一歩手前

 


分厚い報告書を捲り少年は嘆息した。
頭の高い位置で髪を結わいている、やや目つきの悪い少年だ。
何枚もの紙を音もなく捲り文字を追う。
別冊になっている資料も合わせて捲りつき合わせる。



穏やかな日和の一日。



遠くで建物を修復する建築騒音が耳に飛び込む。
三代目逝去直後は多少の混乱も生じた木の葉の里である。
しかし復興委員会&ご意見番率いる協議会により情勢は安定へ向かいつつある。
庭に面した居間で床にじかに座って、少年は真剣な面持ちで報告書を読み漁った。
静かなひと時。


「・・・ル?シカマル?」

肩をトントン叩かれて、少年は飛び上がった。
意識を報告書へ集中していたせいで、声の主の行動に心底驚く。
少年の名を呼んだ少女も逆に驚いて、湯飲みを持ったままで固まっている。

「あ、わり」

苦笑してシカマル少年は少女へ詫びた。

「意識飛ばしてた」

分厚い報告書を左右に振って申し訳なさそうに少女へ言う。
少女は肩まで掛かる金糸の髪を僅かに揺らしクスクス笑う。

「集中してた?・・・それ、なんの報告書?」

床に湯飲みを置き、シカマルの隣に無造作に座る。
少女は無自覚にシカマルの身体をまたぐように身を乗り出し、分厚い報告書の表題を読む。

「ええっと。覗き被害・・・?」

シカマルが太腿にあたる少女の身体の柔らかさに顔を真っ赤にしている。
が、少女は全く無頓着で分厚い報告書を捲り始めた。


表向きはドベで無鉄砲で。ドタバタ忍者と称される『うずまき ナルト』
今も別の場所で影分身が彼女の身代わりを演じているが。

実は少女は凄腕忍。

素性も性別も隠しての生活を余儀なくされている。
シカマルの目の前に居て呑気にページを捲る少女が本来の姿。
知るのはごく限られた人間だけ。
シカマルも無論そのうちの一人だ。


この家は少女の本来の家。
既にシカマルにとっても御馴染みとなった空間。
ヒマさえあれば彼女の家に入り浸る日々を送るシカマルであった。


 ラッキーってか?これって命の危険も感じておくべきか。


シカマルの視野には、ドス黒いチャクラを放つスケスケ青年の姿に。
手に止まった蜂をシカマルへ向け放とうとする丸黒眼鏡の少年が一人。
それぞれに殺気をシカマルへ送る。


