忍の資質



かつては共に肩を並べ幾多の修羅場を潜り抜けた『仲間』
甘い幻想だったのかもしれない。
本当にあの時は真に互いの背中を預けられると。
考えていたのかもしれない。

何処から道を間違い、何処から信じる方向を違えてしまったのだろう。

例え家族であったとしても。
いつかは他の道を選び歩いていく。
夫婦であったとしても最終的にどれを選ぶかは当人にしか分からない。

 人は一人で生まれ一人で死んでいく。

親指を噛み切り印を組み始めた自来也と。
カブトに助けられて印を組む大蛇丸の顔を眺めナルトは考えた。

 仲間だ。家族だ。
 絆で縛ってもその糸は時として残酷な毒となる。

ナルトの脳裏をかするのは己の対極の存在と一般で称される三人一組の仲間。
うちは サスケ。類稀なる優良血統種。
いずれは道を違(たが)う時が来る。

「口寄せの術!」
自来也・大蛇丸、互いに手のひらを地面へ。
口寄せ忍法独特の煙が立ち昇り、契約した対象が呼び出される……。
巨大な蛇の頭に立つ大蛇丸組と。

「よオ!」

 ちょこーん。

なんて効果音が似合いそうな小蝦蟇が鎮座。
小蝦蟇、見知った顔に呑気に手を上げて笑顔。

「なっ、なに――――っ!?」
顎を抜かす勢いで絶叫する自来也。
「あ―――――っ」
自来也と同じく目を丸くし絶叫するナルト。
「……」
コメントは不可。
目を細め頬を引き攣らせるシズネ。
賑やか自来也組はやっぱり詰めが甘いという風に出来ているらしい。

「バカはまだ治っていないようね、自来也。そろそろ私が行く!」
随分な言い様だが大蛇丸の指摘は的を得ている。
思わず失笑しかけてナルトは直ぐに顔の筋肉を元へ戻す。

煙と何とかは高いところが好き。
例に漏れず鎌首をもたげた巨大大蛇の頭から遥か下の自来也を見下ろす大蛇丸の姿。

「いくら才能のないアンタでもそれはないでしょ。綱手に何かやられたみたいね、クク」
大蛇丸は自来也の失態と体調を見抜き、不気味に微笑む。
小蝦蟇。
ナルトの顔馴染み、ガマ吉は大蛇丸の嫌味に顔を顰めた。
「あの術には生贄が必要でしたからね。おそらく後々の事も考えて、力を抑える薬でも盛られたのでしょう。生贄にするために」
大蛇丸の嘲笑に被せるようカブトが客観的な言葉を放つ。
たいした影響はないだろうが、綱手が一度は自来也を裏切ろうとした。
そんな風に云いたいのだ。

「チィ」
自来也が苦い顔つきのまま大蛇丸を睨む。
「相変わらずみっともない奴ね」
挑発ともとれる大蛇丸の一言。

 否定したいが出来ないな。

内心自来也とは違った意味で苦い顔。
浮かべてナルトはそっと小さく息を吐き出した。

まだ早い。
正体を明かし綱手の信頼を得たところで大蛇丸と戦うのは必至。
しかも綱手はまだ選んでいないし、ナルトも賭けを証明していない。
ともすれば流動してしまいそうな雰囲気を引き締めるには。

 お望みどおり。忍の資質はゼロに近い俺が出来る事といえば?

すかさず親指を噛みナルトは手早く印を組む。

「中忍試験の時の九尾のガキ……やっぱりあの時殺しておけばよかったかしら? 一応組織(暁)に気を遣って見逃しちゃったからねぇ」
しゃがみ込み己の口寄せに集中する振りをし、ナルトは大蛇丸の唇の動きをしっかりと読んでいた。
「でもあの五行封印を解けるのは、私を含め三忍のメンバーと三代目くらいなもの」
手のひらを地面へ押し付けたナルトを観察し、大蛇丸がカブトへ呟く。
「ということはすでに、ナルトくんは自来也様に?」
「おそらくね。もし九尾の力を扱えるようになっていれば」

