闇の縁に立つ焦燥


木の葉病院、一階部分の受付でサスケの所在を聞いたナルトは深呼吸。

サクラを助けると決めたから我愛羅と戦った。
サスケを助けると決めたから綱手を説得した。

本当の意味で仲間にはなれなくても歩み寄れる。

幾分気持ちの整理もつきスッキリした気分でナルトはサスケのお見舞いへ足を運ぼうとしていた。

 ぼんやりしている事が多く、反応が薄いか。

受付でサスケが特別病棟からそこへ移された事を知り、ナルトは胸を競りあがる不快の塊を飲み込み宙を睨む。
偶然盗み見たサスケのカルテに書かれていた看護士の文字。

あのサスケが意識を取り戻しても修行をしていない、らしい。

運悪く読めてしまったサスケの様子にナルトは僅かに肩を落とす。
ナルトが考えているほど事態は思わしくないようだ。

 サスケにつけられた呪印。
 それから大分傷み始めた大蛇丸の身体。
 俺が大蛇丸ならサスケの身体を乗っ取る。
 写輪眼を得るためならそれくらい安い。

革張りのソファーに腰掛けナルトは両手を組み、両手に額を押し付け熟考する。
イルカとの折り合いは決着がついた。
いずれ現在の師であるカカシとも接触する時が来るだろう。
ソレよりも前に確かめたいのがサスケの闇だ。

 中途半端に強いから、サスケはああなるんだろうな。

恵まれた家系に生まれ将来を嘱望される。
ナルトには縁遠いがナルトの血継限界・天鳴(あまなり)を考慮すれば想像は易い。
同年代より早熟で、だからといって目上の忍と対等に戦(や)り合えるほど強くない。
シノに出会って捻くれていた自分のあの状態と良く似ている。

抜け出す基礎的な力を持ちながら、決定打にかける強さしか持たなかった自分に。
苛立ちばかりが募り、不安定な精神は闇を招く。

 既に九尾という闇を抱えていた俺とは違う。
 三代目のように強い存在もサスケには居なかった。
 悲劇のうちはとして真綿に包まれ成長したサスケの闇は歪んでいる。
 既に歪んだと諦め血に染めた手を持つ俺とは違う。
 アイツは未だ本当の闇を知らない。
 だから単純に考えて闇を、力を求める。

ナルトの闇をサスケが知らないように、サスケの闇をナルトは知らない。
いや、推し量れても正確にサスケを理解できないだろう。
サスケはナルトではないし、ナルトはサスケではないからだ。
その辺りはナルトだって割り切ってはいる。

 イタチもサスケを追い詰める。
 早く自分の立つ場所まで上がってこいと急かすからな。
 まったく、紅先生もカカシ先生も!!!
 なんであの時サスケを止めなかったんだよ。
 あ、イタチの木の葉襲撃をバラしたのは別の忍だっけ……。

 はぁ。

小さくため息を零しナルトは顔を上げる。

 うだうだ悩んでも仕方ないな。
 結局直に会ってみないと。
 サスケがどーなってるかなんて分かりゃしない。
 厭な予感がヒシヒシしてるけど逃げたくは無いな。

「うっし」
ナルトは両頬を軽く叩き、気合を入れてから勢い良く立ち上がる。
「サスケの病室、あっちだったよな」
あちこちから漂う病人の気配。
イルカが言っていたように、また自来也が案じていたように、綱手が驚いていたように。
里は大蛇丸の音によって甚大な被害を被っていた様だ。

 ジジイの逝去に気を取られ里の変化をキッチリ把握していなかった。
 色々と悟ったつもりになっててもまだまだだな、俺は。

軽く頭を左右に振り、ナルトは受付で教えてもらったサスケの病室へ足を運ぶ。
病室の前で一旦立ち止まり一度だけ深呼吸。
中からはサスケの他にサクラの気配もしていた。

ナルトだって久しぶりに会う仲間だ。
ドベの演技がうそ臭くなっていないか等と少々おっかなびっくりしながら開かれたドアを潜り抜け、中の様子を伺う。

 はえ? 修羅場???

