五代目!
久しぶりに腕を通す暗部装束。
ナルトは少し肌寒く感じる風を切って夕暮れの木の葉を移動していた。
懐かしいと想うキモチ。
この額宛に誇りを感じるキモチ。
まだ心の底から納得できていないけれど、ここで俺は生きてきた。
生きている。
面の瞳の部分から覗く木の葉。
倒壊した建物の復旧はそれなりに進んでいて、灯る明かりがナルトの胸を暖かくした。
「せっかちだね」
すっ。
ナルトの傍らに躍り出る長身の影。
長い髪を一纏めにして同じく暗部装束のままナルトと併走する。
「初対面のホカゲサマ相手に遅刻はよくないだろ、紅さん」
もう一人。
長身の影向こうに髪を頭の高い位置で結わいた影一つ。長身の影・紅に遠慮なくツッコんでいる。
「言うねぇ、奈良」
怒るでもない。
愉しそうに笑う紅にシカマルは黙って火影邸を指差すだけ。
細身の影が火影邸の屋根上に乗りナルト達を待つ。
「シノ」
ナルトが名前だけを呼べば、その暗部装束のシノは片手を軽く挙げた。ナルト・紅・シカマルの順に屋根に着地。音も衝撃も与えない軽やかな着地である。
行くか?
面を外したナルトにシノの瞳が問いかける。
「ああ、挨拶しに行かないとな」
薄っすら笑ってナルトは瞬身の術を使って火影邸内に侵入。
そんなナルトの変わらぬ調子に笑い合って。
紅とシカマル・シノも火影邸内へ入っていった。
一方。
火影邸内。
火影の執務室隠し部屋。
興味深そうに周囲を観察するシズネとは対照的に、綱手は欠伸交じり。時間潰しに持ってきた書類片手に呑気なものだ。
「綱手様!」
大口を開けて欠伸を漏らした綱手の顔を見咎め、シズネは眉を顰める。
「大切な顔合わせの時にその様な……」
まるでやる気をみせない綱手にシズネは小言を洩らした。
ナルトを頂点とする三代目火影の遺産。
大蛇丸と戦った時は複雑な要因が絡み合い、客観的に考えることも無かったが。
よくよく冷静になって考えてみれば。
とんでもない手土産を渡されたことになる。
子供達は三忍にはやや劣るものの、それに近い能力を持っているのだから。
ナルトちゃんに及ばないにしても。
相当の実力を持つ子供が後二人。
対して綱手様はこんな調子で……大丈夫かしら。
頬に手を当てて数秒間だけ。シズネは途方に暮れた。
「いいじゃないか。この会合は火影しか知らないモノなんだろう?」
手を左右に振ってまったりする綱手に、シズネが本格的に脱力した刹那。
からくり戸が開いた。
音もなく飛んでくるクナイと手裏剣と千本。
全て綱手の心臓を寸分たがわず狙う。
「!?」
咄嗟の事態に身動きできないシズネと、手にした書類でクナイと手裏剣と千本の勢いを殺して怪我を避ける綱手。
隠し部屋に置いた蝋燭の光が揺らめく。
「随分手荒い歓迎だねぇ」
紅を引いた綱手の唇が持ち上がる。
愉快そうに表情を崩す綱手と呆然と立ち尽くすシズネ。
好対照の二人にナルトは軽薄な笑みを浮かべ断りもなく隠し部屋に入った。
「火影直属暗部・天鳴(あまなり) ナル。只今参りました」
「同じく、油女 シノ。只今参じました」
「同じく。奈良 シカマル。右に同じく」
流れる動作で片膝を折って跪くナルト・シノ・シカマル。
感情を窺わせない表情と声音。
訓練された忍の動作に綱手は目を細める。
「天鳴 ナル保護者役、夕日 紅。同じく参りました」
最後に登場する紅。
会釈した紅に、シズネも慌てて頭を下げた。
「ご苦労」
目は笑っていても顔は通常。
綱手の言葉に三人の子供達は頭を上げる。
「シズネ・紅。お前達はご意見番との打ち合わせを頼む」
子供達の顔を順番に眺め綱手が背後のシズネと真正面の紅へ言う。
僅かに驚いた風な目をしたが、シズネも紅も。
五代目火影の言葉にうなずいて部屋から姿を消した。
「ったく、性質の悪さなら私達三忍と同じくらいか?」
書類に突き刺さった三種の武器。
クナイには数秒で死に至る猛毒が。
千本からは強烈な幻覚作用を持つ薬が。
最後に手裏剣は二枚刃になっていて、取り外しを慎重にしなければ、手を切る。
どれも持ち主の個性を反映している武器だ。
クナイをシノへ。
手裏剣をナルトに。
最後に千本をシカマルへ。
それぞれ投げ放った相手へと返す。
綱手の言葉に子供達は黙ったままニヤリと笑う。
「もしかしたらソレ以上か」
ニヤリと笑った子供達に表向きはため息ついてみせ。
綱手もニヤリと笑った。
「伝説の三忍相手に堂々と喧嘩売るなんて、面白い」
『何故なら私が、木の葉隠れ五代目火影だからね』
