茶番と道化



 茶番と道化を演じよう。君が道を決めるために。


 てか、俺が選ばせるけどな。


短冊城(跡)から少々離れた郊外。
対峙する綱手とカブトは五分五分に近い勝負を繰り広げていた。
綱手もカブトも医療忍。
戦い方は近いものがある。

「アンタ、血が怖いんだろ! 今からみせてやるよ! 死なない程度にアンタの血を撒き散らす」
叫びカブトがクナイを振り上げ綱手に迫る。

綱手に迫る数歩手前。
煙と共に姿を見せる三人+一匹。
綱手と同じく三忍の自来也とその弟子ナルト。
綱手の付き人シズネ。
子豚のトントンである。

「……」
驚きに目を見開く綱手。
「久しぶりね、自来也」
目を細め皮肉げに口角を持ち上げる大蛇丸。
「おーおー、相変わらず目つき悪いのォ、お前は」
綱手に盛られた薬はしっかりきっかり効いているクセに、飄々と軽口を叩く自来也。

「…ナルト君」
微苦笑を浮かべたカブトに「あー!!」と。
すっかりドベモードに入ったナルトが裏返った声音で声を張り上げ。
盛大に驚き仰け反る。

ナルトのスイッチはオン。
先ほどまで自分と会話していた冷静な彼は既にいない。
シズネも流石に少々驚き何度か瞬きをしたが、彼女の動揺が表に現れることは無かった。

シズネとてくの一。簡単に感情を気取られるヘマはしない。

 だからアンタを『身内』にしておいたんだけどね。

口を半開きにした間抜け面でカブトを眺め、ナルトは内心ほくそ笑む。
「……」
カブトの苦笑い。

ナルトは油断なくカブトの表情を観察し、己が施した記憶の封印が完璧だと悟る。
中忍試験時、余計な詮索を避けるべくカブトを威嚇してしまったナルト。

だが今回の綱手姫奪還計画には邪魔な記憶である。
よってナルトは単身殴りこみ。
大蛇丸とカブトの記憶を消した。

 俺が本当は女だってバレたら……それなりにヤバイ。
 綱手姫が俺に重ねているのは、最愛の弟と恋人。
 一言でも火影になるって彼女が言ったら説明するか。
 シズネさんにも一応男だって思わせてるし。

裏の裏。
予防線は多いほうが心強い。
いざという時にしか当てに出来ない変態師弟(自来也&注連縄)は、最初から頭数に入れない方向で。
動いてきて本当に良かった。
ナルトは己の判断の正しかった事に安堵。

「…カブトさん?」
でも表の顔は驚愕の表情を浮かべて目の前のカブトを見る。
「成る程、顔見知りか」
程よくナルトの芝居のフォローはするらしい。
自来也が納得顔で声を発した。途端に、
「どけっ!」
色々な意味で激昂しているであろう綱手が自来也を押しのけカブトへ迫る。
「ちっ」
カブトは小さく舌打ちし眉間の皴を深めた。
クナイを持ち上げるカブトにカブトの数センチ手前で動きを止める綱手。
飛び散る血。

 カブトの動きが鈍い。
 チャクラが少々乱れている……数分前まで戦っていたのは綱手姫。
 彼女が得意なのは医療。
 神経をやられたのか。

微かにぎこちない動作でクナイを操ったカブトを観察し。
それから表のナルトは驚きに目を丸くする。

「ようやく体の動きが戻ってきましたよ」
顔や腕に浴びたカブトの血。
震える綱手に薄く笑いカブトは彼女の腹を容赦なく蹴った。
吹っ飛ぶ綱手の体をシズネが身を挺して受け止める。

「あのさ! あのさ! 何がどうなってんだってばよ! 何でカブトさんが綱手のバアちゃんと!?」
「君も鈍いねナルト君。だからサスケ君に敵わないんだよ」

驚きを隠せない。
ナルトの疑問にカブト本人が口を開く。
演技は完璧なナルトが現在できることは時間稼ぎ。
自来也が本調子ではない状態で仕掛ける最大の懸け。
負けるわけにも逃げるわけにもいかない。

