先生と元生徒
五代目火影・綱手姫の元組織固めに奔走する里の上層部。
そんな中、ナルトは少しだけ迷っていた。
常のうずまき ナルトなら真っ先に訪れるであろう人物。
勿論里へ帰還した直後にナルトも彼の所在を捜したのだが生憎任務とのこと。
仕方無しに天鳴(あまなり)関係の雑務から片付けて、漸く今日。
うずまき在住のアパートの片付けにこぎつけた。
「……イルカ先生、か」
第七班の写真と、アカデミーでのイルカとの写真。
うずまき宅にはこの二つの写真だけが飾られている。
誰が見ても疑問を抱かない当たり前の写真だけが。
「そろそろ任務から帰ってきてるよな」
壁にかかった時計を見上げ、小さく息を吐き出す。
ナルトは眉根を寄せ、雑巾を持ったまま考え始めた。
会いに行かなくちゃいけない、って義務感でこのまま会いに行くのもなんだよな。
イルカ先生って嫌いでもなければ好きでもないし。
それに天鳴の揉め事には絶対巻き込みたくない大人第一位だから。
カカシ先生みたく臨機応変なら兎も角。
ゲキ眉みたく、案外熱血タイプだしさ、イルカ先生って。
しかも極度のお人好しだ。
素朴な幸せを掴み、平穏な家庭を築いて欲しいと。
ナルトが珍しく思う大人の一人でもあるイルカ。
これまでは、ナルトの演技の延長上に位置していたイルカ。
そろそろ、彼の事も己の裡でどう位置づけるのか。
ある程度の判断をつけなければいけない時期にさしかかってきている。
「……でも、巻き込めないよな。やっぱり」
九尾の件、要はアカデミー卒業の件で十二分に巻き込んでしまった感はあった。
あれ以上事情を知ったら、イルカは間違いなく『紅先生化』するのは確実で、口煩い保護者を増やすつもりはナルトにはない。
雑巾を手に再び床を拭きながらナルトはひとりごちる。
「出来る限りは『うずまき ナルト』を信じてくれてる先生、って位置に留まっておいて貰おうかな? 大蛇丸だって里を諦めてるわけじゃないし」
写真立てに納まった第七班の写真。
不機嫌そうなサスケの顔を一瞥し、ナルトはうちはを取り巻く無数の欲に頭痛を覚えた。
誰も彼もが力を手に入れようと必死で、他を傷つけ巻き込み争いを起こす。
文句を言える立場じゃないが、当事者だけで勝手に揉めてくれと感じてしまうのは傲慢だろうか。
「結局分からなかったしな、色々は」
厄介なのは自分が何も知らないという事。
結局注連縄だって何一つ手がかりを残さず、信頼の言葉だけを残して遁走してしまった。
何故自来也が火影の椅子を拒むのか。
何故イタチは里を捨てたのか。
何故暁は九尾を狙っているのか。
何故……。
「はぁ……キリねーじゃん、考えてたら」
肩を落とすナルトに時計がきっかり十二時を告げる。
早くしなければイルカは任務から戻り報告書を出し、下手をしたら、また別の任務を請け負うかもしれないのだ。
「うずまきである以上、必要なセレモニーではある。だよな」
浮かない顔で時計を一瞥してからナルトは雑巾を洗濯機へ放り投げ、瞬身の術を使ってボロアパートから姿を消した。
偶然を狙って受付にやって来たイルカを襲撃するのも、随分久しぶりに感じる。
ドベのナルトの元気そうな様子に安心して、それからイルカは懐かしい台詞を口にした。
「一楽へ行くか?」と。
無論ナルトは先生の奢りなら、なんて昔から変化のない返事を返したのだが。
イルカにすれば元気なナルトの様子は嬉しいらしく、疲れた様子を見せつつも元生徒と共に一楽の暖簾を潜ったのであった。
運ばれてきたラーメンを何時もの如く仲良く並んで啜る。
アカデミー時代にはちょくちょく体験した光景も今は昔。
遥か遥か遠い昔に感じられるから。
最近の俺って忙しかったな、公私共に色々と。
これまでが静か過ぎた反動だったらそれは嫌な反動だな。
もう少し静かな環境が欲しい。
なんてナルトは年寄りじみた考えさえしてしまう。
ナルトの保護者は別として、師匠面する某エロジジイや、やる気になってしまった某火影の孫だとか。
濃い面々がナルトの脇を固めているのだから当然とも言えよう。
「ナルト」
ナルトがつらつら考えていると、イルカが静かにナルトの名を呼ぶ。
「ん〜?」
ナルトはイルカへの反応を間違えないよう注意を払い、間延びした返事を返した。
「これを欲しがっていた時とは比べ物にならない程、成長したな。お前は」
自分の額宛を僅かに外して、イルカが感慨深く言う。
イルカからしたら取り立てて他意のない言葉。
それさえも懐かしいと感じるナルト。
例えるなら引退したご老体が縁側で茶を飲みつつ、日々の平和をしみじみ味わう様に似ていた。
……緊張の連続味わいすぎて、色々末期だ、俺。
それもこれも役立たずのエロ仙人だとか綱手姫だとか、大蛇丸だとか!!!
