小さな嵐の爪痕



巨大なドスにより口を貫かれた大蛇・マンダ。

大蛇丸の長年の相棒らしい蛇は、綱手により口を封じられ地に縫いとめられる。
得意満面の笑顔を浮かべる綱手に狙いを定めるのは大蛇丸。
頬を膨らませてその口から飛び出すのは。
「!!」
長い舌。

綱手の首に巻きつこうとして、飛び出した小さな影に弾かれた。
第三者の侵入に驚き身構える大蛇丸は、相手を素早く観察する。

「その額宛、木の葉かしら」

クナイを真横に構えた一見可愛らしい少女の額に輝く木の葉の印。
亜麻色の髪と瞳。
何処にでもいそうなありきたりの少女のようであり、隙一つない立ち姿は外見とそぐわない空気を纏う。

余裕を持った振りをして大蛇丸は口を開く。

「答える義務は無い」
無表情のまま少女は素っ気無く答えた。
「私はこの方を守る義務がある」
背後に綱手を庇い少女がハッキリと言い切る。
瞳にともる静かなる殺気と歳不相応の威圧感。
大蛇丸は間の悪さを内心呪いつつ長い舌で口周りの血を舐め取った。
「成る程ね」
チラリと綱手を一瞥し大蛇丸は少女の言葉に応じる。
「噂に聞いた特殊暗部ね。三代目もとんだ置き土産を残してくれたもんだわ」
腹を押さえたカブトが大蛇丸の背後に控え膝をつく。
高まる緊迫感とは逆に静まり返る少女・ご存知ナルトの心中。

別に大蛇丸にココでトドメを刺すつもりはない。
寧ろ。
泳がせ彼が握る情報を手に入れる。
賢明な判断で妥当な状況展開であろう。

 俺は何事においても他人事を決め込み、己を取り巻く状況を冷静に。
 細かく判断しようとは思わなかった。
 だがこれでは駄々を捏ねたこいつ等(三忍)と同レベルだ。
 俺はその上を行くと決めたんだから。

 だから。

大蛇丸に見える位置でナルトは口角を微かに持ち上げる。
ナルトなりの肯定の意だ。

「特殊暗部……」
息の上がってきた綱手が呆然とした口調で大蛇丸の台詞を反芻する。

綱手自身、噂は聞いたことがあった。
だが噂はあくまでも噂である。
自身の目で確かめ確固たる事実として認められなければ霞のような存在を当てにする訳にはいかない。

三代目逝去の後、綱手に接触もせず今頃のこのこやって来るとは。

「舐められたもんだね」
苦い口調で言い切る綱手に背を向けたままのナルトは苦笑した。
「いえ。先代のお言葉によるものでしたから」
嘘はない。


《三代目としてのワシが死に。次代の火影、即ち五代目が危機に陥ったなら、まず先にお主等が駆けつけ助けよ》


まだナルト達がアカデミーで勉強に勤しんでいた(?)時分に言い渡された言葉である。

ナルトを筆頭に。
幼い頃からの相棒の少年と。
怠け者でありながら天才肌の少年が加わり、安定したチームの状況を見計らっての三代目の言葉。
綱手が五代目になれば発生する任務でもある。

 ま、こういうのは使い様ってね。

三代目の言葉と知るのは、相棒の少年二人とナルトだけ。
反故にしたって誰にも分からないがこの際だ。
こじつけ理由として使う。

綱手を守る為の。

ナルトはドスの上から大蛇丸の居る地上へ舞い降りた。

大蛇丸は目を細め口元から刀を出す。
「邪魔をするなら斬るわ」

 ニィ。

特殊暗部とはいえ、所詮は格下。
判断したのかハッタリか。
大蛇丸は好戦的な笑みを浮かべ構える。
ナルトも言葉を発せずにクナイを構えた。

 本気の大蛇丸。油断は出来ない。

やや大袈裟な上体の動かし方だ。
しかし大蛇丸の刀の振りは芸が細かい。
クナイで刀を二度三度弾いていたナルト。
そのナルトが持っていたクナイが、四度目の衝撃を受けた後真っ二つに砕ける。

