黄昏時に見る夢


樽を抱えた少年・君麻呂と呼ばれた死臭の漂う少年が動きを止めた。
丁度この森を抜けた直後の草地で自分を待っている。

 ふぅん。
 面白くなってきたって、喜ぶべきなんだろうな。
 サスケを勧誘に来た音の四人衆は君麻呂が一番強かった、と言っていたしね。

飽くまでレベルはドベ止まり。
勢い良くナルトは森から飛び出し太陽を背に草地へ着地した。
四つん這いの状態で着地したのは相手を油断させる演技の一つである。

「よう」
「……」
ナルトは試しに声をかけてみた。
明らかに怒った顔で。

君麻呂はまるで道路に落ちている塵でも眺める表情で、ナルトを見下ろす。

「さてどんな風に殺そう」
ナルトに向き直って発せられた第一声がこれだ。

思わずコケかけてナルトは慎重に中腰姿勢を取る。
どうしてこう、中途半端に強い奴ほど吐く台詞が同じなのだろう。
昔の暗部の任務以来かもしれない。
暗部の仕事に於いてナルトにこういった言葉を投げ、死しした忍達を頭の片隅に蘇らせ。
ナルトは些かうんざりした気持ちで君麻呂のチャクラを探る。

 特殊な血筋なのは確かだな。
 俺の天鳴の血がざわめいている。
 樽が熟成するにも少し時間が掛かりそうだし。
 この場合はこいつの相手をしながら、状況に流されてみるのもまた一興。
 こいつがそれまでに死ななければ。

君麻呂という少年を色濃く包み込む死の気配。
だからこそ、黄昏時のような強い光が君麻呂を包み込み命を燃やせと急きたてる。
常よりも強い力と意思を発揮できる死の直前の光。
天鳴の血を有するからこそ把握できる君麻呂の状態。
ナルトは少しだけ小波立った己の心を沈めた。

「大蛇丸は何がしてーんだっ!? 何でサスケを狙うんだってばよ」
一応はお義理でナルトらしい単語を連ねてみる。
オマケで九尾のチャクラも少し放出すれば、君麻呂はナルトの人ならぬ何かを感じ取って眉根を寄せた。
それも一瞬の事で直ぐに元の能面のような無表情に戻ってしまうが。

「…………大蛇丸様は、既に『不死の術』を手にしている。全ての術を手に入れ、世の全てを手にするには永き時間が必要だ」
君麻呂はナルトを格下だと決めて掛かっていた。
完全に自らの勝利を確信しナルトに大蛇丸の考えを語る。
既にナルトには分りきった話だが、君麻呂がこの時に持ち出してくれるのは正直有り難い。
大蛇丸がサスケを器にする。
この事実に怒って攻撃を仕掛けさえすれば、全ての辻褄は合うのだから。

「不死といっても、肉体がそのまま保ち続けるわけではない。体が朽ちる前に強く新しい肉体に魂の器にする」
「それが、それがサスケだってーのか……!?」
全てを簡潔に説明してくれた君麻呂にナルトは怒気を強めた。
「ああ、そうだ」
ナルトの馬鹿馬鹿しいほどに分りやすい反応は想定済みなのだろう。
すっと半身を引き、掌から骨を押し出し、構えた君麻呂が応じる。
「そんなこと俺がさせるか」
多重影分身の印を組みながらナルトはドベらしく精一杯凄んでみせた。
ナルトのチャクラ量と影分身の多さに「ほぅ」と。
君麻呂は一定の関心をしめし、両掌から出した骨で次々にナルトの影分身達を沈めて行く。

「見よ! 柳の舞」

ご丁寧に攻撃名称まで名乗っているあたり。

 うーん。
 俺って完全に弱いって思われてるのかぁ。
 注連縄に記憶を封じられたサスケの手前。
 あからさまに俺の正体を明かすわけにもいかない。
 それにサスケは八割方、自分の意思で『大蛇丸』を選んだんだ。
 邪魔するのは無粋だろう?
 何を信じ何を望み、どの道を歩くかはサスケ自身の自由。

