分岐(枝分かれ)


木の葉病院へ向かう道すがら、綱手とナルトは密かに会話を続けていた。
主に好奇心むき出しの綱手が一方的に疑問をぶつけていたのだが。

(うちはの子はどんな子だい? 見込みはありそうか?)

すれ違う年配の忍や里人が、綱手と自来也の姿に驚き深々と頭を下げる。
年若い忍や子供達は不思議そうな顔つきながらも、遠巻きに綱手と自来也を見詰めていた。

視線を浴びて尚、堂々と。
胸を張り顔を真っ直ぐ保ち、風を切って歩く。
綱手は病院へ足を向けながらナルトへ問うた。

ナルトを信用しているとか、忍として優秀だから。等という高尚な理由ではない。
単純にナルトの思考回路を『面白い』なんて感じていて。
この子供を理解するには他人を語らせるのが一番だとも思ったからだ。

(サスケ?)

ドベのナルトらしく。
綱手の横に並んで歩きながら得意そうな顔で。
本来ならこんな風に目立つのは好きじゃないだろうに。
威張って歩くナルトは唇だけで返事を返す。
綱手は黙って唇の端を持ち上げた。

(あるかどうかは、半々だな。サスケ自身は根はお人よしで優しいが、妙にプライドが高い。
まぁ、うちはの末裔だとか言われて期待過剰の中で育ち、そこそこ強かったしな。同世代の中では。
カカシ先生の昔よりかは劣るぞ、精神年齢は)

ナルトは今までのサスケを思い浮かべて返答する。最後に付け加えるのを忘れずに。

(三忍の柵を知らなかった俺達は、大蛇丸がサスケに呪印を残した行為を許してしまった。サスケがイタチに接触する機会を許してしまった。
この二つの影響がサスケにどれだけの暗い影を残しているのか、俺には分らない。俺はサスケじゃないから)

ナルトの目がつと伏せられる。長い金色の睫毛が光を浴びて反射した。

(分かった。有難う)

 大人にだって責任はあるか。

綱手は内心考えながらナルトに礼を言う。

サスケとカカシ、リーが収容されている『木の葉病院』
受付などでそれなりの歓待を受けた後、綱手達はまずサスケの病室へ移動。
音もなく病室の扉を開け放つ。
青白い顔をして眠るサスケの傍ら。
矢張り少し青白い顔をしたサクラが、サスケに付き添っていた。

ほんのり黒くなっているサクラの目の下の隈。
八の字に下がった眉は何時ものサクラらしくなく、表情も然ることながら雰囲気にも覇気がない。

「入るよ」
綱手はサクラの背中に声をかけた。
振り返ったサクラは綱手の容姿に驚き、目を見張る。
「アナタは?」
戸惑いながら口を開いたサクラ。
彼女の疑問に答えるべく、ナルトは綱手の脇から顔を出した。
「サクラちゃん! もう大丈夫だってばよ! スゲー人連れてきたから!」

 にししし。

得意のナルトスマイルを浮かべ、不安そうなサクラを安心させる。

「ナルト……」
仲間の名前を呆然と呟くサクラ。
もう一度ナルトは笑顔をサクラへ向けた。

サクラの硬い表情が、徐々に溶けて漸くはにかんだ笑顔を見せる。

サクラと笑いあいながらナルトは久しぶりの仲間との会話と。
自分の演技を、懐かしみ愛しいと改めて思った。

 ドベな俺も人を笑顔に出来るんだから、それなりに凄いよな。

いずれ表のナルトの仮面を捨てるときが来ても。
きっと表のナルトの面影も併せ持つ自分だ。
多分大丈夫。笑顔は浮かべられる。
だから影の部分も陽の部分も無駄じゃない。
自分が選んだ道は間違っていない。