「…剣、か」
出自が。
ましてや、暗示が解ける恐れのある小太刀は使えない。
砕けたクナイを投げ捨てナルトは大蛇丸と距離をとる。

「余所見をしている暇はないわよ」
空を切る音とナルトの心臓目掛け突き出される刀。
ナルトは手に嵌めた手甲で刀を受け止める。

金属が擦れ合う高い音が響き、ナルトの手甲から血が滴った。

「確かに。片手間で相手をするのは無理がある」
ガイがいつぞや放っていた激しい回し蹴り。
ナルトは大蛇丸の首目掛け蹴りを放ち、まずは刀の牙から逃れる。

 エロ仙人から教わった原理。利用して、と。

例えその術が一通りの完成形だったとしても。
それは完成させた忍が感性と決めることで、それだけを一個の術として決め付けるのは早計だ。

「破っ」
両手・足。
チャクラを溜め、渦を作る。

目に見えないチャクラの渦はナルトの手足に纏わり突き触れれば相手の体中を切り裂く。
正にチャクラの刀。
千鳥とは原理が違うが同等かそれ以上の威力を持つ。

 一点集中できないけど十分さ、この『威力』ならな。

振り上げた左拳で大蛇丸の腕を切り、上体を反らせ避けた大蛇丸の刀。
目掛けて右拳をぶつける。
ギチギチ震える刀とナルトの握り締められた右拳から吹き出る激しいチャクラの渦。

突如発生する空気の流れに巻き上がる砂・砂・砂

「なんて威力なの!?」
遠巻きにナルトを見守るシズネも驚き顔色を変える。
遠くで見るシズネですら心揺らされるのだ。
シズネよりは間近で見ている綱手は瞠目する。

 つ、強い。
 もしかしたらこの場に居る、私達よりも強いのかもしれない。

特殊暗部らしきこの少女。
もし三代目が残した忍というのが事実なら。
なんと鋭利な火影の懐刀であろうか。

 ぶん。

空気が揺れる音と共に折れ曲がる大蛇丸の刀。
両手を地面につけたナルトが腕の屈伸運動を利用して放つ両足を揃えた蹴り。
爪先に集めたチャクラの渦は刀の一点を突き、その点から刀はくの字に折れ曲がった。

「これで呑みなおす事も斬る事も不可避」

この一本を折っても、恐らくは次の刀が大蛇丸の体内に存在する筈だ。
想像したくない絵図だが確率は高い。

ならば刀の出し入れを不可能にすれば良い。
今は倒すべき相手でない以上、こちらの手の内を完全に見せるのは危険で。
避けなければならないのだ。

「手土産だ。貰っていけ」
鼻で大蛇丸の醜態を哂い、繰り出すのは強力なチャクラ入りの拳。
狙って大蛇丸の拳にめり込ませながら火遁の術と起爆札で腹を狙う。
人が瞬きする間に仕掛ける早業だ。

「ぐっ…」
踵で地面を掘り大蛇丸が大幅に後退する。刹那、大蛇丸の腹の起爆札が爆発して仰向けに倒れた。

「クク……無様な真似させやがって。オレがおめーを食い殺してやりてーが、口に風穴空けられちゃあ、飲み込むことも出来やしねぇ。次、もし会うことがあったなら覚悟しとけや」
まずはマンダが不吉とも、内心の憤怒とも取れる発言を残し消える。

大蛇丸はまず口から刀を吐き出し、腹を抱え。
よろめき立ち上がった。
爆風に晒されたか。
ナルトの集束したチャクラに焦がされたか。
所々が火傷になっている。顔も当然火傷を負い、その皮膚が剥がれていた。

「綱手、お前に治してもらわずとも、私には一つだけ方法があるのよ。この腕を復活させる方法がね」
ドスの上から地面へ着地した綱手を眺め大蛇丸は不敵に宣言した。
「!?」
爛れた皮膚の下に真新しい誰かの肌。
大蛇丸が本来持つ肌ではない。
眉間に皴を寄せる綱手と自来也を他所に大蛇丸は尚も言葉を続ける。
「木の葉は必ず潰してあげるわ。その時また会えるといいわね、我が同士。クク……綱手・自来也」
謎めいた言葉と含みのある顔つき。

