで女に手を引かれ歩く。

そして偶然に見舞われることとなる。

流石に女・・・木の葉の里のくの一。
夕日 紅だって狙ったわけじゃない。

「あれ?」

見知った顔が不思議そうに紅を見る。
目線が少し下がったのは紅の『連れ』へ注意が逸れたから。
身体を強張らせて緊張する『連れ』

 相変わらず慣れてくれないんだから。

紅、ちょっぴり寂しい。

「奇遇だね、アンコ」
片手で顔見知り・・・みたらし アンコへ手招きし。
もう片手では『連れ』が逃げ出さないようにしっかり手を掴み。
紅はアンコがこちらへ来るのを待つ。

「アハハ〜。実は仕事が終わったばっかりなんだ」
内容を口にしないのは彼女が一流の忍の証。
額宛てさえ見えればアンコが忍だと誰もが思うだろうが、軽々しく己の状況を声高に告げるほどアンコは愚かではない。

笑顔のままアンコは紅へ口を開く。

(ヤダヤダヤダ!絶対ヤダ!)
『連れ』は懸命に紅の腕から逃れようと足掻く。

(駄目だよ。逃げない)
アンコに気取られぬよう小さく答えれば、『連れ』は大きな瞳一杯に涙を溜めている。

よほどこの姿を見られるのが嫌なのだろう。

髪の色や瞳の色がまだ本来と違えば連れもここまで騒がない筈だ。
しかしこの日は完全に素。
ありのままの姿で見知った顔の前に姿を晒すのだ。

戸惑い・羞恥・恐れ・不安等。

全てがごった煮になった涙。

「紅こそどうしたの?って、誰??誰??」
紅の陰に隠れる『連れ』興味津々に『連れ』を見ようと上半身を屈めるアンコ。
「わたしが中忍の時に護身術を教えた子供でね。いうなれば元生徒だよ」

嘘ではない。
正確な事実でもないが。
アンコの前に連れを引き出して紅は説明した。

「へぇ・・・可愛い子だね・・・」

大きな目を見開いたままアンコを凝視する涙目の蒼。
空色とも違うが美しい光を湛えた瞳だ。
肩まで伸ばした金糸が揺れる。
整った顔立ちと良い将来は美人間違いない!と確信してしまうくらいの。
美少女だ。

アンコは感嘆し感想を漏らす。

「でしょう?」
極上の笑顔で答える紅。
「あ、事情があって苗字は駄目。この子の保護者からの頼みでね。名前はナルっていうんだよ」

 ヒクリ。

あからさまに身体を揺らして少女は・・・ナルと呼ばれた少女は表に動揺を出してしまう。
この少女にしては珍しい事だ。
だって目の前の特別上忍と少女は初対面ではなかったから。
少女が警戒するのも無理はない。

初対面では中忍試験の真っ最中に。
恐らくアンコの頭にはドタバタ忍者ナルトと認識されているであろう下忍。
実はその正体が目の前の少女だとしたら?
しかも実力はこの場に居る二人のくの一よりも上だとしたら。

うずまき ナルト。

実は素性も性別も性格もまったく逆の凄腕上忍。
現在不本意ながらかつての教師、夕日 紅に連れられて。
偶然木の葉の忍(アンコ)と遭遇した次第である。

「ふぅん、ナルちゃんね。あたしはみたらし アンコ。アンコでいいよ」
鈍いのか察しているのか。アンコはナルトへ手を差し出す。
「初めまして。アンコ・・・さん?」
呼び捨ては流石に出来ない。
ナルトは恐る恐るアンコを上目遣いに見上げた。
「・・・将来沢山の男が泣きそうね」
無意識に繰り出すナルトの憂い顔。
不安そうな色濃い庇護欲をそそる瞳。
アンコはナルトの頭を優しく撫で上げ紅へ言った。
「やっぱりそう思う?」
反比例して実力者なのだが普通に人を相手にするのには慣れていない。
アンバランスなナルトのパロメーター。
キョトンとした顔をしている筈のナルト。
彼女のつむじを見下ろして紅はアンコへ応じる。