 俺自身が選んだ枝葉の先はまだ不透明だけど。
 それでも歩いていける強さは皆から貰った。
 寧ろコレからが忙しいからな。
 気を引き締めないと。

意識不明のサスケと、同様に倒れているであろうカカシを頭に描き。
ナルトは小さく息を吐き出した。
一通りナルトと喋ったサクラは綱手に身体を向け、頭を下げる。

「ガイ先生からお話は聞いています。サスケ君を……サスケ君を助けてあげてください」
「ああ! 任せときな!!」
懇願するサクラに満面の笑みを持って綱手は応じた。

サスケの額に手を当て、チャクラを集める。
一見簡単に見るがこれは綱手にしか出来ない高度医療。
暫くチャクラを当てていた綱手は背後のサクラを顧みた。

「じき、目覚めるだろう」
綱手の視界に飛び込んできたのは、無自覚に涙を流すサクラの姿だった。





 ナルトが帰ってきた。
 いや、還ってきた。


これまでは信じていたからこそ行動を同じくしていた。
今回は、信頼しているからこそ行動を別にした。

シノの中での小さな、けれど確実に大きな変化。

新しい火影、新しい里の体制。
新しく生まれる里の活気。


シノは虫篭を下げてトコトコ歩く。
一種異様な光景にも受け止められがちだが、蟲使いとしての一族。
常に様々な蟲とは接している。

「いいぞ! 赤丸。空中ダイナミックマーキング決まったぜ!! 次は三回捻りだ。狙いを定めろ!!」
「ワン!」
シノが歩く樹上では同班のキバと赤丸コンビが『散歩』の真っ最中。
五月蝿く騒ぎながら散歩? なのか、木々を高速移動中。
考え事をするシノにとっては。
「あれが散歩といえるのか? いや、言えないな。これでは落ち着いて蟲の採集も出来ない」
とのコメントと相成る。
シノの傍らで、騒ぐキバ&赤丸コンビを眺めていたヒナタは羨ましそうな視線をキバとシノへ向けていた。

自分も趣味があったらいいな。そう考えながら。

木々の枝を揺らすキバの騒音に口を真一文字に結んだまま、シノは想う。

 ナルトは強くなって還ってきた。
 顔を見なくても、お帰りを言わなくても。
 ずっと共に在った者として、分る。
 強く輝きを増した大切な存在。
 共に歩むべき仲間としてではなく。
 同じ『木の葉を支える存在』として自身も強く在りたい。

シノはナルトが不在の間。
シカマルとは別に裏方の任務を引き受けながら一人考えた。
自分がどのような忍になり、どのように木の葉に関わり生きていたいか。
表に出たいとは思わない。
確かに将来的に中忍になり、特別上忍を経て上忍になるつもりではいる。
要はタイミングなのだ。

「ヒャッホ〜!!!」
叫ぶキバの声を遠くに感じながらシノは考え続ける。

 俺なりの忍道。
 これまではナルトと共であったとしても、俺とナルトは違う存在。
 俺自身を律しなければいけない。
 俺も俺が守りたいものを守るために戦う以外に。
 己を芯から叩き直さなければ。

薄々察している里の微妙な変化。
紅もチラリと零していたナルト関連の変化。
ナルトにはまだ直接確かめていない。
でもきっとシノの予想は当たっている。
これまでは心配だからずっと傍に居た。
これからは心配だけれど信頼もしているから、シノが引くべき部分は引かねばなるまいと。
そう考える。

 あの時珍しく。
 いや、最初から狙っていたのだ。
 俺とシカマルだけを修行に狩り出し。
 あのように死ぬ寸前まで叩き落して俺達の『甘さ』を再認識させた。

 綺麗事だけでは生きてはいけない。

 誰よりも一番知っていたのだろう。

 不器用な手段しか取れないのは、ナルトもそうだが血筋だな。
 俺が学び取った全て無駄にはしない。
 兎も角、俺の精進次第という訳だ。

表情一つ変えずにシノは内心だけで結論を出す。
シカマルは表の道で中忍を選び(不服そうだったが)上への階段を上り始めた。

アレは放置しておいてもそれなりに。
ナルトやシノと距離を保ちながら付き合っていける。

時折腹が立つくらいシノを挑発するくせに、妙に引き際も良い。
不思議な同僚。

 まぁ、今頃は俺と同じく同班の連中に昇進祝いをされている頃だろうな。

数ミリばかり口元を緩ませ、シカマルの班の個性の強い残りの二人の顔を。
担当上忍である顎鬚の姿を。
思い起こしながら静かに笑う。

シカマル中忍昇進・祝うつもりはある。
ただ下手に言葉をかければ嫌味になってしまうから厄介だ。
遮光仕様の丸黒眼鏡。
透かして見た空に舞うのは濃紺色の蝶。本来の主はシノなのに、すっかりナルトを気に入ってシノが止めていなければ今にも彼女の元へ飛び立っていきそうな蝶が。

 どうしてナルトの傍に行っちゃいけないの?

ちょっぴり恨みがましい様子でシノの周囲を舞っている。

 もう必要ない。

とは、流石に蝶が可哀相で言い出せないシノであった。





 フラれてねーよっ!!!
 あんのクソ親父!!!