何もかもがナルトの知らない情報ばかり。
変化した大蛇丸の『素顔』に綱手と自来也がたじろぐ。

「綱手、本当の不老不死。それが私。我、不滅!」
ずぶずぶ地面に沈んでいく大蛇丸の身体。
「いずれ、また」
片膝をついたカブトも煙を使い姿を消す。

「待て!!」
叫ぶ綱手はもつれる足を叱咤して大蛇丸の傍へ駆け出そうとして。
駆け出そうとしてよろめき。
ナルトはそんな綱手を助けるフリをして彼女の行動をやんわり制した。

「確かに大蛇丸は脅威です、五代目。だが貴女まで、ここで失うわけにはいきません」
ナルトは敢えて台詞の五代目を強調し綱手を大人しくさせる。

 そう。
 『まだ』大蛇丸は全ての手札を明かしていない。
 ならば彼が全ての札を表に返すまで。
 俺は天鳴(あまなり)を隠し通そう。

薄っすら哂うナルトの顔は、丁度陰になり誰にも見咎められる事はなかった。
鮮やかなナルトの戦いぶりと落ち着いた言動・行動に自来也は腹を押さえたまま内心苦笑する。

「まったく。遅いのォ、お前は」
私情抜きに仕事をこなすのはナルトの気質であり、慎重なのも矢張り彼女らしい行為だと云える。
だが今回は遅すぎだ。
何を暖めていたか自来也に知る由はない。

けれどもう少し状況を読んで行動して欲しかった、と思う。

ナルトへ向けた言葉はナルトの冷笑によって阻まれる。

「申し訳ありませんでした、自来也様。同窓会、を邪魔するのが憚られまして」
近づく自来也を丁寧な棘のある言葉で押し留めた。

奇妙に歪む自来也の顔は視界に入れず。
まずは綱手に。
片膝を付き、ナルトは深々と頭(こうべ)を垂れる。

「参上が遅くなりました。三代目付き特殊暗部隊隊員、天鳴 ナルと申します」
地面を見つめたまま淀みなく紡がれるナルトの台詞に。
綱手は瞬間固まり、シズネは仰け反って驚いていた。

「天鳴? 私の覚え間違いでなければ、浄化と不浄のチャクラを操る幻の一族の。あの天鳴かい?」
「はい。私が最後の生き残りです」
真剣みを帯びる綱手の声に、最大限の真摯さを込めナルトは即座に返答する。
「そうか……」
目を伏せた綱手の呟きが誰の耳に届くでもなく風に紛れて消えた。
「つまりは。お前は性別を偽り、あの分身、いや」
何かを振り切るように数回頭を左右に振って綱手は一旦言葉を切る。
シズネの元に残してきたナルト(影分身)を一瞥し、次に目の前のナルトへ目線を向けた。

 やっぱり目は誤魔化せないか。

ナルトの目が細まる。

「うずまき ナルトとして。日当となり日陰となり里を守ってきたのか」

すっかり騙され仕組まれた。
かつては三忍と名を馳せた己が、こんなにあっさり『賭け』に負けてしまうとは。
つくづく勝負の神様から見放されているらしい。

考え、綱手は胸に立ちこめるモヤモヤを素早く追い払う。
今は騙された自らの不甲斐なさを嘆く時間ではない。

「大袈裟です。全ては三代目の御意思とお考え下さい……と、言いたいところだが。本当は些細な理由だ」

 すっ。

立ち上がりナルトは真正面から綱手の顔を、瞳を射抜く。

「里なんか俺にとっては牢獄で、情によって忍を縛る木の葉のやり方には反吐が出る。でも俺には護りたい小さな世界があるんだ。
かつて貴女が体験した小さな、小さな世界。それが木の葉にあったから、だから俺は木の葉の駒になっていたんだろうな」

 ニンマリ。

表のナルトの表情ソックリに微笑むナルトに、綱手は無意識に身体の緊張を解いた。

「ふん。妙に生意気なところは頂けないね、でも、悪くない」
腰に手を当てて尊大な態度でニンマリ笑い返す綱手。

「女は強いのォ」
遠い目をした自来也に。
「あの二人は別格ですよ、自来也様」
労わるように自来也の肩を叩き。
シズネがフォローになっていない、フォローを入れた。


やっと終わった戦闘シーン……。ブラウザバックプリーズ