女の情念は岩を貫けるか


 バシン。

繰り出された平手打ちを避けるタイミングを逸した少女は呆然と目を見開き。
出かけるタイミングを逸した少年達も同じく呆然と立ち竦む。

唐突に始まったソレを後に回想した某S.N少年は語る。
色々な意味で女というのは逞しく恐ろしいのだと。
改めて悟らされたと。

兎も角、頬を真っ赤に腫らした少女は自分が何故目の前の美少女に叩かれたのか分らず自分の手で頬を押さえ。
混乱の坩堝(るつぼ)へ落ちていくのだった。





シカマルが綱手の推薦を受け、ナルト宅を訪れる数刻前に時は遡る。
正門とは逆の位置にあたる門で亜麻色の髪の乙女はサングラス親子を見送っていた。
「くれぐれも怪我には気をつけろ」
見送られる側。
丸眼鏡をかけた長身の少年、シノに釘を刺され亜麻色の髪の乙女が微苦笑する。
自分が何かをしでかすと確信しての言質に、敵わないなとも思う。
「うん、気をつける。でもシノも気をつけてね」
何もかもを明かさない。
シノだって自分が考える全てを知りたいのではないだろう。
ただ単に無茶をして怪我をする行為をするなと。
暗に案じているだけだ。

だからナルトは小さく舌を出してからシノへも返す。
怪我をしないでね、なんて。

「うむ」
シノは重々しくナルトの返事を受け止め短く返した。
「あと……あの、気をつけて」
次にナルトは緊張したぎこちない動作を伴ってシノの父親へ体を向ける。
おずおずと自分を見上げ頭を下げるナルトは可愛い。
シノ父は僅かに目尻を下げ(といってもサングラスに隠れてナルトとシノには分らない)ナルトの頭をきっちり四回。
大人の男の大きな手のひらでそっと撫でてから頷く。

嬉しそうに目を細めるナルトとは対照的に隣の息子がムスッとしたので。
更に目尻を下げるも誰にも気取られない。
親子は似るというが矢張り似ている油女親子である。

「いってらっしゃい」
精一杯の自分の笑顔。を浮かべてナルトは二人に言葉を送る。
シノが死ぬかもしれない。
どんなに強い忍だって命は落とす。
分っているけれどシノの忍道を壊す無粋な真似は出来ない。
仲間、だから。

「いってくる」
シノが言葉で以てナルトに応じ。
シノの父親は片手を上げ門から任務へ赴くべく出立していった。

あっという間に小さくなる二人の姿と遠ざかるチャクラ。
暫しの間見送ってからナルトは両手に握り拳を作り気合を入れる。
「えーっと次はあそこ、だよね」
彼女次第では自分は大人しく消えて合流するつもりだ。
この姿で彼女と対峙するかどうかは彼女次第である。
ナルトは自分にしてはきちんと着飾った梅の柄の着物の裾を翻し今度は里の正門前へと急ぐのだった。




ナルトが正門に続く道手前。
ネジに気取られないようチャクラも何もかもを封印し。
通行人を装って通りかかれば。
忍具の点検が終わったシカマル班(急ごしらえ)が正に出発しようとしているところであった。

「間に合った」
ニッコリ笑いながら目は冷たい輝きを宿すナルト……美少女の数メートル前。
幾分元気がなくなったサクラがナルトの影分身を呼びとめ。
茶番劇が幕をあげる。

「待って!!」
顔色の悪いサクラがシカマル班を呼び止める。
正確には、ナルトの影分身を。
「サクラちゃん!」
ナルトの影分身がサクラの登場に一応は驚いた調子を装った。

「話は火影様から聞いてる。わりーが任務にゃ連れてけねーよ。お前でもサスケを説得できなかったんだろ?
後は力づくで俺等が説得するしかねーな」
萎れるサクラを一瞥したシカマルが面倒臭さそうに、頭を掻いてサクラを牽制した。
この期に及んで任務に同行したいとは言わないだろうが。
余計な時間を取りたくない。
これがシカマルの本音である。

「ナルト、私の……一生の御願い……サスケ君を、サスケ君を連れ戻して」
堪えきれずに零れ落ちるサクラの涙。
女の子の涙……相手がくの一であったとしても、下忍の少年達を驚かせるには十分な『武器』だ。
震えるサクラに誰もが言葉を失う。
「私には駄目だった!! 私じゃぁサスケ君を止める事が出来なかった。
もうきっと……サスケ君を止める事が出来るのは。救うことが出来るのは……ナルト、アンタだけ」
サクラの涙の滲む視界に真顔のナルトの影分身がいた。
「サクラちゃんはサスケが大好きだからな。今、サクラちゃんが本当に苦しんでるってことは、痛いほど分るってばよ」
泣く? 笑う? 諦め? 嬉しいような悲しいような。
ナルトの影分身は一言では表せない様々な感情を伴ってサクラへ仲間としての『優しさ』を与える。

