味覚に挑め!

 


「心配してたんだよっ!ナルッ」

感極まった女に抱きすくめられて言葉もない子供。
酸欠気味に顔をほんのり赤くしながら女へ文句を言っている。


「激しいよな、紅さん」

遠巻きに感動の再会らしきものを傍観する目つきの悪い少年。
ある意味木の葉一の暑苦しい上忍と同じくらい熱い姉御を評した。

「うむ」

目つきの悪い少年に同意するのは背の高い少年。
丸黒眼鏡と口元を覆う襟の高い上着で表情は窺えないが。
己の所属する班の担当上忍の熱い抱擁に小さく息を吐き出す。


『休暇もぎ取るなんて紅らしいね〜』

感心しきりのスケスケ青年。金髪・碧眼。一見好青年風。


「あのにっくき赤目男のあの台詞!!!どれだけわたしが心配したかっ!」


 ぐりぐりぐりぐり。

子供の文句など耳に入っていません。
木の葉の里のくの一。女=夕日 紅は一人悦に入っていた。
勿論彼女の脳裏に蘇るのは挑戦状を叩きつけてきたあの抜け忍の顔。
悔しいが同僚のカカシですら歯が立たなかった相手だ。
力不足は分かるが早々簡単に。


 ナルを手放すもんかっ!!


気合だけは十二分。
カカシが収容され動揺も収まった木の葉の里。
無理矢理休暇をもぎ取り(一部ご意見番を脅迫したとの噂)子供達一行に追いついたという次第である。


五代目火影候補探索の旅。
伝説の三忍自来也と、その弟子ナルト。
二人が木の葉から旅立ったにもかかわらず。何故この場に他の忍もいるのか?


実はナルト素性・性別・実力がまるで正反対の凄腕上忍。
表向きの熱血漢とはやや遠いクールな性格をしている。
そんなナルトを知るのは里でもごく一部。
無論この場にいるのはナルトの素性を知る者ばかりだ。


「酸欠」

背の高い少年が見かねて担当上忍の腕を叩く。

「は?なんだい、シノ」

キョトンとした顔で紅は背の高い少年・・・シノを見下ろす。

「酸欠だ」

シノがもう一度ゆっくり告げ、紅の腕の中でぐったりした子供=ナルトを示した。
紅が慌てて腕の力を緩めるも。くたーっと力の抜けたナルトの身体が重力に従い落下。

「大丈夫か、ナルト?」

すかさず抱き止めて、シノ。

ナルトの潤んだ青い双眸を見詰める。
苦しそうに何度か呼吸して「大丈夫」ナルトは掠れた声で答えた。
傍から見れば熱く見詰め合う二人というところ。

 『あれはあれで腹立つけどね〜、ねぇ?シカマル君』


 ムカ。

表情に出し、スケスケ青年は腕組みする。
自称ナルトの守護霊・実体はストーカー幽霊注連縄。
現在も旅に同行中。

「だな」

短く応じて目つきの悪い少年、シカマルも腕組みをする。
三日間の休暇を貰った紅。
庇護者であるナルトの様子を見に陣中見舞い(?)に訪れたのだった。

 



「まずは責任者の自来也様に挨拶しないとね」

イチャバラ(イチャイチャバイオレンス)執筆中に付き原稿に向き合う自来也。
何故か出版社の人間に所在がバレて原稿を迫られて。缶詰中だ。
街が祭りの活気に満ちている事もあってナルト達はまったり。
締め切り地獄に陥った自来也を他所にのんびりしていた。


