乗るか反るか



六日目の夕刻。

木の葉の里の下忍。
うずまき ナルトは蒼い瞳を輝かせて沈み行く夕日を眺める。
「仕上げは上々、だってばよ」

 ニンマリ。

悪戯小僧の顔つきで笑って鼻の頭を指で擦った。

『お帰り〜vナルちゃん! ところでコソコソ何してきたの?』

 ぼふん。

派手な煙を巻き上げて登場するのは、自称ナルトの守護霊様。
ストーカー背後霊こと注連縄。
ナルトが短冊街を離れていた二日の間の留守番役。
金髪・碧眼。一見すれば美青年。
ナルトの背後から声をかける。

「さて! 賭けの約束の日は明日! ぜってー完成させて見せるってばよ♪」
注連縄の存在無視。
ナルトは気合を入れて小さな滝の流れる小川の畔。

枯れ木に向かい構えを取る。
腕をグルグル回して気合十分だ。

『あの……ナルちゃん……?』
ナルトに伸ばしかけた手が宙に浮く。
注連縄はナルトに手を伸ばしたままで固まった。
「うっし」
更に無視。
木の前に立ったナルトが手のひらにチャクラを練り始める。
『もしもーし?』
試しにナルトの目の前で手を振って見たりするが、矢張り無視。
『ナ……』
業を煮やした注連縄がチャクラを練ろうとした瞬間、何か強烈なプレッシャーに出会い。
意識(?)が途絶えた。

「ったく……人が雰囲気だしてんのに邪魔しに出てくんじゃねーよ」
懐から早業で抜き取った小太刀を再度懐に仕舞いこみ。
ナルトは苛立った口調で呟く。

数秒前までの『天真爛漫・熱血少年』からは程遠い顔と態度と口調。

実はナルト。
木の葉の大多数の者が信じきっている『ドベ』ではない。

性別・素性・実力を隠して暗躍する木の葉でもトップクラスの忍だ。
そのナルトが画策するもの。
その前フリが今夜から始る。

五代目火影にと、伝説の三忍の一人『綱手姫』を推した同じく三忍の『自来也』
その自来也の即席弟子のナルト。
果てには綱手姫に腕を治療させんと動く音の『大蛇丸』それぞれの思惑渦巻く短冊街。

ドベのナルトと綱手姫が交わした『賭け』

螺旋丸を一週間で完成させること。
他愛もない賭けだがナルトにとっては、恐らく綱手本人にとっても人生の転機となる懸けである。

綱手姫の付き人。
シズネにかけた暗示がそろそろ効力を発揮する。

大蛇丸の揺さぶりに心穏やかではない綱手姫。
人の心は口約束などで縛れるものじゃないが、彼女の在りし日を知る大蛇丸が少々有利。
だがナルトはその上を行くと決めた。

 シズネがココへ来た時、俺は気絶状態だから…。

身体を適当に泥で汚し、顔に切り傷も作り、右手のひらを火傷させる。
手荒いがチャクラを乱暴に練り上げ摩擦を生み出す。
肌の爛れる感触と鈍い痛み。
ナルトは顔を顰めた。

 修行してボロボロになった。そんな感じだな。

倒された枯れ木の残骸。見下ろして不敵に笑う。
殺風景な岩場になった短冊街郊外のナルト訓練場所。

腹ばいに寝転びナルトは意識レベルを一気に落とした。

「……」
岩場の背後から影が。
シズネがナルトの様子を窺いに姿をみせる。

本人は明日の賭けにナルトが勝てる『見込み』があるかどうか。
確かめに『自主的』に赴いたと思っているだろう。
だがこのシズネの行動はナルトが掛けた暗示によるもの。

シズネが足を向ける時間を指定し、大よその行動をも指示した暗示だ。
「!」
シズネの数メートル先に倒れこんだナルトの身体が。
驚いたシズネは思わず目を見張った。
周囲の木々の抉れたオブジェはナルトの仕業だろうが。
ここまでボロボロになるまで彼は努力したというのだろうか?

シズネは激しく動揺する。

「何が……何があったの? ナルト君!?」
慌てて近づいて軽く揺さぶって反応を確かめる。
ナルトの反応はない。
「……」
ぐったりしたナルトの身体を抱き上げて、シズネは瞬間判断に迷うが、やがて顔をあげそのままナルトを抱えて短冊街へと戻って行った。