要はあの駄目大人見本市三忍が原因じゃないか。
俺ってとことん目上には恵まれないのな。
ナルトは内心だけで新たな発見に落胆し、愕然としつつも演技は続行。
「やっぱし! やっぱし! そう思う? イルカ先生から貰ったこの額当て、もう俺、完璧様になってるだろ?」
一番最初に認めてもらった先生からのお褒めの言葉。
元生徒からしたら嬉しくて仕方がありません。
空気に滲ませ気色ばみ、ナルトはイルカへ口早に言う。
反吐が出そうだったこの演技も今なら少しは好きになれる。
ナルトを着実に演じながら、ナルトは自分がこれまでとは違った冷静さを得た事に気付いた。
「なーに図にのってるんだ。お前なんかまだまだだよ。もっともっと活躍しないとな」
イルカはラーメンを食べる手を止め、カウンターへ肘を突きナルトを見遣る。
卒業しても尚ナルトの先生であるイルカの小言に、ナルトは頬を膨らませてこれみよがしに剥れてみた。
「あのなぁ、ナルト。今木の葉は大変なんだぞ?」
剥れるナルトを懐かしむ顔をしたイルカ、真顔に戻って話題を変える。
「三代目を始め多くの優秀な忍を失い、木の葉の力は半分以下にまで落ちている……。それでも、今まで通り舞いこんでくる数多くの任務はこなして行かなきゃならない」
ラーメン鉢隅の箸を並べ直してからイルカは背筋を伸ばした。
イルカの瞳はカウンター奥へ向けられているが、実際に一楽の奥を眺めているわけではない。
何処か遠くに想いを馳せる瞳でイルカは里の実情をナルトへ分かり易く教える。
「なんで? なんで? 人手が足りないなら断りゃいーじゃん」
頬にラーメンを残したまま無作法にナルトは単純な子供の意見を口に出す。
「いや、それじゃ駄目なんだよ。圧倒的な力で近隣諸国とのパワーバランスを保ってきた木の葉だ。任務を断れば、他国に里が弱ってんのを知らせるようなもんだ」
イルカの脳裏に蘇る半壊した里の風景。
中途半端に再開されたアカデミーの授業で見る教え子達の明るい笑顔だけが唯一の光明だ。
さほど難しい任務をイルカが請け負っているわけではなくとも、木の葉崩し前では考えられなかった任務がイルカの元へも舞い込んでいる。
誰も彼もが木の葉の疲弊を悟られぬよう必死で働きまわっていた。
「そんなこんなで今やアカデミーすら休校状態。俺も色んな任務をこなしてるくらいだしな。病み上がりのカカシさんにすら、もう任務の話が行っているはずだ」
イルカは事情を良く飲み込めていないであろう元生徒に、さらに噛み砕いた説明を加えた。
身近な教師までもが任務消化にあたっているのだと。
成る程ね、道理でカカシ先生の気配がなかったわけだ。
俺の監視役が一時的にエロ仙人へと移行しているし。
天鳴の方は紅先生が保護者確定だからな。
カカシ先生と俺という優秀な暗殺役を効率よく使いまわす為か。
それだけ切羽詰ってるって事だよな、里も。
俺もうかうかしてられねーかも。
綱手からはSランク暗部向き任務はさほど割り振られてはいない。
だが今後増えるかもしれないとナルトは割り箸を咥えたまま思案した。
「んー、そうだったのか……大変なんだなぁ……」
他人事。そんな風に返事を返しながらナルトは腹内で苦笑い。
イルカとこうもスレ違っていたのはナルトにも外せない裏の任務があったから。
五代目火影の無茶苦茶があったからも加味されている。
「コラ! 他人事じゃないぞ。お前も額当てが様になってんだったら、里の為に任務をこなさなきゃ駄目だぞ」
大らかに育ちすぎたか?
