月に影四つ・透明な影二つ 後編


交差させた腕はサスケの攻撃を防いでいたので、他の何らかの手段を使った。
左近はサスケを木の枝にぶつけ唇の端を持ち上げる。

「やけに低音だな、お前の骨。もっとこうキーンって響こうぜ……なァ!」
薄っすら口を開いた左近の嘲笑が、その低い声がサスケの耳には鮮明に聞えた。
「!」
近づく気配にサスケは僅かに目を見開く。
鬼童丸が滑り込んできて蹴りを放つ。上に跳んで避けたサスケに鬼童丸は頬を膨らませた。
口から蜘蛛の巣上の何かが吐き出される。

(……チャクラを練り上げた糸? にしても……人外魔境の大売出しか。音の里は)
サスケ最大の危機には無頓着。
ナルトは腰に手を当ててじっくり音の四人衆の攻撃の特徴を探り始める。

サスケが交差させた腕に着く鬼童丸の糸? らしきモノ。
遠心力を使ってサスケの身体を放り投げ飛ばす。
その先には次郎坊が待ち構えていた。

(里長の趣向が色濃く出ているんじゃない?)
応じて紅の呑気な返事が紡がれる。
次郎坊の一撃がサスケの背中を強打した。
吹き飛ばされたサスケの身体の行方は再び屋根で構える左近の元へ。
「次はファ・ミ・ソの3コンボいくぜ!!」
余裕綽々の左近は次の一手を宣言する。

「……くっ!」
空を飛びながらサスケは舌打ちし、屋根の淵に手をかけ体勢を整えた。

素足で左近の腹に蹴りを入れ空へ持ち上げる。
左近の動きに平行して飛び上がりサスケは第二段の蹴りを入れた。
蹴りを入れる横回転を利用して腕を振り下ろし左近の身体に左腕の拳を振り下ろし。
回転を更に利用したサスケの右拳が左近を襲う。

(獅子連弾)
ナルトがサスケの繰り出した技の名前を出すのとほぼ同時。
左近の身体は獅子連弾を受け屋根を半壊させながら下へ落ちていく。
(チャクラの乱れが一つもないね。あれじゃぁ、うちはの攻撃損だろう)
獅子連弾自体は悪くない。
寧ろ的確に左近の身体に当たっているが。
攻撃が当たる=相手の身体にダメージを負わせているではない。
左近のチャクラを探った紅が冷静に評した。

壊れた屋根板の下。
サスケが壊した板が全て落下して舞い上がった埃が落ち着き。
視界が開ければサスケの足首を掴み、逆さづりにした左近が一人。

「フン。こんな奴がなんで欲しーのかねェ。大蛇丸様も。これじゃ『君麻呂』の方が良かったぜ」
完全にサスケを見下した口調でぼやく。

((君麻呂!? 大蛇丸の切り札か?))
揃って左近へ視線を向けナルトと紅は同じ台詞を吐いた。

「まぁ、こんなクズみたいな里に居ても、お前は今のまま並の人間どまり。強くはなれねー」
左近の立つ屋根板に他の三名も次々に着地。
動き連携共に無駄のない四人である。
ナルトは全員の動きを目で追いつつ顎に手を当てた。

「仲間とぬくぬく忍者ごっこじゃ、お前は腐る一方だぜ」
サスケを拘束し続ける左近が断言口調で言い切る。

『ぬくぬく忍者ごっこ』の単語にナルトが笑い紅が複雑な表情を浮かべた。

(大蛇丸の部下らしい発想だ。情や信、仁の心に頼る木の葉は。正に木の葉が空気の流れに逆らえず落下していく様に似ている。
だが似て非なるものでもある。哀れだな、あそこまで力に拠る事に拘るのは)
ボロボロのサスケと登場から何一つ消耗していない音の四人。
交互に見遣ってナルトはひとりごちた。

弱いからこそ束になる。
種の保存の本能的な部分。
だから人は、忍は里を作り機能を整えた。
忍を里を存続させるために。

……人は弱いから『強く』なれるのだ。
三代目に腕を持っていかれたのに大蛇丸はまだ気がつかないらしい。

(忍者ごっこ……って……)
あんまりな云われ様に曲がりなりにも木の葉の上忍。
紅は心中複雑に音の忍の暴言を静かに受け止める。

三代目が無策だった訳じゃない。
自分達だって木の葉のために誇りを持って働いていた……のも嘘じゃない。
ただ。
ただ、余りにも無知で無関心だっただけだ。
十三年前で決定的となった木の葉の負の遺産に対して。

(けど言い当て妙だ、忍者ごっこ)
笑いを噛み殺してナルトは次の展開を見守る。
「ウチらと一緒に来い! そうすれば大蛇丸様が力をくれる!」
多由也が顔色を変えずに比較的まともな口説き文句を口にした。

 他者から与えられた力で兄に復讐か。
 身も蓋もないが……サスケ、どうする?

