趣味にまつわるエトセトラ



太陽は燦燦と輝き、日差し自体は暖かい。
風はまだ少し肌に寒く。

半そでで元気良く、という雰囲気にはまだ遠い。
黒髪に特徴ある瞳の少女、ヒナタは、はにかみながら隣を歩く亜麻色の髪と瞳の美少女を見る。

「ご、ごめんね。初対面なのに。ナルちゃん」

 もじもじ、おずおず。

小さな声でヒナタが謝る。

「気にしないで、忍の任に就かれている方の趣味。わたしも興味あるもの」

 シノの恋人!? 

と専らの噂だった件の美少女。
名前はナルといって、高い家柄のお嬢様らしいが、非常に落ち着いている聡明な少女だった。
初対面で恐縮するヒナタにもキメ細やかな気遣いを見せている。

紅を介して顔を合わせたナルと一緒に押し花。
押し花と言っても列記とした任務である。
同じ女の子という事と家柄の釣り合いも考慮され、日向の嫡子であるヒナタにお鉢が回ってきた。
そう、ヒナタは聞いていたし、表に出しはしないがとても張り切っている。


だが本来は。







天鳴の家。
自来也やカカシといった監視が居ない日々を過ごし、羽を伸ばすナルトの元に暗い顔をした紅とシノが顔を揃えてやって来た。
「この通りだ」
シノが土下座する。紅も沈痛な面持ちで頭を左右に振っている。
「どうしたんだよ?」
驚いたナルトが思わず居間の椅子からズリ落ちた。
シノの土下座なんてどんな非常事態かと同時に身構えてしまう。
「班の存亡の危機なんだよ」
少々青ざめた顔を更に青くして。紅は嘆息する。
「はぁ!?」
紅の班。面子は眼前で土下座しているシノと、ヒナタとキバだ。
この場には居ない二人の顔を思い浮かべてナルトは首を捻る。
班としてはナルトの所属する第七班よりは結束があり纏まりもある筈だ。

存亡の危機なんて大袈裟すぎる。

ナルトは思った。

「本人に悪気がないだけにね」
なんだか遠い目をして紅がぼやく。
最近の里の忙しさも手伝って、常なら美しいと感じる彼女の顔色は冴えない。
というより激しく窶れ焦燥しているのは気のせいだろうか?

「……迂闊だった」
心底悔やむ口調で言葉を吐き出すシノ。
矢張り最近は忙しいのかちょくちょく会う事はなかったが、どのような時でもシノは己を見失わない冷静な少年である。
といよりは立派な忍びである。
ナルトは半ば冗談だろ、とか考えながらも二人の話に耳を傾けることにした。

まずは悲壮な雰囲気を持った二人を居間の椅子に座らせ、手ずからお茶を入れて振舞う。
湯気を上げる湯飲みを両手で包み、紅は何時になく表情を翳らせていた。

「ヒナタがね? 中忍試験を終わって、木の葉崩しも体験して色々考えたらしいの。それ自体は良い事なのよ。あの子、自分に自信が持てていないみたいだったから」
手の中の湯飲み。
波立つ緑色の緑茶の表面に映る己の顔。
自分で見詰めて紅が切り出した。
脳裏に浮かぶのははにかむヒナタと白目を剥いて気絶する赤丸。

「うちのキバは赤丸と散歩をするのが趣味、でね。シノは言わずもがな蟲取りでしょう? ヒナタは二人を見て自分も趣味を持とうと思ったのよ。ここまでは普通なんだけど」
紅の説明を聞いていたシノの顔が見る間に青ざめる。
シノの少々怯えた雰囲気につられ、シノの体内に眠る蟲達も落ち着かない。
表に出てこないものの、激しく心揺れる主の心境に引きずられてざわめく。

「色々試したみたいでねぇ。キバと一緒に散歩を体験して、何故か赤丸が気絶して帰還。シノと蟲取りに行って何故か」
「すまない、その話題は口にしないで欲しい」
紅がシノの蟲取りに言及し始めると、シノ本人が速攻で懇願する。

「つまりはヒナタに悪気はないけど、周りに被害が及んでるって訳か」
俯いて口を引き結ぶシノに、漸く事態の重さを悟ったナルトが話を要約。
ナルトのコメントに紅が首を縦に振った。

「それで、ナル。ナルなら舞や生け花とか、天鳴の跡継ぎとして三代目に稽古されていたでしょう?
私の知り合いの子供って事でヒナタに紹介するから、ヒナタの最近の趣味の押し花に付き合ってあげて欲しいんだよ。他の忍に被害が及ばないように」
疲れきった紅の潤んだ瞳。見つめられてナルトは首を横に振れなかった。







