芽吹く春

 

桃色の花びらが舞い散る。
下草を音もなく踏みしめ、少女は立ち止まった。
動物を模った面を被る。紺色の長い服を身に纏った立ち姿。

俗に言う『暗部』と呼ばれる部隊に所属する忍であることを示すスタイルだ。


『こんな日に懇親会するなんてご意見番もそつがないね〜』

同じく少女の隣に立つ面姿の青年。
金髪が面の脇から漏れて光る。
肩を竦め少女は風に乱れる金髪をおさえた。

「仕方ないだろう。木の葉の里恒例の春の懇親会だ。火の国の主な大名・または代理が一堂に集う大切な会だからな。三代目が逝去したこの春だからこそ。必須事項として開催の二文字があったんだろう」

少女が顎先で示す先には宴の席。

煌びやかな衣装を身につけた大臣やお付きの人間。
応対する幹部クラスの木の葉の忍の姿。
見知った顔もちらほら。


『カカシ君にガイ君、アスマ君と紅に・・・あ、特別上忍達も出席なんだ』

指折り数えて青年が人数をカウントする。

「紅先生も正装してる。・・・初めて見るかも」

愛想笑いを浮かべるくの一紅。

普段は任務などでしか見ない彼女だが『里一番の美女』の呼び声は伊達じゃない。
美しく着飾った紅は桜の花に劣らず華やかだ。


『護衛任務だけど正装じゃないと駄目なんだよね。お兄さんの時も同じだったよ』

青年は事情を知る。

「それで正装ね。動きにくいと思うけど?注連縄は考えなかったの」

見た目は美しいし春の懇親会に相応しい華やかさ。
観賞する分には問題ないがあの衣装で実際に要人警護とはいただけない。
少女は疑問を口にした。

『それがさぁ〜。色々圧力があるんだよねぇ、偉くなればそれなりに。ホラ、バランス感覚って大切じゃない?他者とのパワーバランス』

この男。

注連縄が言うと尤もらしく聞こえてならない。

説明を聞きつつ少女は一人心地に思った。


『ナルちゃんももう少し大きくなったら分かるよ。こういうのは大人に成ってみないと分からない部分もあるからね』

注連縄はクスクス笑い、少女の髪に手を伸ばす。
次の瞬間には少女に己の手をはたかれて落ち込んでたが。

「仮にも任務中だ。気を引き締めろ」

そこかしこから感じる敵忍の気配。少女は背筋を真っ直ぐに伸ばす。

『了解!隊長様v』

畏まって見せてから注連縄は少女へ敬礼した。

「注連縄を隊へ加えたつもりはなかったんだけど。例の計画もあるし」

少女の後悔深い声音。わざと聞こえない振りをして注連縄は少女の手を取った。

 





高台から宴会場を見渡せる岩場。

岩に対して水平に立ち、クナイを構える少年が二人。
少年を囲む別の忍が十数名ほど。皆三十代過ぎと思しき大人ばかりだ。


「木の葉の里は粒ぞろいだと聞いていたが。子供までが暗部にいるとはな」

相手を見下した口調で忍は評した。


「年齢と実力は関係ない」

鳥の面をつけた少年は冷笑した。明らかに面をしていても相手にわかる位はっきりと。


「随分な自信だな」

殺気混じりの鳥面少年のチャクラ。幾分気圧されつつも忍は忍刀を背から抜き放つ。


「修羅場は一応経験済みなんでね」

今度は獣の面をつけた少年が答えた。
頭の高い位置で結わいた髪が面からはみ出て揺れる。
飄々とした調子で気負いはない。
身構える忍達とは対照的に場の空気を楽しむかのような雰囲気の少年。
任務を帯びて木の葉に潜入した彼等とは真逆の態度。


 アレに比べたら。


二人の少年に去来する思いは同じ。
だが、生憎彼等の事情を知る人間などこの場にはいなかった。

重力に反して岩場を地にし、駆け抜ける一団。
飛び交うクナイを一つ残らず弾く鳥面の少年・獣面の少年。
弾いたクナイは丁寧に岩場の上向こうに飛び散るように向きを調節しながら。


「くそっ」

子供だが実力は尋常じゃない。
こちら側の攻撃に対する素早い反応。武器が会場に落ちないように計算までしてクナイを弾く戦略。
若し一つでもクナイが会場へ落ち、音に気がついて騒ぐ大名が一人でもいたら。
場がざわめき混乱が生じる。


