紅(あか)と朱(あか)の衝突


かなりの高さを誇る木の葉病院屋上の金網。
金網を駆け抜ける風がサスケとナルトの身体へぶつかった。

流れていく雲と何処からか飛ばされてくる小さな木の葉。
憔悴した風を隠したつもりのサスケと対峙しながらナルトは身体を駆け巡る血が、騒いでいるのを他人事のように感じている。

 うちはの血、か。
 俺を刺激するのか?
 うちはの血が。

身体中の血液が逆流しそうなサスケの殺気立ったチャクラを浴びながら。
一昔前の自分なら興ざめしてしまって、敢えて『負ける』選択肢を手にしたかもしれない。
サスケという里にとっては『将来有望株』を里に縛り付けておくために。
その可能性に身震いしてナルトは気持ちを切り替えた。

「はっ」
だからわざとナルトはサスケを極限まで挑発しようと考える。
遅かれ早かれ違える道なら仕方がない。
人の気持ちは何かで押し込めていられるほど簡単でもない。
小さく笑ったナルトにサスケが苛立ったように頬を一回だけ痙攣させた。

「何が可笑しい?」
サスケはナルトの笑いを曲解する。

刺々しいサスケの声を聞いたのも随分と久方振りだ。
サスケの焦りと怒りを理解していながらナルトはふとまったく違うことを思う。

「可笑しいんじゃねーってばよ。嬉しいんだよ」
思考が流れていきそうで慌ててドベ演技を詰め込む。
笑ったのはライバル視していたエリートと戦えるから。
ドベのナルトなら確実にこのチャンスを喜ぶ。
完璧な演技から繰り出されるナルトの台詞に、 「!」  サスケは僅かに目を見開いて反応を返す。

「お前に……ここでやっと勝てると思ったらな!」
普段のサスケなら絶対に逆上したりはしない。
寧ろ鼻で哂ってナルトのいきがりを受け流す。
けれど今のサスケには余裕がない。

 さあ、本当のお前を見せろ。
 ドベのナルトが自分に追いつき越そうとしている現実を受け止めるだけの。

口先とは裏腹にサスケを冷たく見詰める内側の己がいる。

「何だとォ、落ち零れがほざいてんなよ」
眉間の皺を深く刻み写輪眼を回すサスケは滑稽なピエロそのもの。
木の葉に踊らされ兄に踊らされ、大蛇丸に踊らされ……。
狐の己に化かされる哀れな子供。
表情こそ興奮気味にしていたがナルトは裡側で嘯く。

「いつまでも落ち零れの足手まといじゃねーぜ」
サスケの挑発に丁寧にドベ演技で乗って。
ナルトもきつくサスケを睨みつけた。

 サスケ、お前の望む闇を見せろ。

目線で煽るはサスケの血。
ナルトの血は、うちはの血のむせかえる血生臭い香りに興奮し同時に嫌悪を示している。

「てめェ、このウスラトンカチが。何、図に乗ってんだァ!」
余り煽りすぎても脳の血管が切れて脳内出血でもおこされたら大変かもしれない。
ナルトはサスケの逆上振りを観察して少し不安になってきた。

「へっ……クールなお前がいつになく喚くな。らしくねーんじゃねぇの?」
不安になれば自分の『血』も『腹の一物』も静まってくる。

 俺は、現段階において俺が披露できる、俺自身の片鱗をお前に見せよう。

うちは、の血に呼応しかけた己の血の熱さ。
基、己の未熟さに自分で哂ってナルトは仲間に、表でライバルとして相対してきた子供に慈悲を与える。

「もしかして喧嘩売っておいてビビってんじゃねーのか? サスケェ」
サスケが全力を出せるようナルトは更に言い募った。

 ここで道が違えてしまうにしても。
 仮初の仲間として最大限の譲歩を、お前に。

残酷な優しさだとは我ながら感じる。
イタチはナルトを狙っているのではなく、表向きには『九尾』を狙っている筈だ。
まかり間違えても『天鳴』の情報を漏らす愚行はしていないだろう。

サスケは九尾封印の経緯など知らないし、ましてや天鳴という単語すら知らない温室育ちだ。
イタチが、兄が、何故ナルトに執着するかさえ分らないだろう。
いや、逆にナルトだけがイタチに認められていると勘違いして逆ギレさえするかもしれない。