二人の女は訝しるナルトを見て顔を見合わせる。

 無意識なんだよね〜。

ほとんど無意識に相手を魅了する不可思議な雰囲気を持つ少女。
紅とアンコの意見が一致した。

「立ち話もなんだし、時間ある?」
紅が指先で示すのは甘味処。

 ぱああああ。

目に見えてアンコの顔が輝く。
超がつくほど甘党で有名なアンコ。少しくらい合流が遅れても任務は終了している。
天秤に任務か甘いものかで載せれば傾くのは当然『甘いもの』

(だーかーらー、イヤ!!絶対いーやっ!!)
悪あがきするナルトを無視。
紅はアンコを伴って甘味処へ向かうのだった。



嫌でも目立つ三人連れ。

里でも美しいと評判の紅に、美人というか凛々しいと評されるアンコ。
将来美人になるであろうナルト。の三人連れ。

店内において注目を集めていた。

(は、恥ずかしい・・・)
目の前のアンコと目線を合わせて感づかれてしまったら?

少々の恐怖心も手伝って。
ナルトはずーっと俯いたまま紅とアンコの会話を聞く。

最初は当たり障りのない洋服や食べ物の話だったのだが・・・。

「アンコもね。もう少し楽な生き方選べば良いのに。師には恵まれなかったけどその他には恵まれてるじゃない」
紅は真正面のアンコを見据える。
「別にわざと苦しい生き方を選んでいるわけじゃないわ」
アンコとて不本意だろう。
任務先でバッタリ出会った同僚に絡まれては。
やや困惑顔で紅に答える。

二人の女の会話についてもいけないナルトにはもっと苦痛だったのだけれど。

 俺になにをさせたいわけ?紅先生って時々分からない・・・。

紅としては極力ナルトを『くの一』として育てる方針。
胸の裡にだけ仕舞っておいてある紅の目標。
反対されるかもしれない。

 女である以上!堂々と胸張って女だって主張できなきゃ駄目なんだよ。
 影でこそこそ動いたって結局損するだけ。
 抱えるものが重いからこそ分かち合える誰かを。
 共に歩める仲間が必要なんだ。

 ナルはそういうのから直ぐ逃げる。

とかなんとか。口に出して言わないし、おくびにも出さないけれど。
紅は常日頃考えていたりした。

アンコとも一度話しておきたかったので一石二鳥。
木の葉の里の恋愛事情。無論大人版。
ナルトもいずれは美しい女になる。

 準備だ、準備。

「イビキだって心配してたよ。彼は大蛇丸に会ったことがあるから」
同じ特別上忍の名前を出して紅は会話を続ける。

アンコに頼まれたお団子を届ける時。
それとなくアンコの様子をさぐるイビキ。

拷問のエキスパートと聞いて最初はどんな人物か?等と紅も思った。
話してみればごく普通の木の葉の里の忍。
中忍試験の試験管を任された人物。
彼が人として持つ視野は広い。
「そっかなぁ?」
ピンとこないのか、アンコは懐疑的口調で疑問系。
「それに試験の間一緒に任務をしていた中忍達だって。アンコが落ち込んでるからね、あからさまに言わなかったけど心配してたよ」
アンコと短期間の間だけ任務を共にした中忍達。
大蛇丸の出現に元気をなくしたアンコを案じていた。

紅だって面と向かって彼らに尋ねるほど愚鈍ではない。
察して黙って見過ごしておく。
アンコに伝わってしまったら彼女はきっと気に病むだろうから。

『大蛇丸を止められなかった』と。

アンコは口にお汁粉を運びつつ首を傾げる。
既に五杯目に突入したどんぶりのお汁粉。
ナルトは甘い香りに辟易しながらも、耐えていた。

「ふーん」
意識がお汁粉へ飛んでしまっている分アンコのリアクションが薄い。
気のない相槌を打つアンコに紅はため息をつく。
「ま、アンコらしくて良いけどね。そういうノリは」
「じゃ聞くけど?アスマとはどうなの?」