「犯人の心当たりは在るけどな。どうやって被害を減らしたらいいもんか、俺としても思案の真っ最中なんだよ」

乾いた笑いを浮かべるシカマルに、少女はやっと身体を起こした。

「ふーん。犯人ってエロ仙人だよね」

少女はスケスケ青年に顔を向ける。
スケスケ青年・金髪碧眼。一見好青年風は曖昧に笑う。
やや困った風に。

『ナルちゃん・・・仮にもナルちゃんの師匠でもあるんだから、その呼称はどうかと』

フォローする言葉にも力が篭らない。
エロ仙人なる人物の気性を知るスケスケ青年。
下手に誤魔化しても無駄なことを悟っている。

「注連縄、無理してフォローしなくてもいいんじゃない?それより、なんで今になって取材に精出してる訳」

スケスケ青年・注連縄に尋ねる少女。

『う〜ん。いくらお兄さんでも千里眼じゃないからね。先生の考えを読むのは無理』

お手上げして注連縄は少女へ答えた。

「シノ?確か特別上忍連中が犯人逮捕しようとして、逆にのされたよね」

少女は立ち上がり丸黒眼鏡の少年・シノへ問いかける。

「不知火特別上忍、山城特別上忍が全身筋肉痛で入院中だ」

うなずいてシノは短く言った。

「まったく。おっさんのお師匠さんも大人気ねーのな。特別上忍相手で遊ぶこたねーだろう?それなりにあしらって逃げればいいのによ」


 ハァ。


気だるげにシカマルは息を吐き出した。


「取材と称して覗きするくらいだから。それくらいはするんじゃないの?ネタが命って言って結構女湯とか覗いてるらしいし」

両腕を天上へ伸ばし少女は大きく身体を伸ばす。
暖かい陽気に眠気でも覚えたのか、小さな欠伸をかみ殺して。

『ナルちゃんがどーしてそこまで知ってるの?』

注連縄が首を傾げる。

「紅先生が任務持ってきたんだ。今晩の張り込みだって。その資料に書いてあったよ?主な出現場所は女湯」

目じりに溜まった涙を指で拭き取る少女。

「おい・・・ナルトも任務なのか?」

固い口調で少女・・・ナルトへ詰め寄るシカマル。
かつてないくらい怖い顔をしている。

「へ?」

迫力あるシカマルに圧倒されナルトは一歩後ろへ後退した。

「俺も知りたい」

ナルトの背後からはシノが詰め寄る。

『青春だね〜』

二人の少年に詰め寄られて目を白黒させる少女に注連縄のコメント。

「どっかの熱血上忍みたいなこと言うな。気色悪い」

すぐさまナルトに噛み付かれ、注連縄はトホホホと肩を落としたけれど。

 



御供二人を連れて登場した少女に女は微笑した。


「ほら、わたしの言った通りだろ?最初から二人にも頼んでおけばよかったんだよ」

拗ねてそっぽを向く少女を女がやんわり諫める。

「紅さんがナルトを誘った方が俺としては予想外だったぜ」

うろんな目つきで女を、紅を見上げるシカマル。
右耳のピアスを指先で弄る。

「奈良?変な想像してやしないかい?あくまでも防犯上の任務だ。間違っても囮じゃない。わたしがそんな危険な真似、ナルにさせるとでも?」

挑発的笑う美女のド迫力+手に光るクナイの刃先。

「オモッテマセン」

シカマルは即行で否定した。

「どうせエロ仙人のことだから、覗きはする。絶対に。被害を最小限にとどめたほうが無難だと思うんだけど」

少女・ナルトが紅・シノ・シカマルの顔を順に見渡して意見した。

「うむ」

シノは相槌を打ち丸黒眼鏡を持ち上げる。
実力から言ってあの三忍の一人の暴走(?)を止めるのは無理だ。
被害を最小限にとどめることを前提に動いた方が、無難というか。
安全というか。

「だな。ナルトと三忍の一人がマジで戦ってみろよ。半壊してる里が全壊する」

あながち大袈裟な表現ではなくシカマルは起こり得る事実を指摘する。
紅とシノが首を何度も縦に振った。

「そろそろ新刊発行らしいから、取材活動と称して活発に動いてると思うよ。遭遇するのは簡単だね」


 イチャイチャバイオレンス好評につき続刊決定。


紅はチラシを取り出して子供達へ見せた。
夜の帳が下りた木の葉の里。
昼間はあちらこちらで聞こえたトンカチの音や人足の賑やかな声も無い。
警護の忍だけが月を背に里の見回りに飛びまわる。

「動かないことには何も解決しない」

藍色から深い紺へ。
それらの色を経て黒く染まる空。
浮かぶ黄色よりかは白に近い月を眺め紅が結論を下した。

 



