琥珀色の思い出

 


鼻につく甘い香り。


今にも倒れそうな無言の少年・目を輝かせる美女・甘い香りに顔を顰めた少年・菜箸を持つ手を止めて一瞬だけ香りの正体を睨む少女。

少女宅で行われるささやかな『夕食会』にお呼ばれ(押しかけた?)面々+主催者(?)。

それぞれが見せる素直な反応にスケスケ青年は微苦笑した。
琥珀色した液体を攪拌(かくはん)するように振る。


『宅急便で届いたんだよv』


 宅急便はいいとして。どうやっておっさんが受け取ったんだよ。幽霊のクセに。


胡散臭そうにスケスケ青年を見る目つきの悪い少年。
髪を頭の高い位置で結わいて、両耳にはピアスが下がる。


『シカマル君の疑問にお答えしましょう』

青年はニヤニヤ笑って指をパチンと鳴らした。


 ボフン。


三流手品師が、出だしだけ派手に見せかけようとするかのようなチンケな。
それでいて派手な白い煙幕。


『どう?』

身長は丁度シカマル少年より頭半分上。
倒れそうな寡黙な少年よりは少し下。
因みに少女と並べば兄弟のような絶妙な身長差。
年頃は十二・三。利発そうな少年が立っていた。


「注連縄、ちゃっかり人のチャクラ利用して実体化すんな。自分の使え」

倒れかける長身の少年を支え、少女が一番冷静に反応する。


『だってさ〜。疲れるんだよ、自分のチャクラ使うと。使いすぎるとこの世に出て来れないし。それにこの間は親子だったけど。コッチの方が案外バレなそうじゃない?』

頬にえくぼを作りニコニコ微笑む少年(注連縄)


