乾ききった魂


君麻呂は三回だけ瞬きをし目を細めた。
ナルトに対して、これまでで最大限の警戒を抱いたのは明らかである。

「骨を操る血継限界。珍しい能力だが、それで何を成す? 命の灯火は確実に消えようとしているのに。大蛇丸ごとき三流に世界を見たか?」
言うや否やナルトは目にも留まらぬ俊敏な動きで君麻呂の懐に飛び込む。
君麻呂に避ける間を与えず腰帯? らしき注連縄状の紐を掴み君麻呂を放り投げた。
続けて風遁の大突破で君麻呂を攻撃する。

風圧に飛ばされナルトが抜けてきた森の方角、巨木に背を打ちつけた君麻呂。
だが血継限界を考えると取り立ててダメージは受けていないだろう。
硬い骨を自在に操る君麻呂との距離を保つ為、ナルトは敢えて無用な術を使い数十メートルの間合いを取った。

「……お前は一体何者だ」
立ち上がった君麻呂が懐疑的な口調でナルトへ問う。

豹変したナルトの態度も解せないだろうが、あれだけ「サスケ」と連呼していたのに。
力尽くでサスケを取り戻すのは十二分に可能だろうに。
今まで実力を隠していたナルトの行動も理解不能なのだ。

「うずまき ナルトだ」
全ての疑問を詰めた君麻呂の問いにナルトは涼しい顔で名を名乗る。

「木の葉の里のうずまき ナルトだ。……職業は忍」
ナルトは、左唇の端だけを持ち上げ地面に手を添えた。
慌てて宙に飛ぶ君麻呂に俯いた格好で冷笑を送り印を組む。

「霧隠れの術」
ここで土を操るのは駄目だ。
我愛羅が来る。
彼の十八番を生かせる広地を崩すわけにもいかない。
しかも草地の中央にはリーが寝たままだ。

サイレントキリングを得意とする自分がこの場に必要だと思うのは目眩まし。
乳白色の濃い霧がナルトを中心として発生する。
空気中の水分と土中の水分を利用して生み出した霧である。

「!? っつ」
ナルトの動作から土遁を予想していた君麻呂は、霧に包まれた視界に舌打ちする。

空気中の水分と土中の水分を集めれば水遁の術も発動可能だ。
だがそれは高度なチャクラコントロール・大量のチャクラを必要とする荒業でもある。

とてもじゃないが、短絡的思考の持ち主だったあの子供がこんな術を使えるわけが無い。
君麻呂は咄嗟に否定の考えを頭に浮かべ慌ててそれを打ち消した。

「茶番は終わりだと言った筈だ、死にぞこない」
君麻呂の左耳元にナルトの声が響く。
条件反射で君麻呂は左側に骨を振り切る。
手ごたえはない。
霧の中にナルトの嘲笑が響くだけだ。

「ちっ」
完全に騙された。
君麻呂は湯立ちそうになる頭を冷やすべく、軽く左右に振り心を落ち着ける。
自分よりも完全に下だと判断した相手は自分と同等か、或いは。

「俺の演技力も結構凄いという事か」
ナルトは君麻呂のような癖のある存在を騙しとおせた事実に、密かに満足していた。
思わず本音の一部が口を尽いて出る。

「三文芝居だ」
小さなナルトの呟きは君麻呂がきっちり拾っていて。
ナルトの演技を貶める発言と共に指の骨が飛んでくる。

「その三文芝居にかかったのは、他ならない、お前だろ」
ナルトはわざと一旦君麻呂の背後を取り、背中に囁き素早く移動した。

 ビュン。

君麻呂が背後を豪快に骨で切り裂く空気の音が響く。

「僕はまだやらなければならない事がある。大事な大蛇丸様の器を……」
これから先の事など誰にも分らないのだ。
半ば恍惚として語る君麻呂を、醒めた眼差しで一瞥し、ナルトは静かに息を吸い込む。

 こいつの心は乾いてしまった。
 餓えてしまった。
 頑なな心は一途で厄介だ。
 自分の渇きを癒すのが唯一つだと信じて止まない。
 だから盲目に突き進む。
 立ち止まって気付くのが怖いから。

大蛇丸を全てと信じ生きてきた君麻呂という少年。
逆説的に考えれば、大蛇丸を全てだと考えられるようになるまで、数多くの時間を、大蛇丸と共有していた事になる。

 大蛇丸の闇に染まりきる事で孤独から逃げ、自分自身から逃げ。
 魂の渇きから逃げ。
 満たされた錯覚を自分で抱き、真実を見詰めず。
 生まれてきた意味を探している。