銭湯の向かいの屋根の上。
目標目掛けて俊足で駆け抜ける。
間髪入れずにクナイを投げつけ、ナルトは向かいの屋根へ跳んだ。

「チッ」

相手はナルトのクナイを紙一重で避け余裕の笑み。
まるで相手になっていない。
ナルトは舌打ち一つ。再度クナイを投げ放った。

「ハズレだのォ」

自然な動作で二度目のクナイも避け。
ニヤニヤ笑うさまに殺意さえ芽生えそうだ。
眉間に刻んだ皺を深くしてナルトはかの人物を睨む。

「五十過ぎのオッサンが覗きしてたら犯罪だろ!」

低い声音で脅してみても相手はドコ吹く風。暖簾に腕押し。糠に釘。

「これも仕事のうち。良いインスピレーションを受けるためだ!」


ドキッパリ。


等と。逆に思いっきり開き直られる始末。
罪悪感ゼロの反応に、ナルトの横に居たシノが息を吐き出した。


「木の葉の里に苦情と依頼が殺到してるんすけど、ね」

困った顔のシカマルは言ってみるものの。


「わしの作品を心待ちにしてる読者からも問い合わせが殺到していてのォ」

ガハハハハ。豪快に笑い飛ばされて終わった。


「ですが自来也様。伝説の三忍と謳われた貴方が、里の人間を怯えさせてどうするんですか」

努めて冷静に紅が説得を試みるも。


「隠遁の術は完璧。あの三代目のじじいですら見抜けなかったからなァ」

ふふん。得意げに返されて紅としても返す言葉がない。


「ここでの取材は終了。わしは次に行くからな」

言うや否や姿を消す。逃げ足速い自来也に、追いつくか追いつかないかで逃げらること十数回。
里中を走り回り四人の疲労はピークだ。


ついに切れてクナイを投げつけたナルトを誰も責められない。


「あんのエセ仙人!シメる!!」

額に浮かぶナルトの青筋に今夜は徹夜だ。
覚悟を決めた残りの面々は諦めた様子で互いに顔を見合わせる。


「無理だな」

嘲笑うかのように銭湯の屋根上からナルトをからかう自来也。
ナルトが口を開く前に姿を消す。
気配だけが移動を始めたのを察知するとナルトも続いて姿を消す。


「任務忘れてないと良いけど」

良識ある紅は一人心地に呟いた。


結局。自来也に良い様にあしらわれて里中を駆け巡った四人。
夜が空け空が白み始める時まで追いかけっこを続ける破目となる。

優秀な忍といえど夜通しの『鬼ごっこ』は立派な肉体労働なわけで。


次の日の夜は夢も見ないほど良く眠れました。(注連縄談)とさ。

 



ナルト達はぐっすり夢の中。


『先生ありがとう御座いました。ナルちゃんも思いっきり運動できたみたいですね。最近良く眠れてなかったみたいだし、これで今晩はすっきり眠れるでしょv』

月を肴に杯(さかずき)を交わす二つの影。
白髪頭の長髪に並々酒を注いで、金髪頭が口火を切った。

「それは構わんがの。わしは危く死ぬ一歩手前だったぞ」

酒を一気に飲み干し、白髪頭が頭を回す。
首の筋がボキボキ鳴った。

『またまた〜。先生なら逃げ足速いし、簡単だったはずですよ?』

煽てて金髪頭は再度酒を注ぐ。

「褒めてるのか貶してるのか?・・・親バカだの」

顔色も変えず杯(はい)を空け、白髪頭が白い目を金髪頭へ向けた。

『ええ〜それほどでも』

「褒めとらんぞ、わしは」

狙ってボケる金髪頭に白髪頭は律儀に突っ込む。

『今日は偲んで飲みましょう。先生はなんだかんだ言って、行ってないですもんね』

確信犯の笑みで金髪頭は言った。


『三代目のお墓。まだお参りしてないですよね?』


「・・・フン」


杯(さかずき)に映る月。眼前に見える火影岩。
見比べて白髪頭は鼻で笑った。


『でも先生。一歩手前ですよ、覗きは』

犯罪の・・・。

と続けようとした金髪頭に、白髪頭の鉄拳が下ったのは言うまでもない。

色々な意味で君達一歩手前だよ(笑)いえ、一歩手前なのはきっと書いてる私の方です(土下座)ブラウザバックプリーズ