熱き血潮と老人

 


壁に力無く凭れ掛かり意識を飛ばした状態の黒髪少年。
その少年を心配顔で見つめる金色頭の子供。

「・・・サスケ?」

恐る恐る。
小声で黒髪少年の名を呼ぶも反応はない。

金色頭の子供は片膝をつき、もう一度黒髪少年・・・サスケの顔を覗き込んだ。
真っ黒な瞳は何も映し出さずに虚ろな、ともすれば黒一色に染まって逆に何もかもを拒絶している風にも見える。


 こんな目にばっかりあって・・・。
 サスケって家族運も仕事運も何もかも最低ラインかも。可哀相にな。


あながちハズレでもない心配を。金色頭の子供はした。

そこへ白髪頭のおっさん。
金色頭の背後にらしくない真面目な顔つきで立った。


 ガッ。


右から左へ放たれたクナイ。


「「!」」

反応して子供とおっさんは左の壁。
クナイが突き刺さった方向へ顔を向ける。
壁を蹴る気配と素人目には見えない素早い動きで・・・。


「ダイナミック・エントリー」

攻撃名つきご丁寧なダイナミックな蹴り一蹴。
白髪のおっさんは気配に気がつき顔を右手に向けた瞬間。

「ガイ・・・?」

蹴り入れた忍の名を呼び。そして見事に顔面に蹴りを喰らっていた。

「・・・あれ?」

驚愕するガイと呼ばれたオカッパ・激眉忍。急に止まれと言われて動作を止められないのと同じで。


 なーにやってんだよ。どいつもこいつも。
 ・・・にしても。天罰だな。


顔を抑えて呻く白髪頭のおっさんを結構冷静な目で見ていた子供。

焦りまくりのガイと、意表をつく攻撃に驚く間もないおっさん。

この場の人間の中で誰よりも落ち着いていた。

 





片鼻穴に鼻血止めのティッシュを詰め込んだ白髪頭。
伝説の三忍自来也である。
むすっとした表情そのままに口をへの字に曲げる。

自来也の目の前で恐縮しているのは木の葉の上忍ガイ。

二人の大人に挟まれて成り行きを見ているのは金色頭の子供。
『意外性
NO.1』と称される下忍。
うずまき ナルト。


「いやぁ・・・ダイレクトにキメてすみません。急いでたもので、手鏡を忘れまして・・・ハハ・・・」

ガイは困った顔で愛想笑いを浮かべる。
自来也の額に青筋が一本浮かび上がった。
興味深そうにガイと自来也の顔を交互に見つめるナルト。

「額当てを代用したんですが見えづらくて。そのイカツイ顔でつい敵かと・・・」

頭をかきつつ釈明中のガイの台詞。
聞いた瞬間ナルトは声を立てずに大爆笑。


 悪いけど!エロ仙人には悪いけど!!ウケる!


肩をわなわな震わせて大声を堪え笑う。
顔が真っ赤になって奇妙な顔つきになってしまったが、事態をややこしくしない為にも笑い声だけは堪えた。


本来のナルト(?)なら?面白いものは面白い。
として大いに腹を抱えて笑うだろうし。
この場面に口を噤んでいられる訳も無い。のだが?


実はナルト。素性・性別・実力を隠す上忍である。
ナルトの底力を知る人間は少なく、自来也は知る側の人間だがガイは知らない側の人間。
立場が不安定なナルトが取る行動は同然の如く『いつものナルトを演じきる』事。
鼻を膨らませて笑いを堪えつつ目尻の涙を指先で乱暴に拭った。


