二度目の答え



 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな!!

願いを込めて木の葉の下忍に。
ナルトの胸に手のひらを当てる。
繰り返される歴史と悲劇。
また同じ、同じ結末だったなら?

綱手はただひたすらにナルトの手当てだけに意識を集中させていた。

 ああ、そっか。

浮上するナルトの意識。
条件反射的に意識を底まで落しきってしまった。
お陰で綱手にされるがままに治療を受ける羽目になって。
数秒飛ばしかけていた意識が漸く戻ってきた。

うずまき ナルトは下忍である。
しかしながら、ナルト。
素性・性別・実力全てが正反対の凄腕忍。
下忍なんて偽りの仮面。
綱手姫を木の葉側に取り戻すべく動いたナルトの茶番は幕を閉じ。
実を結ぼうとしている。

「……」
痛みは引いた。
綱手の処置の良さを、体中に感じ数ミリ瞼を持ち上げる。

 その顔。
 似てるから、三代目のジジイに似てるから。
 もう平気だよな? アンタは自分の気持ちから願いから逃げ続けてきたけど。

 もう平気。

 迷子は帰る家を見つけた。

思わず無意識に笑い、その顔が綱手の網膜に映る。

 なんか、言ってやんないと。

クリアになりきらないナルトの頭から飛び出す言葉。
「賭けには……勝ったぜ……」
薄っすら笑って綱手の首飾りへ指先を伸ばす。

ここでナルトが素性を明かさないのは、ナルトも相当頑固だからだろう。
当初五代目火影の椅子をアッサリ蹴り里を捨てようとした綱手。
彼女の事情は別としてその大人気ない態度を許せるほど、ナルトだって大人ではない。

 このまま、少し眠らせてもらう。
 体力取り戻さないと。
 大蛇丸の言葉の端に暁の内情を知る言葉があった。
 俺の身柄確保に関しても多少は知っているんだろう。
 ならば引き出せる分は引き出しておかないとな。

今度はきっちり意識して、身体を眠りに付かせる。
頭は当然起きていて、綱手がそっとナルトの左手を癒し、その首に首飾りがかけられたのを認識していた。

互いに牽制し、カブトとナルトのやり合いを窺っていた大蛇丸・自来也。
予想を超えた結末に大蛇丸は吐き捨てた。
「あの子、よろしくないわね」と。

「綱手は医療のスペシャリストだ。案じずともナルトの身に心配はないのォ。それよりお前はわしと闘ってるんだ。余所見してる暇はねーだろ」

明らかに変わった風向き。

ナルトが本来の力を出し惜しむ理由がイマイチ理解できないが。
綱手をこちら側へ引き寄せられただけでも良しとしよう。
自来也は事態の収束を感じ取りつつ大蛇丸の独り言に返答を返した。

「そういう意味じゃないわよ」
自来也の茶々を否定して大蛇丸は顔を顰める。

そのまま自来也を横目に飛翔。
目指すはナルトだ。
大蛇丸の行動に気付いた自来也も後を追うが、大蛇丸の長い舌に足首を取られそのまま地面へ叩きつけられる。
大蛇丸は自来也を叩きつけた反動を利用し、体内に納めてあった刀を出しナルトの心臓を目掛け飛ぶ。

 ピクリ。

大蛇丸の殺気を感知してナルトの指先が震える。
だが、ナルトが動くより先に。
「ゴフッ」
綱手は身を挺して大蛇丸の刀をその身に受け止めた。
胸元を貫通する刃先。
立ち込める綱手の血の匂い。

「綱手、アンタだけは殺す気なかったのに」
綱手を貫いた姿勢のまま大蛇丸は淡々と言った。
「その子に生きていられると、諸々の事情で後々厄介な事になるのよ。邪魔しないでくれる」
大蛇丸が放つ含みある言葉。

 諸々の事情で後々厄介。
 俺を取り巻く環境の変化。
 若しくは俺自身が知り得なかった、知ろうとしなかった『外』での評価を大蛇丸は知っている。

震える身体をそのままに、動こうとしない綱手。
「この子だけは絶対守る!」
ナルトが行動を起こそうとした瞬間。
綱手が喋った台詞に、ナルト自身が動きを止める。

「フン、血に震えながら。何故、三忍の一人ともあろうアンタが、そんなただの下忍のガキを命がけで守ろうとするの?」

大蛇丸の評価ではナルトは下の下。
九尾の封印の器でなければ、恐らくは一生気にかけることはなかった凡庸な存在。
その平凡そのものが何故綱手の心を突き動かすのか。
理解しかねて問いかける。