例えばもし。
例えばもし、サスケが直前で迷い、木の葉に未練を残すようだったら。
ナルトは上手く演技して木の葉に戻れるようにしてやるつもりだ。

サスケが闇を選び修羅を望むなら相手をして大蛇丸のところへ送り出してやろうと思う。
例えそれでサスケが大蛇丸の器になってしまったとしても、だ。

君麻呂に影分身を減らされながらナルトは呑気に樽の中のサスケについてあれこれ考える。

 仲間だと認めたから俺はサスケに干渉しないと決めた。
 サスケ自身が考え動く事だ。里の呪縛に率先して縛られてやる義理もない。

一気に十数体の影分身を身体中から出した骨で沈めた君麻呂は、中腰になって決定打を口にする。
「これが僕の血継限界だ」と。

ああやっぱり。等とナルトはごくごく普通に受け止めていたりするが、ナルトの実力を知らぬ君麻呂が知る由もない。
自分の肩から淡々と自分の骨を抜き出していく。

「もうすぐだ」
呟く君麻呂の背後。
樽が僅かに煙を上げ始めていた。
ナルトは戦闘に集中する態度を貫き手裏剣を君麻呂へ投げつける。

「ただの骨ではない。最高密度の骨は鋼の如く硬い」
君麻呂は骨の刀でナルトの手裏剣を容易く跳ね返した。
「それがどーした。そんな骨俺が圧し折ってやる!」
如何にも『馬鹿です』的返答をナルトは返す。
どうやら完全に君麻呂はナルトを弱者だと思いこんでいるようだ。
ならばその路線で振舞ってやった方がこちらも楽で良い。

「僕は五つの舞を持っている。まだまだこれくらいで僕の力を知った気にならない方が良い。特別に次は椿の舞を見せてやろう」
どうしてこう中途半端に強い奴ほど御託を(以下略)
ナルトはかなりうんざりしながら、自分の技数を語る君麻呂の話に耳を傾ける。

ナルトを殺せると確信しているからこその慢心。
忍としては致命的な自惚れ。
窮鼠猫を噛む。一寸の虫にも五分の魂。
相手が弱ければ弱いほど慎重に構え倒す。
弱い忍程、追い詰められて何をしでかすかわからないからだ。

忍としては至極当たり前の心構えである。

君麻呂は生憎その心構えを知らないらしい。
全てが大蛇丸という上司のせいだったら少し、同情はしてやろう。とも密かに考えた。

「潰してやる!」
鼻息荒く宣言してナルトは影分身達で君麻呂への攻撃を続けた。
手加減しまくりの上程で攻撃し続け、君麻呂は骨の刀で応戦してナルトの影分身を着実に消していく。 「あと一人」
全ての影分身を沈めた君麻呂が骨の刀を片手に背後のナルトを振り返る。
君麻呂の背後の樽が黒い煙を立て始め、それが上空へ立ち上っていく。

「そろそろだ。待ちわびた……。大蛇丸様の野望、その第一歩だ」
気配だけで樽の異変を察しているのだろう。
君麻呂は後方に置いた樽を振り返らずにナルトへ告げる。

 バカッ。

なんとも形容しがたい音と共に樽が消える。
消えるというか、爆発したというか。
出来の悪い戦隊ショーの火薬の不発のような。

忍として数多の死線を体験し、目の肥えたナルトからすれば少し『物足りない』演出と共に樽が消える。
中から出てくるのは当然サスケ。
大蛇丸の部下の封印術の中で仮死状態を保ち、呪印のレベルは2とやらにまで跳ね上がっている筈だ。

 確かにチャクラ量は今迄のサスケの比じゃないな。
 伊達に禁術ばかり編み出していたワケじゃないらしいな、大蛇丸の奴。
 しかもサスケで本気に世の全てとやらを手に入れるつもりらしい。
 
 まったく。
 
 目出度い奴等だ。力さえあれば何でも解決すると思い込む。

サスケの背中を凝視してナルトはサスケの状態を監察する。
君麻呂の手前表情は目を丸くしたまま。
これまでの9年近く培ってきた演技力は半端じゃなくあるナルトだ。

「………サスケ? ……」
キョトンとした顔でナルトはサスケの名を呼ぶ。
当たり前だがこれは君麻呂と、サスケに対するデモンストレーション。
ナルト自身サスケの返事は毛の先ほども期待していない。

「サスケ! こんな奴等と何やってんだよ! オラ、さっさと帰んぜ」
自分の掌を握り、離し。
何かの感触を確かめるサスケに、ナルトはもう一度怒鳴った。
苛立ちを声音に混ぜる。

「クク……クククククク………」
ナルトの問いに答える事無く、サスケは徐に笑い出した。

 ……ククク?
 頭の螺子まで見事に飛んだか?  いや? 仮にも術馬鹿、大蛇丸の術だ。
 しかもサスケは大事な器候補だしな。
 いい加減な術をサスケに施すとは考えにくい。
 考えられるとすれば、仮死状態の間にサスケを洗脳した……位か。

