彼の悟り


ドォンという音がして砂が舞い上がる。
広場のようになっている処に、何かがニョキニョキと生えていた。

シカマルは変化をし、暗部としての身支度を整えた間の出来事である。
大量にチャクラを消費したのか、砂を操る少年のチャクラが微弱だ。
もう一人、チャクラを練る事の出来ない剛拳使いの少年の姿が視野に入る。

 めんどくせー。

ぼやき、大層気が進まない様子でシカマルはそこへ向かう。
乱立する柱? のようなもの。
少し離れた場所の木陰の下に座る二人の、怪我の少ない姿にシカマルは安堵する。

いつになく保守的な自分に「これでも良いか」とシカマルは一先ず思う事にする。

ナルトやシノのように、常に何かを選び捨ててきた人生をシカマルは知らない。
知らなかった。
凡そ一生縁の無い人生だとも思っていた。
子供じみた好奇心だけで『ここ』まで来ただけなのだ。

だからこそ『竹を割ったような二人が持ち得ない曖昧さ』を持ち続けようと考える。

限られた時間の中でシカマルが出した結論だ。
鋭利な刃であることだけが忍の持ち味ではない。
シカマルは目まぐるしく頭で考えつつも、きっちり気配を消して二人へ近づく。

「着たか」
不思議と、我愛羅は全てを見透かした調子でシカマルの登場を受け入れた。
リーは間近で見る暗部に些か困惑気味。
丸い目が更に丸くなっている。

暗部面の奥、口元を歪めシカマルは背後の柱? らしきモノを振り返る。

「綱手様の命で取り急ぎ来てみたが。必要なかったようだな」
暗部シカマルは肩を竦めた。
「いや、結果がああなっただけだ。偶然に過ぎない」
柱? らしきモノから上半身だけを顕にし息絶えた君麻呂を、我愛羅は指し示す。
苦笑するリーに、シカマルは二人がかなり追い詰められた状況に居たことを悟り、苦い笑みを浮かべる。

「あいつも、うずまき ナルトと同じだったな」
我愛羅は敢えてナルトをフルネームで形容した。
隣にリーが居る事から、普段のナルトを示していると思われる。

「!?」
リーは怪訝そうな顔になり、シカマルは沈黙を守った。

「己が崇拝する者の名誉が傷つけられたと感じると、己が酷く傷ついて激怒する。崇拝する者が大切であれば、大切であるほど」
我愛羅の額から汗が滴り落ちる。
汗を軽く拭い我愛羅は感情を滲ませない声音で続きを語る。

我愛羅が話題にしているのは『表』のうずまき ナルトだけだというのも、シカマルには意外だった。

無論、同盟関係にある木の葉に不利な情報を振りまく愚行を我愛羅がするとも思えないが。
ナルトの演技を知りながら、それを暴こうとしない。
だからといってその流れに自分から乗っている風にも見えない。
シカマルは一先ず我愛羅が何を考えているかを探っておこうと決めた。

「ただ……。己にとって大切な者が善であるとは限らない」
「悪い人を、自分にとって大切な人と思うなんてありえません」
我愛羅の言葉をリーが遮った。リーらしい、とても真っ直ぐな言葉と考えで。
シカマルは、沈黙は金成を守り無言で二人の遣り取りを聞いている。

「いや。例えそれが『悪』だと分っていても、人は孤独には勝てない」
我愛羅は真顔(普段から彼の表情は読みにくいという苦情はこの際無しとして)で断言する。
自身の経験からくる我愛羅の言葉は現実よりも何よりも重かった。

「………」
腹に何発も蹴りを入れられたような。
またはシノに鼻で笑われ、冗談口調ながらも「シカマルなんて大嫌い!」とナルトに云われた時の様な。
身体にとっても心にとっても思い言葉はシカマルの気持ちを深く沈めてしまう。

孤独になった者の気持ちを察する事は出来ても、当人になれない自分は、果たしてどこまでその『孤独』について理解を深める事ができるのだろう?
ついついシカマルは熟考を始めてしまいそうになる。

それだけ我愛羅の言葉には含蓄があった。

「僕にはよく分りませんが、そいういう事もあるのかもしれません」
やや心許なげにリーが答える。
理解者の居ない孤独は一時期リーも経験したが、あくまでも一時期の話だ。
理解者であり師匠であるガイ。
彼が孤独だった時期を凌駕する勢いでリーの思い出アルバムを侵食しているので、リー自身孤独とは縁遠くなっている。