「ちょ・・・大丈夫かい?シノ」

本格的に甘い香りに酔った少年が床に崩れ落ちる。
美女は慌てて少年・シノを抱かかえた。
顔を真っ赤にしたシノはぐったり。
ピクリとも動かない。

「あー、おっさん。変化講座は別に良いから。さっさと栓をしろって」

少年(注連縄)に歩み寄ってシカマルは瓶に栓をした。

「紅先生。窓開けるね」

少女がガスコンロの火を止め、菜箸を流しへ置く。
意識が途絶えがちなシノを不安そうに見下ろし、それから美女・紅を見る。

「頼むよ、ナル」

紅は居間の床へシノの体をゆっくりと横たえさせつつ、短く少女へ言った。

「ナルト宛の荷物じゃねーか。勝手に開けるな」

しゃがみ込みシカマルはダンボールから剥がした荷札を読む。
隣に佇む少年(注連縄)は悪びれもせずに平然としていた。

『送り主の名前見たら開けたくなったんだよ』

立ち上がると少年(注連縄)は戸棚へ。
戸棚に整然とならぶグラスのうち、すりガラスで出来たグラスを取り出す。

『紅もどう?一本くらい開けてもナルちゃんは怒らないからさ。お兄さんの偉大なる先生の先生を偲んでってコトで』

少年は紅に話を振った。
少女・ナルトは殺気立つが紅は片手を上げる。

「ではお付き合いします、四代目」

居間のテーブルは小さいものだが、この家の人口密度が高まるにつれ大きいものへ買い換えられている。

今あるテーブルは六人用。
椅子は五つ常備。

台所から居間へ抜け、紅が椅子に座った。


『ありがとう。ナルちゃんは?』

紅の着席を見た少年(注連縄)は湯飲み大のグラスを五つ持って椅子に座る。
カラカラ音を立てて窓を閉めたナルトへすぐに顔を向けた。

「ご飯の支度が未だだからパス。気分じゃない」

座布団を居間へ敷き、シノを寝かせるべくシカマルを手招き。
ナルトの意図を察したシカマルがシノの体を引き摺るようにして居間へ運び込んだ。

『今日は無礼講。シカマル君は?』

素っ気無いナルトの答えに気を悪くした風はない。
少年(注連縄)が今度はシカマルを手招きした。

「・・・少しだけなら」

宅配便の伝票に書かれた送り主の名。

ナルトの為に作ったソレを。
絶対に口にするのだと。
目にした瞬間に決めていた。

シカマルも紅に倣って椅子へ座った。


『少しだけ入れるから原液でちょっと飲んでみてよ。味見程度にね。ナルちゃん』

少年(注連縄)が言い終わるか終わらないうちに、台所から的確に跳ぶポット・氷の入った容器。
きちんと受け止めて少年(注連縄)はテーブルに置いた。


 怖い・・・ていうか。この生活環境って一体。


冷や汗を掻くシカマルに。


 ああああ!可愛くないわナル!!やっぱり男所帯だとガサツに育つわね。


悲嘆にくれる紅と。


思う方向はチグハグで。
再度蓋を開けて中身をグラスへ注ぐ少年(注連縄)は気がつかないフリをした。


『どうぞ♪』

すすい。

グラスに注いだ液体が揺れる。

紅は一礼し、シカマルは短く「ども」と。
少年(注連縄)に応じてグラスを取った。

香ばしい揚げ物の匂いがジューっという音と共に居間へ流れ込む。
リズミカルに刻まれる包丁のリズム。
合間に聞こえるカチャカチャ重なり合いぶつかりあう食器。


『団欒だねぇ〜』

少年(注連縄)に答えるように炊飯ジャーがピーと鳴る。

「甘いけど、いけるな」

早くも最初の味見分を飲み干し、手酌をするシカマル。
お湯を注いでお湯割を選択。一方紅も味わうように口の中で転がした後。


「風味は最高ですね、噂の梅だけあって上質だわ」

コメントして。紅は氷を落としてロック。


『梅酒はお兄さんにとって馴染み深くて』

既に三杯目に突入したグラスを空にして、少年(注連縄)はしんみりした。

この際、幽霊が実体化して食事してあまつさえ酒まで飲んでいるのは何故か。
等と言うツッコミは無用だ。
家庭団欒を演出したい少年(注連縄)の執念なのだろう。


「たとえば?」

酒の勢いもあってシカマルが少年(注連縄)に話しの先を促した。

『アカデミー時代に火影屋敷の梅を盗む競争したりね。それから先生と酔った勢いでタイマンして、アカデミーの旧校舎半壊事件とか?
あとは・・・就任式で樽酒振舞ったんだけど出席者を酔い潰しちゃってさ。介抱とか大変だったな〜』

固まった紅のグラスの氷がカランと音を立てる。

「ふーん。結構悪戯っ子だったんだ?」

ナルトがタイミングよく会話に割って入る。

手にしたお盆には天ぷらの盛り合わせ。
サラダの小鉢。メインディッシュである魚の煮付け。
小松菜のおひたしに、なめこのお味噌汁。
オーソドックスであるが美味しい夕飯の登場。


『ナルちゃんって、お兄さんの悪戯参考にしてたでしょ?似てる』

早速好物の天ぷらに箸を伸ばし少年(注連縄)が上機嫌で声をかけた。
お盆を片付け、自分の定位置につきナルトは両手を合わせる。


「なんだ、知ってたの?俺が自身の置かれた立場を知った時にね。注連縄に関する書物を読み漁って研究した。研究ついでに行動パターンを真似させてもらった・・・ナルトとして生活するにあたってね」

いただきます、とお辞儀。
それから少年(注連縄)に答える。

『どうして?』

実は少年(注連縄)も実体化できてから、ナルトの半生を記した特別報告書を読み漁った。
いくら傍にへばりつけるといっても限界がある。
今までの少女を知らずに無神経な応対をすれば彼女は心を閉ざす。


少年(注連縄)には確信があった。


だから。極力慎重に少女に接する自分がいる。
つかず離れず。微妙なラインで。
我ながら臆病だとは思うが仕方ない。

大切なたった一人の存在なのだから。


「一々悪戯考えるの面倒だったし。草葉の陰にいた注連縄への嫌味も込めて」

つれないナルトのコメントにも、少年(注連縄)はやんわり笑って反応する。

『じゃあさ?梅の実泥棒真似してくれた?アカデミー時代にもやったけど、お兄さんが先生の時に強制で生徒にもさせたんだよ♪毎年』

「「は?」」

食事を摘む箸を休めて紅とシカマルが同時に言った。

『カカシ君が大層怒ってね〜。奇襲されたっけ、任務の待ち合わせ場所で』

少年(注連縄)は遠い目をして語る。
にしては美しいというかなんというか。判断がつきかねる思い出話である。

「成る程ね。だからカカシ先生天ぷら嫌いなんだ。注連縄の大好物だもんね。天ぷら」

以前に青ざめた顔で天ぷらを凝視していた担当上忍を思い出し。
ナルトは納得した。

「少しだけ同情するわ。カカシに」

紅は疲れたように呟き天ぷらを口に運ぶ。

「天ぷら=おっさんで、トラウマか」

注連縄の性格を考えると結構振り回されてたのかもしれない。
考えれば、あの意表をつくキャラと何事にも動じない落ち着き加減にも納得がいく。
シカマルも同意して、サラダの小鉢へ手を伸ばす。