仮説に『サスケ仮死状態で洗脳?』疑惑を打ちたて、ナルトは開放感らしきものに浸っているサスケを凝視する。演技を続けた。

「サスケ! なぁ!!」
クククと肩を震わせて笑うサスケは気色悪い。
このまま帰っても文句を言われる筋合いがない程に肌が粟立つ。
ナルトは上着を着ていて良かったと場違いに安堵しながら、無駄と分りきっていて声をかける。

「俺の声、聞えてんだろーがよ!!」
ナルトの怒声がまるで合図になっているかのように。
サスケは一回もナルトの声に反応する事無く、大蛇丸が居るであろう方角目指して去ってしまった。

「待て!! サスケェ!!」

 あー、予想通りだけど。
 あれは洗脳されてるんだか、されてないんだか。
 どっちでも良いような気がするけど、今後を考えてそれは確認したいよな。
 対、音の里戦に備えて情報だけは極力集めたい。

飛び去るサスケの背に両手伸ばしながら大声を張り上げ。
ナルトは至って冷静そのもので別の事を考える。
背後に殺気を纏った君麻呂の気配もきちんと察知しながら、だ。

 一先ずサスケは去ったし。
 こいつの相手を適度にしてから追いかけよう。
 中途半端になった『喧嘩』の続きに決着をつけないとな。
 次に会ったサスケが中身大蛇丸だったりしたら、俺自身が後悔する。

「無駄」
すっ。君麻呂は気配を殺した状態でナルトの背後を取り、ナルトの注意を引く。
大袈裟に上半身をピクリと動かしナルトは君麻呂の密かな要望に応えてやった。
少しでも時間を稼いで確実にサスケを音へと届けたいのだろう。

「死ね」
君麻呂が骨の刀を振り下ろした刹那、閃光が走った。
素人が見ればこの表現でも間違いないが、ナルトの瞳は自分と君麻呂の間に割って入り、蹴りをかますリーの姿を捉えていた。
「誰だ」
数十メートル後方に吹き飛ばされた君麻呂が不快感を滲ませ、リーへ問う。
「蘇りしは、木の葉の美しき碧い野獣。ロック・リーだ」
片手を上半身前に差し出す、変わらぬポーズでリーは決めた。

 どうやら手術は成功したんだな、リー。
 だけど来るの早っ。
 もう少し遅いかと思ったけど、あ? 我愛羅も来るのか?
 ならリーの体調も考えて、少しは君麻呂の体力を減らしておくか。
 今際(いまわ)の際(きわ)の忍は厄介だ。
 特に君麻呂のような血継限界を持つ者なら。
 
 黄昏時(死ぬ間際)に見る夢を信じて暴走されるのがオチだろう。
 しかも夢の先の主が大蛇丸だからな。
 どんな夢を見てるのか、想像つく分気が進まない……。

「ゲジマユ……」
ナルトはリーの愛称を呼ぶついでに全神経を傾け周囲を素早く探る。

激しく乱れたシカマルのチャクラと今にも切れそうなキバのチャクラ。
それから砂の三姉弟達のチャクラが感じ取れる。

綱手なりに気を利かせたのだろうか。
リーが振り返り「サスケを追え」だとかなんとか喋っているが、余計なお世話というモノである。
病み上がり? に等しい癖にこの君麻呂と対等に戦うつもりでいるなんて、自殺行為だ。
ナルトは手早く印を組み、リーに深い暗示を施す。
我愛羅が来れば彼に任せられる。

それまでは……。

「茶番は終わりだ。死にぞこない」
地面に崩れ落ちて眠り込むリー。
リーの意識が完全に途絶えてからナルトは唇の端を持ち上げる。
きっちり死に向かう君麻呂を挑発するのも忘れない。

「!?」
君麻呂の細い左眉が持ち上がる。
「茶番は終わりだ、死にぞこない。少しの間だけ相手をしよう。なに、少しの間だけだ。俺にも俺の都合があるんでな」
ナルトが目を細め喉奥で笑ってやれば、君麻呂は困惑の色を瞳に浮かべるのだった。



 ゴーイングマイウエイ(笑)状態のナルトと君麻呂の話。
 戦闘シーンを入れたくて捏造してしまいました。
 我愛羅が来るまでナルトが戦います。
 ブラウザバックプリーズ