「ナルト……ありが……」
自分を抱き締め涙を流すサクラに近づく一人の美少女。
梅模様の着物を着こなすやんごとなき身分、良家のお嬢様風の美少女は風に遊ばれる髪もそのままに。
ツカツカとサクラに近づき頬を打った。

 バシン。


冒頭に戻る。





「貴女、余程の馬鹿か、頭がお目出度いか。どちらかの女なのね」
亜麻色の髪と瞳の美女。
本来の天鳴 ナルの姿に近い格好で現れた着物の姿の美少女は蔑む視線でもってサクラを威嚇した。
怒りを隠しもせず。

「あれってシノの彼女?」
美少女の剣幕は時としてあらゆる人間をビックリさせるものだ。

チョウジは目を丸くして隣の相棒、シカマルへ話しかけるも。
シカマルは呆然と立ち尽くし。
ナルトの影分身はオロオロするだけであったし。
キバとネジとリーは呆気に取られて動けないでいる。

名も知らぬ美少女から立ち上る怒りのオーラに呑まれて。

「自分の想い人を取り戻すのに、三人一組の残りの仲間へ望みを託す。素晴らしい仲間の絆ね……でも、卑怯だわ、貴女」
眦をつりあげサクラをねめつける美少女は迫力満点だ。
サクラは瞬きさえ忘れて目の間の美少女に魅入る。

「死地へ仲間を送り出すなんて。女の涙まで使って」
だが次の言葉で正気に返った。
死地と躊躇いもなく言ってのけた美少女に全身が雷に打たれたような衝撃を受ける。

「!?」
サクラはショックの大きさのあまりよろめき、倒れこみそうになるところをリーが支えられた。

ナルトならきっとナルトなら。
仲間であるサスケを助けに向かってくれると盲目的に考えていた。
現にナルトはサクラに向かって任せておけと言ってくれている。

だけど傍から見れば?

己の行動は、喜々として背中を押しながら、死ぬ確率の高い死地へ仲間を送り込む行為そのもの。
サクラは顔面蒼白になって震えだす。

「君!! 幾らなんでもそれは言い過ぎですっ!!」
片手でサクラを支え、空いた片方の手で美少女を指差しリーが果敢に反論する。

「忍ではない私に分ってどうして貴方方忍は理解しようとしないの? 素人の私にでも分る。
貴方のお仲間のうちはサスケが向かったのは音の里。音の里は木の葉をこれだけ傷つけた恐ろしい里。
……どこで合流するだとか、忍の詳しい掟は知らないけれど。うちはの彼は音の里を目指して里を出た」
美少女は未だ完全に修理されていない建物を指差し、冷淡にリーの反論を無視した。
鋭い彼女の指摘にシカマルは冷や汗を掻きながら手を握って開いてを二度繰り返す。

 おいおいおいおいおい……。
 どーしちまったんだよ、ナルト。
 いや?
 綱手サンの説明じゃぁ、春野はサスケの説得に失敗して気絶していたんだよな。
 一体なんて言って説得したんだ?
 そしてサスケは何と言って拒否したんだ?
 もしかしてナルトは一部始終を見ていたのか?
 だから……。

回転が鈍った頭でシカマルは必至に考える。
だとしたら余計に理解できない。
サスケの里抜けの現場を押さえながら、何もしなかったナルトの思惑が読めない。
トドメはサクラに対する平手打ちとお説教だ。

「木の葉を裏切り、自分の意思で里を抜け、抜け忍になったうちは。を取り戻すのに、一生の御願いですって?
自分のエゴを仲間に擦り付けるだけで。仲間を案じる事は出来ないの? それとも、自分可愛さに『気をつけて』も言えないのかしら? 貴女は」
美少女は容赦ない。
言葉という武器を行使して頭の回転ならシカマル並のサクラを傷つける。
客観的な事実を伴いながら、的確に確実に追い詰める。

「あっ……」
小さな悲鳴をあげてサクラは口元を抑えた。

「私は忍ではない。だから信じて待つしか出来ない。帰ってくると信じるしかない。気をつけてと言う事しか出来ない」
美少女は胸に手を当ててゆっくりと一回息を吸い吐き出して。
高ぶった気持ちを落ち着かせ話を続ける。

