天才の誤算



思惑たっぷりのおっさんにシノと一緒にしごかれた。
ナルトに追いつきたくて、隣に立っている為に必要だと思った。
木の葉崩しで何も出来なかった己を省みても情けない気持ちばかりが先立って。
自分も結構ムボーなチャレンジが出来る、冒険野郎だったんだと気づかされた。


 結果? 聞くなよ、思い出すだけでも恐ろしーだろーがっ!!
 おわっ。
 鳥肌たったじゃねぇか。寒気もするぜ……。
 ああ、修行結果、な。見りゃ分かるだろ?
 一応五体満足で生還したぜ。
 強くなれたかどうかは知らねーけどな。

 まぁ、本音としたらマジで……死ぬかと思った。
 正直、生きて里に帰ってこれたのが、奇跡かとも思える位にな。


「はぁ……」
目つきの悪い少年は複雑な気分で、縁側から庭を眺めた。
もう直ぐ里に帰ってくるという大切な想い人の本来の家。
庭の水遣りをしているのは、家の持ち主の相棒の長身の少年・シノである。


地獄だった特訓から帰った少年を待っていたモノ。紙切れ。


家で待っていたのは一通の通知書。
母親は狂喜し、父親はニヤニヤ意地悪く笑っていた。
突然の知らせに驚きシノに連絡を取ってみる。
返事は『否』だった。


 ま〜、表立って上にってゆーのじゃねぇからな。
 アイツ等は。


と、仏心を出したのが運の尽きだと真剣に少年は思う。
シノからは勝ち誇った笑みを頂戴するわ、中忍昇進に伴って生まれる面倒諸々は発生するわ。
全てが下忍とは違う環境に、内心ウザッたく感じて己の浅はかな早計を呪った。

「どうかしたのかい? 奈良」
平屋建ての家の窓を全て開け、空気の入れ替えを終えた美女が一人。
呆ける少年に近づく。
奈良、と呼ばれた少年はだらけきった表情のまま首を横に振った。
美女は一瞬眉を潜めるが少年の手に握られた紙切れに会得顔。

「奈良!! 奈良? ……奈良 シカマル!!!」

 ベシ。

無駄に広い額を軽く叩き、美女は目つきの悪い少年・シカマルの意識を『こちら側』へ引き戻す。
ぼんやりしていたシカマルは我に返って目の前の美女を見た。

「紅さんかぁ」

 はぁ。

背中を丸めて小さくなる様は隠居生活を楽しむ老人そのもの。
思わず噴き出しかけて笑いの衝動を堪え、美女・紅はゆっくり息を吐き出した。

「どうした? 奈良、らしくもない。この世の終わりみたいな顔して」
シカマルの萎れた様子に紅は続けて喋りかける。
「実際にこの世の終わりだな」
ホースから水撒きを行っていたシノからの横槍。
シカマルは半眼のままシノを少しだけ睨みもう一度ため息をついた。

「どういうこと? シノ」
一人訳の分からないのが紅。

時折、己の庇護者の家で顔をあわせる機会もあった。
が、三代目逝去に伴い慌しさを増した里。
しかも庇護者は五代目火影を探す旅に出るし、このシカマルとシノも裏の仕事が増えて里には居ないで。なんだかんだで忙しく。
互いに顔をあわせたのが今日、だったのである。

「シカマル……下忍としての、奈良 シカマルに中忍昇格の話が出た」
魂を半分飛ばしかけているシカマルとは対照的に、シノはナゼか愉快そうだ。
口の端を持ち上げて紅に説明する。

紅は何度か瞬きを繰り返した後、喜色を浮かべてシカマルの背中を思いっきり叩いた。

「やったじゃないかっ! 奈良は上を目指す決心が付いたんだね?」
早合点した紅が弾んだ声をあげているのに、シカマルは背中を丸めて三度目のため息をつく。


 そりゃーな、最初は俺が適任だと思ったし。
 フォローくらいは出来るだろうって踏んだんだよ。


通知を貰ったシカマル、熟考した。
あの『中忍選抜試験』において目覚しい活躍を見せたものは多かった筈。
ナルトだってサスケだってシノだって。
ナルトなどは我愛羅を退け里を守った。
なのに今回の合格者は己だけ。


 中忍。
 四人一人小隊の体長としての資質を考慮したなら、俺みたいのが適任だろーな。
 任務は遂行できてこそ意味があり、戦うことだけが任務じゃねーから。


五代目火影が決まらない状態では、ナルトもシノも表に出てくる事は無い。
上に上がることも絶対にありえない。
奈良家の倅。
表立ってのシカマルの肩書き。
比較的平凡な肩書きだからこそ上に上がっても目立つことは無い。


