ドベナルトの答え



怯んだカブトを睨みつけ、ナルトは怒鳴った。
「いいかげんにしやがれ!」
ナルト、手のひらにチャクラを集めてカブトに避けられるよう。
オーバーアクションで螺旋丸を作り上げる。
「ウオォォオォ」

 これだけ大雑把に動いてるんだ。避けろよ、カブト。

表面的には咆哮し、ナルトは必死の形相でカブトに螺旋丸を押し当てようとする。

伝説の三忍・大蛇丸曰く『忍としては凡庸そのもの』
木の葉の里のドタバタ忍者。
意外性NO.1のうずまき ナルト。
この稚拙な攻撃はナルトらしさを120%出していた。
ナルトの素顔を知らない第三者から見れば。

「ぜってー諦めねェ、ど根性。あいつはそれを持っている」
まずは自来也が口を開く。互いにナルトの攻撃の様子見。
戦う手を休めた自来也と大蛇丸。
対する大蛇丸は無言。

カブトは直ぐに冷静さを取り戻し、ナルトの突進を避けてナルトの脚を攻撃した。
「うわぁぁ!」
ナルトは悲鳴をあげみっともなく地面へ激突。
「ぐっ!」
カブトの攻撃を受けたのは『真実』なので、それらしく見えるようちゃんと呻く。

 センスは良いな、本当に。
 俺がさっき痛めた左骨。
 そこを狙ってその筋肉に攻撃を行う。

「んー。どうやら左足の方は蛇との戦いで大腿骨にヒビが入ってるね。まぁ、骨だけならまだ動けるんだよ。でももうムリ。左足の外側広筋を断ち切ったからね」
余裕を取り戻したカブトが呻くナルトへ講釈。
格の違いを知らしめるように。
「痛って」
顔を顰め上半身を起こした状態で、ナルトがカブトへ顔を向ける。
どうカブトを攻略すれば良いのか分からない。そんな風に。

 だから引っかかってくれよ。

ちょっぴり信じていない神様なんかに祈ってもみる。

「クク……怖いかい? このボクが。ここから逃げ出したいかい?」
獲物を追い詰めた獣の瞳。
ナルトへ向けカブトが軽薄な笑みを浮かべた。

カブトの性格は詳しく知らない。
だが大蛇丸の部下をしている位だ。
目に見える力を信奉しているであろうコトは想像に容易い。

ならば、カブトから徹底的に言葉を浴びるまで。
盛り上げ役に使わせてもらう。
歯軋りしてカブトを睨みつけつつ、ナルトはカブトの心理を推測する。

「ナルトくん。君は中忍第一の試験の時、こうはしゃいでいたね。
『なめんじゃねー、オレは逃げねーぞ。受けてやる。もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるから別にいいってばよ。怖くなんかないぞ』」
ご丁寧に一言一句違(たが)わず。
ナルトの発言を記した札を手に、カブトが茶化す。

 や。アレはアノ時はさ〜。サクラちゃんが辞退しそうだったから勢いだったんだけどな。
 元々深い意味なんて込めてないし。
 んなトコまでデータとして残してたんだ?
 物好きっていうか優秀なスパイって言うか。

 本当に下忍でよかったんだよ、俺は。

ナルトは場違いにアンニュイな気分になり、少々遠い目をして遠くを眺めた。
その動作は一瞬だけでカブトですら認知できなかったのだが。

「今、同じようにはしゃげるかい?」
挑発するカブトの台詞にナルトは顔の筋肉を固定。
睨みつけたまま。

 成る程ね。
 確かに場違いで実力も三流の俺が、『この場所』ではしゃげる(戦える)訳ないか。
 実力の差を思い知り諦めろと。

 生憎実力差から来る絶望なら。とっくの昔に味わってんだよ。

三代目の庇護の下暮した数年間。
あやうく瀕死の手前まで痛めつけられたなんて、ざらだった。
九尾と天鳴(あまなり)という特殊能力のお陰で生かされていた日々。
辛いとか逃げたいとか。
思う間もなく流されていた毎日。
死ぬ事さえ自由にならず、絶望を通り越していっそ笑えた。
里の為、事情を知る者達の良心の咎の為。
生かされていた。
力がない故に限界を垣間見た幼い頃の自分。