「お前・・・それで謝ってるつもりか?」

頬を引きつらせ自来也が謝罪に対するコメントを発する。
ナルトは益々可笑しくなって更に涙を零す。


 このまま笑い死にできるかもしれない、俺。
 サスケがこんなにボロボロになって深刻な場面だけど。
 不謹慎なのは十二分に分かってるけどさ・・・。


忍者にあるまじき発想だが不規則になる呼吸。
儘に取り入れられない酸素。
客観的に己の身体を慮ってナルトは想像する。


「まあ・・・そんなことは良い。とにかくサスケを早く医療班のところへ」

視界の隅に顔を真っ赤にして笑いを堪えるナルトの姿。
眺めつつ自来也は話の筋を正す。
ガイも虚ろな顔つきで壁に背をもたれた格好のサスケを見下ろす。

「腕の骨に肋骨の骨折・・・それに何やら瞳術で精神攻撃をくらって意識がない」

サスケの状態を自来也がガイへ説明した。
ガイも神妙な顔つきになって特徴的な眉の間に皺がよる。


 カカシ先生も同じ攻撃を受けたのか?
 あの激眉の顔から見て間違いないな。


漸く笑いの波も引き。ナルトも本来の冷静さを取り戻す。
ガイの横顔を眺め判断を下した。
判断を下すと同時に。


エロ仙人!サスケの奴ってば大丈夫なのかァ?」

御馴染みとなったナルトの演技も忘れない。
微妙に恨みと力の篭ったエロ仙人呼ばわりに自来也は片眉を持ち上げるが会話を続ける。

「・・・そうとうな精神的ダメージを受け取るようだのォ・・・」

傍から見て明らかなサスケの様子。


“足りないからだ・・・憎しみが”サスケに駆け寄ったナルトが拾ったイタチの言葉。
 イタチとお供が消え去った方角をナルトは横目で睨む。


 憎しみだけ抱えても。強さの限界には到底至らない。
 イタチだって理解している筈なのに・・・一体サスケに何をさせるつもりだ?
 気に入らないな。


「・・・ちくしょう!何だってばよ!サスケにあいつ何しやがったんだ!」

考えとはやや違うニュアンスの言葉を紡ぐのも慣れたもの。
ナルトは本音を半分織り交ぜた言葉を吐き出した。

結果的にサスケを助けられなかったのも。
実力不足を実感させられたのも事実だ。
無意識に握り拳に力が入る。


エロ仙人ってばよ!予定変更だ・・・!」


 ???なんで俺の口が勝手に動くんだよ・・・って。まさか?


「さっきはビビッたけど、今度こそ・・・。あの黒マント野郎達を追い詰めてとっちめてやる!!」


 しぃーめぇーなぁーわぁー!!
 近くに居るなら出て来い!!
 俺の口を腹話術代わりに使うのはヤメロ!!俺の台詞を捏造するな!


言いながらナルトは目だけを左右に動かしある人物(?)を探す。


『やっほーvv』

案の定。ナルトの真上。
天井の壁から上半身だけを出現させたスケスケ青年が呑気にナルトへ手を振った。


 やっほーvじゃない!!


眦を吊り上げ青年を睨むナルト。
片や青年はどこ吹く風。にこにこ笑っている。


「あいつら俺に用があるんだろ?だったらこっちから出向いてやらァ」


 だーかーらー!俺の口を・・・。

憤るナルトの気持ちとは裏腹にスラスラ口をついて出てくる熱血コメント。
今度は自来也は小さく噴き出しそうに唇を尖らせた。


「フン。今のお前が行っても殺されるだけだのォ。レベルが違いすぎる」

ガイの手前。
三流劇に付き合ってくれるらしい。
自来也が素っ気無い口調でナルトを諭した。

「じゃぁ、あいつらからずっと逃げ隠れしてろってのかよ!毎日ビクビクおびえて暮らせってーのかよォ」

何故だか意思に反して身体まで勝手に動く。
後できっちり犯人をとっちめることにして。

ナルトは匙を投げた。

どう文句を言おうが注連縄というストーカー。
ナルトを『まっとうな(注連縄曰くの)道』へ導こうと勝手に動くのだ。
この際無駄な抵抗をするだけ疲れるので。
流されるがまま・・・になるしかない。