「さっさと来い!!」
「その前に額当てをしろ。待ってやる」
現に逆ギレを起している当人を目の前に何処まで自分の言葉が通じるか。
訝しみながらもナルトは額当ての装着をサスケに要求する。
慌てて非常階段を駆け上がるサクラの気配を感じてあえて付け加えた。

「いらねーよ、そんなもんは」
サスケは即答して苛立ちを隠さずナルトに攻撃を促す。
きっとサスケにはこれ以上の会話が耐えられないのだろう。
下だ、ドベだと見てきた同期の忍が。
一番認めたくなかった相手が自分を凌駕しようとしている現実に。

「いいからしろ!」
ナルトは尚もしつこく額当ての装着をサスケに要求した。
本音を言えばサスケが額当てをしようがしまいがナルトの知ったこっちゃない。好きにしろとも言いたいが。

 木の葉の一端を担う俺からすれば額当てはサスケの闇を量るに丁度良い。
 アカデミーでエリートだったサスケが額当ての意味を分かっていない訳がない。
 イルカ先生の授業でやっててサスケも真剣に聞いてたしな。
 己の矜持?
 くだらない自尊心を守るか、最低限の理性を以て額当てをするか。
 どうするかでサスケの里への忠誠度が分る。
 嫌な判断の仕方だが選り好みしている場合じゃないしな。

ナルトが興味深くサスケの返答を待つ。

「お前は俺の額に傷一つつけることすら出来やしない!」
額に親指向けて断言したサスケから漂うのは相変わらず。
殺気混じりのチャクラ。

 おいおい……言ったよ、サスケ。
 額当ては木の葉の忍にとったら『大切』なモンだろーが。
 自分の程度を把握できないサスケにとって里はその程度のものなのか?
 それとも。
 ……全てが自分にだけ冷たいと嘆いていた子供の頃の俺と一緒なのか。
 こーきたら、ドベの俺としては説得?
 するべきなのか??

 無視して殴った方が早そうだけどなぁ……。

 ああ、めんどくせー。

サクラが非常口の扉からこちらの様子を窺っている。
ご丁寧に気配を殺して息を殺して。
ナルトはげんなりしながら話の流れを微妙に変える。
サクラが駆けつけるのが遅ければきっと問答無用で殴ってやった。

「違うっ!! これは木の葉の忍として対等に戦う証だって言ってんだよ!!」
ナルトは額当ての金属部分を人差し指と親指で掴み上下に軽く揺する。
「そういうのが図に乗ってるって言うんだ。てめぇと俺が対等だと思ってんのか!?」
「ああ、思ってるっ!! 俺は一度もお前に劣ってると思ったことはねーよ!」
売り言葉に買い言葉でサスケの暴言に対抗してナルトも暴言を吐いた。

「目障りなんだよ!!」
憎しみさえ篭ったサスケの台詞にナルトは表向きの怒りを高めていく。
「それはお前が弱いままだからだろーが!! サスケちゃんよォ!!」
本来の自分ならば決して言いたくもない一言である。
例え演技上のドベナルトとしても言いたくはない一言である。
言いたくもない三文芝居の台詞を吐き戦うのは、サスケに対する最低限の礼儀だからだ。

 そう。
 俺は俺だと遠巻きに気付かせてくれた要因の一つだったからな。
 七班は、さ。
 この際だから私闘前の子供の口喧嘩のレベルの低さには目を瞑ろう。
 しっかしサスケも一皮剥けば子供だったんだな、本当に。
 名門だから、実力がないくせに五月蝿いなんて馬鹿にしてた俺もまだまだだ。
 相手はガキじゃないか。
 兄に復讐したいだけの。

互いに互いの名を呼び合えば、それが合図。
ナルトらしく真正面から両拳を打ち込み、サスケの手のひらに受け止められ。
繰り出されるサスケの蹴りを察知し背後に後退して間合いを取り、ナルトは近づく二つの気配にほくそ笑みながら印を組んだ。

「多重影分身の術!!」
屋上一杯に立ち尽くすナルトと多重影分身達。
一番最後に陣取ってこちらへ駆けてくる大人二人の気配に心の中だけで舌を出す。

 もう遅い。
 サスケは闇への糸口を見つけた。
 説得するつもりかどうか知らないけど、アンタ達は何時もそうだ。
 何もかも対処が遅すぎる。

朱色に染め上げられた自分の瞳をサスケに目撃されないよう、細心の注意を払いナルトは口角を持ち上げる。
絆がどれだけ意味を成さないものか。
一番良く知っている二人が何をするかは見物だが。
それ以上に今必要なのは。

