免疫

 


偶然にも発見できたのは幸か不幸か。


「ナル?その怪我・・・」

背中に鬱血の痕。
よく視れば腕には細かい切り傷の痕。
僅かに瞼が腫れ上がり、足の辺りにも治癒しかけの痣が数箇所。


気合を入れて選んできた服を持ってきたくの一は、ハンガーを持ったまま止まった。


「え?ああ、ちょっとね・・・」

気まずそうにくの一から目線を逸らし少女はいそいそとワンピースに腕を通す。

「紅先生、似合う?」

くの一の追求を逃れるかのように無理矢理話題を変える少女。
ワンピースの裾を摘み、クルリと一回転。
殊更無邪気に微笑んでくの一の顔色を窺う。

「勿論似合ってるよ」

少女を安心させるようにくの一・紅は微笑み対になるカーディガンを渡した。

数秒間だけ少女の瞳に申し訳なさそうな感情が滲むが、すぐに消え。
いつもの殻を被ってしまった。


 保護者って言っても。つい最近まではお互いの事忘れていたからね。
 無理強いは良くない。
 この場合はあの子達に聞くのが一番。


カーディガンを身につけた少女へ満足そうな顔を作りなんどもうなずき。
内心で紅はこんな事を考えていた。
紅の直感はとても鋭く大概当たるものなのだ。

「こんどはコレだよ」

可愛らしいレースがついたシャツとパステルカラーのスカートを手渡し、紅は更なる着替えを少女へ促したのだった。

 





「発作だよ、発作」


少女の傷の痕。

謎を探るべく動き出した紅は二人の少年とカフェで。
おおよそ似つかわしくなく談笑中。(一見すればだが)
嘆息して紅へ説明した目つきの悪い少年は居心地が悪そうに首をすくめる。
どちらかと言えば女性客の多い店内。
淡い明るい色で統一されたケーキが美味しいと女性に評判のカフェだ。
男で、しかも少年という年頃と目の前の紅の存在が気まずく感じるのだろう。


申し訳ないと思う反面。
件(くだん)の少女が絶対に入っては来ない店を選んだので我慢して欲しいと紅は思った。


「発作?どういうことだい、奈良」

ティーカップを持ち、紅は少年・・・奈良 シカマルを凝視する。

「俺も知り合ってから気づいたというか、見ちまったってゆーかな。あいつ、黙ってボコられる時があるんだよ。無抵抗で」

声を小さくしたシカマルは静かに答える。

「里人の業の全てを受け止めてしまうが故の愚行だ。天鳴(あまなり)の血筋も半分は要因となっているのだろうが。アレは時々発作のように起こる」

シカマルの言葉を捉え説明を続けるのはもう一人の少年。
丸黒眼鏡が印象的な長身の少年だ。

「そうかい。つまりは時々病気のように暴力を受けてしまうんだね?あの子は。逃げたり暗示をかければいいものを。わざと受けるんだね」

周囲に聞き取れないように細心の注意を払って紅は呟く。
シカマルと丸黒眼鏡の少年は同時にうなずいた。

「シノが大体怪我の面倒とか見てるんだけどな。今回はシノにすら泣きつかなかったってわけか」


 ハァ。

爺臭いため息を零しシカマルは紅茶を口に含む。
隣では丸黒眼鏡の少年・シノがムッとして片眉を上げる。
対照的な二人の少年の態度に紅は喉奥で笑う。


「やっと里が落ち着いてきて。先のことを考えてあの子なりに四苦八苦してるんだろう。方法が正しいとは思えないけどね?」

麗らかな太陽の柔らかい日差しと、窓から見える通りを歩く人々。
二週間ほど前に起きた惨事を乗り越え笑っている顔・顔・顔。
人となりは普通なのに集団となり十三年前をキーワードにするととたんに暴徒と化す。


人間の持つ負の顔に紅は少々胸にモヤモヤするものを感じた。


「きっと三代目もあの子に注意してたんだろう。役職柄それぐらいが限界だった・・・とわたしは思うよ。だけどね?わたしは違う。三代目から託された義務とかではなくて、わたし自身が保護者をしたいと。そう願ったから放棄しなかったんだよ、保護者の話を」