「額当てをよーく見てみい。こいつは大蛇丸の部下だよ」
時間稼ぎというナルトの思惑にしっかり乗ってくるのは当然自来也。
物分りの悪い弟子を諭す口調でナルトに注意を促す。
丸い瞳を限界にまで見開いてナルトはカブトの額当てに視線を送った。
「そう……ボクは音隠れのスパイだったんだよ」
苦笑いを込めカブトがナルトに告げる。
「なっ、何言ってんだってばよ。嘘だろ……カブトさん」
茫然自失。
ナルトの悲しそうな呟きを無視しカブトは喋り始める。

ナルトにだけ向け。
ナルトに精神的なダメージを与えるべく。

「ナルトくん、君のデータも収集した。で、分かった事がある」
左右を泳いでいたナルトの目線が再度カブトへ向く。
蒼い瞳を真っ直ぐ見据えカブトは決定打を口にした。

「サスケくんとは違う。君に忍の才能はない」と。

 かっ。

驚きとは違う。己の矜持を傷つけられ、理性が抑えつけていた本能を刺激するカブトの挑発。
ナルトの瞳に宿る強い光を傍観しカブトは内心冷笑していた。

そのカブトを逆に観察しているのが二枚も三枚も上手なナルトで。

 サスケと俺。やっぱ何処でもワンセットなんだな。

そう仕向けるように三代目が画策していたのは知っていたが。
敵にまで浸透しているのは三代目の思う壺。
知ったらこの得意顔の丸眼鏡だって怒るだろう。
が、ナルトの知ったこっちゃなかった。
背後で綱手に上着をかけ、体についた血を拭き取っているシズネの気配。
落ち着いてきた綱手のチャクラに一先ず。

 睨んどくか。

下忍レベル精一杯の睨みを利かせる。
「そんな怖い顔しても、君は場違いな可愛い下忍なんだよ。確かに君の中に棲む化け物には期待してたけど。今、伝説の三忍を目の前に君じゃ物足りない」
柔和だった下忍の仮面を脱ぎ捨てるカブト。
無表情のまま淡々と事実だけを告げる。

「今の君はちっぽけな虫けらみたいなもんだから……でしゃばるなら」

 まだだ。

カブトの非常に分かりやすい挑発の言葉を耳に。
ナルトはタイミングを計っていた。
単純思考のナルトはこの場でキレる。
相手との実力の差は体感しないと実感できないドベだから。
下唇を噛み締めカブトを睨むナルト。

「殺すよ」
ナルトを完全に見下した顔つきで、その一言をカブトは言い放った。
聞いた瞬間走り出す。
下忍、カブトが観察したであろう『ナルト』のスピードで。
「よせっ!」
口調だけは焦った調子の自来也の静止の声。
背中に、綱手封じに使い傷ついた右手を目掛け攻撃を仕掛ける。

「影分身の術」

下忍が考える範囲の戦略。

カブト真正面に二人。左右にそれぞれ一人ずつ。
真正面の二人の拳をカブトは背後に動いて避け、左側から切り込む一人の動きを右に動いてかわす。
ついで右側から切り込もうとしたナルトの目に自らの血を投げつけ。
本体を迷わず選び分身に叩き付けた。

一瞬の出来事。
成り行きを見守っていたシズネも内心の動揺を隠せない。
数十分前まではあんなに鋭利だったナルトの気配。
今やカブトに翻弄される熱血下忍そのもの。
演技だと教えられていてもその身のこなしの鮮やかさに眩暈すら感じる。

「ぐっ」
一直線に投げられたナルトの身体。
咄嗟に受け止め、シズネは口に仕込んであった針をカブトへ放つ。

持ち前の優秀さか。
カブトは額当てで針を防いだ。

膠着状態は抜け出しつつある雰囲気だが、互いに本気は出していない。
否、相手の実力を知っているからこそ下手に手出しが出来ない状況。

背後で不気味に微笑んでいる大蛇丸の処まで飛び退り、カブトは丸薬を口へ放り込んだ。

「サンキュー、ねえちゃん」
(油断するな。カブトは医療忍者だ)