 サスケへの最大限の礼を尽くそう。
 仲間として俺を認識していた、サスケに。

次々に消されていくナルトの分身達。
合図を送って『うずまきナルト連弾』の体勢を取り、サスケを宙に蹴り上げればサスケは空中で器用に体制を整える。
この程度のサスケの反応は予想済みだ。
続けてくるのは恐らく『火遁』だろうと考えていれば案の定。
サスケは寅の印を結び、豪火球の術を屋上に放ってナルト達を炎の中へ閉じ込める。

 そう。俺はこれを待っていた。

わざとらしく「あちィ」だとか「うわぁ!」だとか。
悲鳴をあげて次々に消える影分身達を横目にナルトは赤い瞳を細め炎に焼かれ少々焦げ臭くなった服の上着を握り締め、笑い出したい衝動と戦う。

 サスケ、俺からの感謝を受け取れ。
 お前の闇を曝け出してやるよ、この場の全員に向けて。
 強さだけで忍が勤まると思うなよ。

赤い炎がちらつく屋上。
高温が周囲を圧倒する。

ナルトは、サスケの赤というより怒りの度合いによって濁った朱色の写輪眼を盗み見てソレを作り上げた。

体外的に怪しまれないもう一人の影分身と共に渦巻く珠を一つ。
チャクラの量も現段階のナルトが発揮できるギリギリのもので。

「!」
空中から屋上を見下ろす格好のサスケ。
突如発生した空気の渦に吸い込まれる炎に目を見張った。
屋上に立つのはナルトだと分っている。
そして空気の渦を作っているのもナルトだと。

「…………」
サスケは条件反射的に腕で顔を庇う態勢をとった。
炎は渦に飲み込まれ消え去りナルトの手のひらには光り輝く何かが一つ。
補助的に呼んだのだろうか。
影分身のナルトが消える。

 キィーン。

耳に響くナルトが手にした珠から発せられる音。
サスケは僅かな逡巡の後、 自身も左手にチャクラを込めた。
具現化したサスケの左手のチャクラがチリチリ音を立てて収束し、千鳥を形作る。

「やめて……二人とも」
真っ青な顔のサクラが力なく呟く。
サクラの想像を越えた二人の喧嘩に身体から力が抜け膝がガクガクと震える。

「やめてよー!!」
二人が相当の術を持って相手を攻撃しようとしている。
サクラには到底耐えられない構図であり、これ以上の戦いは見ていられなかった。
同じ班の大切な『仲間』が戦うのを。
後先考えず飛び出したサクラはナルトとサスケの間に割って入る。

「二人とも!! 止めてぇ!!」
飛び出してきたサクラと高速でナルトとサスケに近づく一つの気配。
ナルトは表向きだけお義理程度に焦った顔を作り上げた。

 サクラちゃんも分ってないか。
 サスケもな。

 サスケが欲しいのは俺より優秀だっていう事実じゃない。
 兄を倒す事の出来る確固たる力だ。
 純然たる『能力』だ。
 自身の能力の薄さに気付かされたサスケが周囲の闇に呆然としているだけ。
 どうして俺だけがサスケを抜かす勢いで強くなっていくのか。
 漠然とした苛立ちを俺にぶつけてるだけ……。

螺旋丸をサスケへ向けるナルト。
千鳥をナルトへ向けるサスケ。
その中間点に立って硬く目を閉じるサクラ。

全てがスローモーションのように。酷く長い時間が経過したように感じられてから。
ナルトとサスケの身体は屋上に二つある給水タンクに投げ飛ばされた。

「!」
最悪二人の術を受けて……。
覚悟を決めていたサクラが恐る恐る目を開くと、サクラを背に庇いつつ構えるカカシが居た。
とぼけた雰囲気と寝ぼけ眼を連想させる半眼は相変わらず。

腹裡では相当怒っているだろうに顔は呆れた風である。

 やっと来たか。

投げ飛ばされながら、サスケの濁った朱色の瞳を盗み見て。
サクラの不安そうな顔を鼻で笑い。
ナルトは赤い瞳を蒼い瞳へ戻し、自分が激突するだろう給水タンクの請求費の心配を始めるのだった。


やっぱり好きなシーンは書くと長く掛かっちゃいますね。
ナルトの七班のメンバーに対する考え方をここ数話で表現したいと思います。
ブラウザバックプリーズ