 そう……それで良い……。

意識レベルを落としたナルトだが意識はある。
シズネに運ばれながら内心哂う。

運ばれた先はシズネや自来也が留まる宿屋。
気遣いの出来るくの一らしく、シズネは自分と綱手姫が泊まる部屋にナルトを連れて行き、ベットの上に寝かせた。

「ナルト君……」
そっと布団をナルトに被せ祈るような呟きがシズネの口から漏れる。
程なくして綱手も部屋に戻ってきて。
自ら疲れきって眠るナルトの様子を綱手は診察した。
「綱手様……」
不安を隠せないシズネの声音。
「かなり疲労しているな……右手もチャクラで酷く火傷している……。この分だとこのガキ、明後日までは目を覚まさないだろう」
己の見立てを淡々と口にする綱手の態度。
それが益々シズネの不安を煽り立てる。
「自来也の言う通りだな。あんなデタラメな賭けをしちまうとはね」
ぐっすり眠るナルトの顔を見下ろし、綱手は小さな声で言葉を続けた。
「……」
綱手の寂しそうな悲しそうな呟きに、シズネはただ眉を寄せることしか出来ない。
「フフ……私ともあろう者がなに熱くなってんだかねェ。馬鹿みたいだ」
ナルトを見下ろす綱手。
そんな綱手を見つめるシズネ。
奇妙な沈黙が訪れる。
「……明日は…」
意を決してシズネは重い口を開く。
「行かないで下さい」
硬い表情と声音で伝えるシズネの『願い』だが綱手は無言のまま。
「どうして! 何も言ってくれないんです!? …綱手様! 黙ってないで返事をして下さい」
恐らくは一週間の間。
賭けの期間間。
ずっとシズネは問いかけたくて訴えたくて仕方がなかったのだろう。
切羽詰った口調で綱手に喋る。
「もし……行くというのなら」
己のなかの蟠りを抱えたままのシズネ。
苦悩に満ちた小さな声が、意識レベルを最低限に抑えたナルトの耳にも届いた。
「……」
綱手は数秒間だけ逡巡し、
「どうするの?」
と。感情が一切混ざらない淡々とした声音でシズネに話の先を促す。
部屋に立ちこめた緊迫感が一気に高まった。
「命に代えてもあなたを止めます」
腹を決めた。
シズネの答えに綱手の態度が一変する。
「シズネェ、誰に向ってそんな口聞いてる」
凄んだ綱手にシズネが怯んだ一瞬、すっと綱手がシズネの隣を通り過ぎた。
「え?」
腹に響く鈍い何か。
感じた瞬間、シズネの意識は深く深く。
奥底へ沈み込んでいく。

綱手は振り返ることなく部屋を出て行った。
「プヒー」
一部始終を見守っていたペットのブタが所在無さげに小さく鳴く。

「……」

 パチリ。

意識を失って眠っていたはずのナルトがベットの上で目を見開く。
身じろぎもせず布団を被って天井を見た。

ナルトとしても綱手の真意は測れない。
だからこそこうやって、彼女の懐。
シズネを利用して綱手の心境を探ろうと考えた。しかし。

「乗るか、反るか。ちょっと様子見しようかと思ったけど…この二人、案外麗しい師弟愛なんてあったんだな…」
気絶したシズネの気配を辿り、出て行った綱手の気配を辿り。
ナルトはしみじみ呟く。

シズネは綱手に道を誤って欲しくなくて。
綱手を敬愛するからこそ大蛇丸の甘言に乗って欲しくないのだろう。
逆に、綱手はシズネを巻き込めなくて。
これ迄共に行動してきたシズネ相手だからこそ連れて行けない。

「事前潜入も駄目、となると」

 はぁ。

木の葉に戻った仲間の癖を真似てため息一つ。
ナルトは巡り出した血を頭に集めて思考をフル回転。

「きっと明日は綱手姫を追いかけて、んで大蛇丸と遭遇か……高確率で」
予めあの余計な二人の記憶を封印出来てよかった。
己の判断が当たってナルトは内心安堵する。
予防線的に二人の記憶を封じたが結果はオーライだ。

「にしてもね」
思わず苦笑。

ここまできても綱手姫は迷っている。

シズネを連れて行かなかったということは。
完全に木の葉へ傾く気がないから。

それでもシズネが後を追えないように気絶させていったのは、たとえ大蛇丸との交渉が決裂しても一人で闘う決意があるから。

「気の短い三忍様だと思ったけど、意外に熱血でもあるんだな」
短気で頑固で我侭で子供っぽい豪胆気質の綱手。
今見た状況を付け加えるなら熱血。

 熱血かぁ。

なんだか他人事の遠い感覚と語感に。

 青春だっ!

が、トレードマークの二つの影。
ナルトの脳裏に木の葉一番の『濃い』熱血師弟の映像が浮かび。

「うえっ」
自分の思い描いたビジョンにげっそりする。
「ふぁーあ。賭けと取引の『答え』はどのみち明日にならないと分からないし。下手に俺が動いても仕方ないしな」
良い機会だからぐっすり眠って英気を養い。
避けられない争いに備えよう。
さっさと気持ちを切り替え、折角ベットに寝かせてもらっているので寝る事にする。


「あれ?」
眠ろうとしてある一つに気付く。
「そういやエロ仙人、なにやってんだろ?」
一週間放置。

連絡さえ取っていない。
宿に自来也の気配もない。
流石に明日が賭けの期日なのに、短冊街に居ないという事はないだろう。

「まさかどっかでトラブルに巻き込まれてるとか……まさかね」
エロ親父だけど伝説の三忍だ。
早々ヘマは。
「やらかさない、よな」

 あああ。
 でもあの性格だ。
 あの行動だ。
 あの気質だ。

「……」

 不安&なんとなく嫌な予感。

ナルトの青ざめた横顔を眺め、ブタは首を傾げつつ「プヒー」と再度鳴いたのだった。


な、長かったヨ。一週間〜。こういう前フリを経てあの決戦に向うわけです(こじつけ・汗)次回はシズネさんを改めて仲間に引き入れる策士ナルコ(笑)あたり。ブラウザバックプリーズ