 ごふ。

紅がお茶を気管支に詰まらせ咽返る。
ナルトは慌てて紅の背中を擦った。
さり気に仕返しとばかりに爆弾を投下したアンコ。
ニマニマ笑っている。

 か、確信犯だね!アンコ。

紅が涙の滲む瞳で睨めど、どこ吹く風。
アンコはそ知らぬ素振りでお汁粉のお変わりをオーダーしている。
ナルトの手前、紅は一つ咳払い。

尊厳だけは失いたくない。

「例のSランクのアレが来たときに二人して里を歩いてたって噂だよ?」
イタチ襲撃の際。確かに紅は『同僚』のアスマと里を歩いていた。
紛れもない事実だ。
カカシに『デートですか?』等と。
紅的には『カカシ絞める!』といったツッコミまで入れそうになってしまったのも記憶に新しい。
「丁度アンコに頼まれたお団子買いに行く途中だったんだけど?」
 今度頼まれたら断ってもいいの?

暗に含ませてアンコへ反撃。
アンコはぎこちなく笑って「ごめん?そーだったっけ?」白々しく紅へ詫びた。

くの一二人、互いの視線が互いの出方を探る。

ナルトは取り残され状態で居心地の悪さは今までで最高潮。
口を挟めるような器用な性格もしていないので、黙って二人を交互に見るだけ。

「さて・・・時間をとらせて悪かったね」
伝票を手に取り紅が立ち上がる。
紅の奢りとなるらしい。
アンコも心得たもので紅へ向け軽く頭を下げた。
「別にー」
六杯目を食べ始めたアンコは手をヒラヒラ振る。
「イビキや部下によろしくね、アンコ」
「紅こそ、アスマによろしくね」
互いの別れの言葉が妙に刺々しいのはナルトの気のせいじゃない。
二人の女の迫力に奇妙な静けさに包まれてしまう甘味処。
紅は気にも留めず堂々と退場。

 怖い・・・。

たまたま目のあった会計のお兄さんの目には、ナルトと同じ感情が浮かんでいた。



「感想は?」
余り期待はしないが、それなりに感化されてくれれば儲けもの。
宿へ戻った紅は疲れた顔のナルトへ尋ねた。
「大人って面倒なんだな。色々な意味で大変だと思った。俺は係わり合いになりたくないな」
素っ気無いナルトの感想。

自分があんな風に普通になれないことを前提に口にした感想。

「そうかい」
ちょっとガッカリ。
紅はつまらなそうに相槌を打つ。

初めて触れる女女した会話と雰囲気にナルトも疲れてしまったのだろう。
こればっかりは気長に慣らしていくしかない。
「時間はあるしね」
 ふふふふ。

紅の辞書に『諦め』の文字はない。
にっこり微笑んで次の策を練る紅の姿に。

 勘弁してよ〜。

切実にナルトが思ってしまったとしても。
ナルトのせいじゃないだろう。

「時代は変わる。諦めろのォ」
何故か女性向けの週刊誌を資料と言いつつ読み漁る、白髪頭の伝説の三忍・自来也。
過激な文字が躍る雑誌の一つをナルトへ手渡して慰め(?)た。

「諦められるか!!」
手近に立っていたスケスケ青年・注連縄の方へ雑誌を投げ捨てナルトは怒(いか)った。
『ナルちゃーん、お兄さんの身体を弄ばないでよ〜』

ナルトの怒りを煽る注連縄。

よよよよ、と己の身体を通過した雑誌を手に泣き崩れる真似。
しなまで作っている。
「「・・・」」(危険だ)


ナルトの仲間である目つきの悪い少年と、丸黒眼鏡の少年は互いに示し合わせて部屋を脱出した。
数秒もしないうちに強烈なチャクラの発生とガラスが派手に割れる音。


『ナルちゃっんてば、激しい〜』

続いて部屋から聞こえるどこか浮かれた能天気な声。


「自来也様、ナルには早すぎますか?」

頭上を飛ぶクナイを器用に避け、悩む紅に。

「木の葉の里の恋愛事情は複雑だからのォ」

何を思いついたか。急がしそうにネタ帳へネタを書き留める伝説の三忍の後姿がありました。

木の葉の里の恋愛事情。
行きはよいよい帰りは怖い?

対決(?)するアンコさんと紅さん。オロオロするナルコ。が書きたくて前フリでカレー持参の紅さんに応援に駆けつけてもらったのですっ!!楽しかった〜。ブラウザバックプリーズ