沸騰師弟の運命の夜


ナルトは機嫌が悪く、眉間に皺を寄せて誘拐犯を睨む。
誘拐犯は涼しい顔でナルトをお姫様抱っこしたまま、木の葉のある場所へ向かって移動する。


「……むぅ」
頬を膨らませナルトは口先を尖らせた。
普段の変化を解かれ、本来の少女の姿で夜の木の葉を移動する。
服も無理矢理着替えさせられたので忍らしい要素が、今のナルトには一つもない。

「任務だ」
膨れるナルトの機嫌なんて何のその。
気にした風もなく誘拐犯が短く告げた。
「それはシノの、でしょ?」
着替えの際に額当てまで取り上げられて、ナルトは完全に普段着仕様。
これで任務だと大真面目に言い切られた日には誘拐犯の。
いや、シノの神経を疑ってしまう。

ラフなナルトの服装に対してシノは暗部用の衣装でやって来たのだから。
シノの任務に付き合う、なら理解できるが、これではあべこべだ。

「いや」
暗にナルトの任務だと答えてシノは何かを探す風に首を左右に振る。
「はぁ!?」
素っ頓狂な奇声を発して仰け反るナルトは信じられないものでも見た顔で。
まじまじと長年の相棒を穴が開くほど熱心に見詰めた。

「大事な『任務』だ」
お前の心を拾う。

心の中だけで最後の台詞を付け加えシノはナルトをお姫様抱っこしたまま、綱手に指示された目的の場所へ向かって急ぐ。
もっと早くにナルトを『捕獲』する筈だったのに何処をうろついてきたのか。
ナルトが帰ってきたのは月が顔を出してから数刻を経た後だった。
天鳴の家で待ち構えていたシノは問答無用でナルトを着替えさせ、目的の場所へ向けて移動を開始する。


そして現在に至った訳である。


「あれ? リーだ」
木の葉の一角の見晴らしの良い二階建ての建物の長椅子の部分。
膝に手をついて虚ろな眼差しを膝へ落とすリーの姿が視界に入ってくる。
「我愛羅と戦ったときに負った傷は深い。脊髄に細かい骨の破片が入り込んでいるそうだ。五代目が手術をしても成功する確率は五分」
リーの座る場所が良く見える庇の上に着地してシノがナルトを降した。
降ろしながらの説明にナルトが小首を傾げる。

「だからあんな顔を? 忍者を辞める……の?」
ドベのナルトとは違った意味で『忍』に執着するゲジ眉、熱血忍者ロック=リー。
彼のような真っ直ぐな気質の少年が忍者になれないのは残念だが。
仕方ないものは仕方ない。
流石にリーだって五分の手術に全てを賭けられるほど割り切っていないだろう。
考えてナルトはシノの顔を見上げる。

「これを」
不思議そうな顔をして自分を見上げるナルトに、シノは一枚の札を取り出す。
映像を納める高度な技術を要する記憶札の一種だ。
シノは多くを答えず印を組み、札に納められている映像を見知らぬ民家の壁へ映し出した。






古ぼけているようでそうでもない。
現在よりも幼いネジ・テンテン……それからオカッパではないリーがガイを前に座っている。
「せんせー!」
勢い良く挙手する幼いリー。
隣に座ったテンテンも驚いて身体を揺らす程の大声だ。
「たとえ忍術や幻術が使えなくても、立派な忍者になれることを証明したいです! それが僕の全てです!!」
根底に流れるのが『生真面目』なのはリーの素のようだ。
リーが真剣にガイへ宣言する。
「ふっ」
リーの宣言を聞いていたネジが皮肉気な笑みを口元に湛えた。
「キミィ!! なにが可笑しい」

 びしぃ。

即座にネジへ振り返ってリーがネジを指差す。

「お前……忍術も幻術も使えないって時点で忍者じゃないだろ。何だ? ボケか?」
一昔前のサスケとナルトを見ている気にさせられる。
ネジの済ました顔から繰り出される痛烈な棘に場が一気に静まり返り。
反論の余地もないリーは項垂れた。