「木の葉隠れを、里を守るためよ」
引き抜かれた大蛇丸の刀。
綱手は刀の抜かれる反動をやり過ごし、一言一言、力を込めて口に出す。
「なぜならこの小さなガキは、いずれ火影になるガキだからね……」
慈愛の篭った瞳でナルトを見つめる綱手。

対するナルトは内心で盛大に冷や汗をかいていた。
綱手の頑なな態度に腹を立て己の使える手段を使いまくって。
ついに綱手を懐柔するのに成功したが。

 俺が火影になんの?
 首飾りも貰わなきゃ駄目なの?
 俺火影なんて目指してないし。
 でも今正体をバラスと大蛇丸にもバレるし。
 黙ってたらこのまま火影認定だし……。

一人ダラダラ汗をかき悶える。

「フフ、何を馬鹿な世迷言を。それに火影なんてクソよ。馬鹿意外やりゃしないわ」
ナルトが一人葛藤している間にも、同窓会チックに大蛇丸と綱手の会話は続く。

大蛇丸が嘲笑を込めた台詞は、一週間前に綱手が口にした言葉と同じだった。

「ここからは私も、命を懸ける」
綱手の顔から迷いが消える。

 ああああ! 駄目! 駄目駄目!
 俺を他所に盛り上がるな〜!!

すっかり登場のタイミングを逃してしまったナルトの心の叫び。
当然それを聞く者は誰一人としていない。

「こんなガキ一人の為に投げ出す程度の命ならさっさと相応に散れ」
大蛇丸も冷静なようで、部分部分では熱い。
綱手の挑発に苛立って再度刀を出すと綱手に向って振り下ろした。

立ち上がりかけた綱手の肩から腹部までを斜め斬り。
綱手は斬られた衝撃で仰向けに倒れこむ。

「綱手様ぁ!!」
眠るナルトへ近づく大蛇丸と、血を流して倒れる綱手。
シズネは動かない身体を恨めしく感じながら声の限り叫ぶ。

ナルトという危険分子を、獲物を仕留める。
「!」
確信して刀を横に凪いだ大蛇丸の顔が驚愕に染まった。
「言っただろ? ここからは命を懸けるって」
ナルトの身体に覆いかぶさって背中に大蛇丸の刀を受ける綱手。

 あう。

すっかり諦めの境地でナルトは心裡で嘆息した。

 今更こうでしたなーんて云ったら、綱手姫に俺が殺される。
 取りあえずは決定打でもこの札に録っておくかな。
 姑息な手段だから使いたくないけど。
 前言撤回されたら困るし。

足先。
草履に仕込んである情報収集用の白紙の札。
高度なチャクラを操れれば、音声を残しておく事も可能で。
ナルトは足先にチャクラを集め録音を開始した。

一方。大蛇丸は綱手の行動に苛立ちはピーク。
自由に動く足で綱手の身体を蹴り飛ばす。
「この死に損ないが!」
激昂した様子の大蛇丸。
血を克服していない綱手は全身を震わせ、視線の先に投げ出された己の手を見つめる。


綱手の。

指が。

手が、腕が。

身体が。

肢体が。

全てから震えが消えた。


「何故なら私が、木の葉隠れ五代目火影だからね」
目にも留まらぬ早業。
大蛇丸を殴り飛ばし起き上がる綱手。
迷いが消えた瞳と誇りさえ感じさせる声音で宣言する己の立場。

 よっし!