目を細め眉を寄せ、イルカは自己の教育方針を今更ながらに反芻し少し不安になる。
ナルトは歳相応にしては少々ひねた子供で、頭もお世辞には良い方ではない。
しかも口ばかり先に立ち弱音を口に出来ない不器用な子供なのだ。
生い立ちを考慮して多少の暴言は見逃してきたつもりのイルカ。
ナルトの兄貴代わりとしてなんだかちょっぴり不安になってきた。
里の非常事態、こいつ(ナルトの頭)はきちんと分かっているんだろうかと。
「うん……! でもまずはその前に、腹ごしらえが先だってばよ!!」
ナルトはイルカから滲み出る心配の二文字を見なかったことにして、残りのラーメンへ取り掛かる。
「ハハハ……お前らしいな」
心底呆れた様な、相変わらずのナルトのマイペースっぷりに安堵したような。
舞い混ぜになった笑い顔を浮かべ、イルカは直ぐに口を噤む。
里の非常事態は理解しているらしい。
それでも目の前のラーメンに箸を伸ばすナルトは、常のナルト。
状況に流されているようで流されない。
頑固で柔軟な頭を持った子供。
イルカは里の危機をナルトに説明したのは余計な老婆心だったかもしれない、こう思い直す。
一転の曇りも見えないナルトの空色の瞳が好物のラーメンを目の前に輝く。
この真っ直ぐな気持ちさえ持っていればナルトは大丈夫。
確たる証拠も何もないがイルカは漠然とそう感じ取る。
「ガンバレよ!」
破顔してイルカがナルトに短く告げた。
ああ、そうだったけ。
そのままラーメン代をテウチに渡して去っていったイルカを見送り、ナルトも一楽を後にする。
雑然とする木の葉の大通りを遠慮なく歩きながら青空を見上げる。
「ちょっとでもコレが前進なら、構わないよな」
先刻までイルカの処遇をどうしようかと、迷っていた己が酷く愚かに感じる。
胸にストンと落ちてくる奇妙な納得。
ナルトはどうしようもない自らの失態に内心で舌打ちした。
カンケー、ないんだよな。
イルカ先生が本当の俺を知っていようが、知っていまいが。
イルカ先生からすれば俺は大切な元教え子なんだ。
受け取ってる信頼が本物なら別に俺の正体云々なんてカンケーない。
俺がイルカ先生は俺の先生だって、分かってれば良いだけなんだ。
その先はその先。
今は未だ先生と元生徒、これでいーじゃん。
一々型に嵌めて判断しなきゃいけない生活だったから、ついイルカ先生も型に入れそうになったけど。
保留ってのもアリだろ、俺。
敵か見方かその他大勢か、果ては視野にも入れる必要のない諸々か。
常に正しい取捨選択を迫られていた。
情に流されれば手痛い仕返しを受け自身の命が危険に曝される。
ただの器なら早々に自分も消える事を選んだだろう。
しかし自分にはもう一つの力があった。
天鳴の血を絶やしてはいけない等と言う大人の思惑に乗るつもりもなかった。
が、シノと呼ばれる相棒を与えられ暗部の仕事を与えられ、結果、ズルズルと生かされて。
シカマルまでも仲間に加わり。
挙句生きる意味まで見つけてしまった。
昔の俺なら、ぬるま湯に浸かり腑抜けた自分を不甲斐無いと怒るかもしれない。
でも……構わない。
全てを晒す事も何も出来ない俺だけど、これで良いといってくれる人が少なくとも三人は、いや?
エロ仙人と綱手姫とシズネさん加えて六人居る。
今はそれでいいじゃないか。
他の問題は山積だけどな。
額宛をもう一度直しナルトはニンマリ笑う。
うずまき仕様の笑顔を浮かべ足取り軽やかに道を駆け抜けながら問題の一つを考える。
サスケ、怪我は完治されてるよな?
綱手姫が治したんだから。
そろそろ面会も大丈夫になってる頃だ。
サクラちゃんは毎日お見舞い行ってるだろーし。
さて、どーすっかなぁ。
闇と血の匂いが良く似合ううちは。
兄の手により修羅の道を用意されてしまった、哀れな生贄。
自分の宿命が復讐だと信じて疑わないある意味お目出度い少年。
「よぉーし!! 俺ってば頑張っちゃおうー!!!」
一応自分の気持ちを鼓舞する為に口にしてみる。
当然の事ながら気分は晴れない。
めんどくせー、絶対何か揉める。
分かってるだけに行きたくない……。
両腕をブンブンと前後に振りながら走り、ナルトは表の笑顔とは百八十度違う気分で内心げんなりしたのだった。
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