 ボフン。

口寄せ時、独特の煙を眺め。
何が出てくるのか確かめる。
立ち込める小型の煙が収まり現れたのは。
ぷっくりホッペの小蝦蟇。
仰け反って驚くナルト。

「……そうでもないみたいね」
興ざめ。
気持ちを口調に出し大蛇丸は小さく言った。
「ふふ。彼も元々忍の才能には恵まれていない方ですから」
カブトは失笑しかけ、それから集めたデータを主に伝える。

人数的には不利。
だが実力からすれば圧倒的に有利。
状況を分析して落ち着き払う音の二人。
ある意味悠長に話し込んでいる二人の眼下。
ナルトは新顔の顔をじーっと見つめていた。

「こんにちわです」
のほほーん。
おっとりした口調でナルトへご挨拶。
小蝦蟇はガマ吉と同じ様な羽織物を着込み座る。
「なんでお前が出てくるんじゃ。ガマ竜」
不本意。
てっきりナルトが呼び出したのかと思えば、呼び出し者は自来也。
しかもどっから見ても緊迫した雰囲気が漂う怪しい場所。
説明もないし、変な蛇使いには馬鹿にされるしで機嫌が悪い。
ガマ吉は横目で弟を睨む。
「あ! ガマ吉兄ちゃん」
対して弟。初めての場所で兄を見つけて安堵の声。
「ボク初めて口寄せされたよ、が、頑張れるかな」
項垂れたナルトを他所に展開される兄弟の会話。
無論、その会話が終わるまで待つほど大蛇丸だって情には厚くないだろう。

「私は自来也を」
言うや否や大蛇丸を乗せた大蛇は自来也目掛けて直下降。

もう一匹の大蛇に移動したカブトは残念そうな素振りを見せるが、与えられた役割。
綱手を弱らせるべく大蛇を地面へ激突させた。
衝撃で振動する空気と砕け散る大地。
抉り取られた岩盤が無数の岩となって周囲へ飛び散る。

綱手を抱えて飛ぶシズネを捉えるカブト。
背後から綱手・シズネ・カブトを見て近寄ろうとするナルト。
飛翔中のナルトへ牙を向くはカブトが数秒前まで乗っていた大蛇だ。
ナルトと丁度同じ位置で飛んでいるガマ吉・ガマ竜・トントン。

「っ」
背後では自来也に大蛇丸が襲い掛かっている。
ナルトは素早くガマ吉・ガマ竜・トントンを風遁で視界隅へ飛ばし自身は大蛇の口元へ。
「にぎぎぎ」
両手足を踏ん張り大蛇の胃へ収まるのを防ぐ。

その間、自来也は土遁の術で大蛇丸の乗った蛇を沼へ沈め動きを止め。
シズネはカブト相手に苦戦していた。

綱手姫は放心したように惚けて座り込んでいる。

 まだだ。

冷たいようだがまだ助けられない。
ナルトは蛇の口から脱出し、気付いた蛇のボディープレスをわざと受け止めた。

 しっかし、人外だな。あいつ等。
 髪を針状に固める自来也に、相変わらず自由自在に首伸びるのか……大蛇丸。

 幾ら優秀でもあんな将来は厭だ。

ナルトは少々うんざりした顔で自来也と大蛇丸の戦いを盗み見ていた。

「ぐっ」
ついつい意識が自来也と大蛇丸へ向いていると、シズネの呻き声がナルトの耳に届く。

両足の筋を痛めつけられ、かろうじて立っていたシズネの横顔をカブトが張り倒した。
苦痛に顔を歪め倒れるシズネ。
呆然とシズネが倒れる様子を見詰める綱手。

カブトが綱手に近寄れば彼女は悲鳴をあげ、子供のように怯える。
綱手の行動・態度は却ってカブトを煽り。
カブトは殆ど無抵抗の綱手を無造作に何度も殴った。

 忘れてしまった気持ちを。誇りを取り戻させてやる。
 だから今は。

もう少々様子見をと考えたナルトに、自来也と大蛇丸の会話が飛び込んでくる。
聞くつもりはないのに自来也が聞かせたいらしい。
ナルトの倒れた位置が丁度二人の声が響く場所だった。

