選択権

 

木の葉の里。天鳴(あまなり)家。

アルバムを囲む二人の人物。


「へえ?案外写真撮ってるんだね」

アルバムを捲り感嘆の声をあげる妙齢の女性。
背中にまで届く美しい黒髪を無造作に横へ払い、食い入るようにアルバムを凝視。

「注連縄が来てから倍になったけど」

隣の少女は肩を竦める。

小首を傾げれば見事な金糸が揺れた。
深き湖面を連想させる蒼き双眸に去来する様々な感情。
読み取って女性は少女を抱き締める。


「ナル。写真はナルの素性を危くするものだけど、わたしは撮ったほうがいいと思う。どんな風に過ごしてきたかとか。いつか誰かと結婚して。子供が出来た時に説明してあげられる。親として子供に己の歴史を語るのは大切なことだよ」

『そうそうvいい機会だからナルちゃんにお兄さんの刻んだ歴史を・・・』

「・・・紅先生が言うなら。その方がいいんだと思う。俺は聞きたくないけど」

二人の背後で会話に混ざろうとするスケスケ青年をキッパリシャットアウト。
少女は躊躇いながらも女性・紅の意見を受け入れた。

「なに言ってるの。仮婚約とはいえ将来を決めた人間がナルには居るんだ。軽々しく命を扱っちゃいけない」

少女の前髪を優しく払いのけ、紅は慈愛に満ちた表情で少女を見下ろす。

「うん」

はにかみ微笑み返す少女。

『お兄さんの歴史がどうやってナルちゃんに繋がっていたかというと、それはもう壮大な歴史と驚愕の事実が・・・』

二人の世界バリアーにめげる事無く、果敢にも挑むスケスケ青年は尚も喋る。

「そう言えばシノのお父さんとは知り合いなんだろ?いきさつを知りたいね」

聞く気満々の紅。
笑顔の奥から滲み出るチャクラがそれを物語る。
少女は逡巡したが誤魔化せないと悟りアルバムのあるページを捲った。

「シノが俺の前に現れて半年過ぎ。やっとお互いの呼吸や戦法に慣れてきて、訓練って事で死の森に行った時の後でね」

指先にとまった濃紺色の蝶を前へ向けた少女と、隣で立ち尽くす長身の子供。
背景はお世辞にも美しいとはいえない禍々しい雰囲気の森。
指先で蝶をなぞり懐かしむように少女は口を開いた。

 


今からおおよそ7年前。

上忍成り立てであった二人の子供。
暗部の仕事もちらほら請け負いはしたが子供である限界はある。
常に付き纏う危険を回避する為にも実力の向上は必要不可欠。
暇さえあれば訓練していた。


ありきたりの訓練(上忍レベルですれば)だったが当時の二人の子供には必要だった。


「術を唱えられても身体能力が低くては意味が無いな、ナル」

黒眼鏡の奥。
瞳を愉快そうに輝かせ、少年がやや高めの声で少女の名を『ナル』と呼んだ。
少女=ナルは握り締めたクナイから滲む手のひらの傷に顔を顰める。

「シノの言うことには一理ある。だけどわたしには必要なの。死なない為・・・ううん、殺されない為にね」

誰に。とはナルは言わない。
シノも誰に殺されるのか。等という愚問は発しなかった。

「そうか」短く相槌を打つだけでシノは詮索しない。

ここ半年でお互いに培った呼吸は確実に二人を近づけている。


「体力的には俺が上だ。しかし総合的な戦術・忍術・経験。どれをとってもナルのほうが上だな。もう一回頼んでもいいか?」

シノが両腕を広げれば、服裾から沸き出でる無数の蟲。
操る人間の意のままに形を変える。
膝小僧についた泥を手で払い落とし、ナルは口角を持ち上げた。

「勿論」


ナルはクナイを真横に構える。
相手の出方を知り尽くしているからこそ慎重に。
確実に相手の隙を突いて撃退する。
子供達が居るには不釣合いな死の森で、ナルとシノは戦い(正しくは模擬戦)を開始するのであった。