紅はシノとシカマルの顔を交互に見る。

三代目逝去の直後の有耶無耶で保護者という位置に納まった紅だが。
安直な考えで受けた話ではない。
この際なので二人の少年にも説明しておこうと考えた。


「アイツへの溺愛ぶり見てれば分かるって」

シカマルが隣で黙るシノの気持ちも代弁して意見した。

「そうかい?分かっているのと言葉にするのでは違うからね。ハッキリさせておきたかっただけだよ」

すまし顔で告げれば苦い顔つきになる二人の少年。


 悪いけど。わたしだって伊達に大人はしてないんだ。
 甘く見ると痛い目見るよ。


二人の少年は実力は在るが絶対的に不足しているものがある。

 人生経験値。

こればかりは年相応に経験を積み重ねなければ得られない。
子ども扱いするつもりは毛頭ないが。
この差だけはどう頑張っても生めることは出来ない筈。


暗に匂わせればあっという間に理解して、真っ直ぐな反応を見せる。


 若いわねぇ。


自分だって十二分に若いのに。しみじみ思ってしまう紅である。
その時は深く考えずに二人の子供達を家へ帰し。
自身は例の子供が待つ家へ向かったのだが。

 





「・・・わたしよりアンタ達の方が早く着いてるっていうのが解せないね」

紅はホトホト疲れきって居間の椅子へ腰掛けた。

『ナルちゃんに関しての行動は早いからね、シノ君もシカマル君も』

紅の目の前のテーブルにお茶を出しスケスケ青年が苦笑する。

「四代目・・・居たのなら止めてくださっても?」

眉を潜め紅は青年を軽く睨む。
スケスケ青年は意味深に笑うだけで、少女に詰め寄るシノとシカマルを一瞥。
それから紅へ目線を戻す。


 大人組はとりあえず傍観しましょう。ってことね。


納得できないが子供達の話しに大人が口を挟むのはまだ早い。
紅は思いなおしてそのまま椅子で三人の子供達を遠巻きに観察した。


「ナルト、答えろ」

端的に。
だが一番適切な言葉で少女を問い詰めるシノは。
漂う雰囲気だとかが殺気立っていて。
任務以外では滅多にお目にかかれない張り詰めた調子で少女の、ナルトの前に立つ。

数歩離れた場所でシカマルが腕組み。


「まったく。三代目が死んだって認識出来た途端に不安になったんだろ?めんどくせーやつだな。一人で将来を不安がってんじゃねーぞ。何の為の同僚なんだよ」

的確にナルトの心情を読むのはシカマルで。
呆れた口調でぼやいている。
ナルトの小さな肩がヒクリと揺れたところを見るとシカマルの読みは当りという事だろう。

「俺はダイジョウブだから・・・」

言いかけるナルトにシノは遂に行動を起こした。


朱(あけ)色に染まる。


シノは徐に自らの手で切り裂いた腕から血を零し。
流れ落ちる雫そのままにナルトへさし出した。


「・・・ッ」

流石にナルトも顔面蒼白。唇を震わせる。
浅く早く繰り返す呼吸。
やや過呼吸気味で一歩進めば引きつけを起こして倒れるかもしれない。

「痛いか?」

非道く傷ついた顔をしたナルトへシノが問うた。
ナルトは心臓の上を押さえ二歩・三歩と後退する。
ナルトの逃げる態度を許さず、シノは三歩前へ進む。

「痛いか?」

とめどなく流れ落ちる血を見せつけ、再度、問う。
口を開くがナルトは何も言葉にすることが出来なかった。
呆然と血を流すシノを見つめ。


 はた・・・はた。


目尻に涙が盛り上がり溢れ。
零れ落ちる。
瞬きすらしないナルトの蒼玉から透明な雫が流れ落ちた。

瞬間。

見えない力に弾かれたかのようにナルトはシノの体を力一杯抱き締める。
シノの肩口に顔をうずめイヤイヤをするように何度も首を横に振った。


「やめて。お願いだから・・・シノ」

懇願。

ナルトはシノにすがり付いて涙した。
いつもとは全く逆の展開にシカマルは口も挟めず。


 長年の付き合いだからこそ。
 いっつも怪我の手当てとか親身にしてもらっている相手だからこそ。
 ナルトも泣くんだよな。
 あーあ。俺が同じ事しても、ナルトは怪我を治してくれるだけだろな。