『・・・褒められてる気がしないんだけど?』

すん。悲しそうに鼻を鳴らし好物の天ぷらを摘む少年(注連縄)に、


「「「褒めてないし」」」

手を左右に振って三人は今度こそはっきり言い切った。

 





食器洗いはご馳走になった人の仕事。


少年(注連縄)が言い張り、紅とシカマル、そして少年(注連縄)で台所に詰めている。


「・・・ナルトの気配が家からしねーんだけど?ついでにシノも」

怒りが滲むシカマルの口調。

『チャンスって言うか?タイミング?ナルちゃんもああ見えて頑固さんだからね。お兄さんが背中を押してみました』

泡のついたスポンジ片手に少年(注連縄)が答えた。

『梅酒は三代目が中忍選抜試験・第三試験本戦が始まる直前に手配したもの。届け日指定でね・・・多分こうなることが分かってたんでしょ。だから託してくれた。お兄さんはそう思ってるよ』

「ナル自身が生きていることを実感して欲しい。三代目が願って考え出した苦肉の策だと。わたしはご意見番から伺ってます」

皿を濯ぐ手を止めて紅も三代目の心うちを口にした。

『シカマル君は物分り良すぎるから、ナルちゃんの宥め役には向かない時があるんだよね。特にこういう場合』

「言ってろ」

額に無数の青筋浮かべシカマルは口許を痙攣させた。


 勝手に決めるなよ。確かに。
 三代目に会いに行くなら俺よりかはシノだろうけど。


ブチブチ口の中に文句を溜め込むも。大人気ないと思いなおし口を噤むシカマルだった。

 




夜風に身を晒し。立つは火影岩真上。件の人物の頭の上。


手にした琥珀色の液が詰まった瓶。


「最初で最後だ。こんなの」

一人悪態をついて。栓を空け中身を空ける。

ついでに隣の気に入らない居候へも酒をかけた。
岩の上から見渡せる里は大分落ち着きを見せて。
完全とは言わないが事態が集束へ向かっていることを実感できる。


「皆で俺を手のひらで転がそうとして。失礼なんだよ。注連縄とか紅先生とかエロ仙人とか。それに」

ナルトの唇が『シノも』と呼ぶ。
沈黙してナルトの背後に立つシノは首をかしげた。


「彼等はナルトが心配なだけだ」


 俺も違うところでヒヤヒヤさせられているからな。


シノの顔に出る感情。ナルトは口先を尖らせた。
丁寧に空瓶に蓋をして懐に仕舞う。


「来年も。再来年も梅酒はつける」

徐に断言するシノだったがナルトは返事を返さなかった。
瞬身の術で姿をくらましてしまう。

 ナルトが一人になりたがっている。

察して背中を見送るシノであるが。


数分後。

飲んでもいないのに酒に酔いつぶれた状態のシノの屍が火影岩の上にあった。

 





『う〜ん。やっぱり一本は取っておこうね。ナルちゃんがお嫁に行く日に飲み明かそうよ。紅とシカマル君、シノ君と四人でね』

「おっさん。さり気に俺とシノが夫じゃないのを前提に話を進めんなよ」

「まあまあ、奈良。いきりたたない」

無駄話に花を咲かせる居残り組みも楽しそうでした。
この夜の出来事はまた新たに思い出の一ページとなり?



『琥珀色の思い出だねぇ〜。今晩の出来事は』



一人悦に浸る注連縄氏(ストーカー幽霊)の姿がありましたとさ。

注連縄先生の暴挙(梅泥棒話&カカシ先生が天ぷら嫌いなわけ)を少々書きたくて。でも天ぷら嫌いな理由の話って、きっとどなたかが書かれているでしょう。重なっていたらすみません(平身低頭)ブラウザバックプリーズ