はなむけの言葉



木の葉の里の門。

長らく里を離れていた気分になる。
常ならば込み上げない奇妙な感傷。
ナルトは先を歩く綱手一行から距離を置き歩いていた。

「……」
一瞬だけ目を見開いて、ふっと笑う。
ナルトは気配を突然消して、そのまま何処かへ姿も消した。

「ナルトちゃ……ナルト君!?」
気がついたシズネが慌てて顔を左右へ向ける。
「気にせんでもいい。数時間すれば戻ってくるからのォ」
ナルトが消える寸前に気にしていた先にあった気配。
察して自来也はシズネを宥める。
「あの子なりに事情があるんだろう? 先に里へ帰っていようじゃないか」
綱手も大いに疑問に思っているだろうに。
あっさりと身を引く。
あっさりした綱手の態度を不思議に思って自来也が視線を向ければ。
(後でしっかり説明してもらうから、ね)
目がまったく笑っていない綱手の笑顔。
オプションは手の骨鳴らし付き。

 ナルト!! 早く帰って来い〜!!!
 わし、お星様になるかもしれん。

自来也は切実に願ってしまった。





片や。

里手前の森の中。
ナルトは変化を解いて本来の少女の姿。

曝したまま流れる雲を眺め、少し困った顔で背後の人物? を振り返った。

「還るんだろう?」
背後に立つのはスケスケ青年。
金髪・碧眼。一見美青年風。
自称、ナルトの守護霊様こと注連縄。
ナルト曰くのストーカー背後霊である。

『へへ、ナルちゃんにはお見通しかぁ〜。出来ればもっとこう』

 へにゃ。

相好を崩して笑い注連縄は両手で何かの形をなぞった。

『とか、勝手に思ってたんだけどね。お兄さん的には』
自分に瓜二つの瞳を覗き込み、注連縄はニコニコ笑う。
嬉しくて堪らない、反面寂しくて堪らない。
相反する感情がない交ぜになった柔らかな微笑。

『もうナルちゃんは大丈夫』
「ああ」
『自分で歩けるよね?』
「ああ」
『自分で自分の行動に責任取れるよね?』
「ああ」
『大人のエゴに振り回されないよね?』
「ああ」
『大切な仲間を見つけたよね?』
「……ああ」

嫌がる顔はしない。
保護者面して事細かに質問をする注連縄に、ナルトは一つずつ丁寧に返事を返す。

『本心から笑えるようになったよね?』
「ああ」
『腹立ったら、怒ったって言えるよね?』
「ああ」
『簡単に死ぬって言わないよね?』
「ああ」
『火影になってねv』
「断る」

『……』

「……」

『ケチ』
「問題を摩り替えるな」

『じゃぁ、人をキライにならないでね?』
「ああ」
『力だけが全てじゃないって分かったよね?』
「ああ」
『天鳴(あまなり)の力、怖くなくなったよね?』
「ああ」
『ドベの自分も本当の自分も。両方大事だって思えるよね?』
「ああ」


並んで立つナルトと注連縄の同じ色合いの髪が揺れる。
質問を繰り返す注連縄と、短く返事を返すナルトの遣り取りは。
注連縄が満足するまで続けられた。


『……お兄さんってさ、駄目な大人なんだ。分かってるつもりでも正直寂しいし、やっぱり悔しいんだ』

口先を尖らせて注連縄はぼやく。
拗ねた子供みたいな注連縄の口調にナルトは沈黙。
注連縄が喋りたいように任せる。

『心配は山盛りだけど、心配以上に信頼してる。ナルちゃんが選んだ道なら、お兄さんはいつでも賛成だから。それだけは忘れないでいて』

「ふぅん? そうなんだ」

枯葉を踏みしめナルトはニンマリと笑った。

『大人をからかうモンじゃありません。ナルちゃん、お兄さんは何処にいても。ナルちゃんを愛してるからねv ナルちゃんが忘れたら、シノ君とシカマル君を呪うからv』

 うふv 

怪しげなハートマークを語尾につけて、注連縄がぶりっ子ぶる。

「……嫌な呪い方だな」
間をおいてからナルトがコメントを返した。
『ソレ位の意地悪、許されるでしょ〜?』
注連縄はまったく悪びれずケラケラ笑う。

『この術も限界まで来てる。流石にお兄さんが天鳴の直系だからっていってもね。無理があったかな〜』
薄れる身体を自分で指差して注連縄はおどけた。
ナルトは咎めることなく注連縄のペースに付き合う。
「禁術の限界、か。俺が『まっとう』になるまで見守って。満足したら消えるつもりだったんだろう? 舐められたもんだな」
皮肉を込めて一言。
でも眼差しは何処までも穏やかで。

ナルトの言い方はキツイが、表情は優しい。
注連縄は胸を押さえて傷ついたフリをして。
互いに笑い合う。

『うん。ご免ね、ナルちゃんを子ども扱いして。お兄さんが思ってたより、ナルちゃんは強くって努力家で負けず嫌いだったんだね〜』

 遺伝かなぁ? 