考えを巡らせ。己が口を挟んでも良い類の問題ではないので。
悔しいのは当然だが男たるもの引き際は心得ている。


 おめーに塩なんざ送らねぇぞ。


シノをねめつければ、シノから苦笑で返された。
そっぽを向き気だるげに手を左右に振りながらシカマルは姿を消した。
シノが荒療治で行くなら自分は別手段をとるまで。無駄に焦る必要はない。


泣きはらし真っ赤にした目や。情けなく鼻を啜る姿だとか。
ナルトは幼子のように涙を上着の裾で乱暴に拭き、シノの腕を取った。


「・・・」

唇だけで呪(まじな)いの言葉を紡ぐ。
漏れ出すナルトのチャクラに包まれる腕。
見る間に塞がるシノの腕の傷に紅が安堵の息を吐く。

「お前が無駄に傷つくというのなら。俺は同じだけの傷を自身へ刻む」

叱られた子供のように項垂れるナルトへ最後通達。シノは容赦ない。

「でも俺は・・・」


 九尾の器だから。怪我なんて直ぐに治ってしまうから。


こんな風に怪我をするたびに使ってきた言い訳。
シノは眉間の皺を深くした。


「言い訳は良い。常にナルトが傷つき皆は心を痛める。心が痛くなる。今理解(わか)っただろう?」

ナルトの細い身体を掻き抱き。シノは心の底からの慟哭を発する。

こんな風に責められてしまってはナルトとて逃げられない。
愛想笑いを浮かべてもシノには通じない。
何よりずっと自分と過ごしてきた大切な仲間だ。
嘘をつきたくない。


「分かった・・・と思う」

心許ない返事ではあるがナルトにはこれが精一杯。
全てを認めてしまえるほど己を大事に扱ってなどいないからだ。
頼りないナルトの返事。

紅は無言でシノとナルトを抱き締めた。


「いいかい?ナルが傷つけばわたしも痛いと感じる。シノだってシカマルだって。凄く辛いんだよ、胸の奥が。ナルは迷惑かけずに一人で怪我しているってつもりかもしれない。けれど周りにいる人間も傷つくんだ。忘れちゃいけない」

二人の子供の耳元にそっと囁けば、紅の上着をナルトが片手で掴む。

くいくい。

何度か控え目に上着を引っ張るナルトの幼い仕草。
口許を綻ばせ紅は黙ってナルトの髪を乱した。


「目に見える傷は直ぐ消えるだろう。ナルだって忘れてしまう。だけど特にシノはね。根に持つタイプだから忘れてくれないよ?」

担任として見てきた子供だから。教示してきた子供だから。
性格や癖は見抜いてる。
紅が自信たっぷりに言えばナルトは不安そうにシノを見上げる。

「シノ・・・根に持つの?」

口篭るナルトと否定できないシノ。

『そう、それはシノ君がムッツリ・・・』

言いかけるスケスケ青年に紅が素早く。
殺気混じりの眼差しで微笑みかける。


 折角の感動場面を誤魔化そうとしないで下さいねv四代目v


『目が笑ってないよ、紅』

流石に紅の恨みを買うことを恐れてか。
元々フェミニスト気質でもあるのか。スケスケ青年は乾いた笑みを浮かべ白旗を揚げた。

「ナルを認めて大切だと思う人間が居る以上。己の全てを無碍に扱うもんじゃないよ」

保護者としては一応。ナルトへ注意を促して。

「シノ?荒療治も必要だけど。遣り過ぎだよ」

指先で額を二度程突いてシノを叱る。

途中退場したシカマルには後日お小言だ。
すっかりお姉さん(姐御?)っぷりが板についてきた紅の態度に、ナルトとシノは笑いを噛み殺す。

すっかり馴染んだ訳じゃないけれど。

これから溶けていけばいい。

この人(紅)に対する免疫力。

同時に同じ事を考えてナルトとシノは紅に微笑みかけた。


「ごめんなさい」

ナルトが謝りシノが頭を下げる。

紅は少し目を白黒させたが、幸せそうに黙って笑った。

紅さんは格好良い女性だと思います。アンコとは違う意味で。二人とも大好きですv原作でも仲良しそうだし。(お団子買出しのお願いとか・笑)今回は姉御頑張るってな話。ブラウザバックプリーズ