早朝の木の葉は所々に朝靄がかかっている。
澄んだ空気の中「ゲヘヘヘ」という妖しい声がする。
ナルトとヒナタは互いに顔を見合わせた。

「あ、あのね。この先は、その、小さな池があるの。下忍の任務で…来た事があるのよ」
青々と生い茂る緑と耳に飛び込む水音。
女性らしき人の弾んだ複数の声に、妖しい第三者の声。 「たまらんのォ」 頭隠してなんとやら。
背中は茂みからはみ出して一人ピンクのチャクラを飛ばす白髪頭のおっさんが一人。
ヒナタが気配を殺して近づき、その後をナルトが。
二人が見た光景は、池で水遊びを楽しむ忍? らしき美女達と、それを茂み中から覗く白髪のおっさん。

「……」

ナルトはヒナタに悟られぬよう、影分身。
更に男に変化して年齢も上げ。
暗部スタイルの影分身は木陰の上から、白髪頭のおっさん目掛け急降下。
当然繰り出すのは螺旋丸。

どごぉん。

茂みが吹っ飛び、白髪頭のおっさんも一緒に吹っ飛んだ。

「最近この近辺に妖しい覗きが出現している。君達も気をつけるんだ」
尤もらしくヒナタとナルト本体に告げ影分身は消える。
「怖いわね」
白髪頭のおっさんが消えた方向へ一瞬、軽蔑の眼差しを送り。ナルトはヒナタに話しかけた。
数秒間の間に展開された珍事に驚いていたヒナタも我に返る。
「な、なんだか、ビックリだね」
おっとりした調子でヒナタがのんびり笑う。
つられて笑った風を装いながら、ナルトは今晩の予定を決めた。

あのエロジジイを後できっちりシメておくという予定を。

池に来ていたのは中忍の女性達。
彼女達に別れを告げて、ナルトとヒナタは本来の目的地の野原に足を踏み入れる。
ヒナタがアカデミー時代にくの一の授業の時に使用されたという、様々な花が咲き乱れる野原に。

幼い頃は紅に連れられてナルトも生け花の授業を受けた思い出の地に。


「この時期だとこれかな」
にっこり笑顔でヒナタがチョイスするのは可愛らしい、可憐な小さな白い花。
薄桃色に染まった愛くるしい野草。のように、見える。

 ……ヒナタらしいって、それって。それって。

ある事実を発見したナルトは胸中だけで驚く。

「これをね、四歳の時、父の日にお父様に送ったら。なんだかお父様、打ちひしがれていたわ。どうしてかしら?」
悲しそうに目を伏せるヒナタにナルトは沈黙。

 そりゃそうだろう。
 その花はキク科の花に間違えるけど、毒があるものだ。
 全てに毒があるのじゃなくて、ヒナタが選んだ白い花だけが猛毒を持つ。
 花言葉は……言い尽くせぬ恨みだったっけ??
 四歳の愛娘に、んな花貰ったら辛いかな……あの当主でも。

ナルトが考える間にもヒナタは数本の花を摘み、持参した和紙の間に丁寧に挟みこむ。

「キバ君達に香りの良いこのオレンジ色の花を上げたの。そうしたら次の日、皆揃って風邪で寝込んだんだって。不思議よね」
今度はガーベラに似たオレンジ色の花を差し出すヒナタ。

 それは香りが幻覚作用を齎すモンだな。
 普通に嗅ぐだけじゃ只の花だけど、押し花みたいに密閉して乾燥させると化学反応を起こす。
 日向は名門だから、きっとヒナタが知らないうちに毒やそういう香りには耐性をつけられてたんだろう。
 キバは匂いに少し酔うかもな。耐性がなさそうな赤丸は即効で撃沈だろう。
 シノもきっと、無碍に断れなくて持ち帰って落ちた感じだ。

 恐るべし、名門の息女が放つ無邪気パワー。

花についての授業は一通り受けていても、専門的ではない。
好んで花を愛でるタイプでない限り。
毒があるとか幻覚作用があるだとか。効能に対する知識は疎くなる。

純粋に綺麗だと思った花を押し花にするヒナタだって、一応は選んで押し花にしているだろうが。
奥深い知識を備えているとは思えない。
ヒナタは日向家の出身で柔拳の使い手だからだ。
体術関連の知識は豊富でも花の知識は少々乏しそうである。