「孤独とは種類が違いますが、自分を理解してくれる人が存在するというのは、とても心強いことです。僕には僕を信じてくれる仲間と先生が居ます。だから僕はもっと強くなりたいと考えるんでしょう。勿論、僕自身の忍道を極めたいから、という動機もありますが」
自分の人生を目茶目茶にした少し前まで敵だった忍。
我愛羅に大真面目な顔で意見を返せるリーの精神も案外丈夫だ。

シカマル自身は我愛羅の生い立ち等を把握しているから平静に対応できる。
しかし一介の下忍であるリーは我愛羅の事情も何も知らない筈だ。
それなのに短期間で我愛羅という存在を許容し、怪我を負わせた責めを行わない。
如何にもリーらしい反応である。

「……そうか」
リーの意見を馬鹿にもせず、否定もせず、我愛羅は相槌を打った。
単にリーの意見を意見として受け入れている。

シカマルは矢張り苦いものが口いっぱい広がる不快感に暗部面の奥で顔を顰めた。
揺ら揺らと意見や考えを揺らす自分を酷く幼く感じる。
我愛羅の精神構造が特殊なのだろうが、なまじ頭の回転が速い分シカマルは己の未熟さへの苛立ちを己へぶつけてしまうのだ。

「難しい感覚ですね、他者の孤独とは」
リーは太い眉を八の字の角度に傾け、眉間に微かな溝を作る。
リーなりに我愛羅の意見を真剣に考えている証拠だろう。
「そうか」
対する我愛羅。
先ほどの相槌の文句は同じであるものの、きちんと言葉に我愛羅の気持ちが反映されている。

「ですが、大切な仲間と熱血していれば、孤独なんてあっという間に消えてしまいます。熱血の力は偉大です!!」
やや眠たげに瞬きを繰り返しながら、リーは握り拳片手に力説した。
「ガイ上忍は優秀なんだな
」 シカマルは愛想を含めてリーの師匠であり担当である、ガイを褒める。
褒めるといっても世間話にのぼる程度のものだ。

優秀な忍、という点でガイは優秀だと評されるが、あの人間性の濃さが普通とは違う。
彼の濃さをどこまで許容できるかで、彼に対する評価は二分されるだろう。

現に、彼に対する評価は二択しかないから。

「はいっ!! ガイ先生はこの世で一番最高にナウな僕の自慢の師匠です」
ガイの濃さを許容できる派。
であるリーは師匠が褒められて嬉しいので、喜々としてシカマルへ胸を張って答える。

「はは……」
「そうか」
リーの発言に乾いた笑みを浮かべるシカマル。
我愛羅は相変わらずニュアンスの違う「そうか」の一言で片付けてしまう。

「……無事にナルト君はサスケ君に追いつけたでしょうか」
疲労が身体に染み渡る。
リーは一気に重くなった身体と意識をなんとか保とうと姿勢を正しては、頭を僅かに揺らし睡魔と闘い始める。
眠気と格闘しながらリーは一番気にしていることを話題にあげた。

彼等二人なら自分の発言に対してきちんと応えてくれると確信して。

「うずまきには別途応援が向かっている筈だ。安心してくれ」
これ以上リーに動き回れるのは正直困るので、シカマルは現状をそのまま教えた。
「そうですか! それは良かったで……す」
喋りながらリーの意識は完全に落ちた。
忍で体の頑丈さが取柄といっても、リーは下忍で、しかも手術後の身体である。
無理をさせるわけにもいかない。
シカマルはタイミングを見計らって簡単な『深い眠り』の暗示をかける。

「あいつは良いのか?」
シカマルの暗示が駄目押しとなってリーの意識が完全に沈む。
ナルトの暗示の余波も残っているかもしれないが、生憎我愛羅は些事を気にするタイプではなかったし。
シカマルはナルトの戦いぶりを見ては居ない。
よってリーが眠る(というよりかは実際、気を失うに近い)のを邪魔する人間は存在しなかった。

「カカシ上忍が追いかけていった。俺の出る幕じゃないさ」
シカマルは事務的に我愛羅へ言った。

影分身と我愛羅の姉に音の忍を任せた直後、里の方角から物凄い勢いでチャクラが移動してくるのを感じた。
焦りを隠そうともしない、チャクラの主は七班担当のカカシ。
無理も無い。
己の危惧が現実化したのだから。
しかも、重大さを理解していないだろう綱手姫の対処にも驚いた筈だ。