「熱血さえあればそうでもないぞ!!」

 キラーン。

無意味なウインクをリーとネジへ飛ばしガイが口を挟む。

「フフ……良きライバルと青春し競い合い、高めれば。きっと立派な忍者になれるさ!! 努力は必要だけどな!!」
ガイオリジナル? 親指を立てたポーズを決めて爽やかに笑う濃い顔。
呆気に取られるリー達を見遣りガイは満足そうにもう一度笑ったのだった。




次に場面は何処かの高台に移る。
対峙するのはガイとカカシ。
面倒臭そうなカカシとは違ってガイのテンションは高い。

「今日はやめようって……」
やる気はゼロ。カカシがイチャパラ片手にガイへ言った。
「お互い四十八勝同士!! この勝負でどちらかが抜きに出る!!」
ガイは聞いちゃいない。一人熱く語る。
冷え切った態度のカカシは憮然とした表情でイチャパラから眼を離す。
「フー……駄目だ、つっても駄目みたいね。じゃぁ今回の勝負は俺が種目を決める番だったな?」
大袈裟な息を吐き出し諦めた風のカカシが話題を勝負内容へ持っていく。
「ム! で何にする? 体術合戦か? 百メートル走か?」
カカシの都合は全てスルー。ガイがカカシへ勝負内容を尋ねる。
「それじゃさ……じゃんけん」
「じゃんけん?」
相当面倒なのか、カカシなりの考えがあるのか。
カカシの出した勝負とは突拍子もないモノだった。

ガイも面食らった顔で勝負内容をもう一度言い返す始末だ。

「運も実力の内って言うでしょ」
本気でそう考えているとは思えない投げやりな調子でカカシが付け加える。
答えは前者だったらしく単に面倒臭いのだろう。

カカシとガイの様子を見るネジが指摘し、同じく二人を眺めるリーも同じ考えを零す。
それからガイが変な『自分ルール』を持ち出し。
カカシとガイはじゃんけんをした。

その後のガイを映し出してから映像は途切れる。






「知っての通りリーは忍術がつかえない、体術、しかも剛拳の使い手だ。そんなリーを熱血と努力で引っ張ってきたのが」
この際、三代目による悪質な覗きだとか、パワハラ(パワーハラスメント)だとか、プライバシー侵害だとかは口にしない。
シノは訥々とガイとリーの知られざる熱血師弟振りをナルトへ教えていくのだが……。

「うぷ……」
濃厚な映像にナルトが口元を抑えて呻いている。
ナルトの背を優しく撫でてやりながら、シノは人物が揃うのを待つ。

ナルトの為、木の葉の為に是非とも見ておきたい人物。
リーの今後を占う鍵を握った担当上忍が到着するのを。

「やはりここか」

 ポン。

下向きのリーの肩に手を当ててガイが言う。

「ガイ先生……」
リーは憔悴しきった顔を上げ驚いた調子で師の名前を呼ぶ。
「どうしてここへ?」
こんな真夜中に生徒を捜すなんて普通の上忍ならしない。
敢えてリーの前へ現れたガイに対してリーは問うた。
「お前の事なら何でもお見通しだ」
自信満々なガイの答えにナルトはほんの少しガイを見直す。

自来也を間違えて攻撃した手鏡を持たないうっかり忍者(珍獣)というイメージが強かったのだ。
または自称カカシのライバルか? 果てはナルトに送った怪しいタイツ? の持ち主という認識しかない。

(先生としての質はガイが上だな。うちのヘボカカシとは大違いだ)
(うむ)
ナルトの呟きにシノも同意する。

「初めて下忍になった時、ここで僕の夢、全てを誓いました。あの時ネジに笑われましたが僕は本気でした」
リーは昔を懐かしむよう無理矢理笑みを浮かべて切り出した。
「あの時先生は教えてくれました。ライバルと競い青春すれば、きっと立派な忍者になれると。そして、それには努力が必要だとも」
半ば自棄気味に続けるリーの声音は固い。
「嬉しかったんです。忍者学校時代、僕にそんな事を言ってくれる友達や先生は。誰一人としていませんでしたから。
気持ちが楽になったんです。何をして良いか分らない僕に道が開けました。ただ努力をすればいいんだって」
強張ったリーの口元が緩やかに笑みを形作る。

(……ナルトと、同じ……か。俺の場合はカカシ先生で道は開けなかったけどな)

