友の命の重さ
どうする? 俺はどうする?
何度考えても答えは出せない。
シカマルは斬り捨ててきた『木の葉の仲間』のチャクラをトレースしながら纏まらない頭で必死に考える。
いや、俺はどうしたい?
目の前の巨大な木の幹に立つ音の四人衆の最後の一人を見据えシカマルは考える。
チョウジが、ネジが、キバが。
信条に基づき矜持を、命を懸け音の四人衆とやらに立ち向かって行った。
チョウジとネジは確実に瀕死の重傷を負っていて、影分身を残し戻ったナルトによって治療を受けかろうじて一命を取り留めている状態であった。
俺は……どうするべきなんだ。
否、どうするべきだったんだ!!
あの時、中忍のシカマルとして、どうするべきだったんだ!!
……または暗部のシカマルとして!!
音のくのいち・多由也が操る特別なチャクラによって口寄せされた三体が跋扈する森。
笛の音が三体を操り、三体はシカマルの動きを漏らさず多由也へ伝える。
暗部経験者のシカマルからすれば『ありきたり』な技だ。
暗部ならこういった技に対する対処法を学んでいたし、ナルトとシノと組んでいれば厭でも慣れざる得ない。
悪質な幻覚には。
己を取り巻く音を遮断しシカマルは一人思考の渦へ沈む。
自分の道を選んだナルト・シノ。
気が付けば、アカデミー時代。
二人の正体に気付き、二人の背中を追い続けた時のように。取り残されている自分が居る。
くそっ!!!
脳裏に浮かぶチョウジの憤怒の顔。
友であるシカマルを馬鹿にされて、死をも覚悟して家から秘蔵の丸薬を持ち出した幼少期からの相棒。
そしてネジ。
サスケを闇から救い出せと。表のナルトの強さを信じ自ら残留を表明した孤高の天才。
二つ頭の音の忍から相棒を助ける為に崖下へ落下したキバ。
自分達の能力不足を理解している癖に隊長と仲間を信じ、死を呼び寄せた仲間達。
シカマルは己の気持ちにケリがつけられず、状況に流されるまま『中忍・奈良 シカマル』の演技をしてしまった。
今も。
俺の『この』判断は正しいのか!!
ナルトは(この場合はナルトが残していったナルトの影分身である)五人目の少年の後を追って姿を消した。
樽付けになったサスケを横から掻っ攫って逃げた少年を追跡中である。
最後の最後までドベの演技を続けたままシカマルには一言も言わず。
「さあ……追い込んだぜクソネズミ!」
シカマルの熟考を時間は待ってはくれない。
顔に不可思議な文様を浮かび上がらせた多由也は優位を確信した表情で言う。
「やるな、お前。上手いタイミングで三人をバラかして攻撃してくる」
臨機応変な己の表情筋は僅かな焦りを形作る。あくまでも中忍のシカマルとして。
端から俺は覚悟なんざ出来ていなかったのかもしれない。
あの日。
蝶を追いかけた好奇心と、今ある躊躇の差が掴めない。
チョウジとネジは兎も角、危うい状態にあるキバを助けに行くのは容易い。
冴えない小僧の仮面を捨て、本来の力を持って眼前の敵を捻じ伏せキバを助けに走れば良い。
なのに何故俺はこうも躊躇っている。
俺という存在が明るみに出るのは恐ろしい事じゃない。
ナルトの事だって恐らくは五代目が隠蔽するだろう。
あれこれ気を回さなくても俺が俺自身の判断で行動しても問題はない。
理性で大丈夫と理解していても本能、勘と呼ばれる隅っこの部分が鋭い警鐘を鳴らしている。
危険だと。
ナルト・シノ・自身の存在を明かしてはいけないと。
例えその代償が『友の命』だったとしても。
「確かに。芸術なんてのは俺には無縁だからよ」
つらつら考えながらも相手の台詞に対応して演技を続ける自分が遣る瀬無い。
シカマルが表向き抱える頭の良さを理解した多由也は曲調を変えシカマルを追い詰め始めた。
多由也が奏でる曲によって、三体の封じられていた口が開く。
口から出てくるのは説明しがたい舌が巨大・肥大化したようなもの。
三体のソレが飛翔したシカマル目掛けて口を開く。
咄嗟に空で回転し避けたシカマルだが、腕の一部。
正確には腕に溜まっていたチャクラを食いちぎられ焦った。
うおっ。危ね……。
表向きの俺のチャクラだったらあっという間に螻蛄になっちまう。
演技を続けるなら逃げるしかないか。
木の枝に着地したシカマルに迫る舌モドキ?