大蛇丸を思い出して黒い目を見開くサスケの顔色を眺め。
ナルトは目を細めてサスケの反応を窺う。

「どうするんだよ!?」
地道に諭す。は左近の性ではないらしい。
苛立った口調で左近は言い、乱暴にサスケの体を背後の家の壁に投げつけた。
「ぐあ!」
くぐもった声でサスケは短い悲鳴を上げる。
「ハッキリしよーぜ! グズグズしてんじゃねェよ!! 来るのか? 来ねーのか?」
反応薄いサスケに左近の苛立ちメーターは着実に上昇中、らしい。
威圧する風に左近はサスケに決断を迫った。
「……とは言え無理矢理連れてっちゃあ、意味がねーらしいからな。大蛇丸様もめんどくせー、こんな弱えー奴、あんまりグズりゃあ、殺っちまいたくなるぜ」
左近の言葉にはそこかしこに、ヒントが埋もれている。

ナルトと紅は顔を見合わせ一つ頷きあう。

(無理矢理連れて行くのは無意味。やっぱり大蛇丸が目当てとしているのは、サスケの身体。
スムーズに乗っ取るために精神的な同調を必要とするのかもしれない)
幾ら伝説の元三忍といっても限界はあるだろう。
人の元ある精神を無視して乗っ取る荒業が誰にでも通用しないらしい。
現に大蛇丸は当初イタチを狙っていて断念した経緯がある。
だからこそ今サスケが狙われているのだ。

(可能性は高い。医療に詳しい綱手様に検証してもらう必要があるね)
ナルトの推察を受けて紅も忍の顔に戻って応じる。

「殺ってみろ」
左近の苛立ちに引き摺られるようにサスケも殺気立つ。
箍を外し呪印の力を解放した姿で左近を筆頭とする音の四人を睨み付ける。

(あぁーあ……)
ナルトは額を押さえて月を見上げた。
とどのつまり。音に木の葉の忍が『忍者ごっこ』等と評されてしまうのは。
サスケみたいに切り札を『安売り』し過ぎる木の葉の忍が多いから。
なのかもしれない。
頭が痛くなってきてナルトはこめかみを指で軽く揉み解す。

(あれがうちはの呪印だね?)
紅は純粋な興味から初めて目撃するサスケの呪印をまじまじ見詰め、形の良い人差し指で自分の唇をなぞった。

サスケの呪印発動に動じないナルトと紅。
対照的に不敵な笑みを顔から消し、各々目をわずかに見開いて動揺する音の四人。

「てめー、呪印を……」
怯んだ風に呪印を眺め左近は呟き。
呪印の力を借りて左近に向かってきたサスケの一撃を軽くいなし、こう告げた。
「てめーだけが大蛇丸様のお気に入りとは限らねーんだぜ」と。
告げる左近の顔には呪印発動時独特の文様が浮かび上がっている。

「呪印をあんまりホイホイ使うもんじゃねーぜ。つーより、てめーは呪印をコントロール出来てねーみたいだが……。開放状態を長く続けていれば、徐々に身体を呪印が侵食していく」
サスケは驚き抵抗を忘れた。
そんなサスケを鼻で笑って左近は講釈を始める。
何処までいっても左近は情報をただ漏らしにするプロらしい。

「てめーはまだ『状態1』だけみてーだから、蝕まれるスピードも遅いが。侵食され尽くしたら自分を失くすぜ。ずーっとな」
顔半分を呪印に侵食された状態でニタリと左近は哂ってみせた。
「呪印で力を得た代わりに大蛇丸様に縛られている。ウチらに最早自由などない。何かを得るためには何かを捨てなければならない」
多由也は相変わらず無表情で事実を事実として語る。

「お前の目的はなんだ? この生温い里で仲間と傷の舐めあいでもして、忘れて暮らすのか? ……うちはイタチの事を」
トドメの一撃か? 多由也がきっちりサスケの心情を量ったようなタイミングで、サスケの痛い部分をどつき回す。
「目的を忘れるな。この里はお前にとって枷にしかならない。下らねぇ繋がりもプチンとすりゃいんだよ。そうすりゃお前はもっと素晴らしい力を得る事ができる」
念押しのように左近が付け加える。

音の四人衆……大蛇丸に呪印を与えてもらっているからには。
相当な腹心なのだろう。
しかしながら短気を隠してサスケに言葉で揺さぶりをかけてくるのは、大蛇丸の意向が強いからなのだ。
器としてのサスケを持ち帰るための。
結論付けてナルトは立ち上がった。

「目的を忘れるな」
言い捨てて消える音の四人衆。
黙って見送るサスケの瞳に浮かぶのは……。


月に影四つが吸い込まれて消える。


透明な影二つ、ナルトは頭上の月に一瞥くれてからサスケを見もせずにその場から移動を開始した。
消えた四つの影とは逆方向の天鳴の自宅へ向けて。

「ナルッ!?」
背後から慌てて追いかけてくる紅が咄嗟にナルトの名前だけを呼ぶ。
「どうするかはサスケの自由だ」
ナルトは背後の紅を振り返らず屋根の上を走り抜けながら喋り出した。

「生温かい里……、かつて俺もそう思っていた。人は何かを代償に生きているのだと思っていた。
人は何かを得て何かを失う? 誰が決めたんだ、そんなルール。
俺は俺が願ったもの全てを手放したりしない。決めたんだ。だから木の葉に残るし、木の葉の忍として生きる。俺は俺を構成するモノを否定しない」
淡々と零すナルトの決意に紅は表情を和らげ風に乱れる長い髪を振り払う。

「生温かさに浸かって己を見失う程度の安い自尊心なら、闇に売り払った方が遥かに有益だろう? 違う?」
相変わらず振り返らないナルトからの問いかけに。
「違わないよ。だけど、それを綱手様の前で言わないようにね。お説教が長くなるから」
同意してから紅は釘を刺した。


ナルトと一緒にサスケを助けなかった時点で、紅の立場は悪くなっている。
けれど余計な詮索を受けない為にはナルトの口を封じておくのが一番手っ取り早いのだ。

「了解、お姉様」
ここで始めてナルトは振り返って、天鳴ナルの表情でにっこり笑って。
紅の忠告を受け入れるのだった。



個人的には楽しかったです。最後のナルトの決意みたいな台詞。
「生温かい〜違う?」の部分が書きたかったので満足ですvv
ブラウザバックプリーズ