幼い仕草で目を擦り、綱手に気取られぬようシズネに情報を与える。

「いい具合に血が出てるわね、カブト」
「左腕の包帯を外してください」
大蛇丸の台詞に応じるカブト。
カブトの言葉通り左腕の包帯を解き始めた大蛇丸。

「あいつが大蛇丸……」
珍しいモルモットを見る顔の大蛇丸。
睨みつけて一人心地にナルトが呟く。

カブトと同じく記憶を封印した大蛇丸。
カブトに関しては完全に封印が出来たと確信したが。
三忍相手にどこまで記憶封時が成功したかなんて。
実際例を見なければ判断できない。

 あの目。猛獣が獲物を見つけた瞳。
 付け加え、馬鹿でドベな下忍の哀れな戦いを面白がってる顔だな。
 演技で俺を騙している風はない。

 大蛇丸が標的としているのは綱手姫。
 最大の危険分子である『俺』を標的にしていないとなると。
 記憶封じは成されている、とみなすのが妥当か。

「眼鏡はシズネ、お前がやれ。大蛇丸はわしがやる」
つらつら考えていたナルトの耳に飛び込む、本気モードの自来也の言葉。
「と、その前に。この身体を、綱手にどうにかしてもらいたいんだがのォ」
震える綱手姫より幾分冷静なシズネに自来也は顔を向ける。
「おそらくその薬の効果はまだ数時間続くでしょう。私でもどうすることも出来ません」
険しい顔つきになってシズネが自来也へ応じた。
「ったくしょーがねぇーのォ。これでやるしかねーか」
(ナルトいい加減にせんか。非常事態だ。賭けだとか言っとる場合じゃないのォ)
眉間の皴を深めた自来也の無音言葉にナルトは無反応。
一瞥だけが自来也へ跳ね返る。
「綱手、お前は回復忍術で体を休めておけ」
(ナルト!)
自来也が指示を出しながら再度ナルトの名を呼んだ。
「じゃあ! オレは! オレは!」
(悪いが俺は木の葉の利益になるようにしか動かない。非常事態なのはお前ら三忍の間。信頼関係が、だろう?)
両手を握り締め気合たっぷりに元気な声を発するナルト。
能天気少年を装っていても、ナルトの唇の動きはまったく違う。

この場では責任者。
部隊で云うなら隊長にあたる自来也の指示を拒絶。
冷静に周囲を分析する可愛げのない子供の醒めた台詞。

「お前はそのブタと一緒に綱手の護衛だ」
(ナルト、お主何を考えている)
大蛇丸へ向けられた自来也の殺気がナルトへ。
気付くのは誰一人としていない。
殺気を向けられた本人以外は。

(言っただろう? 木の葉の利益になる策だ。エロ仙人は思う存分戦えばいい。因縁の対決に俺を巻き込もうとするな。時期尚早だと思うけど?
 オレが茶番と道化を演じているからこそまだこの程度の被害で済んでいる。違うか?)

一瞬だけ薄く笑い、ナルトは余裕の態度を崩さない大蛇丸とカブトへ目線を送った。
既にナルトが何かの仕掛け済みらしい。
それから。
木の葉の不利益になるようには動かない。
だが伝説の三忍の戦いに、柵に、興味があるわけでもないらしい。

 仕方ないか。

自来也は長年の勘からナルトが自発的に動きそうにないと判断。
時間の無駄なので唇だけの会話を終わらせる。

「えっ? オレも戦うってばよ! オレだって…「ダメだ!」
表のヤル気満々ナルトの言葉を遮り、自来也は敢えて大蛇丸とカブトに聞こえるようやや声高に説明し始めた。
ナルトはドベで役に立たない。
相手に暗示をかける意味合いも持った一種の予防線である。

「あの眼鏡野郎も言ってたろ。レベルが違う! 相手はわしと同じ三忍で三代目を殺した男だ。目には目を。やれるのは、このわししかおらん! それにあの眼鏡はカカシ程度の力を持っとる」

自来也の諭す口調にナルトが奥歯を噛み締める。
悔しい顔つきのナルト。
緊迫感が益々高まっていく広野で心の底から歯軋りしているのは。

 茶番と道化か。口だけはどんどん達者になっていくの……。

やっぱり教育方針(?)を間違えたかと、ちょっぴりアンニュイになった伝説の蝦蟇使いが一人がっくり肩を落とした。