そうなれば侵入した側であるこちら側が有利。なのだが。


思惑など子供二人に容易く読まれている。


「甘い」


ザシュ。


刃に仕込んだ毒は無味無臭。
流れる動作で左から右に払えば倒れる忍は四名程。
落下する間もなく敵の身体に蟲に群がる。
蟲が敵の遺体を支える間に岩に少年は横穴を開け、無理矢理穴中へ遺体を詰め込む。
子供の長年の経験と鍛えた力・チャクラが合わさって実行に移せる荒業だ。


「・・・そうか」

肩に止まった蟲がかの人物の交戦も伝える。
面越しに塞いだ穴を眺め少年は肩を落とした。
任務中に私情は禁物だが今回の隊長は彼女だ。指示系統が乱れてはいけない。

「シノ、どうした?」

獣面の少年が鳥面の少年を『シノ』と呼ぶ。
直ぐ傍で獣面の少年が別の一小隊を始末した直後だ。
仕掛け糸に吊り上げられた死体が岩場の向こう側へ姿を消す。

「シカマル。ナルトが交戦中だ。怪我をしたらしい」

シノが苦々しい口調で告げ、繰り出すは己が体内に住まう蟲達。
無数に沸き出でる蟲は一斉に残りの忍目掛け飛散。
あわせて印を組み発動するのは風遁の術。


「ぐあっ」

次々に風圧で吹き飛ばされる敵の身体。矢張り岩場の向こうへ消えた。

「早く始末して合流しないとヤバイか?」

岩場を駆け上りながら獣面の少年・シカマルがシノの態度を窺う。
シノは首を縦に振った。
姿のない少女を思い二人の少年は意気消沈。
逸る気持ちをおさえ始末した忍の遺体を処理する作業にとりかかる。

「無茶をするのがナルトの戦い方だ。早く状況を確かめた方が良い」

医療班開発の身体が溶け出す薬を取り出しシノはシカマルへ答える。
手際よく遺体へふりかけた。

「めんどくせーのな」

シカマルが十八番の口癖を呟く。

「心にもないことを」

嘯いたシノにシカマルは一瞬だけ動きを止めたが、直ぐに行動を開始。
遺体の上に土をかぶせて隠蔽する。

数分もしないうちに真新しい土の上。
カモフラージュ用に草が所々に生える春らしい大地がソコにはあった。

 





鈍痛を訴える脇腹の焼けるような感覚はこの際無視だ。
手でしっかり左脇腹の傷口を押さえ少女は草陰に横たわる。


『ナルちゃん。今回の任務ナルちゃんが隊長なんだよ?』

咎める注連縄の声に少女は「ごめん」素直に謝罪した。

『隊長は隊の人間の安全を担っている。簡単な失敗で部下まで巻き込んで危険に晒すようでは駄目だ。いくら里で一・二を争う実力の持ち主でも。隊の長として動けないようじゃ上忍として居る意味がない』

かなり真面目に怒っている。
注連縄は普段のお茶らけ口調をすっかり引っ込めて少女へ説教を開始した。
少女はいつもの威勢の良さを腹の中に仕舞い込み項垂れる。

「ああ。俺の判断ミスだ」

少女は注連縄に言い、己の判断ミスを素直に認めた。


子供の姿に変化して油断を誘った敵の忍。
同じ子供であるが故に。どこかで過信した傲慢な気持ちが少女にあったのだろう。
敵の自爆攻撃に巻き込まれ、左の腹に深い傷を負った少女。
気配を殺し手にチャクラを練り込んで己の傷を治療する。


『力の価値と。その忍の価値は同等ではないこと覚えておいて欲しい』

注連縄は険しい顔つきのまま。

「肝に銘じておくよ」

小さく答えたきり少女は黙り込んだ。

意識を低いところへわざと落とし生命維持活動最小限にカロリーを消費する。
気配が完全に周囲に溶け込み発見されにくいのと、血の匂いを空気中に拡散できる。
少女の家系が作り上げた忍の秘伝。


『咄嗟に見破って他の暗部一小隊(四人一組)を庇ったのは上出来。只ナルちゃん位の実力だったらアレが罠だったと見抜けたよね』

重ねて告げ注連縄は血のこびり付いた面を指先で辿る。
密やかに呼吸を繰り返す目の前の子供に対して憤る反面。
己の限界も感じる。
制約を背負い此方に具現化している重み。