半日も戦えば上等。
如何せんどちらも子供で運動量には限界がある。
疲れきった子供達は互いに戦略を分析・論戦を繰り広げつつ帰路についていた。


「あ・・・」

泥まみれの顔を上げてまず気がついたのはナル。
少し怯(おび)えたような怯(ひる)むような顔つきで目の前の大人を見上げる。

「オヤジ」

シノが無意識にその背にナルを庇い一歩前へ。大人の名を呼んだ。

「迎えに来た」

大人はシノを無視してナルへ手を差し出した。


沈黙。

息子のシノでさえ父親の意味不明かつ突然の行動に衝撃を受け、硬直。


地平線に沈むか沈まないかギリギリのラインに留まる太陽。
橙から赤へ色づき闇を呼び込む様は美しくまた畏怖の念をも感じる光景である。
逆方向。
東には薄水色から色を重ね紺から黒へ近づく闇色。
一番星をともなって夜の到来を告げる。


「泥まみれだ。腹も減っているだろう。火影様には了解を得ている、今晩はうちに泊まると良い」

ひょい。小さなナルを抱き抱え歩き出す。
この時シノが打倒オヤジを心に掲げたのはシノだけの秘密である。
大人の余裕というか、掛け値なしにナルに手を差し伸べたりするところが己の力量不足を感じさせられて。
腹立だしかったのだ。

「でも・・・」

ナルは大人の抱かかえられたまま言い淀んだ。

「家長である以上、油女を捨てることは出来ん。が、個人を個人として認めないほど狭義でもない」

親子揃って同じ黒眼鏡。
目から感情を読み取ることは出来なかったが、確かに口許は笑っていて。
自然とナルも微笑んでいた。

二人の打ち解けたような姿に打ちひしがれたシノがいた事もまた、シノだけの秘密であったりする。

 




「大人なりに複雑な事情ってヤツがあったんだろうね。でも!何回か泊らせてくれたり、珍しい蝶とかが孵化するのを見せてもらったり。普通の子供からしたらありきたりなんだろうけど、俺には有難かったな」

頬杖ついて懐かしむ少女に安堵の息を吐き出す紅。

「・・・ほら、俺は途中からうずまきナルトとして生活しだしたから。シノのお父さんとはあんまり会えなくなっちゃったけどね」


「へーえ」

思い出話に花を咲かせるような雰囲気に水を差すような相槌。
ひくーい声に恨みが篭った口調。
紅と少女が同時に振り返れば怒った顔の少年一人。
頬を痙攣させて立っていた。

「奈良?どうしたんだい?」

紅が怪訝そうな顔つきで少年へ声をかける。
頭の高い位置で髪を結わいた少年・奈良 シカマルは険しい顔で少女を見下ろした。

「シカマル?」

怒っているシカマルに少女は同反応していいのか分からない。
戸惑いがちにシカマルの名を呼んだ。

「来い、ナルト」

有無を言わさず少女を立ち上がらせ、ムスッとしたままシカマルは天鳴の家から出て行った。
残された紅とスケスケ青年は顔を見合わせる。

「変に刺激したかしら?」

申し訳なさそうな顔で紅はスケスケ青年を見上げた。

『大丈夫でしょ。シカマル君は両親にナルちゃんを紹介したいだけなんだよ。惚れた女の子がいますってね』

少女一筋ストーカーにしては寛容な発言。紅は少し驚いた。

『シノ君ばかりに偏るとお兄さんが付け入る隙が生まれないでしょ?』

そして、続けざまに言われたスケスケ青年の言葉に納得した。

 