珍しく険悪なムード。
暗い顔のサクラと窓から外の風景を眺めるサスケ。
現場を見てナルトは何度か瞬きを繰り返した。

「…………」
床に転がった林檎の果汁。
鼻につく甘い香りが充満するのとは反比例した、張り詰める病室の空気。
俯いたまま凍りついたように動かないサクラの表情は固く、顔だけ覗かせたナルトは目を丸くする。

「! ナルト?」
やがてナルトの気配を感じたサスケが弾かれたように首を横に向けた。
ナルトの名を呼ぶサスケの声は掠れていて未だ彼が本調子でないことを告げている。

「………!?」
サスケの対応の早さに内心不快感を覚えつつも、ドベのナルトは怪訝そうな顔をする。
見つかっても構わないよう気配は殺していないから、サスケに見つかっても問題は無い。
ただサスケの表情が決定的にこれ迄と違う。

 サスケ、お前やっぱり……。

深い深い闇の色。
ナルトがかつてしていた絶望の色ともまた趣が違う闇の色。
サスケの心を垣間見たナルトは落胆の気持ちを隠せない。

「な、なんだよ!?」
それでもドベの演技は続ける、正体は明かさない。
これは五代目綱手の意思でもあり、ナルト自身、サスケがどう変化したのか見極めたかった。

 中途半端の力も優しさも。
 受け止める側に余裕がなければそれは辛いだけ。
 俺は少なくてもサクラちゃんやお前を守りたいと考え始めていた。
 でもそれも奢りなのかもしれない。

翳るサスケの瞳を前にナルトはつらつらこう思う。

「ナルト」
 お見舞いに来たの? そう続けたいのに、サクラはナルトの名前を呼ぶだけで精一杯。
確かにサスケは無愛想で無言の圧力のようなものを持っている少年だ。
けれどこんな圧力今までに受けた事がない。

「そ、そんなに睨む事ねーだろ??」
表向きはナルトで。
サスケやサクラが良く知るナルトで応じ、どもってまでみせる。
お見舞いにきたのにどうして睨まれるのか分からない。
こんな空気を全身から出して。

 そっか……やっぱりサスケは。
 いや、俺も里も愚かだっただけだ。
 怒りに燃え暗い嫉妬に狂うお前の瞳を見て俺は己の浅はかさだと痛感する。
 うちはの貴重な末裔。
 護り育てていけるなんて里側の思い込みで傲慢な思考だったんだ。
 現にサスケは自身の強さに疑問を抱き始めている。
 仮に強い俺を見てもサスケ、お前の焦燥は消えやしない。
 更なる強さを求めて足掻くだけ。

「オイ、ナルト……」
サスケは感情が篭らない声音で仲間の名を呼んだ。
「なんだよ?」
おずおずとナルトはベッドを仕切るカーテンから、サスケが使っているベッド脇まで移動し改めてサスケの呼びかけに応じる。
「俺と……今から………戦え!」
ベッドで上半身を起こし座るサスケは掠れ声ながら、ハッキリ言った。
本気のサスケを感じ取ってビクリと身体を揺らしたサクラに対し。
ナルトは演技を止めるつもりなど無い。
空気の読めないドベのナルトは小首を傾げた。

「え!? 病み上がりの癖に何言ってんだ?」
キョトンとした顔でナルトはサスケを見下ろす。
サスケの焦燥なんてこれっぽっちも分かっていない態度で。

 安い挑発だろう?
 サスケ、さぁ、どう出る?
 闇の縁に立ち、力を求め、焦り足掻くお前の前に立つ俺に。
 ドベだと思っていた俺がある日突然お前に追いつこうとしている。
 焦る気持ち、苛立つ気持ちは理解できる。

 だが俺はお前じゃない。
 生き方を示してやれるほど偉くもない。
 ならば俺が出来る事は一つ。

「いいから戦え!!!」
真っ赤な瞳。
写輪眼を瞳に宿し、サスケは自分の主張をもう一度繰り返した。

少なくとも仲間に向ける視線とチャクラではない。
敵に向けるソレに似ている。
冷静なのに危うい何かを抱えたサスケの態度にナルトとサクラは同じタイミングで息を呑んだ。

「俺を助けたつもりか?」
薄く笑ってサスケは呟く。
「五代目だか何か知らねーが、余計な事させやがって」
サスケの口から吐き出される暴言に近い雑言。
忌々しげに歪められたサスケの口から零れ出るのは所以のないナルトへの憎悪。
「なにィ!」
鈍い表のナルトでもサスケの怒りが伝わる頃合、見計らってナルトは怒りの感情を浮かべ初めてサスケを睨みつけた。
サスケもまたベッドから起き上がり、素足のまま床に立ちナルトを真正面から睨みつける。