喋り始めた綱手の言葉を遮る、綱手の声。
札を持って不敵に微笑むナルトと瞠目する綱手。
静かなる女の戦いを傍観するシノとシカマル。
「それは燃やしたつもりだったんだが?」
こめかみに指を当てて複雑な顔をする綱手にナルトは首を横に振った。
「予備を作っておくのが妥当だろう。舐めてもらっては困るな、俺達の実力を」
ナルト達が舐められる=三代目の見立てが甘かったという事。
木の葉を陰で支えてきた矜持にかけてそれだけは譲れない。
小さな自尊心。
何より三代目の遺産たる己の誇り。
「ジジイも……先生も最後まで私を驚かせる」
死に方から始まり。
ナルトに一杯食わされたことと良い。
この子供達の演技と良い。
全てを仕込んだ三代目・師の笑顔を思い起こし綱手は遠い目をした。
ああ、まったく。
この椅子に座ってこの子達(三代目の遺産)とサシで向かい合う日が来るなんてね。
私も歳を取るわけだし。
時代も変化するわけだ。
「ふぅ。時間を無駄にするわけにはいかないな。お互いに忙しい身だ」
感傷に浸るのはこの子供達を料理した後だ。判断して綱手は意識を切り替える。
「まずは五代目火影様。就任おめでとう御座います」
仰々しく腰を折ってナルトが頭を下げる。
突然の祝いの言葉に綱手は目を丸くした。
「こちらから意見するのは僭越ですが」
続けてシカマルが発言して、横目でポーカーフェイスを保つシノへ合図を送る。
「我々はまだ貴女を主と認めてはいない。この事実を認識していただきたい」
頭を上げたナルトを目の端に収め。
シノは淡々とナルトとシカマルと己の意見を代表して口に出した。
綱手は形の良い眉を持ち上げてシノに話の続きを促す。
「火影に相応しい方だと里が判断した。だからと言って、三代目の遺産(我々)を貴方が完全に御せるかといえば話は別だ」
シノが綱手の目線に気づいて言葉を続けた。
「敬いはするけどな。ソレとコレとは話は別モンだって訳だ」
続いてシカマルも、面倒臭そうにシノの言葉に自分の意見を上乗せする。
「ふっ。そうだね、確かに話は別だ」
胸を貫く嬉しい驚き。
綱手は浮き足だつ己の心を勤めて平静に保ち、子供達の次の言葉を待つ。
道具として動くカラクリではない。
信念だけを掲げて闇雲に突き進むだけではない。
足場を確かめて歩いていく。
我武者羅になれば救われるばかりが世の中じゃない。
知っているからこそ嬉しく感じる。
この子供達が己を値踏みしている事態を。
そうだ。
これからは上の指示に只従うだけの影は要らない。
私の手足となって動いてもらう以上、遠慮なく意見はして貰わないとね。
素質があるからこそ、この子達とは常日頃話しておかないと。
大蛇丸やイタチの二の舞は勘弁だよ。
嬉しい気持ちを引っ込め、気を引き締める。
「本当、先生は厄介な『土産』を残してくれたもんだ」
大袈裟に嘆いてみせる割に愉しそう。
不敵な笑みを湛える綱手にナルト・シノ・シカマルは背筋を伸ばす。
言いたい部分は主張した。
五代目の判断がどうあれ火影の意思は里の意思。
素直に従うつもりである。
「それで五代目火影はどうお考えになる?」
私情は抜かせ。ナルトの瞳が綱手に語る。
綱手は目を細めて口角を持ち上げた。
「正直。どうでもいいんだよ」
腕を組みなおし綱手は肩を竦めた。
大人の余裕をたっぷり滲ませて。
「いや? よかった。と思っていた。さっきまではな。お前達の任を解いてしまおうかと考えていた」
半分本音で半分嘘。
簡単にナルトの存在を公表できないのは百も承知。
だがナルトに言われた言葉が堪えていたのも事実。
大人が発端を作った争いに若い忍を巻き込むな。
言われて逃げ続けていた自分と向き合い道を決めた。
だからこそ、お役ご免を言い渡しても構わない気持ちもあった。
実際に残りの二人を目の当たりにするまでは。
本当に面白い子供達。
奈良の倅、父親に対してもナルトの存在は極秘。
でも素のナルトを家に招いているあたり侮れないね。
ナルトも素で出かけられる数少ない場所として考えている。
油女の倅。
昔からナルトと歩んできただけあって、忍としても男としても中々だ。
ベッタリ守るからそっと見守るに路線変更したらしいが。
距離感に違和感を感じさせない。
最後にナルト。やっぱりあの旅では気を張っていたんだろうねぇ。
滲み出てた殺気やら何やらが今は綺麗さっぱりだ。
二人と一緒に居て精神も安定している。
本当に見ていて飽きない三角形。
綱手は内心だけでクスクス笑った。
試すつもりが逆にどうだろう?