 確かに、性質悪いかも。

ナルトは胸中だけで頭を抱えた。
表面上は大人しいナルトの様子にヒナタは少し心配になる。

「つ、つまらない? 大丈夫? ナルちゃん」
「え? そんなことないわ。わたしも生け花を習ったから、懐かしいなと思っていたの」
不安そうなヒナタに笑顔で応じるナルト。
ナルトの笑顔にヒナタはほっとしたように胸を撫で下ろした。
一見すればただのお散歩だが、ヒナタにとっては任務である。

「あれ? ヒナタじゃない」
ゆったりまったりする二人に、主にヒナタにかけられた声。
春色の髪を持つ少女、サクラが少し疲れた顔でヒナタに手を振った。
「サクラちゃん
」 ヒナタも手を振り返す。看病疲れの色濃いサクラは淡い笑みを浮かべる。
「久しぶりに朝の散歩をしようと思って……?」
サクラからすれば見知らぬ美少女。
ナルトを見咎めたサクラは不思議そうにヒナタを見る。
少し緊張に頬を赤めるヒナタが、ナルトの身分が高いこと、護衛を兼ねてヒナタの趣味の押し花をナルトにレクチャーしていることをサクラに伝えた。

「へぇ……ヒナタって押し花が趣味なんだ」
感嘆の声をサクラが零す。
「そんな大層な趣味じゃないんだけど。気になった小さなお花とか、そういうお花を押し花にしているの」
ナルトを挟んで座るサクラにヒナタは答えた。
「名前なんてよく分からないんだけど、でも、一生懸命咲いているお花を見ると。つい見習わなくっちゃって思って……その気持ちを忘れたくなくて」
胸に手を当てて語るヒナタの前向きで直向な姿勢に、ナルトもサクラも感動する。
引っ込み思案で目立たなかったヒナタも、経験を通して変わろうとしているのだ。

が、感動の余韻は長く続かない。

「サスケ君はもう平気なの? お母様が言っていたんだけど、もしサクラちゃんに覚悟があるのなら、これを」

 ブチ。

音がしてヒナタが一見只の雑草を引っこ抜く。
葉の部分は蓬に似ていて、草独特の青臭い匂いが漂う。

 まぢ?

その根を見た瞬間ナルトは魂を少し飛ばしかけて全速力で戻ってきた。

「昔ね、お母様が怪我をしたお父様を看病した時に、使ったんだって。
日向の家の人間だけの秘密なんだけど……サクラちゃんが看病しているって話をしたら。勧めて見なさいってお母様が言ってた。お父様はすっごく不機嫌になちゃって……でも、でもね、効き目はある薬草だからって」
ナルトが魂を飛ばしている間にヒナタが教わったままをサクラに説明。

 そりゃ媚薬だ!!!!!

絶叫したいのを寸での部分で飲み込み、ナルトは激しい頭痛と眩暈に額を押さえた。

 既成事実作って結婚とかってオチか!?
 そうなのか!?
 恐ろしいな、日向家は。色々な意味で。

これも本来は只の雑草で、口に含んだ位では媚薬のびの字にもならない。
緑茶と薄めたお酢を入れると何故か強力な媚薬となる。
上忍クラスになれば学ぶ薬草知識に書かれていたような気がする。
安易に下忍に教えないのは、十代の子供に安直に試されては倫理が崩れるからだ。

尚も説明を続けようとするヒナタにナルトは諦めた。

 悪いな、二人とも。俺が限界だ。

手早く印を組み、二人に強力な暗示をかける。

「今日の押し花はナルなる少女と二人でやった。誰にも会っていない」
これはヒナタに。

「今日の散歩は途中で引き返して、そのまま木の葉病院に向かった。サスケの看病に」
こっちはサクラに。
万事が万事、この調子だと疲れる。

ヒナタは悪くない、悪くないが周囲を巻き込む。無意識に無邪気に。

「押し花は日向家の庭の花で作った方が綺麗」 ヒナタに申し訳ないと思いつつ、ナルトはヒナタにもう一つの暗示をかけた。




暗示のかかったヒナタはその後、日向家の庭で迷惑にならない程度に花を摘むが。 「……ヒ、ヒナタ様……」
薬草の匂いというか、劇薬成分を含む花の押し花に撃沈するネジと。
「ど、どうしたの!? ネジ兄さん!! 敵襲??」
日向家の敷地内で倒れたネジを本気で心配するヒナタの姿が見られたのは、日向家の人間以外は誰も知らない。



 ヒナタの押し花ネタは書いてみたかったので、楽しかったです〜v ブラウザバックプリーズ