「サ、サスケ君! ちょ……どうしちゃったの!? ナルトも何か言いなさいよ! いきなりこんな……」
サクラは一気に空気が悪くなり、オロオロし、それでも少年達のぶつかり合う何かを押し止めようと諌める台詞を喋る。

「「………」」
紅い血の色に染まった禍々しい闇の瞳と、蒼く澄んだ美しい瞳が交差する。
どちらも視線を外さない。
互いの本心が何処にあるのか確かめようと揺らめき、灯った何かを強める。

「………」
ナルトは瞬きもせずサスケの写輪眼を見据える。

 俺に出来るのはただ一つ。
 ……サスケがどの道を選ぶか見届ける事だ。
 里の利益?
 んなもんクソ喰らえ。
 大蛇丸の暴挙を許した時、三忍の誰かが責任を取らなきゃいけなくなったんだ。
 ならそーゆう責任は大人に取ってもらうべきだよな。
 間違えた闇の道でも良い。
 サスケ、お前の望みは何だ?
 仮初の仲間として俺が出来る最大限だ。
 俺はお前の選んだ道を許容する。

仲間だからこそ助けてくれるシノとシカマル。
護者だからこそ世話を焼いてくれる紅。
元教え子だからこそ心配してくれるイルカ。
それから。

 俺がどう動こうとも信じると大見得切ったからな、注連縄。
 俺は俺が最善だと思った行動を取る。
 俺が最善だと思っても他がそう思うかは分からない。
 そうだろ?
 人間の心なんざ忠誠心や義理人情なんかで縛れやしない。

ナルトは腹を括る事にした。
遅かれ早かれ彼とはこうなってしまうのかもしれない。
ドベのナルトが存在し続ける以上、いずれは衝突する時が来るのかもしれない。

「………ちょうどいいってばよ!! 俺もお前と戦りたいと思ってたとこだ」
強がりナルトの顔で笑い、ナルトはサスケの挑発に乗った。
「二人とも止めてよ!! ねぇ!!!」
サクラが耐え切れず悲鳴に近い声を上げサスケとナルトに訴えかける。

「付いて来い」
写輪眼の瞳のまま顎をしゃくってサスケは病室の外を示す。
「フン!!」
尊大なサスケの態度が気に入らない。
ナルトは鼻を鳴らしそっぽを向き、サスケが病室から出て行くのに倣い自分も出て行く。

 ……サクラちゃんが剥いた林檎を潰しても気付かない。
 サスケお前は今本当に何も視えていないんだな。
 どれだけ自分が弱いかも知らず偽りの強さにしがみ付く。
 自分の不幸に酔うならとことん酔え。
 力の無さを悲嘆するなら悲嘆しろ。
 俺はただお前が目指すものを見届けよう。
 信用するから俺はお前を助けない。
 道を違えても。

サスケもまた、自分と同じく本来は誇り高い性格を持っているであろう。
一時とはいえ表のドベのナルトを仲間として受け入れ、対等までとはいかなくても、それ相応に扱ってくれた下忍である。

「……だから」
無言で非常階段を登っていくサスケの背中を見上げナルトはひとりごちる。

「だから、サスケ。全ての力でお前と戦う事は出来ないが、片鱗は拝ませてやるよ。道は一つじゃない。闇に沈むも光を歩くもお前の自由だ」
自由には責任が伴う。
思うが侭に振舞えばいつか手痛いしっぺ返しを喰らう。
それを承知で、または一時の焦燥から自由を選ぶならサスケもそれだけの器しかなかったのだと。
そう評されても仕方がない。

忍は人の優位を示すステータスではない、自分が傷付けられた分を相手に味合わせる為の復讐の道具(手段)でもない。
忍び耐え、暗躍する事を望まれた戦人(いくさびと)なのだ。

 闇の縁に立ち焦燥に浸るお前は『どの答』を俺に示す?

「尤も……誰かの手のひらで踊らされるだけの、自由なら。俺はいらないけどな」
サスケの耳に届かぬよう小さな小さな呟きを漏らし、ナルトは唇の端だけを持ち上げて薄く哂った。


気に入った場面は書くと長くて間延びしちゃいますね。反省。
ブラウザバックプリーズ