「本心で言っているのか? 関係者だろう?」
ナルトの名前を省略して語るあたりが、我愛羅なりの配慮の表れなのだろう。
シカマルは内心で舌を捲いた。
初対面の我愛羅の印象が最悪だっただけに、ここまで『化ける』とはシカマルにだって想像できなかった。

とても静かで理知的な少年。
一応は他者を労わる『感情』も持ち合わせた少年。
それが本来の我愛羅らしい。

 ……怯えていたが、あの姉と兄はコイツをちゃんと見守ってたな。
 我愛羅の行動に慄いてはいたが、我愛羅そのものに対する恐怖はなかったのかもしれねぇ。
 我愛羅の裡にいる奴に対する畏怖は有っただろうがな。

 まだまだ人を見る目が足りないねぇ、シカマル君♪

なんて、某悪霊の嫌味まで耳の鼓膜で再現できそうで厭だ。
シカマルは先入観が齎す『思い込み』の恐ろしさを改めて実感した。

我愛羅は凶暴である。
姉のテマリは冷酷で、兄のカンクロウも劣らず残忍だ。
けれど彼等の薄皮一枚を剥げば、姉弟の絆で強く結ばれた、忍にしては珍しい、良い姉弟だと感じる。

薄皮一枚がどれだけ自分の先入観に影響を与えたか。

「目で見て確かめなければ分らない事実もある。尤も俺は眼で見ていても、何も理解できなかった愚か者だがな」
目を細めた我愛羅は諭す風でもなく、訥々と喋る。

「俺は孤独だった。孤独だと思い、修羅への道を歩んでいけば救われると考えていた。全てから疎まれていると信じきっていた」
我愛羅はかつての姉と兄の態度を現在とは正反対に捕らえていた。

まるで真綿で首を絞められるような感触。
自分の裡に潜む『バケモノ』に恐怖しながら、その力が怖くて。
だから自分の顔色を窺っているのだと信じて疑わなかった。
 
だが真実は違った。
同じ姉弟なのに『バケモノ』にされてしまった弟を二人はずっと心配していたのだ。
ずっと。

「だが実際は違った。俺の非道を知っていながら、あの二人は俺を心配してくれていた。荒(すさ)み切った俺を見捨てては居なかった。俺が気付けなかっただけで。そう、目の当たりにしないと理解できない真実もある」
我愛羅は現状を見る事の大切さをシカマルへ訴えた。

我愛羅個人としては悟りを開くまでには至らないと感じている。
自身、やっと『孤独』ではなかった事実を受け入れ始めたばかり。
心配性の姉と兄に囲まれ、戸惑う毎日を送っている。

相変わらず砂の里の自分に対する風当たりはきついけれど。
ずっとずっと己を案じてきてくれた姉と兄が居る。
ならば自分は自分として『在って』良いのだと。

我愛羅なりに考え悩み、そして小さな灯りを得ただけ。

「……」
まさか『あの』我愛羅に諭される日がこようとは。
人生は何が起きるか分からない。の連続である。
シカマルは『一寸先は闇』だという諺を、正しい意味とは違うけれど、不意に思い出して小さく舌打ちした。

「残念だが、俺達は暫く動けない」
複数形で形容する辺りが、我愛羅なりの幾つか目の配慮なのだろう。
暗にリーを木の葉に送り届ける事も含ませている。

「……分かった」
躊躇いが無いわけじゃない。
ナルトの考えにどこまで自分は『ついて』いけるのだろうか? といった不安も拭えない。
まだコドモな自分にとって何が出来るのかも分らない。

カカシ上忍の目を誤魔化す自信もない。

けれど。

きっと我愛羅の言う通り無関心なフリを装ってナルトとサスケを追わなかったら。

きっと後悔する。

酷く気乗りしない行為ではあるが見届けなければならない。

シカマルは逃げたがる自分の『ものぐさ』にしっかり蓋をした。

「関係者だからな。どーゆうオチになるのか、きっちり見極めさせてもらうさ」
「そうした方が良いだろう。全員にとって」
まさか自分の悟った発言で天才がノックアウトされたとも知らず。
我愛羅は少年らしい笑みを浮かべてシカマルのぼやきを律儀に肯定したのだった。




 ナルトとは違った意味で成長したのは我愛羅だと思います。(原作・二部設定込みで)
 悟ったのは我愛羅だった、というオチの話です。
 いよいよ次話ではサスケとナルトが対峙します。
 ブラウザバックプリーズ