 はしゃげる訳ないだろ。

顔の筋肉はそのままにナルトは落ち着き払った頭で考えた。

「もうガキじゃないんだから、はしゃぐのは止めた方がいいね。状況次第で諦めて、逃げたい時には逃げたらいい」
道理を説く? カブトの説得にナルトは顔色を変えない。

 逃げたい時には逃げたらいいか。
 逃げる事さえ許されなかった俺はどうしたら良かったんだろうな?
 逃げる事さえ考えられなかった俺は何を諦めればよかったんだろうな?

 見たままの存在意義しか計れないのなら。
 お前は矢張り大蛇丸の部下というポジションが相応しい。

「いやいやいや。なに、その目? 死ぬんだよ! 死んだら夢も何もないんだから」
困った顔でカブトは苦笑した。

 死ぬ自由があったならな。
 選ぶ自由を持った人間の戯言だな。
 元から夢を持たない俺にどうしろってんだろうな。
 まぁ、表向きは三代目のジジイに泣きつかれて。
 火影になるのが夢だとか公式発言してるし。
 否定は出来ないけどさ。

ナルトも苦々しい気持ちを抱えカブトの言葉を聞いていた。

「ガキは全てが簡単だと思ってる。だからバカげた夢を平気で口にする。だからあきらめない」
カブトは静かにナルトへ近づき。
徐にナルトを蹴り始める。

 大人は全てを複雑だと思っている。
 だから石橋を叩いて渡り石橋を壊す。
 だから簡単に諦め限界を決めてしまう。

呆然と成り行きを見守っている綱手姫の表情を盗み見、ナルトは心の中だけで反論する。

 本当に複雑なものと、見た目が複雑なもの。
 似て非なるもの。
 諦める事で簡単に済ませてきた諸々から俺は逃げないと決めた。
 俺は俺自身の気持ちに従い行動し、そして望みを叶える。
 俺に賭けを持ちかけた時点で諦めておいてくれな。

カブトの蹴りは本気ではない。
面白半分にいたぶっている。
そんな雰囲気で傷付いたナルトの小さな体に蹴りを放つ。

「そして死ぬんだ」
小さな声で呟いたカブト。

 ああ。死ぬな。
 だがドベのナルトは一味違うぜ?
 盛り上げ役を担ってくれたお礼に味わってみろよ。
 ドベの悪あがき。

ゴホゴホ咳き込みながらもナルトは立ち上がる。
痛みの感覚は既に麻痺させていて、己の身体がどれだけの痛みを訴えているか。
ナルトは知らない。
また知る必要もない。
常に極限を強いられた日常からすればなんと可愛い茶番か。

「まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ。それが俺の忍道だ」
決め言葉を放ってすぐにカブトの拳に殴られ。
ナルトの体は再び地面とお友達。

「なんで……」
揺らぎ始める綱手の心。
カブトが盛り上げてくれたお陰で雰囲気抜群だ。
「どうして……」
震えながら立ち上がるナルトに綱手は問いかける。
「どうしてお前は「綱手のバアちゃん」
綱手の言葉を遮りナルトは彼女の名前を呼ぶ。
震える指を解き印を組んだ。
「あの賭けの約束通り、その縁起の悪りィ首飾り。貰うからな」
影分身の術で二人に増えたナルト。
「もういい」
綱手がついに叫んだ。
「私を庇うな! ナルト、もう止めろ!!」
戦う姿勢を見せたナルトに苛立ったカブトがクナイを抜き放つ。
殺気を纏ったカブトに危機感を募らせ綱手がもう一度叫ぶ。

「そういう意地張ってると、死ぬって言っただろ!」
クナイを手にナルトへ迫るカブトの脅し。
もろもとせず静かに構えた二人のナルト。
背中を見上げもう一度綱では叫んだ。
「死んだら何もかも。夢も何もないんだよ!! もういいからどけ! 逃げろ!」
繰り返される悲劇。
掬ったと思う傍から零れ落ちる命。
綱手の叫びにナルトは小さく笑う。
ナルトでもナルでもない。
ただの一人の忍として。
一介の下忍として。