シカマルは起爆札を木の枝に貼り付け、爆発に紛れて姿を眩ました。
だぁー!!!
俺はシリアスには向いてねぇんだよっ。
ましてや、ましてや。
誰かの何かと引き換えに保身だって!?
それこそ柄じゃねぇ。
シノじゃあるまいし。
それになぁ!
ナルトみたいに綺麗すっぱり割り切れるほどニンゲン出来てねぇっつーの!!
とんだ誤算だぜ。
だが……きっとおっさんは『理解』してたんだろうな。
いずれこーゆう事態が起きる事を。
黄色い悪魔のほくそ笑む顔がシカマルの脳裏をよぎる。
自来也と綱手を捜しに旅立ったナルト。
あの時、自称ナルトの守護霊様にシノと修行をつけて貰ったシカマル。
単なる実力向上の為の修行だと思っていた。
精神的にも極限に追い詰められ、判断力も鈍り、何度本当に死ぬかもしれないと覚悟もした。
そう、覚悟した。
足りない覚悟、か。
シカマルの脳裏に自称・守護霊様の言葉が蘇る。
『甘いよシカマル君♪ 忍っていうのは、シカマル君が考えているような単純なモノじゃないんだよ? シノ君が考えているような、厳かなモノでもないけどね』
シノと自分。
二人がかりでも自称・守護霊様には傷一つ付かなかった。
地に突っ伏して息も絶え絶えのシノと自分。
指一本動かすのだって寿命を削ると感じる程に自分とシノは追い詰められていた。
黄色い閃光と呼ばれた二つ名は伊達じゃない。
自称・守護霊様の動きは俊敏でこちらの攻撃の何手も先を見抜いている。
圧倒的に不利な状態で三時間も戦えば体力が尽きるのは自分達だ。
現に、自称・守護霊様はピンピンしている。
『……人生ってさ。結構思い通りにならないモンなんだよね。ほら、とーっても優秀で人格者だった僕でさえ若死にしちゃったでしょ? 美人薄命ならぬ美青年薄命?』
にこにこと笑みを浮かべた自称・守護霊様の台詞に、
「あぁ?」
ついつい。自分は顕著に反応を返し露骨に柄の悪い相槌を返した。
『これでも。未練がましくこっちに来ちゃってる僕でも。一応、覚悟だけは決めてたんだよ。僕なりの忍としての、覚悟をね』
自称・守護霊様はシリアスの似合わない人の良さそうな声音で確か、こう言っていた。
シノも自分も虫の息みたいな状態だったので、一言一句正確かと問われれば自信はないが。
『ナルちゃんにも、シノ君にも。勿論シカマル君にも。足りないのは覚悟かもしれないね。自分を自分として認めて、忍としての自覚を持つ覚悟。身近な誰かを犠牲にする恐怖と戦う覚悟』
おっさんじゃないんだから。
んな場面、早々に遭遇するかよ。
誰かを犠牲にするなんて俺はしたりしない。
等と自分は腹の中だけで自称・守護霊様に毒づいていた気がする。
甘いのは自分だった。
友の命を分っていて半分捨てた。
ナルトはシカマルの自由だと、文句を言ったりしないと予め言っていたのに。
恐らく自称・守護霊様のことだ。
ナルトの命や立場。
自分の存在。
シノの実力。
それからナルトの保護者の紅。
こちら側とあちら側。
諸々と、チョウジ達、友の命を天秤にかけなければ成らない時がやって来ると見越していたのだろう。
『まぁ、そのうち厭でも分るから。この時間は幻術に耐える訓練もオプションで追加しておいてあげるよ〜♪』
続けて言われ、自称・守護霊様から放たれた幻術。
シノも自分も成す統べなくあの悪夢の……あれだけは思い出したくも無い。
ここで映像の再生をストップさせてシカマルは経験値の足りない自分に凹む。
懐かしくもおぞましい記憶を回想しつつ、片手間で多由也と戦う。
戦闘能力や術の威力は調節できても、誰かの命の保障は調節できない自分。
はぁ……めんどくせー。
マジにめんどくせー。
乱暴に頭を掻き毟りつつ、きっちり手持ちの武器だけで多由也の操る三体を陰縛りで仕留め。
シカマルは内心だけで悶絶する。
「こっからは詰め将棋だぜ。今度は俺がコマを使ってお前を追い詰める番だ」