「でも絶対に、仲間だ絆だなんて言葉を持ち出して相手を縛ったりはしないわ。相手の心を踏みにじる最低な言葉は使わない」
美少女の亜麻色の瞳が強い輝きを持ってサクラの矮小な考えを貫く。

 小手先の友情が欲しいなら他を当たれば良い。
 絆だ?
 そのようなものが何の役に立つ。
 実際にサスケは里を捨てたではないか。
 それでも尚友愛や友情、絆を。
 失ってしまった形無きモノを信じる愚行を示すなら。
 サクラは斬って捨てる。
 物理的にではなく繋がりを。

 さあ、サクラにも自由を与えよう。
 里の大人の思惑なんて関係ないだろう?
 サクラはサクラで選べばいいさ。
 何がサクラの『忍道』なのかを。

 恋する女の子の時間は終る。
 忍としてくの一として選べば良い。
 サクラの道を。

表立っては怒り。内心では冷たさと客観性。
双方を保ちつつ美少女はサクラに与える。
選ぶ自由というこの世で尤も厄介な選択肢を。

「……」

 ヒュウ。

激しく心を揺り動かされるサクラの呼吸音が、静まり返った場に響いた。

「失ったなら自分で取り戻しなさい。他人という名の仲間を捨て駒に使うものじゃないわ。
今は駄目でも未来がある。
最悪彼が本当に音の里へ行き、木の葉の里の敵に成ったとしても。貴女は追いかけられるでしょう? 忍、なんだから」
幾分和らいだ顔と口調で美少女はサクラにヒントを与え。
視線をシカマルへ移す。

「余計なお節介ね。ねぇ、隊長さんよね? 貴方。任務に行かなくて良いの?」
怒りを散らした美少女は十二分に観賞に耐えうる容姿を持っていて。
キバなどは心持ち頬を染め『シノの彼女……なのか?』なんて。
チョウジとコソコソ喋っている始末である。
美少女は隊長だと一目で分るベスト着用のシカマルへ会話の矛先を変えた。

「あ、ああ……」
一方的に展開された状況についていけず、シカマルは上擦った声で美少女へ相槌を打つ。
「てゆーか!! な、なんなんだってばよ!! お前」
固唾を呑んで成り行きを見守っていたナルトの影分身。
我慢ならないと謂わんばかりに美少女を指差し喚き散らそうとするが。
「行って」
泣き腫らしたみっともない顔を上げてサクラはナルトの影分身を止める。
不満げなナルトの影分身に首を横に振って応じた。

「行ってらっしゃい。ナルト、皆」
サクラが目尻の涙を指で払って背筋を伸ばして大きな声で言う。

なんて自分は残酷で酷い女だったのだろう。
そうサスケと言う異性を選んだ時点で自分は彼女の言った通り女であることを選んだのだ。
挙句、無意識に捨て駒として三人一組の残りの一人に約束をさせた。
彼を連れ戻してきて欲しいと。
サスケを勧誘した相手がどれだけ危険か。
大蛇丸と対峙した自分は『分っていた』筈なのに。

「そして……無事に帰ってきて。今更だけど」
サクラは続けて言う。

本当に今更だ。

涼やかな目線を送ってくる美少女の圧力にも耐える。
サクラは自分の視野の狭さと自分が忍だという認識を持っていなかったことに。
心の底から嫌悪感を覚えていた。

「待ってるから、ちゃんと、木の葉で」
真っ赤な目で言ったサクラの言葉にナルトの影分身がニシシと笑う。
つられてサクラもぎこちない顔で笑い。
その場に揃った美少女以外全員が笑う。

「少しばかり時間をロスしちまった。そろそろ行くぞ」
美少女からの目配せを受け流しシカマルは普段は猫背気味の背筋を伸ばす。

「おう!!」
シカマルの号令にナルトの影分身が腕を突き上げ応じ、サスケ追跡隊は木の葉を出発するのだった。



物語の流れ上、あれは仕方なかったのかもしれませんが。
サクラちゃんのあの台詞は私的にはガッカリでしたねぇ(苦笑)
それを言わせちゃうか、みたいな。
じゃん○が少年誌だからってもあるんでしょうけど。
どっちかっていうと、二部のサクラちゃんの方が個人的に好きです。
プチ綱手さんなトコロが(笑)
ブラウザバックプリーズ