「少し黙れ」

自来也は殺気を込めてナルトへ低い声で言う。
気迫負けしたナルトはビクリと身体を奮わせた。

表向き。


「・・・お前は弱い」

自来也に決定打をくらいうなだれるナルト。

表向き。


「スマンのォ・・・ガイ。この子の気持ちを汲んだつもりだったが、やはりもっと早くに助けてやるべきだった・・・」

ガイへ向き直り自来也がサスケの負傷について詫びる。

「・・・今・・・カカシも同じ術を喰らって寝込んでいます。・・・いつ意識が戻るか・・・」

「カカシ先生が?」

ガイの説明にナルトが驚きの声を発する。

表向き。


「教え子が傷ついた時・・・こんな時・・・心から思いますよ。医療スペシャリストのあの方がここにいてくれたら・・・とね」

苦々しい顔つきで心情を吐露するガイ。

「・・・だから・・・これからそいつを探しに行くんだっての。俺と同じ三忍の病払いの蛞蝓使い・・・背中に賭けを背負った綱手姫をな」


 非常時に必要なのはリーダー(秩序)と医療(生命保障)だな。
 エロ仙人意外に色々考えてるんだ。


少しばかり自来也を見直してナルトは何度か瞬きをした。

 





このまま同じ宿に留まるのは得策ではない。


再度移動を開始する自来也達と、木の葉へ戻るガイ。
ガイの背には意識不明のサスケがおんぶされていた。
非常時なので不可抗力だろう。

しかしサスケに意識があったなら結構な抵抗にあったかも・・・しれない。


「自来也様!綱手様をきっと・・・捜して連れてきて下さい」

キリリと眉を引き締めガイが自来也へ願いを託す。

「ぜってー見つけて連れて来るってばよ!それまでサスケを頼むぜ!激眉先生!」

どーにでもしろ。的な気持ちでナルトは勝手に喋る己の口を想う。

自来也がナルトの言葉に対してのリアクションか。
内心の怒りを慮ってのリアクションか。
頭にポフと手を乗せた。


「じゃぁな、ガイ。サスケの方は頼んだぞ」

自来也の別れの言葉に反応してガイの歯がキラーンと光る。
何時見ても不思議な光景でカカシとは対照的な熱血漢だ。

「ナルト君!君みたいにガッツのある子は好きだ!君にこれを上げよう」

上着のベストからナニかを取り出すガイ。


 俺の言った言葉じゃないけど・・・ガッツあるのか?あの発言は。


「リーはこれで強くなった」


 あの努力の塊が強くなったアイテム?
 あれ?リーって何かアイテム身につけてたか?
 でも師匠の激眉が言うならそうなんだろ。

爽やかに笑うガイに少しだけ期待してしまう。


「え!なに!?なに!?」

目を輝かせ、ナルトは上半身を心持ちガイのほうへ傾ける。

「これだ!!」

ドン!!効果音でもなりそうな勢いでガイが取り出だしたるは、ガイ・リー師弟コンビ愛用(着用)の全身タイツ(スーツ?)もどきであった。


「・・・」

「!」

うんざり顔の自来也に。目の輝きを強くするナルト。


「通気性・保湿性に優れ、動きやすさを追及しつくした完璧なフォームに美しいライン!
修行の時に着るとその違いがすぐ分かる!すぐクセになる!
そのうちリーのように常に着ていたくなるだろう!!勿論オレも愛用している!!」

「おおう!!」

畳み掛けるガイの説明に尚も目を輝かせるナルト。

表向き?


「そんなものを持ち歩くくらいなら・・・手鏡の一つも持ち歩け。このばか」

虚を突かれ一気に脱力した自来也の感想は至極尤もで、妥当なものだった。
修行スーツの持ち歩きの代価がガイの蹴り。
では自来也だって納得がいかない。

「サンキュ!激眉先生!」

嬉々として修行スーツを受け取るナルトを眺め、自来也はガックリ肩を落とした。



「・・・面白いか?」

背後に居るであろう弟子へぼやく。

『偶にはいいじゃないですか?ガイ君の持つ熱き血潮に触れてみるのも』

忍び笑いと共に楽しそうな弟子の声が返される。

「暑苦しいだけだのォ」

渋い声で囁けば。

『先生も歳なんだから、若い人と交流して若さを貰わなきゃダメですよ』

とかなんとか。

師匠想いなんだか、そうじゃないのか。

絶妙に的外れの弟子の思いやりに更に疲れてしまった伝説の三忍の姿がありましたとさ。


ガイ先生のダイナミックな蹴り場面は好きでした。イカツイ顔呼ばわりしてるし(笑)自来也に蹴り入れたチャレンジャーガイ先生話でした。ブラウザバックプリーズ