天鳴の力を持つナルトは直感的に君麻呂の存在の本質を見抜く。
君麻呂といえば、気配を完全に絶たれたナルトの気配を追いかけては、骨の刀を振り回している。
刀を振るう君麻呂を取り巻く死の影は、一段と濃さを増した。

「僕の身体は病でそう長くない。だが……滅びはしない。それに一人ではない。大蛇丸様の野望の一端を担った存在として、僕は大蛇丸様の心の中に永劫留まる」
うっとりした表情で喋る君麻呂。
ナルトは数秒黙り込み、大爆笑する。
ナルトに嘲りの感情はない。
本気で思い込んでいる君麻呂の言動が単純に滑稽すぎて耐え切れなかった。

「冗談だろう? 本気で思っているのか? 大蛇丸の価値基準はそんなに甘くない。誰よりも一番傍に居たんだろう? 捨て駒を沢山見てきただろう?」
ナルトは窺うように君麻呂を見詰める。
君麻呂の目の下を縁取る赤が一度だけ痙攣した。
黙り込む君麻呂に回答を求めようか? 意地悪く考え、ナルトはそれを瞬時に頭から振り払う。
何故なら君麻呂の『願い』だとて。
「……まぁ、それも一種の『自由』か」
自由だ。
君麻呂という哀れな少年が何を望み、願うかは彼自身の自由だ。
大蛇丸の心に永劫留まると信じるのだって、君麻呂の『自由』なのだ。
君麻呂の存在が大蛇丸の心に永劫留まるかどうかは別として。
願うだけならタダであるし、迷惑も掛けない。
まして君麻呂が死した後の大蛇丸の内心等、当人には知る術もない。

死んでしまうのだから。

「自由?」
君麻呂はナルトの謂わんとする部分が理解できないのだろう。
それとも馬鹿にされているとでも感じているだろうか。
不愉快そうにナルトの発した単語の一部を呟く。

本心を喋れない子供。
かつての自分と今の君麻呂が僅かにダブる。

 違うな。

いつぞやの我愛羅の時のように、境遇を重ね合わせようとしてナルトは止めた。
確かに君麻呂と自分は似ているが、似ているだけ。
我愛羅の時のような共通項はない。

 子供の癖に悟った風を装って。
 自分から手を伸ばさなかった子供。
 誰かに支えて貰う、依る術を得られなかった子供。
 死にたくない。と。
 叫べなかったんだろうな。
 普通の忍の子なら叫べる子の言葉は、叫ぶのに勇気が要る。
 誰かに必要とされたい。存在を認めて欲しい。
 この二つを願う事にどれだけ葛藤したか。

ナルトは螺旋丸を両手に一つずつ作り出し、周囲を警戒する君麻呂の真後ろへ頭から落下。
空中で綺麗に一回転し両足で蹴りを入れ、バックステップを取った君麻呂へ右手で作り出した一つ目の螺旋丸を突き出す。
君麻呂はナルトの腕をいなして螺旋丸を避けた。
次いでナルトは左手の螺旋丸を避けた体制の君麻呂の脇腹に叩き込む。
オマケに指先に作り上げたチャクラの刃で君麻呂を傷つけるのも忘れない。

「くっ」
君麻呂はナルトの多彩な攻撃に対応しきれず奥歯を噛み締める。

ナルトは続けて螺旋丸モドキを大量に作り霧に混ぜ君麻呂へ飛ばす。
遠隔操作の螺旋丸モドキは、回転するチャクラの塊の一種で厳密に云うなら螺旋丸ではない。
高速で回転するチャクラを圧縮したのが螺旋丸。
ナルトがそれを応用し、中速で回転するチャクラを適度な球形に丸めたのが螺旋丸モドキ。
螺旋丸モドキはナルトの練り上げた見えないチャクラ糸に繋がれ、霧の中を不規則に漂う。

チャクラ糸を思いついたのは、超一流の医療忍である綱手姫の治療を受けた時。
それからオマケで医療忍であるカブトと戦ったときである。
チャクラをメスのように操っていた二人を見て、ナルトはチャクラを糸状にする事を思いついた。
最初は実際の綿糸を媒介にしてチャクラを細め訓練し、徐々に媒介なしで糸を創り上げる事に成功した。
実践投入は実はこれが初めてであったりもする。
(先ほど遭遇した大蛇丸の部下の手の多い男とは少々異なるチャクラの糸である)

「水滴を含んだチャクラの糸が、螺旋丸モドキに繋がっていて……」
水滴といっても水。
水は使い方によってダイヤさえも切る。
水圧さえ大きければ骨の体だって斬れる筈だ。