子供達は逆に主たる、上司たる己に資質を問うてきた。
悔しいやら嬉しいやら。
何より『面白い』
この子供達が見据える未来はどこまで広く果てが無いのか。
一番近くの席に座って眺めるのも一興ではないか?
「気が変わった。優秀な人材を表に出せないのは痛いが、お前達は面白い。
見ていて飽きない存在を手放すのは愚か者のする事だ。当面は私直属の暗部の任も担ってもらう」
つまりは三代目時代と同じ二重生活。
結論を下した綱手に子供達は不思議そうな顔でそれぞれに喋り始めた。
「面白いからって、そんな理由っすか?」
予想外の返事を貰ってシカマルは口をへの字に曲げる。
綱手はシカマルにうなずいた。
「面白いか?」
傍らではシノが大真面目にナルトへ尋ねる。
「さあ? 面白い、のかな?」
今まで一度も言われたことが無い。
ナルトも自信がない様子で首を捻っている。
「面白いに決まっているだろう。お前達は無自覚で良い。知っているのは一握りでいいんだ。なんせお前達は私直属の暗部なのだからな」
心持ち踏ん反り返った綱手に子供達は解せない表情のまま。
「それは間接的に五代目も酔狂な人間ということに?」
小首を傾げて問いかけたシノの何気ない台詞。
「そうじゃねぇの? 俺達を引き受ける物好きなんだしよ」
応じて小声でシカマルが呟く。
「確かに物好きだぞ、あの人」
長時間綱手を観察できたナルトが二人へ言えば、二人は妙に納得した顔でうなずく。
「「今度の上司は物好きか」」
「コラ! 私の何処が物好きだって!?」
ハモってもう一度言ったナルトとシカマルに、冗談半分で綱手が問いかける。
「火影を引き受け尚且つ我々も引き受けたから」
至極冷静に返答したシノに綱手は大爆笑。
腹を抱えて笑い出す。
「?」
己のどの台詞が彼女を刺激したのか分らない。
無表情のまま疑問に思うシノにナルトがこっそり耳打ちした。
「五代目は最初、五代目火影を蹴ったんだよ。火影をするのは馬鹿のする事だって。
でも結局は冷めたフリしてただけなんだけどさ。五代目自身、我ながら物好きで貧乏くじを引く性分だってのは自覚があるらしい」
ナルトの説明にシノは爆笑する綱手を一見する。
馬鹿馬鹿しいと言って逃げていた火影の椅子。
座って己達と腹を割って話しているこの状況自体が面白いのだろう。
正に人生一寸先は闇。何が起こるかわからない。
「俺らを面白いって言ってる時点で、雇用主として基本的に合格なんじゃねぇの? あの女(ヒト)、がさつそうだけど根は悪くないよな」
自分達を道具としてではなく。
一個の固体として認識し、相手をしてくれた新たな火影。
初対面の挨拶としては及第点を。
シカマルがナルトとシノへ言った。
「気をつけろよ、シカマル。エロ仙人を軽く100mぶっ飛ばせるほどの怪力の持ち主だからな。五代目は」
実際に現場を目撃したナルトがシカマルに忠告する。
「ゲッ。マジかよ」
顔を青ざめさせたシカマルに、シノとナルトが声を立てずに笑う。
実力は天下一品なのに歳相応の精神を捨てない子供達。
横目に綱手は心行くまで笑い。
彼女の声をききつけたシズネやご意見番に後でこっぴどく叱られたのだった。
|