苛立ちは募る一方。


『あ〜あぁ。お兄さんがシリアスなんて柄じゃないなぁ』

歯がゆさを押し隠し注連縄は少女の隣へ座った。
こうしていれば少女は安全だし何より彼女を大切に思う彼等が直ぐに姿を見せる筈である。

待てば良い。


膝を抱え座り込みやや肌寒い風に身を任せる。


『いくら九尾が治してくれるからって。怪我なんて簡単にしちゃうけどさ?本人が感じる痛みよりも見ているコッチが痛いって思う時だってあるんだよ』

ハァ。

ため息をつき膝に顎を乗せれば感じなれた気配が二つ。
競うようにこちらへ急接近。
注連縄は印を組み結界を緩やかな状態へ変えた。


「おっさんナルトは?・・・って」

捨てられた子犬のように少女・ナルトの横で座り込む注連縄。
勢いでつっ込みかけたシカマルは二三歩よろめいた。


『ご覧の通り。怪我の程度はともかく数時間もすればそれなりに治ってるよ』

血塗れのナルトの手。
脇腹から零れた鮮血が赤黒く変色し大地にこびり付く。
シノは無言で懐から包帯を取り出し、有無を言わさずナルトの脇腹をグルグル巻き。

「冷静だな、シノは」

周囲の気配を探り策を練るシカマルが感心半分・呆れ半分で冷やかした。

「ここで口論していても任務は終了しない」

取り付く島もない。
シノは与えられた・・・上忍の基礎知識としての応急処置をナルトへ施す。

仲間への思いやりだとか。
傷ついた少女への憤りだとか。
私的な感情は一切見せない。
正に忍と呼ぶに相応しい態度と応対。


「今晩は花見だからな」


 流石じゃねーか。

シカマルにしては珍しく無口なライバルを褒めようとして。
喉まででかかった言葉を言葉として発する前に。
シノがポツリと呟いた。


「はい?」

褒め言葉を飲み込みシカマルは大口を開けて固まる。

「今晩は花見の約束をしている」

ナルトを抱かかえ立ち上がり、シノはもう一度ゆっくり喋った。

『あー、そういえばそうだったね。夜桜見物!』

注連縄が呑気に手を叩いて思い出したように口を出す。
シカマルは頭痛を感じつつも気合でその場に立ち、倒れ込まないように踏ん張った。


 馬鹿だ。絶対にそうだ。
 いや、俺だってナルトは好きだし、夜桜なんざ一緒に見に行けたら楽しいけど。
 それって公私混同も甚だしいんじゃね?


「ナルトは怪我してんだぞ?本当に行くのか?」

ツッコミどころ満載で何処から指摘すればいいのか皆目見当もつかない。
なかで。
取りあえず妥当な線をツッコんで見るシカマル。

この面子の中では一番の常識人かもしれない。


「恒例行事だからな」

『シカマル君知らないの?この下の桜園一帯で恒例の鬼ごっこして勝ったら何でもナルちゃんにお願いできるんだよ〜。今までは三代目が勝者だったみたいだけど』

シカマルの背中をバンバン叩いて注連縄が解説。
勿論即席の嘘だがシカマルには見抜けなかった。

「去年は呼ばれなかったぞ、俺は」

一年少し経って初めて知った事実にシカマル呆然。
怒ればいいのか黙って流せばいいのか判断に迷う。


「ナルトと鬼ごっこだぞ?半端な実力じゃ参加できん」

素敵に斬って捨ててくれるライバルの言葉と。


『去年はシカマル君訓練中だったもんね〜?あれ?シカマル君?』

あんまり慰めになってない幽霊のフォローで。


シカマル、キレた。


結界を飛び出し怒涛の如く敵忍を蹴散らし、他の暗部を助けつつ。
獅子奮迅の大活躍。腹に溜まった怒りだとか八つ当たりだとか。
物事深く根にもたないシカマルにしては珍しい怒りの鉄拳にシノと注連縄は笑い合う。


「そろそろシカマルも傍観から積極的に動くタイプになってもらわんとな」

『三代目が居ないから怠けようって思わないで欲しいよね』

二人の手に三代目からの個別の遺言状が握られていたのは全くの偶然である。

 


芽吹く春。芽吹いたのは木の芽だけでなく。
斜に構えた少年の熱血メーターだったのかもしれない。



「・・・どいつもこいつも馬鹿ばっか」

呟きながらも。
シカマルの熱血をどこか楽しそうに眺めたナルトが居たことだけは明記しておく。


この時期にこんな悠長な宴なんかしないですよね〜。自分で書いててなんですけど(笑)ただシカマルがキレる話を書きたかっただけなんです・・・。(土下座)ブラウザバックプリーズ