事情を聞いた紅は丁度良いとばかりにタッパを取り出す。
手にしたタッパの色。真っ赤?のようなそうでないような。


「差し入れのカレーv昨日作ったから大丈夫だよ」

にっこり笑顔の紅。
逆に顔を青ざめさせて固まる子供達。
興味津々でタッパを開く注連縄。

『へぇー、ちゃんと凍らせてあるんだね。宿の人にお願いして鍋で溶かせば食べれるようにしてあるんだ』

「勿論。ナルと自来也様には頑張って貰わないと」

紅は満面の笑みを浮かべる。

「あれって、チョージが言ってたヤツのバージョン2だよね」

ヒソヒソ。ナルトは声を小さくしてシカマルの耳元へ囁く。

「バージョン2ってゆーか、色からしてヤバイだろ」

凍っている状態が幸いしてか、あの時のような刺激臭はしていない。
注連縄は重大性に気づいていないようだ。

「危険だな」

ずり落ちそうになる眼鏡を直して。シノが思わず正直な感想を洩らした。

「うわー、やっべーって!!」

唇の端をヒクヒク痙攣させるシカマル。

「流石のエロ仙人でも倒れるよ、あの辛さは」

ナルトは冷静に起こり得る事態を想定。

「薬草を用意しよう」

呟くシノに首を縦に振る二人の子供。

紅と注連縄は楽しそうに喋りながら宿の台所へと歩いて消える。

大人二人が消えたのを確認してから子供達は行動を開始した。




三十分後。自来也達が泊まる部屋にて。

「ほう、差し入れか」

些かやつれたような雰囲気漂う白髪頭のおっさん。自来也は顎をなでた。

「ええ、どうぞ冷めないうちに」

宿の台所を借りて温め直したカレー。ご飯付き。
すっと差し出す紅と、部屋に満ちる刺激臭。

ビキ。

自来也の顔が固まった。


「カレー・・・かのォ?」

「ええ、カレーです」

疑問系の自来也に笑顔で答える紅。
悪気は無い。これっぽちもない。頑張る(?)自来也とナルの為に腕によりをかけて作ったカレー。
自信作。


ひしひし伝わる紅の気持ちに自来也は額に汗をかいた。


「どうぞv」


 すっ。

カレーの乗った皿が自来也の目の前に差し出される。
隣では何故かご相伴に預かっている弟子が両手を合わせ。


『いっただきまーす』

律儀に挨拶してからカレーを食べ始めていた。

「上手いか?」

顔色一つ変えずに刺激臭の元。
カレーを食べる注連縄に自来也が小声で尋ねる。

『へ?美味しいですよ?大人向けの味付けですけど』

食べるのを躊躇う自来也に注連縄が答えた。
スプーンを銜えたままの不作法であるが。
注連縄が口を動かせば当然スプーンも上下に揺れる。

「あの原理だけは理解できないんだよね」

ヤカン片手にナルトが眉間に皴を寄せた。

「おっさんは万物の法則に悉く逆らってるからな」

「味覚もだ」

シカマルの呟きにシノが言葉を付け加える。
いくら忍耐強いシノであってもあのカレーだけは受け付けない。

丁重に『辛いものが苦手だ』と。
紅に伝えて食すのを辞退した。


シカマルとナルトも辛いものは駄目。と子供である事を主張。

有難く気持ちだけ受け取る事で難を逃れている。


「・・・」

自来也カレーを掬ったスプーンを睨む。
彼の脳内では葛藤が巻き起こっているに違いない。
ナルトはクスクス忍び笑いを洩らした。


 エロ仙人には良い薬かもな。
 早く彼女を捜さないと色々面倒が起きる。
 紅先生をダシに使っているようで悪いけど、急いでもらわなきゃ。


心の中で自来也へ合掌してナルトは、スプーンをそっと口へ運ぶ自来也を見守った。


「・・・」

自来也咀嚼中。頬が動く。


「・・・!!!」

自来也飲み込み中。喉仏が上下に動いた。


「ぐはっ」

お約束通りに?子供達が危惧した通りに自来也が倒れた。


『紅、おかわり〜』

元々胃袋自体がない注連縄は、どういう原理か知らないがカレーを平然と食べている。
辛さは感じるはずなのに顔色一つ変えない。
横では倒れた自来也が悶えていた。


「水っ!水っ!!」

喉をかきむしり鬼気迫る形相で水を連呼する。
ナルトは予め用意してあったヤカンを自来也へ渡した。
ヤカンをひったくると自来也は煽るようにヤカンの注ぎ口から水を飲み干す。
一気に。全て。


「・・・」

ゼイゼイ荒い呼吸を繰り返し、息も絶え絶え。
自来也といえど辛いものは辛い。だろう。
紅は己の分のカレーを一口食べて首を傾げた。


「いつもよりは控え目にしたつもりですけど、辛かったですか?」

声もない自来也へ平然と問いかけている。

『紅、もう一回お代わりしていいかな〜♪』

注連縄は逆に激辛カレーが気に入ったようで二度目のお代わり。

「完食しろよ」

新たなヤカンを手にナルトが自来也を見下ろす。
目なんて全然笑っていないくせに口元だけは持ち上げて笑っている。


 こういう所は似て欲しくなかったのォ。


遠のきそうな意識を根性で引き止めて。
自来也は弟子がカレーを食す姿を眺め心の底から思ったのだった。

 



三時間後。

「作者急病中につき連載休止、と」

スラスラ紙に認(したた)めてナルトは小さく笑う。
目の端に映る自来也。
布団の中で唸りながら寝込んでいた。
注連縄がシノの用意した薬湯を飲ませている。

「さて。出してきますか」

封をして切手を貼って。宛て先をもう一度確認してからナルトは席を立った。

「・・・怒らせるもんじゃないのォ」

ナルトが消えてから。痛む腹を擦りつつ自来也が注連縄へ語りかける。

『先生ふざけすぎなんですよ〜、ナルちゃんああ見えても真面目だから』

人差し指を左右に振って注連縄が答えた。

「お前にだけは指摘されたくないな」

手にした薬湯を一気に飲んで自来也は小さく呟く。

『え?なんでですか!?』

本気で驚く弟子にもう自棄になって笑うしかない自来也。
白々しい自来也の笑い声が部屋にむなしく響いた。

「師匠も大変なんだな」

とは。師弟の会話を聞いていたシカマルの弁。

味覚に挑む?挑んだ自来也流石は伝説の三忍といったところだろうか。
尤も本人はそんな褒め言葉など要らないだろうが。


「辛いかしら?」

一口食べ確かめ、やっぱり己には普通の『辛さ』で。
ちょっぴり悲しそうな紅の姿があったことも記しておく。

 

 

カカシ先生が味オンチで紅先生は辛党なだけ。だから注連縄さんは平気なんです(笑)ブラウザバックプリーズ