着替える間もない普段着のまんま。

シカマルに連行されてきたのは。

「シカマルの家・・・?」

木の葉の里によくある形の二階建て一軒家。
ごくごく標準的な塀の作りと開かれた木戸。

特になにがある訳でもないが少女・・・ナルトは腰が引けてしまう。
里人に対する無意識の苦手意識と己の中に抱える矛盾した罪悪感。
ない交ぜになって立ち竦む。


「ほら、来い」

今日に限ってシカマルは頑ななまでに頑固で強引で。
ナルトの口に上りかけた文句を言わせずさっさと家へナルトを連れ込んだ。


「あらシカマル・・・・って?まあ、まあ!!どうしましょう!!」

シカマル母玄関先にて帰宅した息子と連れの美少女を見て驚愕。
オロオロしだす。

「俺の友達。今の所友達って感じだけど、まあ、これから家にも呼ぶと思うから。名前はナルってゆーんだ」

シカマルはごく冷静に母親へナルトを紹介した。

「どうも、ナルといいます」

おずおずとシカマル母の反応をうかがい挨拶をするナルト。
傍目から見れば凄く可愛らしいはにかみ屋に見える。
勿論、シカマル母の目にもその様に映った。

「娘が欲しかった・・・」

遠まわしの母親の嫌味にシカマルは短く「うるせえよ」と。
ぶっきら棒に答え、そのままナルトを伴い二階の自室へ引っ込んだ。

「今夜は赤飯?」

真剣に悩むシカマル母の姿にシカマル父は興味津々。

何事に於いても『楽』を選ぶ息子が積極的に動き異性を家に連れてきたのだ。

奈良家にとっては珍事である。


「お茶は俺が持っていく」

腕組みして唸る妻を他所にさっさと飲み物の用意を整え、足取り軽く二階へ上がる。
この辺りの手際のよさ成る程親子。そつがない。


ノックは三回。


シカマル父は言葉をかけずにドアを開いた。


「おお。趣味は将棋か?」

真剣に将棋盤をはさみ見詰め合う二人にシカマル父はニヤリと笑う。

「なんだ、親父かよ」

うんざりした調子でシカマルが父親を一瞥した。

「あ、お邪魔してます」

緊張した震える声でナルトはシカマル父へ挨拶。ペコリと頭を下げる。
見た目も十分美少女だが息子が将棋相手に選んだ人物。
実力者に違いない。
シカマル父は息子のベットに腰掛け将棋盤を見下ろした。


「邪魔はしないから、俺にも観戦させろ」

額からこめかみへかかる傷跡を撫でつつシカマル父が息子へ命令じる。

シカマルは父親の言葉を聞き流して駒を進めた。
最初はシカマル父の存在が気になっていたナルトだが、相手がシカマルとあって気の抜けない駆け引きが続く。
すっかり勝負に夢中になって二度三度と。
勝負を重ねるうちに緊張していた意識も解れ。


「わたしの勝ちv」

滅多に見せない無邪気な微笑を浮かべシカマルへ王手。
シカマルは黙って両腕を挙げお手上げのポーズをとった。


すい。


ナルトへ伸びるシカマル父の手。
幼子を褒める時に大人の男性がやるような、頭を撫でる動作。
咄嗟の事でナルトは身構えるがシカマル父は大層満足げにナルトの頭を撫で続ける。


「親父・・・ナルはガキじゃねーんだから。なに余計なコトしてんだよ」

「ナルっていうのか。シカマル、お前にしては上玉捕まえたじゃないか。大事にしろよ?将来の奈良家の嫁かもしれないしな」

ナルトから手を外し、シカマルの頭を軽く小突いて。
シカマル父は心底愉快そうに笑いながら部屋から出て行った。

「よ、嫁って・・・」

呆然とした顔でナルトは閉じた部屋のドアへ顔を向けた。

「そういう将来もありだろ?シノはどういうつもりか知らないけどな。俺はお前と一緒に居たい。それが結婚だとかはまだ分からないけどな」

「俺には選べないよ・・・明日さえ予測できない毎日なのに。将来を選ぶなんて、遠い話って感じで」

口許を歪ませナルトは自嘲気味に呟いた。

「馬鹿言うな。選択権はお前が持ってんだよ。他人がとやかく口を挟める問題じゃねー。変に卑屈になってんじゃねぇよ」

掠める暖かい感触。

ナルトは額を手で押さえたまま顔を赤くしてシカマルへ目線を向ける。
シカマルもナルトに負けず劣らず真っ赤だった。

「・・・予約」

もう一度額に口付けてシカマルは小さくそう囁く。

窓の外から二人を眺める濃紺色の蝶が飛び立ったことをシカマルは知らない。
無論、明日朝一番で蟲に襲撃されることも知らない。ある意味幸せなシカマルであった。


夜。

奈良家に於いて盛大に揶揄される息子と、嫁候補の出現に心中複雑な母親の姿があったことだけを明記しておく。


シカ父格好良いですよねっ!!すっごく好きなんですよ!シノ父も(笑)ブラウザバックプリーズ