舐めてはいけない



綱手は腕組みをしたままに一人の子供を見下ろした。

亜麻色の髪を靡かせる子供。
本来の髪色は金色で。
亜麻色の瞳も本来は蒼い色。

「さて。どういう腹づもりか? この私を担ぐなんて」

漸く、子供の。
ナルトの正体と、賭けにかこつけた『壮大な悪戯』に気付いた綱手。

眉間に皴を寄せ横目で自来也を睨むが。
自来也は口笛吹いて素知らぬふり。

「賭けは、賭けだ。アンタの願い通り螺旋丸を完成させた。ここまではアンタとの賭け通りで俺としても異存はない。それに? 俺は強要していない、火影の椅子を」

 ふっ。

対する子供懐から札を取りだし記憶させた言葉を再生。

『何故なら私が、木の葉隠れ五代目火影だからね』

目を見開く綱手に勝ち誇った子供。
対照的な女性二人の静かな攻防に、自来也とシズネは遠巻きに状況を見守る。
彼女達の実力を熟知しているだけに、巻き込まれるのは避けたい、からだ。

「お前って子供は……」
思わず開いた口に手を当て、綱手は絶句。
涼やかな顔を崩さずに、子供はもう一度札に刻んだ言葉を再生する。

『何故なら私が、木の葉隠れ五代目火影だからね』

一気に疲れが出てしまい肩を落とす綱手に、飄々とした態度で知らぬ存ぜぬを貫く子供。

勝負あり、だろう。

「確かに私が勝手に思い込み、考え、動いたことは認める。今更火影の椅子を断ることもしないよ」
疲労の色濃い顔で綱手は手を左右に振った。

寸分違わず。
隙一つ見せずに立ち尽くす子供の警戒心は解けない。

流石は暗部というべきか。
流石は九尾の器というべきか。

いや。
流石は三代目の残した一流の忍というべきである。

考え直し綱手は咳払いを一つ。

「一つ確認したいんだ。ほれ、あの影分身を消しな。私達の前で『演技』は無用だよ」
少なくともこの子供は自分を五代目と認めている。
ならば指示を出せば従うだろう。
綱手の指示に従い少し離れて。
大地に横たわり気絶している、木の葉の下忍。
うずまき ナルトの姿か煙を立てて消える。

「どうしてこんな回りくどいことをした?」
真っ直ぐ子供の、いやナルトと名乗る子供の瞳を見据えて問いかける。
「説明しただろう? 俺の知り合いはアンタでしか看れない。木の葉にはアンタの力と存在が必要だ。だから俺は動いた」
ナルトの返答に、綱手は一瞬だけ目を見開く。

初対面。
自来也と居酒屋で再会した時に。
確かに『うずまき ナルト』は、木の葉のカカシとサスケを看てもらうのだと。
そう息巻いていた。

「他意はない、みたいだねぇ」
五代目火影就任はオマケかもしれない。
奇妙な確信を持って綱手は小さな声でぼやいた。
「俺にとっては。木の葉が安定するなら誰が火影になろうと、気にはしない」
横目で自来也を一瞥しナルトは淡々と語り始める。
「アンタに会うまでは思っていた」
無表情のナルトだが、瞳に宿る痛烈な輝き。
怒りとも諦めとも。
形容しがたい感情が渦巻く怪しく光る瞳。

綱手は眉を潜めた。

「エロ仙人もそうだが、お前ら世代は木の葉に火種を持ち込むだけだ。大蛇丸もな。
持ち込むだけ持ち込んでおいて事後処理は若い世代の俺達か? 冗談じゃない。過去の遺恨で里を荒らすなら責任を取れ」

ナルトの唇から発せられた皮肉に。
シズネは俯き、自来也は誤魔化し笑い。

綱手只一人はナルトの刺すような視線を受け口角を持ち上げる。
「確かに。尻拭いは大人の仕事、かもな」
呟き薄っすら笑う綱手の目の前で傾ぐナルトの身体。
「!?」
驚くナルトの耳直ぐ傍で。笑いをかみ殺した綱手の言葉が聞こえた。
「伝説の三忍。医療のスペシャリストを舐めて貰っちゃ困る……それに、そろそろ副作用が出る頃だ」
意識を保っていられず倒れ込むナルトの身体をそっと捕まえ。
地面に横たわらせて綱手は見下ろした。
「綱手様……」
悲しそうな。寂しそうな。
綱手の身を案じるシズネの瞳が揺れる。
「!」
自来也は思わず息を呑んだ。