頭の使う範囲も飽くまで『中忍・奈良 シカマル』レベルに留めて、シカマルは多由也へ宣言した。
シカマルの術によって支配権が移動した三体が多由也へ体の向きを変える。
「フン」
多由也は余裕の態度を崩さず、シカマルの挑発を鼻で笑った。
「えらく余裕じゃねーの。クナイくらい構えろよな」
「ウチの武器は笛だけだ! この笛の音聴いて生き残った奴はいねーと言ったはずだ。ボケェ!!」
追い詰められている状況にもかかわらず、多由也は笛を手にしたまま不敵に哂う。
シカマルの軽口にも乗ってこない。
恐らく多由也の返答は真実なのだろう。
これまでのシカマルの攻撃を歯牙にもかけない態度から、多由也の自信が窺えた。
三体の口寄せを元の世界へと戻し多由也自身は姿を変質させシカマルへ幻術を仕掛ける。
シカマルだって馬鹿じゃない。
幻術に掛かったフリをして多由也を誘き寄せ、父から教わったばかりの『影首縛り』を放った。
「幻術を解いたからって、いい気になってんじゃねーぞ。……ゲスチンが」
最早女とは思えない容姿で吐き出される多由也の暴言にシカマルは顰め面を浮かべ。
内心だけで「おっさんに比べりゃ、おめーのは甘いんだよ」なんてぼやいて薄く笑う。
常に何かを選び取って捨ててきた結果がコレなら考えモンだぜ。
姿形を、己を変質させてまで『力』に拘るのはなんでなんだろうな。
俺はたった今、俺が判断した事にすら躊躇って迷って悩んでんのによ。
チョウジをさっき見殺しにしようとした俺は正しかったのか?
ネジに敵を託したのは正しい判断だったのか?
なんで俺は馬鹿正直に中忍の演技を続けてるんだ?
どーして俺は直ぐにこの女を倒さないんだ?
どうしてこう、躊躇ってるんだ?
こいつ等はそういった迷いがねぇ。
ある意味お目出度い奴等なのかもしれないな。
「ぐぐぐぅ」
「くっ」
影首縛りのチャクラと、多由也が放出するチャクラが鬩ぎ会う。
そんな状態へ持っていく為、シカマル本人のチャクラ放出は最小限に抑える。
色々な意味でシカマルは選択をしなければならない状況に、確実に追い詰められていた。
「!?」
おっさんの言っていた『覚悟』を決める時が今なのか?
一人悩み続けるシカマルの感覚があるチャクラを察知した。
近づいてくる彼女が『本物』なら。
心の底から五代目火影に感謝しなければならない。
最低限の保険を掛けておいてくれなければこちらは動けない。
この点、三代目は抜かりはなかった気がする。
だが三代目火影と五代目火影は違う。
里の状態だって最悪だ。
木の葉崩しによって人手が減った里に、自分達のフォローにまわれる忍は居ないだろう。
三代目の甘さが招いた人手不足なのだが、木の葉らしいといえば木の葉らしい損害の受けかただとシカマルは感じていた。
俺には決められねーよ。
お前等みてーに真夜中ばかりを見上げてた、シュールなオコサマじゃなかったしな。
中途半端で何が悪い!
中途半端……はっ、上等だ。
シカマルは歯軋りし苦悶の表情を浮かべながら彼女の到着を待つ。
俺がどう逆立ちしたってナルトにゃなれねぇ。
シノのもなれねぇ。
俺は俺でしかない。
俺の信念しか持ち合わせられねぇんだ。
だったらチョウジを見捨てて後悔してる俺も。
ネジに無理だと分っていて後を託した俺も。
正体を知られたくないと実力を出せない臆病な俺も。
友の命が一番何より重いのを知っていて、躊躇ったのも、全部、俺だ。
自分の横に立った彼女が口を開く。
久方振りに見る彼女の堂々とした姿と、昨日の敵は今日の友発言に苦笑。
次いで彼女が振るう巨大な扇の風圧で飛ばされる多由也。
隙を逃さずシカマルは影分身をし、残りは彼女と影分身に任せ自分はナルトを追い始めた。
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