「フン、大丈夫だってばよ」
カブトの振りかざしたクナイを左手で受け止める。
肉を絶つクナイがナルトの左手のひらを貫通。
飛び散る己の血を無視してナルトはカブトのクナイを握った右手をしっかりと掴んだ。

「オレは…」

 綱手姫。これがドベの俺の答え。
 唯一アンタに選択を迫る問いかけ。受け取れ。

「オレは火影になるまでぜってー死なねーからよ!」
声を発することさえ忘れた綱手。
その気配を背後に感じ、ナルトは口角を持ち上げる。

「これで逃がさねーで済む」
左手でカブトの右手を握り締め。
傍らに控えた分身の手を借り。
右手のひらにチャクラを練り上げる。

見た目は不恰好でも込めたチャクラはそれなり。
沢山込めてここでカブトを葬り去らないよう適度に。

 せいぜい俺の手のひらで踊ってろ。

ナルトの意表を突く行動にカブトは僅かに身じろぎする。
移動しようにもナルトの手の力は案外強く。
思うように身体が動かせないカブトには十分な足止めだった。

「ウオオオオオオ!!!」
右手のひらに出来上がった『螺旋丸』をカブトの腹へ叩き込む。

カブトとて黙って螺旋丸を喰らっているわけではない。
空いている左手のひらをナルトの胸に押し当て経絡系へとダメージを与える。

 ちっ。九尾のチャクラを還元できなくしたか……。
 でも俺は既に彼女に懸けたからな。

 死なせるヘマはしないだろ?

吹っ飛んだカブトが生存しているのを確かめたナルト。
口から大量に血を吐き出し、仰向けに倒れつつ確信の笑みを浮かべる。

最悪駄目でも予め己の身体にかけておいた天鳴独特の治療術が発動するだけ。
予防線は当然張ってあるが。
賭けが成立した以上綱手姫にも報酬を払ってもらわなければ。

 決意というアンタの報酬を。

瞬時に意識を落し身体を休める。
ナルトが持つ忍としての条件反射。
身体の傷はそのままなので瀕死の重傷そのままだ。
倒れたナルトの傍らに綱手は素早く移動した。

「あの術をくらって、お前……」
「チャクラを腹に集めて術をくらう前から一気に治癒を始めた。
ボクが大蛇丸様に気に入られたのは、技のキレでも術のセンスでもない。圧倒的な回復力。細胞を活性化。新しく細胞を作り変えていく能力」
驚く綱手にカブトは淡々と説明する。
治癒していく腹を見せつけながら。
「この術、ナルトくんの最後の賭けだったみたいだけど……」
カブトは勝利を確信し。
現実を突きつけようとして途中で口を止める。
鈍く痛み始めた腹に口から溢れ出る血。
カブトは前のめりに倒れこんだ。

 ざまあ。

意識を落とし込んだ状態でナルトは内心ほくそ笑む。

ビクン。

震えたナルトの身体を綱手は目に止め、胸に耳をあてナルトの心音を確かめる。
不整脈を起こし始めたナルトの心臓を察知し、綱手はナルトの上着を切ると胸に手を当てた。

「ナルトくんはもうダメだよ。九尾のチャクラを力に還元する、心臓の経絡系を切断した。力いっぱいね。自力で治癒する可能性を断ち切るためにね」
「うるせー」
地に伏したまま綱手を口撃するカブトを一言。
綱手は静かな声音で罵倒した。
「てめーは後で殺す」
当然、こう付け加えるのも忘れずに。

 ……暖かいチャクラ。
 俺が天鳴の力を使う幕はなさそうだな。
 九尾の力は分断されてるけどきちんとチャクラで治療してる。
 エロ仙人が優秀だと言うの、分かる気がするな。

全身を襲う倦怠感に苛まれつつナルトは一人心地に考えていた。
そして風向きが変わり始める戦場で。
本当の戦いが始るまでもう少し。


ドベのナルトの答えに応じて。
綱手姫の答えが、出る。


ブラウザバックプリーズ