なんて、とぼけた声音で続ける注連縄に、ナルトは苦笑してクナイを放った。
当然クナイは注連縄の身体を通り抜け背後の樹木に突き刺さる。

『お兄さんが思ってたよりも、ナルちゃんは優しくって。はぁ〜、ナルちゃんに変な虫が付かないといいけどな〜。でもでも! ナルちゃんの子供なら可愛いんだろうな〜』
空気に『の』の字を描く注連縄。
「安心しろ。孫の顔くらいは墓参りがてら拝ませてやる」
ナルトは肩を竦めて答えた。

注連縄は『有難う』等と、注連縄にしては珍しく殊勝に返事を返す。
言葉は多くなくても気持ちは通じる。
そんな感じの沈黙がナルトと注連縄の間に舞い降りて。
互いにタイミングをつかめないまま、黙り込む。

少し気まずくて、結構心地よい沈黙を破るのは注連縄。
『紅に後任を任せてあるからダイジョーブだとは思うけどね♪ まあ、ナルちゃんなら後悔しない選択をするでしょ。なんて言っても』
やけに明るい口調で言い、注連縄は一回言葉を切った。

『なんて言っても。僕の、四代目火影の自慢の一人娘なんだからv』

ナルトは注連縄の言葉に無反応。
印を組み出して、注連縄を実体化させる。

 あれ? 感動してくれないな〜??? 

内心結構焦っている注連縄の思惑を無視して、ナルトは注連縄をそっと抱き締めた。

「間違ってないからな、アンタの行動は」
これ迄で始めて。
自分から注連縄に抱きついて静かにナルトは告げる。

「九尾のコトも、アンタの娘に対する行動も。全部間違ってない。尤も答えなんて一つじゃないから、人によっては違うかもしれないけどな」

恨んでもいいのかもしれない。
憎んでもいいのかもしれない。
里長の名の元に全てを押し付け散ってしまったこの阿呆を。

 死んだ人間相手に今更文句言ってもな、不毛だ。

偽モノの心臓の鼓動。
トクトク動くソレの音を聞きながらナルトは漠然と考えた。

『へへへ〜、短い間だったけど良かった。ねえ、覚えてる? お兄さんがこっちに帰ってきて、それから潮干狩りに行ったこと』
そっと。ナルトを抱き締め返し注連縄が切り出す。
「ああ。任務開けに連れてこられたな」
陽光を浴びて七色に煌いた岩。
目を細めナルトは短く応じる。
『楽しかったね』
「俺は眠かった」
懐かしむ注連縄にナルトは常と変わらぬ態度で文句を言う。

二人の間を流れる空気は本物なのに時間は違う。
他愛も無い思い出話に花を咲かせ、注連縄は楽しそうにこれまでの珍騒動を喋った。
一頻り喋り倒した注連縄が真顔に戻る。

『じゃぁ、もう行くね。そろそろ時間だから』
ナルトを拘束していた腕を離す。

さよならは要らない。
別れなど端(はな)から存在しない。
あるべきはずではない異物が消え去り正常な時の流れが戻ってくるだけ。
去り際は綺麗に。
注連縄の持論なのか、やけにあっさりした調子でナルトに別れを告げる。

「……」
注連縄の身体。
といっても、実体の術も解けスケスケの身体なのだが。
が、緩やかにその輪郭を崩し空気へ解けていく。

『凄く……楽しかった、お兄さん忘れ……ないからね』
消え行く姿に伴って声も段々細く遠くなっていく。

ナルトは数秒間、逡巡し。
躊躇いがちに顔を歪め。
唇を噛み締めてから覚悟を決めて口を開いた。

「アンタは。四代目火影は、天鳴 ナルにとっては自慢の父親だよ」

最初で最後の娘としてのコトバ。

言いたくなかったけれど最低限の礼儀として伝えておきたい、ナルのコトバ。

『……最高の、はなむけの言葉だよv ナル……ちゃ……ん』
注連縄はナルトの告白に破顔した。

霞みゆく注連縄の身体。
徐々に希薄になっていく気配。
12歳になった時からずっと身近に感じていた存在が消えていく。

「特別サービスだ」
最初から存在しなかったモノが消えただけ。
悲しんではいけない。
きっと姿は現せなくとも、彼の心はここに。
自分と共にあるのだから。

 最後の最後まで言動が阿呆だったけどな。

不思議と寂しい感じはしない。こうなっても寂しくないように、注連縄が振舞っていたせいでもあり。
ナルト自身が変化した結果でもある。

「さて! エロ仙人は無事だといーけどなぁ。それに紅先生にもまだ会ってないし。シノやシカマルも待たせてたら悪いか」
ナルトは直前に見捨ててきた自来也へ想いを馳せ、少し心配した。
綱手のことだから、既に自来也をふっ飛ばしているかもしれない。
なんといってもあのバカ力だ。

 俺が戻るまで星になってるなよ。

あながち冗談でもない状況が容易く思い浮かべられて。
ナルトは一人苦笑。
手近な樹木頂上に上り久しく見ていなかった里へ顔を向ける。

視野に入るのは例の火影岩。
順に眺めて四番目。
マジ顔のヤツの顔を一瞥し、次の瞬間には里へ向けてゆっくり移動を開始した。

別れの場所は。
振り返らない。
さよならも言わない。
涙だって流さない。
必要ないから。

「だから、呪うなよ?」
ナルトは服の上から腹の封印式をそっと撫でて。
すっかり消え去ってしまったかの人に向け最後の一言を投げ放つ。

注連縄が笑った気配がした。


このシリーズを書き出してから綱手さんが出てきた辺りで決めました。ナルトの周囲も落ち着き出しているので、注連縄さんには帰還願いましょう(笑)と。
個人的持論があって、死者は生き返ることがないっていうやつです。
とかいって大蛇丸さんは術でバリバリだけどさ(乾笑)
本誌で四代目が出てきたら……どうしよう?? まぁ、これで一先ずこのシリーズは更新休止です。
ブラウザバックプリーズ