 断っても怪しまれるだけだしな。


ナルトを挟んでもう一人の仲間。
シノとの決定的な違い。
それは親、だ。

シノの親は少なくともナルトの裏を知っていて沈黙を守る里の希少人種。
反してシカマルの両親は表と裏のナルトを別人として認識し、その認識は今も続いている。

総合判断を踏まえ、期待半分・躊躇半分で昇進を引き受けたシカマルを待っていたのは。
思わぬ落とし穴だった。

紅はやけにテンションの低いシカマルに首を捻る。
「シノ、ちょっとおいで」
どうやら事情を知っているらしいシノを手招き。
紅の手招きにシノは大人しく従った。
ホースをきちんと巻き取り片付けてから縁側に腰掛ける。

「シカマルが中忍になれば、ナルのフォローもスムーズに行くだろうし。シカマルだって安心だろう? 何が駄目だっていうの?」
シカマルの頭のキレは紅だって認めている。
先読みの力は紅よりも上なのだから。
そのシカマルが表立って上にいってくれれば紅だって嬉しい限りだ。
「確かに。シカマルはナルのフォローに回れるだろう。その分、反比例して表立っての関わりが少なくなる」
言葉少ないシノが珍しく饒舌だ。
紅はシノの長文を耳で聞きながら腕組みをして考える。

 ってコトはつまり?
 ドベのナルトとの接点が無くなるシカマルと。
 ドベのナルトとの接点は相変わらずのシノ。

しかめっ面のシカマルと仏頂面ながらも嬉しそうなシノ。
明暗分かれた二人に、紅は己の考えが正しいと悟った。

「裏の任務では一緒に組むんだろう? そうだねぇ……」
里の非常時にナルトと共に過ごす時間と。
故郷の危機を天秤にかけるとはたいした度胸だ。
逆にこれくらいの度胸が無ければナルトの傍には居られない。

 些細な問題だとは思うけど、不満なんだろうね。奈良には。

あ〜、う〜。だとか、一人唸っているシカマルに同情の視線を送り、紅は立ち上がった。

「誤算だな」
止めでも刺したいのか。シノがシカマルに言っている。
「ウルセーよ」
シカマルは反論する気も起きない。
気だるげにシノの嫌味に応じていた。
だらけるシカマルと気が緩んでいるシノの姿に紅は嘆息。

 ここでナルについて争っていても仕方ないだろう。
 最終的にどう転ぶかは誰にも分からないんだから……この子達ときたら。

 本当、ナル馬鹿なんだから。

片手を腰に当て、子供達の情熱が少しでも里に向けばいいのに。
刹那だけ。
不毛な考えを脳裏に浮かべ振り払う。

「勘違いするんじゃないよ、奈良、シノ」
咳払いを一つして、紅はこう切り出した。

「適材適所だ。この言葉を分からないくらい奈良が物分りが悪いとは思えないね。いいかい? ナルとシノはずっと裏側を歩いてきた。奈良とは違うんだよ」
もう一度シカマルの額を叩き紅はきっぱり言い切る。
天才肌のシカマルが紅の言葉の意味を読み間違えるわけも無い。
しっかり理解して表情を曇らせた。

 んなこたぁ、分かってんだよ。言いたそうに拗ねた顔で。

「違うから、奈良の立ち位置は重要なんだ。素の奈良が評価されて上にいけるのは、精神面でも安定しているからだとも云える。分かるでしょう?」
次の紅の言葉に反応するのはシノ。眉間に皺を深く刻んで目を細める。
「器の小さい男には、ナルはあげられないわねぇ」

 にっこり。

紅はシノとシカマルに向け笑顔を向ける。
シノとシカマルは互いに顔を見合わせて顔を引き攣らせた。

旅先でナルトと別れる直前。
四代目から託された言葉。
胸の中で反芻して紅は背筋を正す。
生きている人間でナルを守ってやれる立場の大人。
荷が重いかもしれない、重くないかもしれない。
けれど大切な教え子で大切な『家族』だ。