自来也の目の前で休息に老けゆく綱手の姿。
数秒前までの若い姿が嘘のように。
水分を大量に含んだ花が早回しで萎れていく様に似ていて。

 副作用、どころじゃないだろうのォ。

大蛇丸といい。綱手といい。
誰も彼もが新たなモノを得て、失っている。
当然客観者を気取る己自身もだ。

「お前」
眉を潜め自来也は言葉少なに綱手へ声をかける。
「なに、少し休めばまた若い姿に戻れる。少し街で休んでナルトが目を覚まし次第、木の葉に戻るわよ」
小刻みに震える身体を隠しもせずに、綱手は淡々と応えた。
「ご自身で気絶させておいて」
綱手に聞こえないよう口内で呟きシズネは曖昧に笑う。

この副作用だけは見せられない。
少女の上に立つと決めた時に綱手は判断したらしい。
三代目を失くしたばかりだ。
五代目の弱点をいち早く見せるのは時期早尚。

「里に戻ったらナルトの『仲間』にも会ってやってくれ。面白いぞ」
ニヤニヤ笑う自来也の言葉に、副作用の身体のまま綱手も微笑む。
「油女の倅に、奈良の倅だ。不器用にナルトを取り合っていてな」
いやらしい顔つきでニヤリと笑う自来也が、あんまりにも楽しそうだったので。
綱手は目線で話の先を促した。

「油女の倅は大人しい奴でな。元からナルトの相棒として育てられたが。中々、腹の中身を表に出さない忍耐強いガキだ。
ナルトの痛みの半分を請け負い、ナルトが捨て去った感情を一つ一つ拾う。根気の要る作業を続けている」

表だって油女の倅・シノと接した事はない。
ただシノの行動と、対するナルトの反応を見れば簡単に割り出せる。
寡黙な男前、だろうか。

 うむ。わしには遠く及ばんがのォ。

ひとりごちて、自来也は奈良の倅の説明を始めた。

「奈良の倅は一風変わっておってな。まぁ、油女の倅も変わっているがな。ものぐさで面倒臭がりだな。徹底的に。
持ち前の頭の回転の良さをナルトにしか発揮せん。マメになるのもナルトに対してだけ。だが年頃のガキらしく不器用なアプローチしか出来ん」

クツクツ喉奥で、自来也は愉快そうに笑う。

「当のナルトは恋愛どころの立場じゃないからのォ」
自来也が最後にナルトの顔を見下ろし顎をなでた。
「ほう? 私の知らない間に、木の葉の裏側は面白い事になってたんだね」
緩やかに唇の端を持ち上げ綱手も穏やかに笑う。
「ナルト君……いえ、ナルトちゃんの仲間ならきっと頼りになりますね」
トントンを抱き上げシズネが弾んだ声を発する。
「はぁ。つまりはお守り役を私に押し付けたな、自来也」
腕組みをして綱手は軽く自来也を睨む。
自来也はわざと怯えた顔をして肩を竦めた。

「わしなんかよりは、綱手、お前のほうが適任だろう。確かに忍としては優秀な子供達だ。だが真の戦いを知らん。人の争いの真の闇を、醜さを知らん。わしらと違ってな」
「ああ」
自来也が云いたい事は分かる。大戦を思い出し綱手は小さな声で相槌を打った。
「芯が通った性格をしているだけに、いずれ無理が出て折れるかもしれない。折れないかもしれない。だがこの子達だけで全てを解決しろというのは酷だろう、のォ」
流れる雲を見上げて自来也は格好良くキメた。

