生暖かな師弟関係
ほぼ同時進行で流れていくのは。
不貞腐れて木の葉病院を抜け出したサスケと、密かにサスケを尾行するナルトの影分身に。
堂々とサスケを追いかける師でもあり担当上忍でもあるカカシの三人である。
飛び出したまま行く当てもなく里を少々うろつき、サスケは家と家との間に植えられた木の枝に座り込んでいた。
裸足のままで。
ナルトの影分身は、こちらに近づいてくる本体と素早く合流しサスケの行動を報告する。
ナルトは小さく頷き影分身を消した。
ふぅん。
里をウロウロして家にも帰る気分じゃなくて。
病院はもっと気分が悪くなるから、嫌か。
三時間もすれば日も暮れるってのに……。
つらつら考えて肌に感じる違和感が四つ。
眼球だけを動かせば姿も気配も曝しに曝している怪しい四つの影がサスケを見下ろしていた。
あの額当ては音。
ジジイと大蛇丸が戦ってた時の結界を張っていた奴等だな。
目標はサスケで?
……大蛇丸の腕がもう持たないのか?
綱手に診療拒否された大蛇丸の腕は相当傷んでいる筈だ。
ナルトが生まれながらに持つ血継限界の血筋、天鳴によって確証を得ている。
浄化と不浄を司る天鳴の血を持ったナルトには鮮やかに。
大蛇丸の腕が腐敗していく様が、そう遠くない未来として手に取るように想像できた。
次の器は出来ればサスケが良いって事か。
そうなるとやっぱり大蛇丸に里子に出すのも考え物だよな。
乗っ取られたら乗っ取られたで、別に殺すだけだから良いけど。
大蛇丸に写輪眼が追加されるのだけは面倒だから嫌だな。
戦い辛くなるし。
仲間だから殺す。
矛盾した思考でもナルトからすればとてつもない温情だ。
身体を乗っ取られた時点でサスケの意識は消えてしまうだろうが。
サスケが望まない殺戮だけは止める事が出来るから。
影に徹するナルトが自ら赴く意味は重い。
「くっ!」
ナルトが四つの影をどうしたものかと。
考えていれば誰かが行動を起したようだ。
サスケの身体は細い鋼糸によって木の枝にグルグル巻きに固定される。
「!!」
サスケは奇襲に目を見開き音もなく木の枝に着地した男を睨みつけた。
「何のマネだ」
不機嫌そのモノの声音でサスケは男を。
担当上忍のカカシをねめつける。
「こーでもしないと、お前、逃げちゃうでしょ。大人しく説教聞くタイプじゃないからねー」
二つの指で糸を挟みながらカカシが言う。
ナルトはサスケを追いかけていたカカシの遅刻に内心で苦笑い。
ナルトが自来也と話し、サクラと『デート』している間グズグズしていたらしいカカシの癖に呆れるしかない。
確かにサスケは大人しく説教聞くタイプじゃないけど。
カカシ先生何やってたんだよ、今まで。
俺が警護の任務モドキしてたから良いものの……。
イチオウ、はまだ木の葉の里の『うちは サスケ』なんだから。
きちんと捜してやれって!!
慌てて屋根から身を引いた四つの影の動向に気を配りつつ。
ナルトは口元を歪めてカカシの後頭部に微妙な殺気を送った。
距離も遠いのでカカシには察知できない殺気ではあるが、送らずにはいられないナルトである。
「チッ」
カカシの言い分は正しい。
逃げ出すタイミングを逸してサスケはわざとらしく舌打ち、そっぽを向く。
「サスケ、復讐なんて止めとけ」
回りくどい言葉は使わない。
カカシは自分の考えを先に述べた。
サスケの眉間に刻まれた皺が一層深さを増す。
「ま! こんな仕事柄、お前のような奴は腐るほど見てきたが」
サスケからの殺気はなんのその。
大して気にした風もなくカカシは喋り始める。
「復讐を口にした奴の末路は、ロクなもんじゃない。悲惨なもんだ。今よりももっと自分を傷つけ苦しむことになるだけだ。例え復讐に成功したとしても……残るのは虚しさだけだ」
姿勢を崩さずサスケを見下ろすカカシの顔色は常と変わらない。
カカシの説得を黙って拝聴していたナルトは何度か瞬きをした。
へぇ。
案外フツーに説得しちゃったりするんだ、カカシ先生って。
駄目じゃないけど、サスケの存在意義である『復讐』断念を口にするなんて大胆。
この程度で説得されるなら良し……けど?