君麻呂が不用意に螺旋丸モドキに触れた瞬間。
ナルトはチャクラの圧力を高め、回転する螺旋丸モドキから超高速かつ最大限に圧縮した水滴を振り撒く。

「ぐあっ」
水の刃に身体を貫かれたか。
霧の向こうで君麻呂が鈍い悲鳴を上げた。
微かに血の匂いも漂ってくる。

 螺旋丸モドキを大量に作るには大量のチャクラが必要になる。
 また白眼系の能力者になら、この『カラクリ』が瞬時に見破られる。
 付け加えて、反射神経の良い奴ならこちらの攻撃パターンを見抜き回避する事も可能だな。
 奇襲用にはなるかもしれないが……。
 チャクラの消費量が大きいのと、効率の悪さが難点か。

つらつら考え、ナルトは手を休めず君麻呂が蹲った方角の螺旋丸モドキを操る。
容赦も遠慮もなく……でもなく、我愛羅の到着に合わせ適度に力を抜き。
水滴の刃で君麻呂を攻撃しまくった。

「本当はお前は強かったのか……この僕よりも。僕を殺すのか?」
適度に嬲られているとも露知らず。君麻呂は小さな声でナルトに問う。
怒りが多分に含まれた声音で。

サスケが出てきた時。
多由也と戦っていた時。
これまでに力を発揮しなかったナルトに対する不審も含まれている。

「残念だがお前を殺すのは俺じゃない」
霧の向こう側。
怒りに震える君麻呂へナルトは口を開く。

「お前を殺すのはお前自身だ。そして今お前がここに在るのは蛇の為なんかじゃない。お前自身が望んだからだ……自身の乾ききった魂を埋める為に」
一方的に言いナルトはサスケが消えた方向へ身体を向ける。

自分の心の在り所を誰かの裡にあるなんてほざく愚か者には用がない。
心の在り所を何処に置くかを決めるのは自分自身。
半分蛇に拾われた不運もあったかもしれない。
だが結局全ては君麻呂自身が決めて委ねたのだ。

その流れと運命に。
全てを抗う事無く。

 ヒュッ。

霧の中空気を裂く音が鳴るとの右耳を掠め、金色の糸が乳白色の空気の中を光って底へ落ちる。
背中に突き刺さる君麻呂の殺気にナルトは小さく笑う。

 尤も。
 お節介なジジイとシノが居なかったら。
 俺も流れに乗っていたんだろうな。

器として里の奥深くに幽閉。
頃合が来たなら宛がわれた伴侶と一緒になり、天鳴の血を残す。
恐らくソレが四代目の娘として、天鳴唯一の生き残りとしての己に「宛がわれた」流れだっただろう。

「大蛇丸様の望みが僕の望みだ」
背後から再度ナルトの右側の首を狙って繰り出された手。
ナルトは右手を軽く持ち上げて手を受け止めた。

骨で強度を高めているのか、熟練の暗部、体術が得意な暗部の一撃に匹敵するほどの重みがある。
ナルトは上着の内側に金属を編みこんだ手首を保護するリストバンドを着けていて良かったと場違いに考えた。

「誰かの……。この場合は蛇の役に立って死ぬという事がお前の望みなのか。しかしお前を使おうが使うまいが、蛇はいずれサスケへと手を伸ばしていただろう。ならば今、お前がしていることは、お前自身の自己満足に過ぎない。要はエゴだ」
持ち上げていたナルトの右腕に掛かる重みがグッと増した。

徐々に近づく我愛羅のチャクラにナルトは空いた左手で印を組む。
リーにもそろそろ起きてもらわないと。

アリバイ作りは楽じゃないな。

綱手が聞いたなら100mは吹っ飛ぶ拳骨を頂きそうな単語を頭に浮かべて、ナルトは霧隠れの術の効果を薄めながら、リーへの暗示も緩やかに解く。

「そして俺が。取り戻すつもりもないのに、サスケを追っているのもな」
まるで近くに寄って来た羽虫を傷つけずに追払う時のような。
そんな柔らかい仕草でナルトは右腕を外側へむけ振り払った。
ナルトの何気ない所作に再度、君麻呂の体が飛ばされる。

「それだけの力を持っていながら、何故僕と戦わない!」
まったく相手にされていない。薄々察し始めた君麻呂が吼える。
ナルトは胸中だけでやれやれと思いながら。

君麻呂を振り返りもせずにサスケが逃走した方角へ走り始めた。



 引き続きゴーイングマイウエイ(笑)状態のナルトと君麻呂の戦いの話。
 色々とふっきれた、ナルトによる君麻呂観察です。
 ブラウザバックプリーズ