ナルトは心の中だけでガッツポーズを取り。
すかさず札に綱手のこの言葉を念入りに記憶させる。

いざという時の切り札は多いほうが良い。
それから感じる綱手のチャクラの変化。
今まで放っていた綱手のチャクラとは少し違う。
異質な感覚を受ける。

「ま、待ってください。傷は私が治します。だからその封印は解放しないで下さい」
ナルトが疑問に思うより早くシズネが綱手の変化を察知して叫んだ。
「ハァ!」
シズネの叫びを無視して綱手はチャクラを練り上げる。
瞬きする間。
非常に速い速度で癒されていく綱手の傷に大蛇丸は眉を潜めた。
「クク……新術を開発しているのは私だけじゃないみたいね、一体どんな術?」
が、すぐに気を取り直し半分冗談で綱手に問いかける。
「なに。私は長年チャクラを額に溜めていてね。その大量のチャクラで各種たんぱく質を刺激し、細胞分裂の回数を急速に早めて細胞を再構築」
含みあってか綱手は手の内である新術について解説を始めた。
大蛇丸へ喋りながら唇の端から流れ落ちた血を親指で拭い取る。

「そして全ての器官・組織を再生できる。回復能力ではなく再生能力」

 ニイ。

綱手の唇が緩やかな弧を描く。
説明を拝聴した大蛇丸とて綱手の作り上げた術のレベルの高さに気付かないわけがない。
眉間の皴を深くする。

「つまり、戦いじゃぁ死なないのよ。私はね」
親指についた血を腕に塗りつけ。
綱手が次に行使しようとしている術は。
口寄せ。

逆にナルトは己の一寸した失態に立腹中。

 んだと? 確かに綱手姫の理論は合ってるけど。
 人が持ちうる細胞分裂の回数は決まっている。
 細胞分裂を早めるという事はそれだけ寿命を縮める事。

 何考えてんだよ。
 里を守るなら、火影になるなら。
 まずは不用意に死なないように心がけるのが一番大切だろう。

 そりゃー、注連縄もジジイも。
 恐らくは初代も二代目も。
 目茶目茶無理した挙句死んでったんだろけどさ。

 アンタは支えてくれる付き人も仲間もいる。
 一人でいきがるんじゃない。
 俺にも言ったじゃないか、アンタは。

ナルトは目だけを開き素早く周囲の状況を確認。
大蛇丸によって地面に沈められた自来也も復活し、立ち上がっている。

「大蛇丸様! マンダを」
綱手が印を組み始める。

顔色を変えたカブトが叫び、大蛇丸は倒れているカブトの元へと飛ぶ。
自来也も綱手と同じく『口寄せ』の印を組み始め。

「急ぎなさい!」
両腕を動かせない大蛇丸に変わり、手早く大蛇丸の腕の印を組み合わせていくカブト。

口寄せの術
自来也と綱手と大蛇丸。
三人がそれぞれに術を発動。

 今だな。

ナルトは冷静に三人を一瞥し、影分身を作り上げる。

倒れているナルト役を影分身に任せ、己は髪色を亜麻色に変えたいつぞやのシノの恋人スタイル。
本来の少女の姿に合わせ服装も念の為変えておく。
折角大蛇丸とカブトの記憶を封印しておいているのだ。
二度手間をかけたくないので、うずまき ナルトはナルトとして。
大人しくダウンさせておけばいい。

 ボフン。

術発動時の独特の煙幕。
立ち込めた後に鎮座するのは、巨大蝦蟇に大蛇に蛞蝓。
それぞれ口寄せした対象の頭に立ち互いに睨みあう三忍。

「ふー、年取ってからの喧嘩って派手だな」
素早くガマ吉達をかっさらって離れた場所に移動したナルトは一人ごちる。
「こりゃ! 呑気に傍観か?」
自分達を拾い上げた主がナルトと察してガマ吉が抗議の声を上げた。
ナルトはニンマリ笑って首を横に振る。
「いや。取り合えず、これが録音できたか確かめてからな」
足先から札を取り出しチャクラを込めた。

《何故なら私が、木の葉隠れ五代目火影だからね》

札から発せられる声は綱手姫のもの。
きちんと録音できた札を懐に仕舞いなおしナルトは口角を持ち上げる。

「二度目の答えはちゃーんと受け取った。さて老体に鞭打ってあの二人を闘わせるよりは。俺が大蛇丸と生意気そうな蛇にお仕置きしないとねぇ?」
クスクス楽しそうに笑うナルトにガマ吉は嘆息。
事情が今ひとつ飲み込めていないトントンとガマ竜は互いに顔を見合わせ首を傾げあうのだった。


書きたい場面が多すぎて未だ戦闘シーン。いい加減飽きるよね、私は飽きた(爆笑)ブラウザバックプリーズ