先生が考えている程、周りの『オトナ』は甘くないよ?
カカシの手前サスケに接触しようとしない音の忍達。
彼等がサスケに対して何らかの揺さぶりをかけるのは明らかだ。
ナルトはサスケに自由を与えるからこそ干渉せず師弟の会話を聞くに留める。
「アンタに何が分る!! 知った風なことを俺の前で言ってんじゃねーよ!!」
サスケはカカシの諭す言葉に激昂して声を荒げる。
「まぁ……落ち着け」
言ってる割に宥める気配は薄いカカシ。
「何なら今からアンタの一番大事な人間を殺してやろうか!」
追い詰められたサスケの醜い闇の部分が顔に現れる。
クールと称されるサスケからは想像もつかない憎悪に歪んだ醜い顔。
どんなに怒りに全身を支配されようとも。
仮にも下忍が上忍に向けて良い顔ではない。
「今、アンタがどれだけ言ったことがズレてるか。実感できるぜ」
少し得意そうに切り返すサスケ。
頑ななサスケの対応に奇しくもカカシとナルトは同じタイミングで、小さくため息を吐き出した。
あぁ〜あ〜、血生臭い。
つーかカカシ先生に千鳥教わったんだし、写輪眼の扱い方も多少は教えて貰ったんだから。
突っかかるなよ。
サスケはやっぱり熱血漢なんだな。
ああ見えてさ。
そこを崩されるから精神的に脆い。
その脆さを猛禽類に狙われる絶滅危惧種の天然記念物ってトコかな。
ナルトは生暖かい師弟の会話という舌戦にダレてくる。
二人の会話は『失くしたモノに対する己の価値』の話に近く。
最初から『何一つ』持たされるモノがなかったナルトの生い立ちとは大きく前提が異なっている。
頬杖付いて腹ばいに屋根の上に寝転び、両足をブラブラさせながらナルトはカカシの返答を待つ。
「そうしてもらっても結構だがな。生憎俺には一人もそんな奴は居ないんだよ」
困った顔で笑い穏やかにカカシはサスケに答える。
「……!」
カカシの放った曖昧な台詞に、真意をはかりかねるサスケは無言でカカシの第二声を待つ。
ナルトもナルトで小さく欠伸を漏らしつつカカシの次なる言葉がどう出るのか。
少しばかりの好奇心を以て待ち構える。
「もう……みんな殺されてる」
怒りも憎しみも悲しみも。
カカシは失う痛さを凌駕した微笑を浮かべた。
カカシの発言に虚を突かれたサスケは歳相応の子供の顔に戻る。
「俺もお前より長く生きてる。時代も悪かった。失う苦しみは嫌ってほど知ってるよ」
カカシの表現にナルトはカカシの経歴を必死に思い出そうとする。
えーっと、えーっと??
カカシ先生って五歳で忍術学校卒業で六歳で中忍で。
あいつの弟子で……その当時はまだ他里との小競り合いがあった時期。
元々先生はうちはの人間じゃないから目を貰ったのは何時だ?
目を与えた筈のうちはの人間は誰だ?
今更ながらに己の無関心振りに涙が出る。
ナルトはこれが終わったら取り合えずカカシの簡単な経歴を洗おうと決意を固めた。
俺がこの二人に馴染めなかった理由が良く分かった。
百在るモノが徐々に減っていく人生を送っている二人と。
最初からモノなんて無しで、零で、マイナスで引かれていくしかなかった俺。
決定的に視点が違うんだな。
一年前のナルトならカカシもサスケも。
気にしなかっただろうしこの状況に遭遇してもサスケを守っただろう。
音の忍を秘密裏に蹴散らしサスケを大蛇丸の毒牙から守っただろう。
木の葉の忍として当然の行動をナルトなら取った。
違い、か。
生まれも血筋も何もかもが同じなんて滅多に居るもんじゃない。
日向の姉妹だって同じじゃないもんな。
うちはの末裔二人が同じではないように。
簡単だけど俺には気付けなかった大切な事実だ。
他者と自分は違う。
認識しているナルト。
自分とその他大勢。
こう認識していたかつてのナルト。
似たり寄ったりの認識かもしれないが意義は大きい。
違うからこそ相手の考えを尊重する。
どれだけその思考が危険で間違っていても。
里の友愛だけで縛り付けるには限度があるから。
ナルトは里の表向きの『仲良しゴッコ』に交わるのを止めたから。
自分の考えを殺すのを止めたから。
だから守らない、助けない、傍観する。
この生暖かい肌に纏わり付くカカシとサスケの幼い対話を。