 ジュウジュウ。

肉の焼ける匂いと何時もの騒がしい面子。
『何時もの』が、いつもではなくなった瞬間。
中忍のベストを身に着けた時にシカマルは少し寂しく思った。

「また入院するわよ、チョウジ。もっと味わって食べること知らないの?」
「いいの! オレはいっぱい食べても、ちゃんと味わう方法を知っているから」
相変わらず食に関しては素早い動きを披露するチョウジ。
箸捌きは驚くほど的確だ。

「あ! チョウジ! それ私が育てた最後のお肉よー!!」
イノの怒りが滲む口調と。
「最後の一口! これがしめくくりであり、味わうべき最も価値がある肉になるのだ!  何人たりとも、この最後の一口は渡さない」
最後の一枚を箸で掴んだままチョウジが講釈する。

チョウジの台詞に激昂するイノとそれを宥めるシカマル。
馴染み深い場面、当たり前だった日常。

 俺はお前らのこと好きだし。
 良いメンバーだと思ってる。
 けど悪りぃーな。
 目指すべき道が俺にも見えてきちまった。

イノの口撃を防ぎながら、シカマルは心の中でイノとチョウジに手を合わせる。

 ただ好きだから傍に居て。自分の気持ちを漂わせて。
子供じゃあるまいし(確かに実際の年齢から見れば自分達は子供だ)
そのまま仲良しゴッコを続けていれば破綻する。
確固たる信念を持って進む彼女に付き従うだけでは、駄目なのだ。

シノだって気づいているから彼なりに行動を起こしている。
『ナルトの為に動かない』という、これまでとは違う行動を。

アスマに注意されて萎れるチョウジの姿を眺め、シカマルは息を吐き出した。
会計をアスマが済ませその間にトイレ休憩。
手を洗っていたシカマルは何処でも通るイノの声に首を傾げる。

「チョウジ、アンタはいいわねぇ。ガツガツ食べても気にしない性格で。私なんてダイエットで大変よ」
「なんでイノはダイエットするの?」
応じてチョウジがイノへ問いかけた。

「女の子ってのは、好きな人にはちょっとでも可愛く見られたいもんなのよ」
弾んだイノの声。
「でもその人が細い人が好きとは限らないでしょ」
ムッとした調子でチョウジが反論。
「フン。大体男の子ってのは、デ、じゃなかった。やせてる女の子が好きなのよ。で、逆もまた然り、なのよねぇ〜」
嫌味交じりのイノの解釈。
「チョウジも少しは身体に気を使いなよ〜、モテないよ〜」
イノの声と同時に遠ざかる足音。
シカマルは二人の遣り取りを聞き、もう一度息を吐き出した。

不服そうにイノの背中を見送るチョウジへ声をかける。
「ふん、分ってねーな」
シカマルの声に気づいたチョウジが目だけを動かしシカマルの姿を捉える。
「男は女が思ってるほど、やせてる女が好きなわけじゃねぇんだよな。どっちかてーと、ポッチャリ系が好きってのが一番多いんだ。で、逆も然りってな」
チョウジにウインクすれば、チョウジの顔に笑みが戻った。

「……シカマルはやっぱ面白い奴だ。それに頭がいいしね」
柔和な表情を湛えてチョウジがシカマルへ言う。

「オレは分ってんだ。サスケやネジっていう人なんかより、シカマルはずっと凄い奴だってね」
「ふ〜ん? そんなの考えたことねーな。俺は俺だかんなぁ」
チョウジの賞賛にシカマルは素っ気無く答えた。

これはナルトとシノに出会って学んだ部分。
人は人。自分は自分。
道は交わろうとも重なったりはしない。

「だって、今回の中忍試験で中忍になったのはシカマルだけだし」
「でもやり合やぁ、お前の方が強いかもな。だろ? お前とやり合ってもギブアップしてたかも知れねーし」
アカデミーを出て、何も知らずに過ごしていたなら。
チョウジの方が自分よりは強くなっていただろう。
想いを込めて友へ語る。
アスマの言葉を気にしているらしい友の姿に内心苦笑してシカマルは改めて口を開く。

「俺は俺っつっただろ? で、お前はお前だろ。どっちがどうのこうのなんて、くだらねー話だよ。ま、あんまり気にすんなよ。
アスマの言うことなんて。もっと自然のまま気楽に生きてりゃいーんだよ」

 そう。俺はシノとナルトとの実力の差を常に感じてココまで来た。
 追いついて追い越したかった。
 これからも修行は大事だって思うけどよ。
 俺は俺だ。俺流がある。
 シノとナルトとは主義が違う。そうだろ? チョウジ。

笑顔になったチョウジからの励ましの言葉。
「修行、ガンバレよ」を。
シカマルは忘れないようにしようと固く誓った。
いつか、全てのカラクリをこの友に説明する日が来るまでは。
チョウジに背を向けシカマルもまた自分の道を歩き始めた。




色々な人間にとっての枝分かれ。凶と出る人も居るし、吉と出る人も居るし。こっちは吉組でしょうか? ブラウザバックプリーズ