溌剌として爛漫、活発にして天然。
リーに対して己が抱いていた印象が良い意味で崩れていく。
リーだって最初から体術の天才だった訳じゃなかったのだ。
彼にも彼なりに葛藤があり、克服し、そして見つけたのだろう。
自身の忍道を。

ナルトはここで漸くシノの謂わんとした『任務』内容が理解できて。
してやられた腹立だしい気持ちを込め軽く睨むも。
シノは平然と『よしよし』なんてナルトの頭を撫でるから、ナルトの立つ瀬がない。

「そしてある時、努力だけじゃ天才に敵わないと泣きを入れた僕に先生はこう言ってくれた。お前は努力の天才だと。その時自分の力を信じる大切さも教えて頂きました」
(カカシ先生……色々な意味でもう負けてる)
リーの感謝が詰まった一言だと。
遠くにいるナルトにだって理解できる。
最速現在の『担当上忍』であるカカシへフォローもできない。
頬を引き攣らせるナルト。
そんな表情豊かになったナルトを満足そうに盗み見るシノ。

「でも今回ばかりは……」
そう。努力だけでも自分を信じきるだけでも。
どうにもならない『現実』がリーの前に立ちはだかっている。
答を見出せないリーは震える声で弱音を吐露した。

「教えてください!! ガイ先生!!」
涙も鼻水も格好悪すぎだったけれど。
リーは形振り構わず師へ答を強請る。
「リーよ……その苦しみから解放されたければ、覚悟を決める事だ」
涙に暮れるリーを見下ろし深い深い苦悩の色を浮かべたガイは。
数秒間だけきつく瞼を閉じてから決意を固めた顔色で口を開いた。

「それは夢を諦めるという覚悟ですか?」
怪訝そうにガイの発言の真意を尋ね返すリー。
「己の夢を失えばお前は今よりも苦しむ事になる。忍道を失うような事があれば生きていけないような馬鹿さ。俺もお前もな」
ガイが濃さを撒き散らしつつもシリアスに。リーへ淡々と言葉を紡ぐ。

「手術を受けろ、リー!!!」
手術を受けろと。
勧めるガイには数秒前までの苦悩の色はない。

「手術も生きるか死ぬかの五分と五分。でもじゃんけんとは違います」
ナルトが映像で見たじゃんけんの話の結末を語り、リーが自嘲気味に笑う。
「努力を続けてきたお前の手術は必ず成功する!! きっと天国の未来を呼び寄せる!! もし一兆分の一、失敗するような事があったら俺が一緒に死んでやる!!」
何処までもガイは真剣で大真面目で馬鹿だった。

((!?))
ガイの『本気』を感じ取りナルトとシノは目を見開き、揃ってガイへ視線を送る。
幾ら熱血だからって一緒に死んでやるなんて早々口に出来る者は少ない。
しかしながらガイは本気なのだ。
本気で生徒に対して真摯なまでに己の熱血を貫こうとしている。

「お前に会った時から、俺の忍道はお前を立派な忍者に育てる事だった。……約束だ!」
親指を立てて『いつもの』ガイポーズを決めるガイがいつになく格好良い。
口が裂けても認めたくないが。

そんなガイへリーが抱きつき。
師弟の運命の夜が更けていく。


「綱手姫に伝えて。万全の体制を以てリーの手術を行えと。失敗は許さない」

 ひっし。

抱き合う濃い師弟から心持ち目を背けナルトがシノへ伝言を頼む。
自分が出向かないのは何か思うところがあるからだろう。
別にナルトの行動に対して横槍を入れるつもりのないシノは黙って首を一回縦に振った。

「シノ」
火影屋敷へ向かうだろうシノをナルトは呼びとめた。
「……ありがとう」
振り返ったシノの耳元に小さく囁いて自分からシノノ頬へ。
感謝と余計なお節介に対する自分の気持ち、口付けを送る。

シノは黙ってナルトの髪を乱し、ナルトに纏わり付く濃紺色の蝶を無理矢理回収して夜の木の葉の里へ消えた。



これも入れたかったエピソードなので書けて満足です。
シノはナルトの心をずっと拾い続けてる、忍耐強い良い男なのです。
ブラウザバックプリーズ