「ま! 俺もお前もラッキーな方じゃない。それは確かだ。でも……最悪でもない。俺にもお前にも大切な仲間が見つかっただろ?」
具体的に名前を挙げないのがカカシ流か? カカシの問いかけにサスケは迷いを色濃く顔に出し下唇を噛み締める。
「……」
多分サスケもナルトとサクラを『仲間』として認めているのだ。
認めているからカカシに反論も出来ないし、仲間なんていないとも。
孤高を貫く事が出来ないのだ。
「失ってるからこそ分る。千鳥はお前に大切なものが出来たからこそ与えた力だ。その力は仲間に向けるものでも、復讐に使うものでもない。何の為に使う力かお前なら分る筈だ」
大人の意見は大人の意見。
サスケの都合に合わされたものではなく。
里の大人達……里の闇から目を背けてきた大人の正論だ。
少しカカシ先生に期待してみたけど。
やっぱり駄目か。
その程度でサスケが心変わりできるならとっくに復讐なんて諦めてる。
イタチよりも先に強さを手に入れてるだろう。
絆を強さに出来ない人間も居るんだ……。
その辺りは分かってやらないとな。
オトナの横暴で鎖に繋がれる俺達だと思うなよ。
気配を殺した音の忍に気付かないカカシ。
知っていて無視しているとは思えない。
手薄に成った木の葉の里に易々と侵入できる音の狡猾さ。
仲間の単語で全てを片付けようとするカカシ。
どちらに軍配が上がるかは想像に易い。
「俺の言ってる事がズレているかどうか、良く考えろ」
最後に告げカカシは木から去っていく。
恐らく自来也にも公言していた『任務』へ赴くためだろう。
人手の激減した木の葉で通常通りの任務を消化するにはカカシであってもコキ使う。
呻きながら任務依頼書と睨めっこする綱手の歯軋りが聞こえてきそうだ。
ナルトはニヤニヤ笑って火影屋敷の方角へ一瞬だけ目を送る。
次に精神を集中させて、屋根上に集結している警戒心ゼロの間抜けな四人組の会話に耳を傾け出した。
「アレ並の忍にウロウロされっとやりづれーからよ。少し待つぜよ」
これは蜘蛛みたいな腕を持つ男の発した第一声。
「お前らみたいなビチグソヤロー共じゃダメでも。ウチならやれる」
声からして女か? 頭にチューブの通った防具らしきものを被った忍が、口汚く蜘蛛腕男の意見を一刀両断。
「ふん……どうかねぇ。二人いりゃ十分首チョンパでバーラバラだけどよぉ」
もう一つ頭を持つ男が含みを持たせ女の言葉を否定する。
「いちいち口出しするな、ゲスチンヤローが」
が、女は二つ頭の男の言葉も即行で切り捨てた。
「チィ……」
実力的には女の方が上なのか? 二つ頭の男は忌々しそうに舌打ちしただけ。
「多由也……女がそういう言葉をあんまり……」
最後に巨漢の男が女を多由也(たゆや)と呼び彼女の言動を窘めるも。
「くせーよデブ」
これが素なのだろう。
女の一言で黙り込んでしまう。
一連の会話を聞いたナルトは太陽の位置を確かめ腕を枕に目を瞑る。
柄悪いな。
俺も人の事は言えないけどさ、頭悪そうだぞ。
大蛇丸の趣味なのか、呪印に耐えうる面々を揃えたらこうなったのか。
……微妙だな。
あああああああ!!!
メンドーな手順を踏むな!!
サスケを勧誘するならさっさとしろっ!!
って外野が騒ぐだけ不毛なんだよな〜。
家に帰るのも距離的に面倒だし、綱手姫に任務押し付けられたらサスケの行末見逃すし。
こういう場合は。
ナルトは内心だけで愚痴を零し身体を左右に揺すって悶える。
まだ当分動きそうにない音の四人と俯いて考え込むサスケ。
接触が見たいならもう少しここで待つ必要がありそうだった。
「やっぱ仮眠かな」
イルカとの対話とサスケとの私闘モドキ。
自来也に嫌味を言ってサクラちゃんとデート。
人と時間を長く共有する事が苦手なナルトとしては少々気疲れ気味。
少し休んで英気を養いたいところだ。
「時間がきたら合図宜しく」
ナルトに気が付いてやって来たシノの蝶が、ナルトの鼻先数センチで浮遊している。
瞼を閉じきる寸前に小声で頼んでナルトは身体を完全に休めに入った。
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