これだけ聞いていれば出来た大人だが、如何せん彼はエロ仙人である。
オープンスケベである。

「この三人組のお陰でネタには困らなくなって、わしとしても万々歳」

 ニヤリ。

したり顔で最後に付け加えた自来也の台詞に。
「そうかい……」

相も変わらずマイペースなかつての仲間の性格は。
ちっとも変わっていない。
いや、変わったからこそこうやって。喋る事が出来るのかもしれない。

呆れた顔で相槌を打ちつつ綱手は軽く頭を左右に振る。

「あははは」
横に立つシズネも引き攣った顔で精一杯の愛想笑いを浮かべた。
発言者が自来也なだけに思いっきり突っ込めないのだろう。

「何はともあれ心強い影のようだね、アンタは」
柔らかい瞳を気を失ったナルトへ向け。
綱手はそっと乱れたナルトの前髪を指先で払った。

母親のような、姉のような。
それなりにナルトを気に入ったような綱手の行動に、自来也とシズネは胸を撫で下ろしたのだった。
が。

「それは反則だのォ」
ナルトの懐を漁って、先ほどの綱手の宣言が入った札を引き抜く。
自称・五代目火影。

仲間を白い目で見やって自来也は小さな声で咎める。

「何言ってるんだい。弱味を握られていると落ち着かないからね」
平然と自分の声が記録された札を燃やして。綱手は涼しい顔で言い切った。
「ひ、卑怯です……綱手様」
シズネも眉を顰め綱手の大人気ない行動に文句を言う。
「卑怯? だったらナルトが仕掛けた悪戯はもっと卑怯だろう。ったく……人の心の古傷抉った挙句に、癒しちまうんだからね。これくらい可愛いもんさ」
綱手の手のひらに残った札の燃えカス。
ふっと口で吹き飛ばして綱手は面の顔が厚い人間的発言。
喰えない笑みを湛えてシズネの文句を封じる。

こうしてナルトの働きにより、綱手姫は晴れて五代目火影となった? 裏で。


 甘いよね。


自分が持っている札の『一枚』が処分される事など、ナルトの考えのうちで。
ナルトは綱手に接触する前。
自来也が口寄せで呼び寄せたガマ吉にスペアの札を託しておいたのだ。

綱手にとっては恥ずかしい熱血台詞でも。
ナルトにとっては有効かつ重要な一言。
一人で生きると決めていた頃より、丸くなったからといって。
相手の弱味を握って簡単に離すほど落ちぶれてもいない。

 五代目こそ、俺を舐めてはいけない、よ?

証拠隠滅を確信する綱手が後々にこの事実を知って。
里を巻き込んだ追いかけっこに発展してしまうのは、また、別の話。
とりあえず今の所は。

「さー、街へ戻って支度を整えるわよ〜」
「切り替え早すぎだの」
腕をぐるぐる回し元気な声で歩き出す綱手と、元同僚。
ツッコミのコツは心得ている。
自来也が裏手でさり気なくツッコんで。

「機転が利く、と言いな?」
笑顔の綱手に100mばかり吹き飛ばされる。
ズササササー、なんて効果音と一緒に砂まみれになる自来也。
先ほどの戦闘の治療もされていないのに、この扱い。
「人には優しくだぞ〜!!」
思わず昔に戻って叫ぶ自来也に、綱手は意地悪く微笑んで言い切る。
「既に人外だろう? 私も、お前も。あいつも」
眩しそうに斜めに翳る太陽を見上げ、綱手は自嘲気味に返事を返した。

ナルトが怒りを込めて突きつけた現実は残酷で、同時に無限大の可能性を綱手の前に提示している。

 大人が、私達が蒔いた種は私達が刈り取るべき、か。それとも。

シズネにおぶられて、揺れるナルトの髪を盗み見て綱手はぼんやり思う。

 それとも。火影になるつもりはないみたいだけれど。
 この子なら世界をも変えるかもしれない。
 誰よりも強く、誰よりも冷酷で、誰よりも優しい子。
 自分の傷を隠そうともしないで駆け抜ける木の葉の守り刀。

 舐められたらいけないが、この子を舐めてかかったら痛い目見るだろうね。

背後で自来也が何やら雑言を吐いているが聞かないフリ。
綱手は一度も背後を振り返ることなく、街へ向けて力強い一歩を踏み出したのだった。


ブラウザバックプリーズ