「フフ、かつては里の狂気とも呼ばれたアナタが。あんな子一人連れ回して、里の為に奔走するとは落ちたもの」
肩で小さく浅い呼吸を繰り返し大蛇丸が言葉を紡ぐ。
「私の才能を見抜く力は誰よりも確か。あの子は私から見れば凡庸そのもの」
成す術もなくカブトに暴行を加えられる綱手。
視界の隅に入れ大蛇丸は結論を下した。

だからこそ己はサスケに。
うちはの末裔に目をつけたのだと。

自来也へ暗に伝える。

「だからこそだ」
大蛇丸と同じく。
浅い呼吸を繰り返しながらも自来也は反論し始めた。
「わしは『うちは』のガキなんていらねーよ。初めから出来の良い天才を育てても面白くねーからのォ」
忍の才能だけは人一倍持っていながら。
固い殻の奥底に全てを捨てきった、出来損ない。
うちはとはまったく異なるベクトルで強さを求めだしたヒヨコ。

 面白いだろのォ。

絶体絶命なのにドベ演技を止めない天邪鬼。
目線の先に匍匐前進を始めたナルトを写し、自来也は微苦笑した。

「かつての自分を見ているようで放っておけないってワケ? 生まれつき写輪眼という忍の才を受け継ぐうちはに、あの子は勝てない。なぜならナルトくんは写輪眼を持っていない」
自来也の言葉を言葉通りに受け取った大蛇丸が更に反論。
「忍の才能とは、世にある全ての術を用い極める事が出来るか否かにある。忍者とはその名の通り忍術を扱う者を指す」
カブトにされるがままの綱手を目指し、ナルトは大蛇丸の言い切った言葉を反芻する。

 確かに。
 過去の俺は大蛇丸が言う忍を目指し、心を捨て去り、全てを放棄していた。
 それが最大の資質だと思っていたから。

ドベ演技を続行するのは目の前の彼女の為。
強いては仲間と交わした約束の為。
更には里で彼女の治療を必要とするサスケとカカシの為。

「忍の才能はそんなとこにありゃしねぇ。まだ分からねーのか? 忍者とは忍び堪える者のことなんだよ」

 ニヤリ。我が意を得たり。

そんな顔で自来也は出来るだけ大きな声で言った。
ナルトがとらんとする行動を把握してでの一言。
大蛇丸と、ナルト自身へ向けて送る自来也の本心。

 優秀かどうか。それだけで価値が決まるなら。
 木の葉の大抵の忍は失格だ。
 あのイタチでさえ何かを求めて『木の葉』を捨てた。
 エロ仙人のやつ俺と大蛇丸に説教かよ。

忍び堪える者。

独りよがりにならない事。
誰かを信じる勇気を持つ事。
見返りを期待しない事。
真っ直ぐ自分の言葉は曲げない事。
自分を自分が偽らない事。

 安心しろ。
 エロ仙人が心配するようなヘマはしないさ。

這うようにカブトに近づきつつナルトは唇の端を持ち上げ薄っすら哂った。

「見解の相違ね」
感情の篭らない調子で大蛇丸が答える。
「一つてめーに教えといてやる。忍の才能で一番大切なのは、持ってる術の数なんかじゃねぇ。大切なのは」
話し続ける自来也の姿を他所に、カブトが綱手への攻撃を止める気配はない。
拳を真っ直ぐ綱手へ打ち込もうとしてカブトの動きが止まった。
驚きに目を見開き、カブトらしくなく固まってしまう。

カブトの拳を額当てで受け止め、額から血を流すナルトの姿。
まだドベモード。
ただその瞳の奥に宿る光は決して失われておらず。
益々輝きを放って周囲を惹きつける。

「あきらめねぇ、ど根性だ」
眉間から伝う血をそのままにカブトを睨みつけ。
綱手を庇い立つナルト。
満足そうに小さく息を吐き出し自来也はきっぱりと大蛇丸へ。
そしてこの声をしっかり拾っているであろうナルトへ告げた。

 俺は俺自身の可能性を信じ、この賭けに勝ってみせる。
 俺が信じた仲間の為に。

ナルトの瞳の奥に宿った輝きを知るのは自来也だけ。
真に忍の資質を保持する者がどれだけ強いのか。
伝説の三忍はこれから目の当たりにすることになる。


ブラウザバックプリーズ