「さぁさぁ! ここでヘタってる暇があったら、台所の掃除をするよ。ナルからの連絡で、そろそろ里に戻ってこれるらしいからね」
紅は手を叩いてシカマルとシノを促す。

「五代目火影に綱手様が就任するらしいし。せいぜい機嫌を損ねないようにするんだよ? 新しい上司なんだから」

子供達の裏の任務を取り仕切るのは火影だけ。
薄々ナルトの出自に感づいているカカシ等はともかく。
大多数の忍はナルト達の暗躍を知らない。
知らせても感づかれてもいけない。
今までは三代目がフォローしてくれた部分も、これからはどうなるか分からない。

聡い子供達なので紅は意味を含ませて発言する。

「新しい上司は女かぁ……」
賭け好き強欲の火影。どーよ? なんて考えてシカマルは小さく漏らした。
「必要な調味料を整理しますか?」
シノは我関せずマイペース。
寡黙なこの子供はどちらかというと、実生活に重きをおくタイプなので。
ナルトが帰還するにあたっての心地よい我が家。を整えるが優先される。

シノ、シカマルを無視して紅と台所の整理に取り掛かる堅実さんだ。

 それもこれも、お前がそのまんま(下忍)だから余裕気取りやがって。
 俺に囮役を押し付けたなぁああ!!

恨みを込めてシカマルがシノを睨めば、シノは心外とばかりに僅かに肩を竦めた。

「ナルはこれからも、もっともっと、強くなる。心も身体も器も。方法はどうでもいいの。ちゃんと追いかけていられればね。違う?」
なんだかんだ言って好敵手。シノとシカマル。
互いに切磋琢磨する者同士。
ナルトが不在の状況で接近すれば矢張り火花は散る。

 やれやれ。

紅は子供じみたシカマルとシノの遣り取りに内心だけで苦笑して。
改めて口を開いた。

「劇的な変化が一つ。確実にナルに起こる筈なの。だ か ら ! せめて二人は笑顔で迎えてあげなさい。ナルが家に帰ってきたら」
紅が釘を刺せば渋々シカマルも立ち上がる。
「メンドクセー、けど。いつも美味いモン食わせてもらってるしな」
言い訳がましく口早に捲くし立ててシカマルは風呂場方面へ消える。
おそらくは雑巾を取りに行ったのだろう。
シノは台所の引き出しを一つ一つチェックし、切れているものや古くなっているものがないか確かめる。

 さて。ナルが帰ってきたらゆっくり休めるように、掃除しなきゃね。

紅も気持ちを切り替え掃除に取り掛かる。
が、シカマルとナルトは、表立ってのナルトとサスケのようで。
口喧嘩? は数秒の間もおかずに勃発。

「だぁぁああ、シノォ!! 俺に喧嘩売ってるのか!?」
額に青筋浮かべたシカマルが雑巾片手に顔を赤くしている。
「ふっ」
シカマルを冷ややかにあしらうシノ。
今日何度目かの場面に紅も苦笑なんてしていられない。
幾分殺気を込めたチャクラを送りつつ言った。
「いい加減にしなさい、二人とも」と。
時間を止めたかのようにシカマルとシノの動きが止まる。

「シノも煽るんじゃないよ。仮婚約取り消してもいいんだからね」
まずは自分の生徒であるシノを叱る。
「……」
ナルの保護者の立場。紅の発言は重い。
シノは表情を引き締め無言で頭を下げた。

「奈良も! 一々見え透いた挑発に乗らない。中忍になるんだ、それ相応の態度を取りなさい。嬉しい誤算もあるかもしれないんだから」
「はい……っていうか、紅さんは結局どっちの味方なんすか?」
紅は次にシカマルを叱る。
大人しく反省の色を見せたシカマルは、付け加えて尋ねる。
一応は公平に自分達を見てくれているらしい紅だが。本心はどうなんだろう。

「あらv 私はいつだってナルの味方よv」
大人びた余裕の笑み。浮かべて紅ははっきり言い切った。
シノは一瞬だけ動作を止め、シカマルは目に見えて分かるほど肩を落とし脱力。

「性質悪り〜」

 ボソリ。

シカマルは口内だけで密かに毒づく。

「なにか言った?」
地獄耳? 紅が怪訝そうな顔でシカマルを見据える。

「イイエ、ナンニモ」
棒読みでシカマルが機械的に応じ、この話題はこれでお終い。
三人はナルトの為にせっせと掃除に励んだのだった。


ナルコが注連縄と別れの対面をしていた頃の紅さん達です。
更新休止後第一作目に当たりますが、相変わらずユルーイ感じで。始めて行きます。マイペースで参りますので長い目で見てやってくださいませ。ブラウザバックプリーズ